試練/3

 普段の校内大会は参加チームも決して多くない。その理由は相棒をもらったばかりの二年生と、一年間のアドバンテージのある三年生とでは、戦いにならないことがほとんどだからだ。だから、一回戦を見学に来る生徒などほとんどいない。

 だが、準決勝ともなると観戦をする〝生徒〟は物凄く増える。

 来年は自分が、来年こそは自分がと情報初心者ビギナーたちは学びに来る。どうすればあのアビリティが手に入るんだ、どうすればあのスキルに対抗できるんだ、どうすれば、どうすれば……バディタクティクスは勝てるのだ、と。

 そんな情報初心者ビギナーが多い中、僕は去年正詠に連れられて見学していた。それなのに、ほとんど覚えていない。朧気に思い出せるのは……王城先輩が一人ひとりねちねちと。確実に敵を倒していたことだけだ。

 弱い相棒を、強い相棒が。大人が子供を虐待するように。

 ねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねちねち。

 頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。頭が痛い。


「どうした、太陽」


 煩い……煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い煩い!

 あぁ……くそ。なんて僕は無力なんだ。


「太陽。行こう」


 誰だ。僕に……僕に触るな……。


「太陽! 試合だ、行くぞ!」


 正詠。


「ほら馬鹿太陽! ぼけっとしないで!」


 遥香。

 二人の、の幼馴染。


「あぁ頭痛い」


 ずきりとした激しい痛みは余韻を残しながら徐々に失せていく。

 ぴこん。

 棄権しますか?


「それこそないって。ここで退くぐらいなら参加していない。すまない、行こう」


 ようやく足を動かし、僕は階段を降り始めた。

 演習場に続く階段の前には先生が二人立っていて、選手以外が通れなく見張っていた。

 だからだろう。地下演習場までの道は、いつも以上に静かだった。

 そして、これから季節は夏になるというのに、地下演習場までの道はとても寒かった。

 腕をさすると、その寒さはより強く感じられた。

 ぴこん。

 寒気がありますか? 風邪ではないですか?


「大丈夫、大丈夫だから」


 テラスは鬱陶しく僕の周りをくるくると回り続けていた。

 地下演習場の扉の前には、海藤がいた。


「よっ」


 彼の右手には、『太陽応援団』と書かれていた旗があった。

 あぁ、こいつはテラスと仲良くなれるだろうなと思った。たぶん思考回路似てるし。


「今回は俺がお前たちの案内役だ」

「実況ってそういうこともすんのかよ、海藤」

「今回は校長の粋な計らいってやつだ」

「お前、随分良くしてくれるよなぁ……」

「へへへ、俺お前たちのファンになっちまったし、今日はかなり熱くやってやるぜ!」


 気恥ずかしそうに笑った海藤は、すぐに表情を作り直した。


「じゃあ行こうぜ、期待の情報初心者ビギナー


 海藤は地下演習場の扉を開けた。

 相変わらずの眩しすぎるスポットライトと大歓声。それがやはり僕らを出迎えた。

 前と違うのは、あの大きな実況の声が聞こえないことだ。


「何か変な感じ……」


 遥香がぼそりと零した言葉は歓声にかき消された……と思ったがそれをしっかりと海藤は拾った。


「準決勝からはこうなんだぜ? お前は知らないだろうけど、太陽と高遠は知ってるよな?」


 僕は正詠を見た。


「すまんな、俺も太陽もあんま覚えてないんだ」


 正詠は嘘を吐いた。

 誰が見てもわかってしまうような下手くそな嘘だった。


「何だよ、らしくないじゃん。高遠も……お前たちもさ」


 少しだけつまらなそうに海藤は言った。


「ほら、先輩たちはもういるぜ。楽しませてくれよ、太陽と愉快な仲間たち」


 そして海藤は観衆に手を振って実況席に向かった。

 彼が実況席に座ると、一瞬場は静寂に包まれた。


『よっしゃぁぁぁぁああぁぁ! 準決勝、始まるぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!』


 きぃんと耳鳴りがする。


『チーム太陽の応援団第一号、海藤功かいどういさおでっす!』

『そして私がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! チーム一騎当千の実況応援団! 沖田香おきたかおりでっす!」


 海藤とはまた違う煩さだ。女性らしい高い声で、アイドルのコンサートで叫んでいるようだった。


『チーム太陽はこの二回で平均レベルを5上げての27! 四捨五入です!』

『チーム一騎当千は平均レベルの変化は少ないですが2上昇! 47です!』

『いやぁ沖田先輩、好きです、付き合ってください』

『そういうのはいらないので、チーム太陽の見所を教えてください』

『はい、今回もフラれた私が、チーム太陽を紹介しますよ!』


 大爆笑の渦の中、海藤は僕たちの紹介を始めた。

 正直、海藤の気持ちに涙を流しそうになるほどの胸の締め付けがあったが、僕は黙って彼の言葉に耳を傾けることにした。


『チーム太陽。大将は天広太陽。特異なスキルで初参加でありながら二回の戦いを勝利してきました! その勝利の背景には、高遠正詠の作戦、那須遥香の前向きさ、日代蓮の献身性、平和島透子の温和! それら全てがケミストリー的ななんか良い感じに混ざり合って良い感じにたぶんチームワークが嚙み合って勝利してきましたぁ! さぁ沖田先輩! 一騎当千のご紹介をお願い……しまっす!』

『はいさ! チーム一騎当千! このチーム名は剣道部を主軸とした者たちに継がれる歴史ある名前! チームチェックメイトと、歴史は同じく非常にぃぃぃぃいぃいぃぃぃぃ長い! しっかし! それは歴史と共に積まれた来た勇者の重み! それを継ぐ今回の一騎当千は、むしろ……一騎、当万!』


 わぁっと、会場が盛り上がる。僕たちの説明の時にはこんなことなかったのに……。


『大将の進藤剣と藤堂奏は去年バディタクティクス全国大会進出チーム、トライデントに勧誘された有能さ! さらにチームメンバーの工藤久くどうひさし山本新八やまもとしんぱち兵藤司ひょうどうつかさ! 彼ら三名は剣道の全国大会に進出した強者だぁぁぁぁぁぁ!』


 また歓声が響く。歴史が深いということはそれだけ人気が長いということなのだろう。

 ふと、今先程紹介された先輩たちに視線を向ける。

 緊張している様子は全く見られず、この中でも五人は談笑している。


「兵藤って女だったんだな」


 日代が漏らした独り言は僕にも聞こえ、それに頷いた。藤堂さんは別だが、他のメンバーは全員が男だと思っていた。


『さぁ皆さん、フルダイブの準備をお願いします!』


 海藤のアナウンスに、心臓がどきりと大きく鳴いた。


「行こう、みんな」


 全員の顔を見ると、僕らは同時に頷いた。

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