試練/7

 遥香にらしさが戻り、僕らの士気が戻ったように思える。


「やるじゃん、見直したぜ」


 進藤先輩の言葉に偽りの色は見られない。本当に彼は僕らに感心したのだろう。


「でもよ、こっちは情報熟練者エキスパートでな。お前たちには敗けられねぇんだ」


 リリィの攻撃による土煙が、三つの風で吹き飛ばされる。


「わりぃ、遅れた」

「遅いっての」


 チーム一騎当千残りのメンバーが全員揃う。剣道部らしく、全員武器が刀であった。


「奏、準備は整った」


 一騎当千チーム全員が、こちらを睨み付ける。


「狙うは天広と高遠だ。他は無視していい。行くぞ!」


 進藤先輩が刀の切っ先をこちらに向け言う。


「「「「応!」」」」


 五人の情報熟練者エキスパート達は二手に分かれこちらへ向かってきた。


「スキルとアビリティは使うなよ! 天広の相棒はスキルを盗むぞ!」

「盗むなんてとんでもない! 借りるだけだっつーの! 他力本願、セット! 速攻!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキル速攻Aがランクアップし、速攻EXになります。

――スキル、速攻EX。機動と攻撃が上昇します。ランクA以上の場合、更にステータスが上昇します。


 正詠のスキルを使い、相手の攻撃から逃げ回る。


「ちっ、高遠のスキルか! 目標変更! 高遠を狙え! EXじゃなけりゃあ捕まえられる!」


 テラスを倒すのが面倒とわかった途端、彼らは目標を変更した。


「ロビン! 回避!」


 全員の攻撃を回避しつつも、ロビンは矢を放っていく。


「随分と寂しいこと言うじゃねぇか、無視しろなんてよぉ!」


 日代の言葉と共に、強大な剣圧放たれた。

 それを回避し、体勢を崩した兵藤先輩の相棒をリリィは逃さない。


「リリィ、ぶん殴って!」


 リリィの攻撃がヒット。だが兵藤先輩の相棒は倒れない。


「軽い! 反撃しろ、鬼一きいち!」

「させません、アクアランス!」


 しかしその反撃も平和島の攻撃で防がれる。


「いいか、スキルとアビリティを惜しまず使え! 先輩達は平和島がいる限り使わないぞ!」


 正詠の叫び声に全員が頷き、相棒達は武器を強く握り直す。

 攻防激しい戦いだった。

 一騎当千は統制の取れたチームワークで戦い、僕と正詠、平和島を狙った。けれど狙いがわかるのなら僕らも守りやすい。攻撃の間で日代や遥香が援護に入り決めの一手を防ぎ続けてくれた。

 僕らのチームは隙が出来た相手を一人でも見つけると全員で攻めたが、進藤先輩の的確な指示で致命傷は与えられない。

 そんな戦いが、長く続いたときだ。


――残り五分です。


 アナウンスが、残り時間を告げた。これは、やばい。


「作戦通りだ。よくやってくれたな、みんな」


 進藤先輩の言葉と同時に、彼らは攻撃の手を止めた。そして、工藤先輩、山本先輩、兵藤先輩たちの後ろに、進藤先輩と藤堂先輩が立った。


「なぁ情報初心者ビギナー。延長戦では体力、技力共に完全に回復することを知ってるか?」


 じりと、ノクトが半歩足を擦ると、ばちりと雷が落ちた。


「なんで大将の俺とプライドプレイヤーの奏が勝負を挑んだと思う? 仲間が揃うまで待っていれば良いと思わないか?」


 一呼吸置いて。


「俺たちが最も注意しなければいけなかったのは、奏を平和島と戦わせないこと。だから俺が進んで那須と平和島と戦った。まぁ天広と日代がこっちに来たのは予想外だったが……それでも俺たちの作戦通りだった」


――残り四分です。


 進藤先輩と藤堂先輩の二人は武器をしまう。


「俺たちは確実に勝てる方法で勝つ。を撒き餌にして、俺たちは〝プライドプレイヤー同士の戦い〟を狙ってたんだよ。目の前でそんな餌があったらよ、お前達は喰いつくだろ情報初心者ビギナー?」

 そんな二人とは対称的に、残りの三人は武器をしっかりと構え直している。


「延長戦ではまた決まったランダム位置からの戦闘だ。俺と奏は十五分全力で逃げ切るぜ? 逃げ回れる自信がある。そんでプライドプレイヤー同士の戦いに持ち込む。高遠、お前が奏に勝てるわけないしな」


