試練/2
そしていつものホトホトラビットの角席。今日もおっちゃんから僕らは紅茶とケーキを奢ってもらっていた。
「いくらなんでもあっさりと勝ちすぎて怖いんだけど……」
二回戦の相手は柔道部の五人だった。正詠の読み通り、大将が最初の一撃を仕掛けてきて、それを僕らは迎え撃っただけだ。アビリティも初戦で見せただけのものだし、スキルも招集と守護だけ。二回戦というには、かなり上出来な勝利だ。
「ああいう脳筋は一回上手くいった作戦を二回、三回と使えると勘違いしてくれるから楽なんだよ」
正詠はニヒルな笑みを浮かべながら紅茶を口に運んだ。正詠の肩には全く同じ笑みを浮かべている。そんな彼をテーブルの上で女性陣三人、テラス、リリィ、セレナがポンポンを持って眺めていた。その中でもテラスは『ニヒリスト』と書かれた鉢巻を巻いており、更には『日本で五本指ぐらい』という旗を背中に挿していた。こいつ、実はかなり馬鹿にしているのでは。
「まぁ今回は優等生に感謝してやる」
前とは逆で、日代が素直に正詠に感謝を示す。
「素行不良にしては殊勝な心掛けだ。その感謝は素直に受け取っておこう」
二人はいつものような掛け合いを始めた。それに見かねて、僕は声をかける。
「っていうかさ、そろそろ……な?」
僕が左腕を出すと、みんな首を傾げた。
「何してんの、太陽。急に遊びたくなったの? 思いっきり叩いてあげようか?」
あまりにも的外れな遥香の言葉。
「ちげーよ馬鹿! 日代と平和島とはまだ
ぽんと手を叩いた遥香と、「そういえばそうだったな」と改めて頷く正詠。
「日代大先生。さすがに恥ずかしいだろうがもう仲間なんだし……まぁ覚悟を決めろ」
正詠はからかいの笑みを向けて日代に言った。
「同志宣誓ってあのくっさいやつだろ? マジでやらないといけないのかよ?」
「いいじゃない、蓮ちゃん」
にっこりと笑みを向ける平和島に、日代は目元をひくつかせた。
「あぁもう……」
まさに鶴の一声。明らかに嫌がっていた日代だが、平和島の笑顔にはやはり弱いらしい。
「そんじゃ大将、口上はあんたに任せるからさ!」
何となくそんな風になる気はしていたが、遥香が僕にこんなことを言わなければもしかしたら正詠が言ってくれると期待していた自分がいたことは否定しない。
こいつは暴力的だけじゃなく、空気まで読めないようだ。
「おい馬鹿太陽。あんた今絶対私の悪口考えたろ」
空気は読めなくても心は読めるとかこいつ実は最強なんじゃね。
「えーこほん。テラスのマスター、天広太陽。日代蓮と平和島透子を仲間として……これからも助け合い、支え合う同志として認める!」
平和島は何度か目をぱちくりさせて、やがて慈しむように笑みを浮かべ口上を口にする。
「平和島透子、セレナのマスターです。天広太陽、高遠正詠、日代蓮を仲間として、これからも慈しみ合い、励まし合い、共に進む同志として誓います」
平和島の口上を聞いて、日代は大きくため息をついた。
「日代蓮、ノクトのマスターだ。天広太陽、那須遥香、高遠正詠、平和島透子を……その、なんだ……と、友として、仲間として、こ、ここ、これからも同志として助けることをちか、誓う……」
らしくない日代の言葉に、全員が声にはしなかったが笑っていた。
「ロビンのマスター、高遠正詠。平和島透子、日代蓮を友として、共に戦い、共に支え、共に信じ、共に進む同志であることを誓う」
「リリィのマスター、那須遥香。日代蓮を友として、これからもずっと支え合い、どのような苦境も乗り越える同志であることを誓います」
全員が顔を見合わせて。
「「「「「同志、宣誓!」」」」」
各々の相棒の体が僅かに光った。
やがてその光は消え、五人の相棒をテーブルの上で手を繋いで微笑んでいた。
「もうホント……こういう姿可愛すぎ」
頬杖をついて、遥香はそんなことを口にした。
「さて、相棒の愛らしい姿を鑑賞するのはそこそこにして、次の戦いの作戦会議だ」
正詠は机にノートを広げた。彼の顔には、いつもよりも余裕が見られなかった。
***
正詠が話している内容を聞いて、僕らは全員が口を噤んだ。
