出兵
翌朝、ウーレンの首都・ジェスカヤは、王の出兵パレードを見ようとする市民で大騒ぎだった。
地下に眠り、時々災いを起こす第一リューマの残党を、この戦いで一掃する。それが、今回の出兵の理由とされていた。
王は剣を抜き、高々と振り上げた。
戦いの角笛が響き渡り、あらゆるところで反響した。
人々から歓声が上がった。
ウーレンの騎馬軍団は皆、黒馬に乗り、黒い鎧を身につけている。
しかし、王だけは燃えるような鬣の馬に乗り、鎧の上に白いマントを身につけていた。
黒き軍団の中で、色を添える鮮やかな姿は、人々を圧倒し畏怖の念まで持たせた。
かつて、ウーレンド・ウーレンもこのように兵を連れ、出兵したことであろう。そして、ウーレンを大帝国へと、世界の覇者へと導いたのだ。
ウーレンの民は、まさに英雄である現王を同じ目で見つめた。
かつての栄光を、さらに輝きを増して取り戻すであろう、王を……。
出発の前、ウーレン王は見送る王妃の前で馬を下り、抱擁し、くちづけした。
いつまでたっても争いになれない王妃に、王は微笑を送る。
第二皇子が駈けより、王に抱きついた。
これは、王に声をかけられる前に行動を起こすという大変無礼な行為であり、ウーレン人の嫌うことであった。が、王は、その行為を許し、皇子を抱きしめた。
回りの人々も、その行為を黙認した。
今や、古のウーレン族の容姿を持っている者はまれである。
赤い目の色の者は比較的多いが、特徴的なやや尖った耳の先の赤い飾り毛は、王族にくらいしか現れなくなった。耳飾りをつけるように、付け毛する者も多い。
そして、最もウーレン族の象徴である燃えるような真っ赤な髪は、王族にすら滅多に現れなくなった。今のウーレン族の大半は黒髪であり、時々、赤茶けた栗毛がいるくらいだ。
かつて、大帝国を築いたウーレンド・ウーレンは、人間の島にて『赤い悪魔』と呼ばれていた。
そう、大帝国を打ち立てる王は、赤い悪魔なのだ。
国民は、現王とそれに続く赤い髪の皇子に、多大な期待を寄せていた。
「セルディーン」
王は、走りよりもせず、礼儀正しく待つ第一皇子に声をかけた。
「父上、武勇をお祈りいたします」
セルディは知っている。
弟・アルヴィが許される無礼でも、エーデムの血を濃くあらわす自分には、許されないことを。
尊敬する父に、愛する父に、声をかけられる瞬間を待たなければならないのだ。
せっかくきたその瞬間に、セルディはかけたかった言葉をすべて失った。
ありきたりの挨拶だけが、セルディの口から漏れた。
王は、セルディの辛い状況を知っている。
同じ異邦人であっても、エーデムとの同盟の象徴である王妃とは立場が違う。
幼き日の救われない自分を思いだし、王の顔は一瞬曇った。
実の母は、実の父を殺してしまって、王は父を知らない。そして、母にも疎まれて、遠ざけられ、親の愛を知らずに育った。
子供に対して、どのように愛情を表現していいのか、王には全くわからなかったのだ。
夕べの王妃との会話を思い出し、何か一言、優しい一言と思うのだが、もともと無口な王にいい言葉は浮かばなかった。
「あとを頼む」
王の一言は短かった。
王は出兵した。
大勢のウーレンの民に送られて……。
セルディは、勇ましい父の姿を目に焼き付けた。
抱きしめてほしかった。
キスしてほしかった。
父の表情はきついものだった。
それでもセルディはうれしかった。
「あとを頼む」と、王は言った。
それは、自分を第一皇子として認めている……ということに他ならない。
ウーレンの民人が、自分をどんなに認めてくれなくても、父上は「頼む」と言ってくれた。
セルディは、その言葉を宝物のように胸の奥にしまった。
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