 三人の壁から、進藤先輩の狂暴な笑みがはっきりと見えた。


「工藤、兵藤、山本。囮は任せた。負けてもいい。気楽にやってくれ。それと奏、もういいぞ」

「うん。じゃ、あんたら情報初心者ビギナーとはここでバイバイだね」


――スキル、静寂。ランクAが発動しました。一定時間、敵味方含めスキルとアビリティが使用不可能となります。


 勝利を確信した相手の笑み。


「あんたらさ、俺たち情報初心者ビギナーのこと舐めすぎ」


 しかし、その笑みは正詠も浮かべていたのだ。


「ロビン、あの余裕のツラを


――残り三分です。


 あと三分。

 まだ僕も、他のみんなも、あいつ進藤先輩を殴ってない。

 ロビンは僕らの前に立つと、指を一本立てる。

 正詠の言葉に「ははっ!」と進藤先輩は短く笑った。


「お前らホントにはったりが下手だなぁ! 乗るかっての、そんなもんに! 退くぞ、奏!」


 一歩、進藤先輩が足を踏み出した途端、爆発が起きた。


「は?」


 それはもう一歩彼が進んでいたら、足元で爆発していたものだ。


「あと五十はあるかな?」


 正詠の余裕の笑みは崩れない。


「アビリティ? でもアビリティは使えないはず!」


 藤堂先輩が驚きの声を上げると、再び爆発が起きた。


「俺たち全員とドンパチ始めた時点で、詰んでるんすよ先輩達は」


 また爆発が起きた。

 相手は何が起きているかもわかっていないようだ。それはもちろん、僕たちもだが。


「安易に攻撃させすぎだって、俺たちに」


 連続して爆発が起きる。

 それは先程、進藤先輩の退路を絶った箇所だった。


「静寂は既に発動してるアビリティに効果はないですよね」

「設置型のアビリティか!」

「アビリティコード113。投擲武器のみ使用可能なレアアビリティだ。俺は地雷矢じらいやって命名してる」

「はぁ!? 二年三年合同の全国模試で成績上位者に配布されたアビリティだぞ!?」

「俺、頭良いんすよ。その模試で五十位以内に入れる程度には」


 進藤先輩をコケにした正詠は僕を見て、頷いた。


「正詠が道を開いた! 行くぞぉ!」


 全員が駆け出した。


――残り二分です。


「くそっ! あとたった二分だ! 耐えてくれ!」


 チーム一騎当千は踏ん張り、武器を全員が構え直した、だが。


「狙いは一人だぁ!」


 工藤先輩、山本先輩、兵藤先輩の足元には既に正詠が放った矢がある。それが爆発し、壁だった三人を吹き飛ばす。そして進藤先輩と藤堂先輩の間で爆発が起きた。


「そんじゃ、まずは俺が一発だ!」


 ロビンがツルギを殴り。


「そんで俺だ!」


 次にノクトがツルギを殴り。


「ごめんなさい!」


 そしてセレナがツルギを殴る。続いてテラスが拳を固く握るが。


「あとたった少し! 情報初心者ビギナーなんかに負けるかぁ!」


 何度かの爆発を掻い潜りながら、エルレが突進してきた。


「僕はもう殴ってるから結構っす」


 くるりとテラスはエルレへと振り向いた。


「すまない、テラス。我慢してくれるか?」


 険しい表情で頷いたテラスは、エルレの攻撃を防御せずに体で受け止める。


「はっ! 好都合! 大将が囮になってくれんの!?」

「あんたらと同じっすよ! 遥香ぁ!」


 ツルギを殴り終わった全員は、各々が一人ずつ相手を止めにかかっていた。遥香が、リリィが……最高の一撃を放てるように。


「殴ることに関しては、うちの遥香は仲間内で一番です」

「その前にあんたを倒せば!」

「無理だっての!」


 テラスはがっしりとエルレを押さえつけ、これ以上の攻撃を防いでいた。


――残り一分です。


 リリィがツルギの前で左足を軸にし、体を捻った。


「あと一分、お前ぐらいの攻撃耐えてやる!」


 強がりではないだろう。彼の笑顔はまだ余裕がある。それはツルギも同じだ。気持ちが挫けなければ、相棒はそう易々と倒れない。

 そんな彼らを前に、充分に力を溜めてリリィは拳を振りかぶる。

 耐えてやるという強い意思を進藤先輩とツルギは瞳に宿し、その拳を睨んでいた。