それも仕方ないと言えば仕方ない。早くも校内大会は準決勝。しかも相手は、前回の準優勝チーム。チーム名は『一騎当千』。全員が剣道部から作られているチームだ。相棒の平均レベルは四十五で、校内大会では高い方だ。
「しかもこの中には全国を経験した人が二人もいる」
重い空気の中、正詠が口を開いた。だが、それにすかさずツッコミを入れる。
「いやいやいや。前回は王城さんのチームが優勝したんだろ? なんでこの中から出るんだよ」
「校内大会の優勝者はな、二人まで準優勝チームから借りられるんだ。公式大会では五人と補欠の二人が必須だからな。で、王城先輩のチームは三人だからな、ここから四人……三年二人と二年二人が借りられたって計算さ」
正詠はノートに書かれている二人の名前を指で叩いた。
「まず、大将の
正詠は平和島に視線を向ける。そんな正詠の視線の意図を察したのか、平和島は頷いてスキルの説明を始めた。
「一騎打ちは指定した相手と強制的に一対一の戦いを強制できます。この間敵味方からの援護効果は得られませんが、スキル使用者とスキル使用対象者のスキル効果は得ることができます。あと、文武両道は自動発動スキルで攻撃と魔力を上昇させます。逆上は敵から攻撃を受けると確率で全ステータスが上昇した状態で反撃が行えます。静寂は……なんだっけ?」
平和島ってもしかしてゲームとか好きなのかな。
「静寂は敵味方のアビリティを無効化して一定時間使用不可能にする。この二人だけでも太陽とは相性最悪だ」
あぁ、なるほど。これまではテラスが単独で動いていも招集でみんなを呼んで一人をタコ殴りにすれば勝てていたけど、今回はそうはいかない。例えみんなを呼んでも、一騎打ちを使われてしまっては結果的に一対一に持ち込まれる。
自慢じゃあないが、テラスは単独での戦闘性能が物凄く低い。そりゃあもう僕の学力と同じぐらい低い。
「少なくとも去年時点で、だからな。色々情報収集はしてるけど、今回の大会で今言ったスキル以外使われていない」
日代は正詠のノートをじっと見つめながら口を開く。
「基本ツーマンセル。初手でまず天広が招集を使って、俺と天広の二人で行動する。那須は単独だとまぁまぁな動きをするが防御がクソだから、透子と組んで行動しろ。優等生は単独で二チームの援護だ」
ぽかんとしていたのは僕だけではない。意外すぎるほどのアドバイスは的確で、全員が納得できるものだった。
「全く……」
正詠は深くため息をついた。
このため息は、知っている。
期待が……諦めに変わったときのため息だ。
「お前の才能……別の方向に伸ばせたろうに……」
一度伸び始めた根というものは、後戻りはできない。日代が伸ばしてしまった才能は簡単に修正できない。
「じゃあ次のプライドプレイヤーは日代にすんの?」
「んなわけねぇだろ、馬鹿か夏野菜」
「……ねぇ日代、夏野菜ってもしかして私のこと?」
「てめェ以外誰がいるんだ、不人気夏野菜」
「正詠。こいつ一回殴っていい?」
何故か正詠に確認を取った遥香に、正詠は軽く笑った。
「一回ぐらい殴ってみるといい。こいつはきっと女を殴らないぞ」
「へぇ……殴っていい、日代?」
日代が頭を振ると、平和島がくすりと笑う。
「殴るな。それよりも今俺たちのスキルで何かできるか考えろ」
日代のもっともな意見に、僕はテラスのスキルを思い出す。
招集、他力本願、共に規格外と言われているEX。二つとも役には立つが、決して戦闘向きではない。
「なぁテラス。お前何か新しいスキル覚えてないの?」
ぱぁっと、輝かしい笑顔をテラスは浮かべた。
よくぞ聞いてくれました!
彼女はそう言っているようだった。
「……テラス、スキルを見せてくれないか」
ふふんと、胸を張ってテラスはスキル以外も表示した。頼んでもないのに、こいつと来たら。
テラス:レベル25
所持スキル:招集EX、他力本願EX、天運C
特に『天運』が太文字で赤く点滅している。
「テラス、天運の詳細を表示」
天運C。スキル保持者に、時折良いことが起きる。
「ふぐぅ!」
招集、他力本願はまだ良い。人に頼るスキルなのだから。
遂にテラスは……いや、僕は、天にまで自分の命運を任せるというのか。どんだけ自分に自信がないんだ、僕もテラスも!
