第8話 梓って読唇術使えたの?

「あっずさー!」


朝日が、眠い私の目には少々毒な今日。

登校一番で駆け寄ってくるナンパ男こと尊。

帰国後だってのに、元気だなあおい。


「おはよ、尊」

「おはよう! 朝から梓に会えるなんて俺ラッキーだな!」


出た、ナンパ男の本性が。


「そっか。私は朝からナンパ男に会えてブルーになったよ、今。」

「梓!? ナンパされたの!? 誰に!?」


こいつ自分をなんだと思っているんだ。

私がナンパ男なんて言うの、尊だけだからね?


「にしても、昨日はどうしたんだ? びっくりして携帯壊すところだったぜ?」

「あー…うん。ごめんね。」


ほら、とヒビの入った携帯ケースを見せてくる尊。

さて、どうしようか。この話が出るとは毛頭思わなかったから言い訳を準備していない。


「…し、親戚の家に居てさ。遊び相手になってたんだ」

「へえ! 梓偉いなあ!」


よかった、こいつ馬鹿で。

一息吐いて、足を一歩踏み出すと、爪先にこつんと小さな衝撃があった。


「何これ…」


掌サイズのアンティークドール。

茶髪の私と同じくらいの長さの髪に、同じく茶色の透き通った眼。


「あ、それ」


拾い上げた人形を、ぱっと奪われた。

ふと横を見上げれば、どこか愛おしそうにそれを眺める尊。

そうか、こいつ人形マニアだったな。


「…まさか、イギリスのお土産それだって言うんじゃないよね?」

「梓って読心術使えたの?」


馬鹿かお前は。いや馬鹿だ。ナンパ馬鹿だった。


「これは俺のなんだけどね。梓のはこっち。」


そう言って、ポンと渡されたさっきの人形と同じくらいの大きさの紙袋。

中を覗けば、金髪アンティークドールの頭頂部が見えた。


「あー、うん。アリガトウ」

「何で片言!? いや開けてみろよ! 可愛いから!」


さあさあとしつこく勧めてくるものだから、観念して開けた。まあ、本人がこう言ってるからいいよね?


「わ…っ、凄い…」

「だろ!? アンティークドールって凄いんだぜ!」


サラサラした金糸のような髪。でも、糸って感じじゃない。もっと細くて、本当に髪の毛のような。

陶器製の肌も、遠くから見れば絶対に陶器だってわかんない。あ、でも球体関節は健在なんだ。


「こ、こんなのどうやって作るんだろうね…」

「だよなぁ! この目とか、宝石みたいだろ?」


緑の大きな瞳。光の加減で青っぽくも見える。

あ、なんか見え方が無気力さんの目みたい。

色は碧流みたいね。


「本当だ。綺麗だね」

「良かった、喜んでくれて!」


にぱっと人懐っこい笑顔を見せる尊。

これで何人の女の人を落としてきたのやら。


☆ ★ ☆


「さあて、始まりました文化祭実行会議 in 二年三組! 司会は三組文化祭実行係の俺、佐伯尊が務めさせていただきまーす!」


マイク代わりの定規を口元に当て、ぱちっとウィンクを投げる。

途端に、教室の半分を占める女子が黄色い歓声を上げた。

勿論、私は頬杖を付いたまま冷ややかな視線を送っていたが。


「はい、何か案がある人ー!」


ちらほらと上がり始めた手を、順番に指名する。


「お化け屋敷ー」

「メイド喫茶一択だろ!!」

「あ、プラネタリウムとかどう!?」

「んー、コスプレ喫茶とかー?」

「迷路!」


みんなテンション高いな。


うーん、喫茶系なら私は裏方がいいな。仮装とかしたくないし。


「じゃあ、やりたいやつに手ぇあげてな!あ、勿論伏せてくれよ〜」


えぇ…、めんどくさい…。


「ほらほらぁ、梓も伏せて伏せて!」


眉間に皺を寄せながらも、組んだ腕に額を乗せた。

ううん…これはもしや、手を挙げなくてもわからないやつか?


「あ、因みに。手を挙げなかったら強制的に表方だからなー」


げ。


何が一番被害が少ないんだ…!?

迷路もお化け屋敷も作るのに人員と時間が掛かりすぎる! プラネタリウムなら星を映し出すやつ買えばいいだけだけど、あれ何円するんだ? メイド喫茶とコスプレ喫茶は精神的に無理だ。私が。

選択肢が消えた。


「うわぁ…」


小声で漏れた憂鬱の声は、尊が取るアンケートの声に掻き消されてしまった。

プラネタリウムが一番マシか…。


「プラネタリウムの人ー」


その声に、そっと手を挙げる。

ちらりと見えた隙間から外を覗くと、ちらほらプラネタリウム派もいる。しかし片手で数えられる程度しかいない。

あんまり見てるとバレたらやばいな。やめよう。


「よぉーし! 決まったぜ! はい全員表をあげーい!」


いつの時代の殿様?

心の中で呆れながらも黒板を見た。


「…っえ」


そこには、私にとって最悪としか言いようのない結果が映し出されていた。


「メイド喫茶に決定! 喜べ男子諸君!」


喜ぶ男子。女子からブーイングが飛ぶ。

まさか、男子が全員メイド喫茶に手を挙げたわけじゃないよね?


「ねぇメイド喫茶の票数おかしくなーい?」


クラスの中心的女子、野田のださんが声を挙げる。


「このクラス、女子十七人と男子十五人の三十二人クラスじゃん? メイド喫茶の票数、十五票入ってんだけど。女子誰か入れた?」


女子が全員で顔を見合わせ首を振る。

野田さんの瞳がすっと細められた。


「男子…。メイド服着るの、女子だけだと思わないでよねえ」


うん、男子諸君。自分で蒔いた種だ。自分で収穫してくれ。


「誰も、女子限定とは言ってないからねえ?」


女子からそうだそうだと声が上がる。

にこり、と笑った野田さんに、反論できる男子は誰一人いなかった。尊も含めて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る