試練/5/女子の友情
ゲームにおいて、レベル差というものは絶対だ。
それはステータスの差ということでもあり、文字通り経験値の差でもある。勿論、今までも彼女らと相手とのレベル差はあった。だが、今回の相手の経験値は今までの相手とは違う。
「はは、どうした那須遥香! そんなんじゃあ当たらないぞ!」
校内大会準優勝。そしてその実力からの全国進出への選抜。彼女ら
「リリィ、臥王拳!」
リリィは拳を大きく振りかぶってアビリティを仕掛ける、が。
「だから今までと一緒にすんなって!」
元より命中が低い攻撃。
余裕を持ってそれを回避し、ツルギは的確に攻撃を重ねていく。致命傷は避けているリリィではあるが、徐々にダメージが蓄積されていく。
「ちょこまかと!」
「ちょろいなぁ!」
言葉ではかなり挑発している進藤ではあるが、決めの一手前で平和島からの攻撃が入り、勝負をつけられずにいた。
しかし、それすらも楽しんでいる進藤。反対に遥香は苛立ちを募らせるだけだった。
「あぁもう!」
その苛立ちがリリィに伝わっているのか、彼女らの攻撃は徐々に粗雑になっていた。その隙を逃すような進藤とツルギではない。的確に、確実に彼らの攻撃はリリィの体力を削っていく。
「はははっ! 楽しくなってきたなぁ!」
ツルギの周りにいる進藤が一際大きく笑った。その声に反応するように、ツルギは刀を頭上で振り回した。
「魅せてやろうぜ、ツルギ」
――スキル、剣聖の境地。ランクCが発動しました。剣を使用した攻撃が強化されます。
「お前らの全力はそんなもんか、那須、平和島。俺のツルギはまだまだやれるぜ」
刀の切っ先をツルギはリリィへと向けて、余った手で挑発する。
「リリィ!
レベルに見合った攻撃アビリティ。
威力は低いが命中した相手を大幅に吹き飛ばすことができる。
「ツルギ、受けろ」
回避の姿勢を既に取っていたツルギは、進藤の命令にぐっと耐えてリリィを睨み付けた。
「しっかり当てろよ、
変わらぬ余裕の笑みを浮かべる進藤。ぎりと歯軋りをする遥香。二人はやはり、対照的だ。
「リリィ!」
頷いて、リリィは拳をツルギの腹へと叩き込んだ。
「ぶっ飛べ!」
激しい衝突音と共に風圧が発生した。そのあまりの勢いに、平和島は吹き飛びそうになりセレナにしがみついた。
――リリィのアビリティがクリティカルヒットしました。
確実なクリティカルヒット。そんな攻撃を受けたツルギは僅かに体を浮かせただけだった。
「で、それで終わりか?」
今までの軽い笑みとは全く違う、狂暴な笑みを進藤とツルギは浮かべる。
――スキル、逆上。ランクAが発動しました。全ステータスが上昇し、反撃を行います。
ツルギは刀を持たぬ手でリリィの首を鷲掴みにし、地面へと激しく叩き付けた。その威力は凄まじく、大地は彼女を中心に割れた。しかしそれでも勢いは消えず、リリィはゴムボールのように弾んだ。
そんなリリィを、ツルギは器用にも再度鷲掴みにした。
「しっかり気張れよ、リリィ!」
進藤はそう言ってリリィを蹴り飛ばした。
「リリィ!」
遥香の悲痛な呼び声も虚しく、ごろりごろりと転がって、リリィは倒れた。
「やっぱり、な」
ツルギは真っ直ぐにリリィを見ていたが、進藤は平和島とセレナに視線を向けた。
「やっぱりお前は、こいつを〝助けない〟」
その言葉は、ツルギが持つ刀よりも……いいや、どのような〝刃物〟よりも、遥香を斬り付けた。
「お前たち
ツルギはリリィがしばらく立てないことを察すると、平和島とセレナへと視線をずらした。
「一つ、運だけで勝ち上がる。一つ、作戦で勝ち上がる」
一歩、ツルギがセレナへと踏み出した。
