試練/4

――チーム・太陽。〝プライドプレイヤー〟を設定してください。


 聞き慣れたアナウンスだ。


「僕たちはプライドプレイヤーをロビンに設定する」


――承知いたしました。チーム・太陽、プライドプレイヤーをロビンに設定。ロビンの全スキル効果が一時的に上昇します。

――フィールドは廃墟。これより転送いたします。


「太陽、まずは招集だ。いいな?」

「おう」


 正詠と一言二言の対話をすると、僕とテラスは廃屋の屋根の上に飛ばされていた。


――制限時間は三十分。三十分で勝負が決さない場合は十五分の延長、延長でも勝負が決さない場合は、プライドプレイヤー同士の戦いを行うことになります。


 細く息を吐く。


――試合……開始!


 けたたましいブザー音がフィールド全体に響く。


「テラス、まずはここから降りるぞ」


 テラスは頷くと、廃屋から降りた。

 廃屋の中は所々に穴が開いていて、光が神秘的に差し込んでいる。


「招集」


――スキル、招集。ランクEXが発動しました。ロビン、リリィ、ノクト、セレナをリーダー・テラスの近くに呼び出します。


 みんなが集まり、何を言わずに頷いた。

 作戦通り、僕らは三手に分かれた。

 テラスとノクトは慎重に周囲を探索しながら、隠れられる場所を探していた。


「なぁ日代。今回の戦いって、やっぱキツいと思うか」


 僕の言葉に、ノクトは足を止め振り向いた。


「キツくねぇ。余裕だ、ばーか」


 日代の顔もノクトの顔も、非常に不愉快そうに見えた。

 僕と遥香だけが気付けていないことがあるのに、それを正詠も、平和島も、日代も教えてくれない。

 きっと信頼していないからじゃあない。話せない理由があるんだ。それを無理に聞き出すべきではないとわかってはいる。それでも、僕はちゃんと聞きたいと思ってしまう。


「なぁ日代、話してくれないと僕も遥香も……」

「構えろ馬鹿!」


 風が走る。鋭い風だ。それも辺り一面を斬り付ける、狂暴な。


「あぁくそ!」


――スキル、守護。ランクCが発動しました。自相棒の超近距離にいる味方を対象、もしくは対象に含む攻撃を代わりに受けます。


 ノクトはテラスの前に立ち、その鋭い風を受け止めた。


「へえ、やるじゃん。ほとんどノーダメだし」

「藤堂奏!」

「せ・ん・ぱ・い、を付けなさいよ、情報初心者ビギナー


 藤堂先輩の相棒は、長い金髪を靡かせるその姿は女性ロックシンガーだ。両手にはダガーを持っており、器用に弄んでいた。


「エルレ、スーパーノヴァ!」


 エルレは瞬間で距離を詰めて、ノクトへと連撃を浴びせる。致命傷は避けているものの、ノクトの武器ではあの相棒の攻撃は防ぎきることはできない。


「テラス、援護を!」

「天広ぉ!」


 日代の怒号に、テラスがびくりと体を震わせ、攻撃の手を止めた。


「テメーもう高遠に言われたこと忘れたのか!」


 そんな日代へ、藤堂先輩は「はは」と短い笑みを浮かべた。


「なぁに? 私と遊びたいの、あんた。でも残念。私は大将狙いなんだよね!」

「けっ。どいつもこいつもキングやクイーンばっかり狙いやがってつまらねぇ!」


 ノクトは体を捻りながら大剣を振り回した。わずかながらも剣圧を含んだその攻撃は、周囲の瓦礫を吹き飛ばした。


「かかってこいよ、情報熟練者エキスパート。この馬鹿を取りたいなら、まずは俺を潰してからにしろブス」


 ぶっちんと、何かが切れたような音がした。


「お望み通りあんたからぶっ潰してあげるよ、ブサイク」


 エルレと藤堂先輩は全く同じ顔をしていた。


「やっとやる気になったか」


 そんな藤堂先輩に対し、日代はしてやったりと笑みを作っていた。


   ***


 太陽と日代、二人とは違う方角へと、遥香と平和島ペア(リリィとセレナ)はのんびりと歩を進めていた。そんな折、朽ちてしまった廃屋を眺めながら遥香はらしくもない表情を浮かべていた。