「何でこんなスキルばっかり……」
「うわ……あんた、またそんなスキルって……」
「うるせぇな。遥香はどうなんだよ」
「っていうかさ、みんなのスキル見せ合おうよ。リリィも結構レベル上がったし、正詠も全部は確認してないでしょ? で、そのあとに日代殴ろうよ」
遥香の暴力的な発言は置いといて、正詠は遥香の発言に賛成した。
「ロビン、スキルをみんなに見せてくれ」
テーブルにいたロビンは頷いて、僕たちにも見えるように自分のレベルとスキルを表示した。
ロビン:レベル30
所持スキル:速攻A、天賦の才B、努力C
正詠のロビンは高水準にまとまったステータスを、更に上昇させるスキル。
「ノクト、見せてやれ」
ノクト:レベル27
所持スキル:守護C、怒涛A
日代のノクトは高い攻撃の割に、日代の性格らしく〝親しい者〟を守るスキル。
「リリィ、お願い」
リリィ:レベル23
所持スキル:気合C、根性A、リズム感C+
遥香のリリィのスキルは、性格通り攻撃というか……もうこいつバディタクティクスで前線で立つために誕生した感が半端ない。
「セレナ、お願いね」
セレナ:レベル29
所持スキル:博識B+、戦況分析B
平和島のセレナは、見た目にそぐわぬ後衛スキル。これでいてレイピアを振り回すのだから、もしかしたら平和島には裏の顔というものがあるのかもしれない。
「次も俺がプライドプレイヤー……かな。でもそれだと三回連続、か。悩むな」
眉間に皺を寄せて考える正詠。そんな姿を見て日代は鼻で笑った。
「俺たちのチームはいつでもギャンブルだろ? 三回連続でお前をプライドプレイヤーにするなんて普通は有り得ない。だったらやるのが俺たちだ。ここまで来たら、〝勝ち〟に行くべきだろ」
テーブルの上でノクトが剣を抜き、その切っ先を正詠に向けた。すぐにノクトの足元に矢が二本刺さった。ノクトは正詠から視線をずらし、ロビンを見た。ロビンは余裕の笑みを浮かべながら、ノクトを睨み付けていた。
僕と遥香、平和島はそんな二人の相棒の様子に驚いた。だがいつもの言い合いの延長であることがわかると胸を撫で下ろした。
「俺にあんなだっせー同志宣誓なんてさせたんだ。目指すなら優勝だ、そうだろ?」
今日の日代はいつもと違うように感じる。素直というか、何というか……。
嫌味は言っているのだが、それは全然嫌味のように感じない。もしかしたら、これが日代にとっての信頼の表れなのかもしれないと、僕は内心ふっと思った。
「仕方ない、か。ただ二手……というか三手に分かれるなら、遥香のことは任せたからな平和島」
「へっ?」
ショートケーキのイチゴをまさに今口に運ぼうとしていた平和島が、とぼけた声を上げた。
「言っておくが、俺はお前も作戦参謀だと思ってるからな」
「わ、私にはそんなの無理だよ!」
「いや、大丈夫だ」
正詠は紅茶を一口飲んだ。
「日代、お前の案を使う。三手に分かれて行動する」
「おう」
「……頼んだからな」
「となると、だ。僕はどうすればいいですかね?」
話を聞く限り、進藤さんと藤堂さんとは戦わない方がいいし、だからと言って残り三人にも勝てる気がしない。何せレベルが違いすぎるし。
「……お前は大将なんだから、どんと構えてろ。逃げ腰にはなるなよ、日代が戦う姿を見てろ」
正詠の目の色が変わった。
ぴりと空気が張り詰めるのがわかる。
「どういうことだ、正詠?」
「いいから、約束しろ」
平和島が「あ」と声を上げて、すぐにその口にイチゴを放り込んで彼女は黙った。
「だからもっと具体的に教えて……」
「日代が戦う姿を見てろ。前に出るな、だけど逃げるな。戦うな、それでも目を逸らすな。〝勝ちたい〟なら、それを守ってくれ。それができなきゃ負ける」
そして正詠はその目のまま、平和島を見た。
「平和島、お前はもうわかってるだろうが、お前もだからな」
「……う、うん」
「だぁかぁらぁ、そういう含みのある言い方やめろって。はっきりと……」
紅茶を飲み終えて、正詠はテーブルへと視線を落とした。テーブルの上では、ロビンが正詠を見上げていた。二人の視線が合うと、ロビンはゆっくりと頷いた。
「ねぇ、それってなんか納得いかないんだけど。ちゃあんと説明してよ」
噛み付いたのは遥香だ。
「そうだぜ、正詠。言ってくれなきゃわからないよ」
「いいから。お前らは何も考えず、俺達の言ったことを守ってくれ。勝ちたいだろ?」
正詠は大きくため息をついてそう言うが。
「何それ……ゲームってさ、そういうのじゃないじゃん……」
遥香は不貞腐れるように言った。
「……言えねぇことだってあんだろ」
そして、ぽそりと、日代が呟いた。
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