試練/6

 泣いていた。

 遥香も、その相棒のリリィも。遥香は必死に涙を隠そうとしているが、それは意味がなかった。挙げ句、遥香は顔を隠した。それでも、指の隙間からは涙がぽろぽろと零れていた。


「遥香……?」

「見るな、馬鹿……」


 僅かに漏れる嗚咽が、僕の胸を強く締め付けた。


「テラス!」


 精一杯に声を張って、自分の相棒の名前を呼んだ。


「こいつをぶっ倒すぞ!」


 テラスは強く頷いて、ツルギへと刀の切っ先を向けた。


「大将のお出ましか? 都合が良い、ここで……」


 進藤先輩が話し終わるよりも先に、テラスは武器を振るっていた。


情報初心者ビギナーはせっかちだなっ!」

「テメェ遥香を泣かせたな!!」


 強い奴だ。負けそうになったから泣くなんて有り得ない。むしろどんな状況でも勝ち筋を探して、それに賭ける。勝っても負けても、そのあとに泣くのが遥香だ。

 不安だからと泣くような奴でもない。不安ならそれを噛み締めて、自分を奮い立たせるはずだ。ましてや、後ろに平和島がいる状況でこんな風に泣き崩れるわけがない。


「オレの幼馴染みを泣かせやがったなこの野郎!!」


 じゃあ答えは一つだ。こいつが何かしやがった。こいつが遥香を傷付けたに決まってる。


「ぶん殴って、勝って、遥香に謝らせてやるからな!」

「ははっ! 粋がるなよ天広! このレベル差じゃあ勝てないっての!」

「テラス、紅蓮!」


 ツルギと距離を取り、テラスは刀を力強く振り上げると、ちりとツルギの足元で爆ぜる。


「は?」


 素っ頓狂な声を発したのは進藤先輩だ。明らかに初級のアビリティ。それだというのに、回避せねばと思わせる脅威をそれは感じさせた。たまらずツルギは身を転がしその場から逃げた。

 重厚な発火音と共に、初級のアビリティとは思えない威力の火柱が、今までツルギがいた足元から舞い上がる。


「おいおい……これって初級アビリティだよな……」


 体勢を崩したツルギにテラスが斬りつけにかかるが、それをツルギは受け止めた。


「ま、面倒なスキルの効果だろうけどな……!」


 ツルギはテラスの刀を上方へと弾き飛ばす。


「武器がなくなりゃあ大した……!」

「他力本願、セット! 臥王拳!」


 油断したツルギの襟元を掴み、テラスは拳を固く握った。


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。

――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中確率で大威力の通常攻撃を行います。


「しまっ……」

「歯ぁ食いしばれよこの野郎!」


 テラスの拳はツルギに右頬に入り、吹き飛ばした。そしてテラスは頭上で回転していた刀をぱしりと受け取める。


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


「さっさとかかってこいよ、情報熟練者エキスパート! 殴り足りねぇ!」


――スキル、逆上。ランクAが発動しました。全ステータスが上昇し、反撃を行います。


 土煙の中から物凄い勢いでツルギは突進し、刀を振るう。


「調子に乗るなよ、天広!」

「他力本願、セット! リズム感!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。スキルリズム感C+がランクアップし、リズム感A+になります。

――スキル、リズム感A+。攻撃を回避後、次の攻撃も回避しやすくなります。また、ランクA以上の場合、通常の回避確率も上昇します。


 ひらりとテラスは攻撃を躱した。


「他力本願、セット! 臥王拳!」


――スキル、他力本願。ランクEXが発動しました。アビリティ臥王拳Cがランクアップし、臥王拳Aになります。

――アビリティ、臥王拳A。単体の敵に中確率で大威力の通常攻撃を行います。


「もう一発だこの野郎!!」


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


 再度テラスの攻撃がクリティカルヒットし、今度はツルギを地面へと叩き付けた。


「テラス、まだまだ!」


 テラスが吠え、ツルギへと刀を降り下ろそうとしたその瞬間。


「調子に乗るなって、言ってるだろうが! 俺達はこんなとこで負けられねぇんだよ!」


――スキル、逆上。オーバーロード。スキル、激昂Bへと変化します。スキル、激昂。ランクBが発動します。攻撃が上昇し、相手の攻撃を耐えた上で反撃を行います。


 進藤先輩の感情が一気に爆発して、スキルの進化が行われる。でも今はそんなもの!