「ねぇ透子。〝信頼〟しているから話さない。それでいいよね?」


 遥香は平和島へ唐突に問いかける。


「どうしたの、遥香ちゃん。急にそんなこと……」

「繕うのはやめて」


 リリィが足を止めると、遥香は平和島を強く睨み付けていた。しかしそれは敵意からくるものではない。彼女はただ辛いのだ。

 私はそんなに信頼に足りないのか。

 私はそんなに弱く見えるのか。

 私はそんなに友達甲斐がないのか。

 言葉にはできなかった。それを口にしてしまうのは、あまりにも情けなく、そして子供っぽい。


「うん。それで……いい」


 そんな遥香に、平和島は煮え切らない態度で答えた。


「透子も、正詠も、日代もさ。頭良い奴らって、なんで大事なこと言わないの? 慣れてるからいいけど、それって私らにとっちゃあすっごく辛いんだよ」


 平和島は黙って遥香の言葉を聞いていた。それが更に遥香をイラつかせた。


「あんたは……!」


 声を荒げた遥香だが、ぐらりと倒れるリリィを見て言葉を失った。


「あらら、手加減すんなって、ツルギ」


 倒れる寸前に片足で踏ん張ったリリィを見て、進藤は楽しそうに笑って言った。


「やぁレディのお二人さん。今日はナイトもいないご様子。私と踊りませんか?」


 小さくなった進藤と相棒のツルギは恭しく二人に頭を下げる。

 それは強者の余裕からだろう。


「別にいいけどさ、私すんごく苛立ってるの。ちょっと乱暴になるけどいいよね!」


 唾を吐いて、リリィは拳を固く握る。


「激しいのがお望みかい? オーケー、お嬢さん」


 ツルギは細く息を吐きながら、刀を構えた。

 空気がしんと静まり返ったように、遥香と平和島は錯覚する。しかしそれは決して錯覚ではない。ツルギが、進藤が臨戦態勢に入ったことで、この場の空気が張り詰めたのだ。


「那須遥香と平和島透子。プライドプレイヤーでもないお前たちの相手するのは無駄なんだけどな」

「言ってくれんじゃん、チャラ男」

「はは、図星か。となると、残るは高遠と日代か。まぁ高遠だろうな」


 遥香は舌打ちして、進藤を睨み付けた。


「おー怖い怖い。那須がそんな目をするのは予想通りだけど、平和島がそんな目をするのは予想外だ」


 進藤の言葉に、遥香は平和島を見た。

 確かに彼女は進藤を睨み付けている。だがそれは遥香が思っているようなものではない。

 運悪くを引いた。そんな瞳を平和島は進藤に向けていた。


「平和島のスキルは面倒だしな、ここで潰しておけば奏も楽だろう」

「何なの、あんたらも透子や正詠、日代のことばっかり! リリィ、面倒だから殴って!」


 ひゅっと短く息を吐いて、リリィは地を蹴り突進する。だが、その突進を僅かに体を逸らし、ツルギは避ける。


「はは、お前みたいな奴、ちょろいから嫌いじゃないぜ」


 体勢を崩したリリィへとツルギが武器を振り上げる……が、それを水の槍が走り防ぐ。


「やるじゃん、平和島透子」

「遥香ちゃん! 喧嘩はあとでしましょう! 今は……!」


――テラス、ノクトが戦闘を開始しました。


 遥香と平和島の視界の端で、メッセージが表示される。


「わかってる! 行くよ、リリィ!」


 準決勝の戦いは、遂に幕を開けるのだ。

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