「だから俺たちはお前達を簡単に分析できる。お前たちは二回も勝ち上がった。運だけじゃあこのゲームは勝てない。となりゃあ作戦だ。どんな作戦だ? 簡単さ、天広太陽……あいつのスキルを上手く使って、勝つ。あいつがいりゃあほとんどの高レベルスキルやアビリティは使い放題、あとはごり押しって寸法さ」
「それだけじゃ、ないとしたら……?」
平和島は震える声で、ようやっと強がりを口にした。
「ははっ! はったりってのはもっと上手くやらないと逆効果だぜ、平和島!」
セレナは剣を構え、ツルギを睨み付けた。
「やめとけって平和島。お前のスキルやアビリティじゃあ勝てないっての!」
「なら、リリィならどうなのよ!」
油断していたツルギの右頬に、リリィの拳がしっかりと入る。だがツルギは体勢を崩すことはなかった。そのまま、瞳だけをリリィへと向けた。
「なぁいい加減わかれって。レベル差ってのがあるんだよ。今までの奴らとは経験値が違うんだって!」
ツルギはリリィの拳を掴み、自分の方へと引き寄せて腹部へと膝蹴りを入れる。めきりと鈍い音がした。
「しっかしタフだな、お前」
〝ステータス〟ではリリィの体力基本値はAランク。
そしてこの〝ゲーム〟は現実と類比している。
負けたくない、負けられない、負けるもんか。
気持ちが挫けなければ、ステータスなど簡単に超越してしまう。しかしそれは、裏を返せば……。
「まぁ立ち上がるなら倒すだけなんだが……よっと!」
ツルギの斬撃がリリィを襲う。
――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。
裏を返せば、気持ち次第でどのような高ステータスも無駄になるということだ。
「弱いものいじめは嫌いなんだぜ、俺もツルギもさ!」
リリィを蹴り上げ、ツルギは再び斬り付ける。
――ツルギの攻撃がクリティカルヒットしました。
「リリィ、攻撃して!」
歯を食い縛り、リリィはツルギへと拳を振るう。確かに攻撃は当たっている。しかしツルギがダメージを受けている様子は見られない。
「何で……?」
攻撃は確かに当たっている。
それなのに、それなのにダメージは通らない。
レベル差というものだけではない。
そんなもの、今までの戦いにだってあったのだから。
「何で、何でよぅ……」
殴り続けるリリィに、遥香は哀れみを抱いていた。
何故、こんなにも私の相棒は弱いのだ。このまま戦わせて、良いのだろうか。
「透子! リリィを助けてよ!」
平和島に助けを求める遥香だが、彼女は目を逸らした。
その様子を見た遥香は、涙腺が熱くなるのを感じた。
誰も、助けてくれないの?
嗚咽を漏らしそうになった遥香は、それを何とか飲み込んだ。
「たかがゲームにそんな熱くなるなって」
進藤は急に冷めたように言い放った。
「そんなの……!」
たかがゲーム。たかがゲームだ。
でも……誰にも信じてもらえない。誰にも助けてもらえない。近くに友達がいるのに、仲間がいるのに。信頼されていないことが、こんなにも耐え難いことなのだと、遥香は初めて気付いてしまった。
「助けて……よ」
ぼそりと、彼女が小さく呟いた。
その時には、リリィはぼろぼろでもう立てる気力も残っていなかった。
「さすがにこれで終わりにしようぜ。俺もツルギも、少し辛くなってきた」
倒れているリリィに、ツルギは刀を向けていた。
「助けて……太陽……」
来るはずがない幼馴染に、遥香は助けを求めた。
「来年に期待してるぜ、
ツルギが刀を振り上げた、その刹那。
「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 来てやったぞこの野郎!」
ツルギとリリィの間に、来るはずがないテラスとノクトが現れた。
そして遥香は涙を一筋、はらりと流した。
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