第2話 こいつが、例の“お姉様”?
…は?
「…私っ?」
突然のカミングアウトに素っ頓狂な声を上げる私。
私を、探していた?
自分を指差し、問い返す私に、千春は頷く。
「探してたってか蹲ってただけだよね、千春」
「いいえ、探していたのです。だって、思い出して下さい。道端で、こんな格好で蹲ってた私に気付いたのは…貴女だけですよ?」
頭の中を、千春と出会った時の映像が流れる。
“通行者は気にも留めない。ただ、そこには何も無いかのように通り過ぎていく。”
私が、何気なく感じた雰囲気。
何もないかのように、彼女など映っていないかのように、通り過ぎて行った人々。
どうして、私は彼女に声を掛けたんだっけ?
どうして、私は違和感に気を留めなかった?
疑惑は増える一方で解決などしない。
「あ、あなた…何者…?」
声が、どうしようもなく震えていた。
今では、彼女の幸せそうな顔を見ても疑惑が吹っ飛ぶ事はないだろう。そんなくらい、疑惑は降り積もっていた。
「申し訳ありません。不安にさせるつもりなど毛頭なかったんです。…剣木梓さん。」
千春は着物の袖口に手を突っ込んだかと思うと、音楽プレイヤーを私に翳した。
そして電源が入ると、不思議な音が流れ始めた。
頭が真っ白になるような、女の子の歌声が。
「ごめんなさい、お姉様」
意識を手放す直前に聞いたのは、哀しみを帯びた千春の謝罪だった。
ふと思い出したのは、昔家族で旅行に行った時のことだった。
確か、私が中学ニ年生で暦が五つ下だから小学三年生の頃。あの時は、まだ家族が離れ離れになるなんて微塵も考えた事がなかった。この幸せが、ずっと続くとさえ思っていた。
遠目に見える、幼い私と暦そして父母。
仲睦まじく見える、私の家族。
そんな幸せも、消えてしまうのに。
『ごめんね、梓、暦。すぐに帰ってくるからね』
やけに大きいアタッシュケースを持って玄関を出て行ったお父さんとお母さん。
二人きりになってしまった家に流れる空気はあの時とは異なる、暗いものであった。
その二ヶ月後、暦も家を出た。
『ごめんね、お姉ちゃん』
テーブルに残されたメモ用紙に書かれた言葉。
これが夢だと願い続けた私の視界は歪んでいて、メモに書かれた言葉がよく読めなかったのを覚えている。
嫌な夢を見ていたような気がして、私は飛び起きた。
というか、掛けられていた布団を跳ね上げた。
「…何、ここ」
教室…だろうか。
黒板が前後に一枚ずつあり、横にはドアが二つ。
そして私が寝ていたのは中央にどんと構えられた赤茶色のソファー。
それ以外は、まんま教室。
机も椅子も端に避けられてはいるが学校で使われているものだし、何よりあの黒板。あれはまさに教室の象徴だろう。
ところで、私は何でこんなところで寝ていたんだっけ?
「学校の帰りに…千春と会って…ホットケーキ食べさせて…雑談してて…、ああああ!?」
そうだ、あの意味不明な音楽プレイヤー。
それから女の子の歌声が聞こえたかと思ったら頭が真っ白になって…。
「とっ、とりあえず、外に出なきゃ…!」
ソファーを降りてドアに手をかけると力を加えない内にガラガラっと開いた。
廊下に立っていたのは、女の子。
私とは頭二つ分くらい違う。黒くウェーブ掛かったツインテールに、同じく黒いふりふりのゴスロリを纏った小柄な女の子。
私が立っていて驚いたのか、エメラルドグリーンの瞳は大きく見開かれている。
「え、あの」
「ひぁあああああああああ!?」
叫ばれた。凄い勢いで叫ばれた。
「いや、あの」
「はるきぃぃいいいいっ!」
喋る前にまた叫ばれる。
そしてゴスロリ幼女は私の横をすり抜け教室の中に駆け込んだ。
「なんでっ、なんでよぅ!教室からださないでって言われたのにっ!」
ぽかぽかと彼女は後ろの棚の上を叩いている。
いや、そこに何が…と考えていると、丁度彼女が叩いていた所を中心に、空間が歪んだ。
現れた、棚に寝そべる男性。
あれは寝癖だろうか、茶色でふわふわしていそうな髪が気怠げにくしゃりと握られた。
すがめられた瞳は光の加減でオレンジや黄色に見える。
彼は面倒くさそうに起き上がると私とゴスロリ少女を見比べて、ふわぁと欠伸をした。
「あー、そこの?そう言えば出すなって言われてたから、出ないでねー」
そこの、って何だし。 あと、そう言えばって忘れてたのか。いいのか、それは。
そんな無気力さんを無視して廊下に出ようと足を進めようとする。瞬間、爪先にガツンと壁が当たった。
「いっ…」
あれ、おかしいな。なんでドアがなくなってんだ!?
