第9話 僕は、とれじゃーずの慧音だよ
Lancelotの基地、もとい廃校は、どんよりとした空気に満ちていた。
「うう…お姉ちゃん…」
「お姉様ああああああ…」
「…ちっ」
原因は、登校してしまった姉貴こと剣木梓にある。
あーあ、文化祭だってよ。そりゃ帰ってくるの遅くなるわな。
「…ねえねえ、はるきたちは、学校行かないの?」
ぴく、と千春の肩が微かに跳ねた。
「んー、まあねー。碧流だって小学校行ってないじゃん」
「う…。だ、だって、私学校行ってもお姉ちゃんと通えないもん…」
小学校は義務教育だからまだいいけどさあ。
高校から、義務教育じゃなくなるし。大学なんて以ての外。行きたくない。睡眠時間なくなるし。
「碧流、やめましょう。その話は」
それに、千春の傷を抉ることになるし。
烈は相変わらずダンベル弄ってる。そうだったな、お前もいい思い出はなかったな。
「にしてもさー…姉貴がいないと、何も面白くないよね」
姉貴には家があるから、俺らみたいに廃校に住むわけにもいかない。しかも、幼馴染だかナンパ野郎だかに怪しまれてもやばいらしい。
「…なあ、なんか足音しねえ?」
いつの間にかダンベルを置いていた烈が小声で言う。
俺を含めた全員がそっと耳を澄ました。
こつ、こつ、という足音が廊下から聞こえる。
碧流がひっと息を呑んだ。
足音が、止まった。
一瞬の静寂の後、爆音と共に扉が吹き飛ばされた。
いや、殴り飛ばされたと言うべきか。
「お、ビンゴ?」
黒髪を靡かせながら現れた、枕を小脇に抱えた青年。俺より年上か?
「誰ですか!?」
「ん?あぁ。僕は、とれじゃーずの慧音だよ。別によろしくしてやらなくもないけどねっ!」
きりっ、と決める慧音。
ツンデレ台詞をきりっと言われても何も笑えないんだけど?
「噂の梓ちゃんを見に来たんだけど」
「いたとしても、貴方なんかの目にお姉様を映す訳にはいきません!」
臨戦態勢を取る千春と烈。
俺は碧流を後ろに庇い、いつでも能力が使えるように慧音に焦点を合わせた。
「今日は戦いに来たわけじゃないよ。これでも、エゼル様に許可取ってないんだ。忘れたわけじゃないよ!?」
きりっ。
いや、面白くないから。
ていうかよく見たらお前俺とキャラが被る!
「でも…ふぅん。いないんだぁ、梓ちゃん。何だ、つまらない。」
心底つまらなそうに枕を放り投げる。
烈が、ライターに着火した。
蛇のように大きくうねった炎は、慧音を捕らえようと網のように広がる。
しかし、慧音を捕らえることは叶わなかった。
ロッカーを片手で掴んで外し、それを盾に使ったから。
「まぁ、そうだとは思ったけど。君も能力持ちか」
「そう。僕の能力は“理不尽”…つまりは、馬鹿力。今ここには、目立ったアタッカーはいないみたいだし。このまま、潰そうか? Lancelot」
口元を歪める慧音。
全くもってその通りだった。
今のLancelotに、アタッカーはいない。姉貴が、俺らの中で一番攻撃タイプなんだ。
烈は本来、アタッカーのサポートで真価を発揮するような能力。アタッカーには向いていない。
俺と千春は明らかディフェンダーだし、碧流もどちらかといえばサポートやディフェンダーより。昨日みたいに泣き叫べばそれなりになるかもしれないけど、あの能力に太刀打ち出来る程じゃない。
「…それでも、私たちは負けられないのです。」
千春の周りに桜が舞う。
烈の炎が大きく燃え盛る。
碧流が俺の服をぎゅうっと握る。
俺の周りに、蜃気楼が立ち上る。
「私たちは、お姉様の家族。お姉様を、また一人にさせるわけにはいかないのです!」
姉貴に、もう悲しい思いはさせない。
それは、俺らがあの日の夜話し合って決めた事。
剣木梓が、Lancelotのお姉様になった日に。
俺は、もう姉貴に…梓に、あんな絶望の表情をしてほしくない。
「…そっか。見事にすれ違ってるね。梓ちゃんも…千春、君も。」
今日は戦いに来たわけじゃないから。そう言って慧音は帰って行った。
残された扉とロッカーの残骸。
とれじゃーずに嗅ぎつけられてしまったこの廃校は、もう使えない。
「どうする? もうここは使えないよ。いつあいつらが戦う気で来るかわからない」
千春は顎に指を当て、少し考えたあと名案を思い付いたようで目を輝かせた。
「お姉様の家に押しかけましょう!」
姉貴に怒られる気がしないでもないけど。
ま、そうすれば姉貴といられるし。俺は昼寝し放題だし。いいか。
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