「おらぁ!」


 だが、その拳が降り下ろされることはなかった。

 その代わり、リリィの右足が思い切りツルギの股間にヒットした。


――残り、三十秒です。


 場が静まり返り、ぐらりとツルギが前のめりに倒れかけたそのときに、ようやくリリィの拳が降り下ろされる。


「遥香、南南東に蹴り飛ばせ!」


 正詠の掛け声に、遥香とリリィは頷き、ツルギを蹴り飛ばす。


「さすがにあれで終わりじゃあんまりだ……」


 ぼそりと正詠は呟くと、いくつかの爆発が起きた。


――ツルギ、戦闘不能。よって、チーム太陽の勝利です。


 アナウンスと共に僕らは現実に戻り、すぐに機器を外した。


『なんということでしょうか……あぁ、信じられない』


 地下演習場はしんと静まり返り、海藤の声が異常なほどに響いている。


『なんと……終了三十秒前で準決勝を制したのは、準決勝を制したのは……!』


 少しの間のあと。


『今大会初出場、二年のみで構成された渾身の情報初心者ビギナー! チーム太陽だぁぁぁぁぁぁ!』


 海藤の叫び声と同時に、観客席から割れんばかりの歓声があがった。


『史上二度目の、二年生決勝進出ー!』


 そんな歓声を受けながら、僕らは遥香の元へと駆けた。


「やったね、遥香ちゃん!」


 遥香の手を掴み、喜ぶ二人を前に我ら男性陣はというと。


「よくやったが……いくらなんでも、なぁ?」


 正詠が僕と日代を見て苦笑いを浮かべた。


「那須、お前おっかねぇ奴だな」


 日代は言いながら頭を振った。


「お前……金的て……」


 正詠の咄嗟の機転で、不名誉な敗北は避けられたのが救いだろう。


「お前らなぁ……」


 いつの間にか、進藤先輩たちは僕らの背後に立っていた。

 そしてツルギはというと、進藤先輩の肩で股間を押さえたままうずくまっていた。

 わかる、わかるよツルギ。いくらAIでも男だもんな。痛苦いたくるしいよな、わかる。


「卑怯なんて言いませんよね?」


 遥香が胸を張って言った。


「言わねぇっての、全く。負けたよ那須遥香。それと……戦ってる最中にお前を傷つけるようなこと言って悪かったな」

「仕方ないから許してあげます」


 はぁ、と大きくため息をついて進藤先輩は正詠を見た。


「高遠、やるじゃねぇか」


 その一言で、他の先輩だけでなく、僕らも正詠を見た。


「はは……正直言うと、完全に行き当たりばったりですけど……それでも……」


 正詠は僕らを見て、微笑んだ。


「何となく、勝つことは予想していました」


 その回答に、進藤先輩だけでなく全員が笑った。


「ったく、お前らに負けた奴らが〝生意気な情報初心者ビギナー〟って言ってたのがよくわかったわ」


 進藤先輩は楽しそうに笑いながら正詠の頭を撫でていた。


「次が一番しんどいよ」


 藤堂先輩の言葉がそんな和やかな雰囲気を一気に引き締める。


「なんだよ、藤堂……先輩は心配してくれんのか?」


 一瞬呼び捨てしそうになったが、日代は何とか先輩という言葉を付け加えた。


「あんた、ちゃんと先輩って言えるんだ」

「うるせぇ」


 戦いが終われば日代もわざわざ極端な悪態を付かない。それはどうやら藤堂先輩も同じようで、バディタクティクスのときの凶暴さは感じられない。


「心配してるよ、そりゃあ。私たちに勝った後輩だもん」


 進藤先輩とそっくりな笑みを浮かべて、藤堂先輩は日代を叩いた。


「勝ちなよ、特攻隊長」

「けっ」


 一連の会話が終わると、海藤がマイクを持ちながら僕らの前に現れた。


『さぁチーム太陽! 決勝戦の意気込みをどうぞ!』


 マイクを受け取って、僕は全員と顔を見合わせて頷き合った。


「僕達は上がってきたぞぉぉぉ! どうだ情報熟練者エキスパート!」


 わぁっと、地下演習場は更に盛り上がる。


「決勝戦も魅せてやるぜ、僕らの快進撃を!」


 そう……僕たちは、僕たちは決勝に駒を進めたんだ!

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