試練/6/弱った心に鞭打って

 別に最初から嫌だった訳じゃない。

 いつの間にか、少しずつ、少しずつ居心地が悪くなっていった。

 私一人いなくても、こいつらはこいつらで楽しくやるんじゃないかなって、思っただけだ。

 私はただ、いつもみたくみんなと楽しく話せれば良かったのに。いつもみたく勉強の話や、部活の話、友達の話をできれば良かっただけ。

 でも相棒が来て、バディタクティクスに参加して変わってしまった。

 太陽は口では面倒だなんだと言いながら、テラスを可愛がっていた。

 正詠はバディタクティクスにのめり込んで、それでも勉強も部活でも手を抜くことなんてなかった。

 透子は電子遭難しかけたセレナが戻ってから、前よりも明るくなったし、強くなった。

 日代は不良じゃなくて、本当は仲間を思いやるような優しい奴で、やるときはやる男だった。


 私は……私はなんなの?


 みんなが、いつの間にか新しい何かを見つけている。私にも何か新しい変化がほしかった。

 だから、調べたもん。バディタクティクスについて。

 私だって、頑張ったもん。リリィを強くするために。

 私だって、みんなと一緒に新しい何かを見つけたかったの。

 それなのに、なんで信じてくれないのさ。なんで頼ってくれないのさ。

 こんなに調べたのに。

 こんなに頑張ったのに。

 リリィがテラスのようなスキルがないから?

 リリィがロビンみたく強くないから?

 リリィがノクトみたく見方を守れないから?

 リリィがセレナみたくみんなを支援できないから?


 私の相棒が……私が、弱いから?


――嫌いじゃない。そんなあなたのことが。


 ふと、リリィが言ってくれたことを思い出した。

 違うよ……私は、あんたの相棒に相応しくない。あんたに好かれる価値なんて。


「優等生、お前は太陽を援護しろ! 那須!」


 名前を呼ばれ体がびくつく。


「いつまでもらしくねぇぞこの馬鹿女! メンヘラしてんじゃねぇ!」


 日代の強い瞳が私を威嚇する。

 やめてよ、これ以上私を惨めにしないで。


――いつまでそうしてるつもり?


 音も何もなく、視界の端にメッセージが表示された。


――行くよ、相棒マスター


 リリィを見た。

 彼女は笑っていた。


「俺をさっさと助けろ!」


 そんな日代の言葉に、リリィはゆっくりと立ち上がった。


――相棒マスター。私が戦うための勇気をちょうだい。あなたの言葉で、もう一度戦える勇気を。


 こんなにも、私はリリィを信頼できなかったのに。

 それだというのに、リリィは……私の相棒バディは今もなお信頼してくれている。

 あぁ、もう。

 ださい。

 私、超ださい。

 自分がされて嫌だったことを、大切な相棒バディにするなんて。


「あんたらには、後でたっぷり文句言うんだから!」


 うん。大丈夫。まだ立てるよ。

 リリィは拳を鳴らすと、大地を蹴ってエルレへと向かう。


「リリィ!  まずは一発行こう! 当たらなくても気にしない!」


 リリィは拳を振りかぶり、勢いを殺さずにエルレへと降り下ろした。


「当たらないって!」


 躱されるけど、それでいい!


「臥王拳!」


 拳は降り下ろされ、激しく地面を割った。


「嘘でしょ……?」


 呆然と藤堂先輩はその様を見た。


「っしゃあ! まだまだやれる! ここから本気出してくよ、リリィ!」


 遥香の言葉に、楽しそうにリリィは微笑んだ。


「工藤たちももうすぐ着く、気合入れろ、奏!」

「うん!」


 進藤先輩と藤堂先輩が、互いを励まし合う様子がとても美しく感じた。


「那須! 藤堂がプライド持ちだ! 増援が来る前にぶっ倒すぞ! 太陽、高遠、しっかりと足止めしとけ!」


 声をかけてきたのは日代だ。


「リリィ、三蓮華さんれんげ!」


 威力は低いが三連撃を放てる初級アビリティ。


「はっ! そんな攻撃なんて……!」


 風を纏うエルレが身を引いた。


「ちょっ、エルレ!?」


 それもそのはず、リリィの攻撃はエルレの風を吹き飛ばしていた。


「よっしゃあ! 穴が空いたならそのまま特攻!」


 リリィは空いた穴を潜り、エルレへと拳を振りかぶる。


「臥王拳!」


 その一撃はエルレを後方へと吹き飛ばす。


――リリィの攻撃がクリティカルヒットしました。


「奏!」

「大丈夫! エルレもまだやれる!」


 すぐに体勢を整えると、エルレはそのままリリィへと連撃を放つ。


「まさか風特攻持ちだったとは予想外だったよ!」


 藤堂先輩は楽しそうに笑っていた。

 風特攻アビリティ。初級で取れる珍しくもないアビリティ。相手の風属性の防御をランクに応じた回数分だけ、ランクに応じた分低下させられる。

 正詠が「風属性が風属性に負けるなんてださすぎるだろ?」といった理由で勧めてくれたアビリティだ。

 リリィが持つ風特攻のランクはC。使用回数は二回。一度の攻撃なら効果は薄い。しかし一度の攻撃が三回なら話は別だ。三蓮華で纏う風に穴を空け、臥王拳で僅かな風耐性を打ち消した。

 考えたわけじゃないけど、リリィなら出来ると確信していた。


「でもこれならどうよ!」


 エルレは一旦距離を取ると、纏っていた風を球状に変化させた。


「こんな使い方もあるって知ってた?」


 それをエルレはリリィへと向けて放った。


「風塵乱舞は攻守両方で使えるってさ!」


 強大な旋風を圧縮したそれは、猛烈な勢いで向かってくる。


「ボールから逃げるバレーボール部がいるかっての! リリィ、レシーブ、構え!」


 リリィは足を広げしっかりと踏ん張る。


「バレーならこの中で私が……一番だぁ!」


 風の球をしっかりと受け止めるリリィ。


「セレナ! ガードアップをリリィに、特に手!」


 リリィの手を中心に防御が上昇する。透子を見ると、彼女と目が合った。


「ナイス援護! でも後で喧嘩の続きだからね、透子!」

「うん!」


 リリィは頭上に風の球を弾き上げた。


「呆れた……受け止めようなんて、非常識すぎ!」

「私はゲームの常識なんて知らない! でもね、最高のレシーブで上げた球ってのはさ……!」


 リリィを見て、互いに頷くとリリィは高く飛び上がる。


「最高のスパイクを決めるってのが常識なのっ!」


 リリィの高さも球の位置もバッチリ!


「風塵拳!」


 風の球に対し更に風の力を加え、リリィは最高のスパイクを相手に返す。


「奏! 逃げろ!」

「あぁくそっ! かっこいいじゃんか、那須遥香!」


 風の球は藤堂先輩には当たらなかったが、それは大地を砕いて盛大な土煙を上げた。

 リリィが着地すると、また私たちは互いに頷いて。


「よっしゃあ!」


 ガッツポーズを取った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る