一面、壁。二つあった筈のドアは、もうない。
「えっ…何で…」
だって、あの子は教室のドアから入ってきたじゃないか。何で無いんだ。
「あ、もしもーし、千春?うん、起きた起きた。…えー、面倒くさいなぁ。」
千春、という名前が聞こえた瞬間、反射的に振り返る。それに気付いた無気力さんはほぉ、と目を真ん丸くした。
「千春のこと、知ってる?あ、知ってるか。千春が連れてきたんだもんね。盲点盲点」
自問自答して通話を切る。
さて、と棚を飛び降り私の元へ歩いてきた。
…ゴスロリ少女は依然震えたまま動かなかったが。
「はいはい、ソファーに戻ってねー。もう直ぐ千春が来るから。そしたら、俺はまた寝られる!」
「寝られませんよっ!!」
バン!という音と共にまた空間が歪み、ドアが倒れてくる。
「
怒濤の勢いだった。
うん、やっぱりお淑やかキャラじゃないのかも。
だってドア倒したし。引き戸なのに蹴破ってたし。
「うるせぇよ、千春。」
千春の後ろから聞こえてきた怒ったような低い声。声の主は黒髪に赤メッシュ、秋だと言うのにタンクトップのスポーツマン感溢れる男性だった。歳は私と同じ位か。
彼は私を見た途端、鬱陶しそうに紫の瞳を細めた。
「で?こいつが、例の“お姉様”?」
は?
…本日、二回目である。
「そうです。この方こそ、我がLancelotの“お姉様”となる方です。」
何故か、私の知らない内に話が進んではいないか。
らんすろっと?おねえさま?
…何それ。
「ち、ちはるぅ、なんか、びっくりしてるよ、この人」
「無理も無いだろ。千春、どうせ何の説明もせずに連れてきた…てか、拉致ってきたんだから」
「人聞きの悪いこと言いますね、遥希。お姉様が、家に来たいと言ったんですよ」
確かに言った!
「は!?じゃあマジでこの女がLancelotのリーダーになるのかよ!?」
「うっ、うそ…」
露骨に絶望されると、かなり傷つくんですが。
ていうか…これ、何の集まり?
「
千春が窘めるが当の二人、特に烈と呼ばれた男性の方が肩を怒らせながら千春に詰め寄っていた。
「ふざけんなよ、千春。この女、見るからに何の能力も持ってねぇじゃねぇか。なのに、そんな奴が俺らのお姉様になるってのかよ!?」
「何の能力も持たないのならば遥希の【蜃気楼】で姿を消していた私を見つける事は不可能です。貴方だって、了承したじゃ無いですか」
謎のワードが増えていく…。
「あっ、あのさ!」
意を決して声を上げた。
…ゴスロリ少女が悲鳴を上げてたとか知らないから。
「私、何の説明も受けてないんだけど。ていうか、歓迎されてないなら、帰ってもいい?」
正直何だかわからないが、自分に敵意が向けられてるのは見るからにわかる。
「な、何を言いますか!歓迎していますよ、ね!?」
ばっと顔を背け、ね?ともう一度言う。
心なしか、ドスの効いた声というか…。
「そ…そうだなっ…」
無気力さんの頬が引き攣っている。
あれは笑みじゃない。恐怖の表情だ。
「…無理矢理言わせてな」
「そんなことありませんよ」
即答だった。言葉の後ろに被せられたよ。
「では、説明させて頂きますね」
にっこりと微笑んだ千春は斜め後ろに下がり、ゴスロリ少女の隣に並んだ。
「私達は、
「ーーー、は?」
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