「テラス!」


 テラスの攻撃でツルギは一瞬ぐらつくが、しかし闘志は消えず反撃の刃がテラスを襲う。


「受け止めろ!」


 激しい金属音が響いた。


「本当に面倒なスキルだな!」

「早く謝れよ、遥香に!」

「泣かせたのは俺じゃねぇ、お前の仲間だよバーカ!」

「そんなことどうでもいいんだよ! テメェが泣かす理由を作ったんだろ!」

「それでも泣かせたのはお前の仲間だ馬鹿野郎!」


 そんな問答の最中、ツルギの背中に立つ黒い影。


「黙れ馬鹿野郎。俺のダチはいつでも馬鹿野郎だ!」


 ノクトはその大剣を充分に力を溜めて降り下ろした。


――ノクトの攻撃がクリティカルヒットしました。


 背後からの攻撃に力が抜け、前方からのテラスの一撃も、ツルギは受けてしまった。


――テラスの攻撃がクリティカルヒットしました。


「ちっ! 数が多すぎるか……! 退くぞ、ツルギ!」


 歯軋りするツルギは逃げの道筋を見つめるが、その先にいくつもの矢が降り注いだ。


「あぁくそっ! 邪魔だな!」

「正詠! テメェこそこそ隠れてないで出てこい!」


 遥香の涙を見ていた正詠に腹が立って叫んでいた。


「全く……せっかくの作戦がぱぁだ」


 姿を現した正詠のその一言に、一気に僕の頭は沸騰したように熱くなった。


「遥香が泣いてるってのにそんなこと言ってる場合か!?」


 正詠の胸倉を掴み、怒鳴り散らす。


「オレ達の幼馴染みが! 仲間が泣いてんだぞ!! 次そんなこと言ってみろ! ぶん殴ってやる!」

「……すまな……いや、ごめん」


 素直に謝る正詠をこれ以上責める気にはならない。こいつよりも、まずは文句を言わなきゃいけないやつがいる。


「透子! 進藤先輩が言ってるのは本当なのか!?」


 びくりと体を震わせる透子と、唇を一文字に結ぶセレナ。


「……うん」

「……!」


 弾ける音が二つ重なる。

 それはテラスがセレナを、僕が透子へと平手を打った音だ。


「テメェ天広!」


 僕の肩を日代が、テラスの肩をノクトが掴むが気になどしない。


「どんな状況でも仲間を見捨てるようなことをするな! ゲームだから良いってもんじゃねぇんだぞ!」


 そんで最後は……!


