第3話 貴女が失った…家族にだって
素っ頓狂な声が出てしまった。
秘密結社、だと?何を言っている、彼女は。
「そして、お姉様、と言うのは貴女の事です。Lancelotにとってお姉様とは、リーダーを指します。」
という事は…。
「私が、秘密結社のリーダーになるってこと!?」
「はい。そういうことです」
至極真面目に頷く千春。
それに対して私は大層慌てていた。
「ちょ、ちょっと待って!?無理よ、そんな秘密結社のリーダーだなんて!」
「いいえ、出来ますとも。お姉様なら」
もう既に呼び方がお姉様になってるし!?
「どうか引き受けてください、お姉様。その為なら、私達は何でもやりましょう。貴女の手足となるも可。貴女の望むもの、全てを捧げる覚悟すらあります。」
真剣に桃色の瞳を細める。
後ろで控えていた無気力さんもゴスロリ少女もスポーツマンも。
何故か同じ目をしていた。あれだけ私をボロクソ言ってたくせに。
「貴女が失った…家族にだって。」
その言葉を聞いた瞬間、胸にとてつもなく嫌なものが渦巻いた。
心音があり得ないくらい大きく聞こえる。
「な…っに言って…」
私にとって、家族はお父さんとお母さんと暦だけ。
失ってない。私は、家族を失ってない!
現実を突き付けられたような気がして、私はドアの方へ走った。
「お姉様…お姉様!?」
「遥希、蜃気楼!」
「わかってるよ」
空間が歪んでまたドアが消える。
私は手を伸ばし、壁を一文字に薙いだ。
さっくりと切れたドアが大きな音を立てて落ちる。
私の腕は、剣と化していた。
全てが、物語の世界のように進む。
私の足は意思を置き去りに廃校を出る。
走る、走る、走る、走る…。
気付いた時には年季の入った橋の上に立っていた。
まずい、ここは何処だ。完全に迷子じゃないか。
周りを見ても人っ子一人いない。
聞こえるのは川の流れる音と、鳥の囀りだけ。
「…どうしよう」
私はどれだけ走ったのか。
ドアを切った腕も今では元通りただの腕。
「取り敢えず、帰らなきゃだよね…えっと…」
…どっちから来たんだっけ、私。
あああああ!私は馬鹿か!いや馬鹿だ!
何で自分の進行方向覚えてないかなあ!?
「か、体がこっち向いてたからこっちかな…」
必死に思い出して得た唯一の情報を元に振り返った。
「…っ、うわあぁぁぁぁ!?」
背後に気配もなく立っていた男性。
無造作に伸ばされた黒髪。同色のスーツをきっちり着ていて、その上から隠すように砂色のコートを羽織っている。見た目とは裏腹に、瞳は澄んだ水色だった。
「おっと、これは失礼。驚かせてしまったかな?」
恭しく頭を下げる男性。
私は心臓をばくばくさせながらも辛うじて返事をした。
男性はにこやかに続ける。
「私の部下に後ろ姿が似ていたものでね。つい。」
「あ、いえ。大丈夫です」
「もしかして…迷子かい?」
いきなり核心を突かれ、自分でも顔が赤くなるのを感じる。
何故わかった。いやわかるか。こんなところできょろきょろしてれば、それはもう迷子だよな。
「ちょっと…知り合いと言い争いになってしまって…。」
つきん、と胸のところが小さく悲鳴を上げた。
酷いことをした自覚はある。凄くある。
だから、私は謝らなきゃいけないのに。
「無我夢中で飛び出してきたら…迷子になっちゃって…」
怖かった。お母さんもお父さんも暦も、もう誰も私のところに帰ってこないんじゃないかって過ぎったら怖くなって…。
ただの八つ当たりだってわかってる。
たった一言。謝りたいのに。
「…剣木梓くん。君は何に悲しんでいるんだい?」
男性が私に訊ねる。
見上げた瞳を見て、私は動けなくなった。
精神論ではない。本当に動けないのだ。
水色の瞳が、初見より濁っている。
「何に悔やむ?」
ぎちぎちと、体を動かそうとするも動かない。
くっと歯噛みして見えない鎖を断ち切ろうと力を込める。
「何を欲す?」
男性の声が、奇妙に反響しているように聞こえた。
「な、にを言ってる…!」
「その言葉の通りさ。君は“何も持っていない”。」
「ふざけっ」
言葉がつまる。
原因は、男の後ろから出てきた女の子。
私と同じ茶髪。幼い頃から、よく似ているねと言われてきた容貌。
何もかもが…家出した時と何一つ変わらない妹がそこに立っていた。
「こ…よみ…?」
暦は笑わなかった。私の呼びかけに視線を向けるも、冷たく、無表情に私を眺めるだけ。
私の中で、何かが盛大に崩れた。
恐怖、絶望、悲哀…。
私の心を埋め尽くすのは、その三つだけ。
「ぁ…っ、あああああああああああっ!?」
周りを見ずに腕を薙ぐ。
橋の手すりがすっぱりと斬れ、大きな水音を立てて川に落ちた。
何で、どうして。
何で私の元へ誰も帰ってきてくれないの!?
視界にかすめる腕が、刀のような刃物に変わっていた事に驚いて破壊活動が止まる。
それとともに、すうと静かな音が響いて腕がもとに戻った。
「素晴らしい!妹が妹なら姉も姉と言ったところか!」
拍手をしながら笑っている男。
あぁ、何でこいつを攻撃しなかったんだと心底後悔した。
「暦、やりなさい。」
ヒールと橋の木が当たる音が次第に大きくなる。
暦が、私のところへ来ているのか。
顔を上げても、暦の表情は変わっていなかった。
無表情。私に対しての感情などないかのような、凍った目。
暦の口が、小さく動いた。
「夢心地」
私を中心に、紫色の魔法陣のような模様が浮かび上がる。紫の光は徐々に強くなって、私を取り囲んだ。
目が痛い。それもそうか。こんな至近距離で光を直視し続ければ、必然的に目は疲れる。
少しずつ思考も散っていくし…。これからどうなるんだろうな、私。
結局、千春たちには啖呵切ったまんま来ちゃった。
一言…謝りたかったなぁ。
覚悟を決めて目を閉じた時、不意にお姉様、という声が聞こえた。
幻聴か…流石に、千春たちが来てくれるなんてことはないだろうし…。
「お姉様!!」
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