第4話 借りを返さないのは性に合わないんだ

今度ははっきりと聞こえた。

千春の声。見た目だけお淑やかの、あの子の声。

私は紫の光の中に、謝りたかった四人の影を見た。


「止めなさいエゼル!その方は私たちのお姉様です!無理矢理、洗脳しようったってそうは問屋が卸しませんよ!」


甲高い千春の声。


「お姉様の妹さんを使ってまで引き入れようなんて言語道断!秘密結社リーダーの風上にも置けません!」


いや、変な音楽プレーヤーで眠らせて拉致するのはいいんですか。

どっちかっていえばLancelotの方が言語道断…。


「悪いけど、それ禁止ね〜」


無気力さんの寝ぼけたような声がした。

紫色の光が弱まる。


「はいはい、手の掛かるお姉様。迎えに上がりましたよーっと」


気怠げに欠伸をして、私を無理矢理立たせる。

手の掛かるって何って言おうとしたけど、確かに八つ当たりして飛び出して来ちゃった訳だから…。

反論できない。

無気力さんに支えられ、千春たちの元へ戻る。


「ああ、お姉様。ご無事で何よりです…!」


感極まったように私の手を取る。

突然のことでバランスを崩し、よろけてしまった。

支えたのは、何故か私に敵意丸出しだった烈さん。

唖然と見上げていると、不機嫌そうに眉をひそめ、手を離した。

びったん、と重力に引き寄せられ地面に顔から落ちる。

鼻打った…痛い…。


「あわわわわ…っ、だっ、だっ」


ゴスロリ少女が心配そうに慌てる。

うん、きっと大丈夫って言いたいんだよね?


「いったあ…」


打ち付けた鼻を摩りながら起き上がる。

まだ足に力は入らないけど、上半身なら何とか…。


「烈!お姉様を急に離さないでください!どうするんですか、お姉様の綺麗なお顔に傷でも付いたら!」

「うるせえなあっ! 別にいいだろ!?」


何がいいんだよ!? 痛かったんだからね!?


「ほらあ、烈。お姉様泣きそうだよ〜?」

「あああああ!うるせえな遥希!もう黙れ!」


泣かないよ無気力さん。そこまで弱くないよ。

ていうか、烈さんは何で微妙に顔が赤いんですか怖いよ。


「くっ…! 暦!」

「逃がしませんよ! 烈!」


ちっと舌打ちした烈さんはおもむろにライターを着火した。

何をするんだろうと見ていると、あろうことか彼は指先を火に近づけた。

火傷するんじゃ、と息を呑んだその時。

巨大化した炎は、大きく顎門を開け、暦たちに襲いかかる。

エゼルと呼ばれた男が暦を背に回し、手を掲げた。

じゅうっと蒸発する時のような音を立てて、炎が消滅する。


「っ…! 烈、三歩下がってください!」


烈さんの頬を透明な何かが掠める。

半瞬遅れて、千春から放たれた桜の花弁が透明なものを防いだ。

ばしゃあっと水が桜とともに落ちる。

あれは水がだったのか。水で人に傷付けられるって…何なんだ。


「おねえさま。」


袖が引かれ、舌ったらずな呼び声が私を呼ぶ。

案の定、ゴスロリ少女によるものだった。


「どうかした? えっと…」

「へきる。わたしは、へきる。」


俯いたままだがしっかり名乗る。

そして今度はちゃんと私を見上げてて言った。


「おねえさま、とれじゃーずに行っちゃうの?」


とれじゃーず?


「エゼルがリーダーの秘密結社だよ。」


こっそり無気力さんが口添えしてくれる。

随分センスのない名前だなあ…。


「…わかんないよ」


私は秘密結社っていうものがわからない。

何せ今日初めて見たし。初めて聞いたし。

でも…あっちには暦がいる。

暦は私のことを、何とも思ってない風に見た。

そして私を洗脳しようとした、らしい。


「でもね」


誰も私の元に来てくれないと思っていたさっき。

壊れかけていた私を救ってくれたのは、間違いなくLancelotという四人だった。


「私は…借りを返さないのは性にあわないんだ」


足にも大分力が入る。これなら、歩くことくらいはできるだろう。

洗脳を止めてくれたLancelotに恩を返す為に。

さっきの感覚を思い出せ。腕が鉄になるあの感覚を。

あとは何となくで動けばいい。


「…あぁ、そうだった。後でまた言うけど、先に言っとくね。碧流、無気力さん。…さっきは八つ当たりしちゃってごめんなさい。扉も壊しちゃってごめんなさい。じゃあ、行ってくるね」


後で烈さんと千春にも言わなきゃ。

そんなことを考えながら、少し走る。

勢いつけてジャンプすれば、あの間に入れるんじゃないかなって思って。

私はしっかり地を蹴り、上からエゼルと烈さんの間に割って入った。

ぽかんとされてる。うん、知ってる。

私だってあんなに跳ぶとは思わなかったよ。

例えるなら足にバネが付いたんじゃないかって思うくらいだよ。

…つまり、人間の身体能力を超えてるってことだよ…。


「あ…はは…」

「お姉様!?」


乾いた笑いを残してエゼルに向き直る。

後ろには暦もいた。


「剣木梓くん。本当に…Lancelotのリーダーになると言うのかね?」

「今はまだわからない。でも、助けて貰っちゃったしさ。洗脳され掛けてる所を。それに…」


私は、暦に嫌われちゃったみたいだし。


「そっちに行く理由は無くなっちゃったんだよ。取り敢えず、私は恩を返す」


体が軽い。イメージ通りに動く。

…なんか、何もかもよくわかんないけど。


「五月雨」


水が猛スピードで眼前に迫る。

これ斬れるかな?斬れるよね?

私は水を弾き飛ばした。


「エゼル様!」


あと一歩でエゼルを追い詰められたのだが。

突然、橋が崩れた。


「お姉様っ」


がらがらと盛大な音を立てながら崩れる橋。

両端に、Lancelotととれじゃーずが対峙する形になった。


「…ふっ。ここまでか。」


諦めたように呟くと、砂色のコートを翻す。


「また会おう、剣木梓くん! そして、千春よ! 今度こそは決着をつけようじゃないか!」


高らかに笑いながら歩いていくエゼル。

暦は少し佇んだものの、エゼルに付き従うように歩いて行った。


「あああああ、大丈夫ですかお姉様!単身で割り込んできた時は本当にびっくりして心臓止まるかと思ったのですよ!?」

「本当だぜ。ったく…」


二人に怒られたものの、苦笑いして乗り越えた。

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