「進藤先輩、あんただけはオレがぶっ倒すからな!」

「そのまま喧嘩してくれてたらありがたかったんだがなぁ……しゃあない」


――スキル、情報展開。ランクCが発動しました。味方に自分の現在位置を報せます。


「太陽、一旦下がるぞ。藤堂先輩を倒したわけじゃないんだろ?」

「正詠……いや、わりぃみんな。ここで逃げたくないんだ」


 心臓の音が、耳のすぐそこで聞こえる。それだけでなく、心臓の脈動と共に血管を血が巡る音すらもはっきりと聞こえる程に。


「全員でこの先輩を一発ずつぶん殴るぞ!」


 僕の一言で、進藤先輩とツルギに仲間全員の視線が注がれた。


「おーおー。さすがに仲間が全員揃うと強気になるねぇ」


 進藤先輩は肩をすくめ、やれやれと頭を振った。


「でもよ、あと少しすれば俺の仲間も来る。それぐらいなら逃げ回れる自信はあるぜ」

「けっ。逃げ回れる自信か。くだらねぇ」


 日代が言うと、ツルギが刀を構えた。それが合図かのように、僕らの相棒も武器を構える。


「奏から逃げてきたお前がそんなこと言うのか、日代?」

「逃げたんじゃねぇ。うちの馬鹿が仲間を助けると言ったからそれに乗っただけだ」


 そう。僕と日代は藤堂先輩と戦っていた。戦っていたのは基本日代だけで、僕は何もせず見ていただけだが。

 藤堂先輩はかなり強かった。パワータイプのノクトとは対照的に、エルレは素早く削ぐように戦うスピードタイプ。相性は当然悪かったけど、それでも日代は善戦した。


「名案だったとは思うぜ。お前達と奏じゃ相性悪いだろうしなぁ」


 のんびりした話し方ではあるが、彼はこちらの様子をじっくりと伺っている。


「日代、お前作戦の事太陽に言ったんだろ?」

「あいつがしつこくてな、まぁ仕方ねぇだろ」

「透子や俺が相手スキルの詳細を把握して太陽に使わせるつもりだったのに、全く……」

「そのために俺と那須が犠牲になるって知った途端、だ」

「わかってる。あいつはそういう奴だ……それじゃあ」


 正詠は日代と話しているが、ロビンは弓を引き絞って矢先をツルギに向けていた。


「大前、一本! 放て、ロビン!!」


 矢が一本、風切り音を伴いツルギへと放たれるが、ツルギはそれを一振りで弾いた。


「可愛くねぇ後輩だな!」


 ツルギは大地を蹴り突進。その目的は他でもない、僕のテラスだ。


「仲間を助けに来なけりゃあもっとやれたかもしれないのに、残念だった!」

「そうっすね! 無理に勝ちに行くなら仲間は見捨てるべきでしたね!」


 その攻撃を受け止め、テラスは反撃する。


「それでも見捨てたくなかった! このまま見捨てたら、僕は……絶対後悔してたし!」


 こちらの気持ちに応えてくれるように、テラスは斬撃を重ねていく。


「じゃあ敗けて後悔する方を選んだわけだな、お前は!」


 攻撃を凌いだツルギは刀を振り上げた。体勢を崩したテラスでは受けきれない。


「アクアブラスト!」


 しかし、平和島の攻撃がそれを防ぐ。


「見捨てなくていいなら、私もセレナも戦います!」

「ははっ! やっぱり見捨てるつもりだったんだな、平和島!」

「……っ!」


 平和島は進藤先輩の言葉に何も言わずに唇を噛んだ。


「テメーも藤堂のブスも随分と舌が回るなっ!」


 大剣をノクトは振り下ろすが、それをひらりとツルギは躱す。


「逃がしませんよ、進藤先輩」


 反撃を行う隙を与えぬようにロビンの矢が複数襲いかかるが、それすらもツルギは避けきった。


「おらどうしたよ、情報初心者ビギナー! 当たらねぇぞ!」


 舞うように戦うツルギに、次第に全員がペースを乱されていく。


「それでもあんたはそれが限界だ! 勝ちたきゃ使えよ、一騎討ちのスキルをさ!」


 テラスの炎が舞い上がる。


「やる必要ないって……なぁ奏!」


 ぞわりと背後からの殺気に寒気がする。


「テラス、回避!」


 複数の斬撃がテラスに向け放たれた。それをテラスはぎりぎりで躱す。


「ごめんね、剣。油断した」

「気にすんな、俺も油断してた。こいつらレベル低くてもここまで上がってきたってこと忘れてたぜ」


 互いに背中を預け合うツルギとエルレ。


「そんじゃ魅せてやろっか、剣!」

「おうよ、奏!」


――スキル、風塵乱舞。ランクBが発動します。自身の回避率と攻撃命中率が上昇し、攻撃回数が上昇します。


 エルレが体を回転させると、翡翠の粒子が風に乗って舞い上がる。


「さぁて行くよ!」


 その翡翠の風を纏い、エルレが攻撃を開始した。


「まずはあんたからだよ、ブサイク!」


 藤堂先輩の狙いは日代だ。

 先程の戦いの恨みもあるのだろうが、彼女の狙いは正しい。ノクトの体力と味方の守りは、正直相手にとっては邪魔に他ならないだろう。


「太陽、日代は俺が守る! お前は大将の進藤先輩を頼むぞ!」


 ロビンの矢が複数エルレに放たれるが、それを翡翠の風が吹き飛ばす。


「ちっ! 投擲特防か!」

「優等生、お前は太陽を援護しろ! 那須!」


 日代に名を呼ばれた遥香が、体をびくりと震わせた。


「いつまでもらしくねぇぞこの馬鹿女! メンヘラしてんじゃねぇ!」


 大剣を振り下ろしたノクトが、横目でちらりとリリィを見た。


「俺をさっさと助けろ!」


 そんな日代の一言に、リリィはゆっくりと立ち上がった。


「あんたらには、後でたっぷり文句言うんだから!」


 拳を鳴らし、リリィは再び大地を蹴った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る