友達/2

 学校についてからすぐに小玉先生に謝り、遅れたものの反省文の提出はなんとか終わった。

 すぐにまた帰る気にもなれなかった僕は、何となく弓道場に遊びに来た。

 弓道場とは言っても校舎から少し離れたところにあり、設備もそこまで充実はしていない。射場は最低の五人までしか立てず、巻藁は一つしかない。

 ほとんどの一年生はゴム弓と呼ばれるものを使い、弓を持つための基本的な型を学んでいた(ちなみにこれらの知識は正詠に教えられたものだ)。

 相変わらずうちの高校弓道部は人気がなく、新人も片手で数えられるほどだった。


「ちょりーっす」


 玄関前でゴム弓をしている後輩に軽く挨拶すると、彼らも僕と同じような挨拶を返してくれた。


「正詠いる?」

「高遠先輩なら今射場です」

「おっけー、さんきゅなー」


 弓道場に入ると、ぴりと空気が張り詰めたように思えた。外の音よりも弓道場から聞こえる僅かな衣擦れや、矢を射ったときの風を切る音が大きく聞こえる。

 靴を脱いで、静かに射場を覗いてみた。

 正詠は右から見て二番目に立っている。今は弓を引き的に狙いを定めているようだ。弦から手を離すと、弾ける音と共に矢は的を射た。

 正詠は神棚に一礼をして、射場を後にする。


「よっ」


 僕の言葉に答えず、正詠は顎をくいっと動かした。外に出ろと言うことなのだろう。

 二人で弓道場を出ると、正詠は大きくため息をついた。


「何しに来たんだよ?」

「別に。反省文書きに戻ってきて暇だったからさ」

「そういやお前書かずに帰ったな」

「あとで日代から教えてもらってさ。びっくりだよ」

「とっくに書いてたと思ったぞ。俺も遥香も」

「僕がそんなことできるわけないだろ」


 二人で軽く笑う。


「そういやお前のテラス……」

「ん?」


 いつの間にかテラスは僕の肩にいた。相変わらず泣いている。


「何で泣いてるんだ?」

「サイダーやらないって言ったら泣いた」


 ロビンが現れて、テラスの頭を撫でた。


「ロビンくん。僕の相棒を甘やかさないようにね」

「だとよ、ロビン」


 じっとりとした目でロビンは僕を見ると、 正詠の肩に戻った。


「じゃ、これ以上練習の邪魔をする気もないから、またな」

「おう。ちゃんと勉強しろよ。テラスのためにも」

「あーはいはい」


 簡単に挨拶を済ませ、弓道場のあとに向かったのは体育館だ。

 バレー部の練習はいつも見ていてハラハラするぐらいハードなので、少しだけ緊張する。

 体育館の重い扉を開けると、早速怒声が飛び交っていた。


「那須! しっかりリカバリーしろ!」

「はい!」

「ほらもう一本!」

「はい!」

「遅い! もっと早く動け!」

「はい!」


 どうやら遥香がかなり絞られているようだった。

 左右に激しくボールが打たれ、それを必死に追いかける遥香は、普段見慣れている姿とは違ってとてもカッコいい。


「よし、休憩! 次の奴来い!」

「はい!」


 遥香は体育館の壁にもたれかかって、汗を吹きながらスポーツドリンクを飲む。そして頬を二度叩いて、大きく息を吐き出すと僕に気付いた。

 少し疲れている足取りで僕のところまで駆け寄ってきてくれた。


「どったの、太陽?」

「反省文書きに戻ったついでに、な」

「そうなんだ」

「相変わらず大変そうじゃん」

「レギュラー取るのも大変なんだよ、知ってた?」

「お前を見てりゃあわかるって」


 遥香の頭をぽんぽんと叩く。


「汗だくだから気持ち悪いでしょ?」

「全然。ま、頑張れよ」

「うん! じゃあね!」


 遥香はまた体育館に戻っていく。


「あいつらも頑張ってるし、僕も家に帰って勉強でもするか。テラス、手伝ってくれるだろ?」


 さっきから肩でぐずっているテラスに話しかけるが、当のテラスはぷいとそっぽを向いた。


――君の相棒は異性タイプか。異性タイプはコミュニケーションが大変だ。しっかりと信頼関係を築きなさい。AIとはいえ感情があるのだから。


 ふと、柳原さんの言葉が頭を過る。

 確かに、これは面倒くさい。中学に上がったばかりの愛華みたいだ。


「お前はタマゴのときからそんな感じだな」


 タマゴのときからこいつはよくそっぽ向く奴だったなと思い出して、おやと疑問に思う。


「……そういや何でタマゴの時に異性タイプってわかったんだろ」


 やっぱあれかね、何個もタマゴ見てたら経験とかでわかるようになるのかな。いやいや、鶏の卵だけでオスメスわかるわけ……ないよなぁ。


「うわっぷ」

「む」


 考え事をしていると、誰かにぶつかってしまった。


「あ、すんません!」


 考え事して人にぶつかるとか久々の経験だ。


「大丈夫か?」

「大丈夫っす、すんません」

「気を付けろよ」


 それだけ言って、その人は去っていった。


――王城おうじょう先輩じゃない?

――かっこいー!

――今年は全国のバディタクティクス優勝狙いかな?

――あったりまえじゃーん! というか校内大会もぶっちぎりで優勝だよ!


「王城……あぁ、あれ王城翼おうじょうつばさ先輩だったんだな」


 どうりでガタイも良いし、何となく良い匂いがしたわけだ。男の人に良い匂いっていうと、なんか変態っぽいけども。

 ぴこん。

 足を止めてテラスを見ると、王城の画像が表示されていた。

 違う。それは城のほう。僕が言ったのは人の方。空気を読んでくれ、超高性能教育情報端末。


「なぁテラス。空気を読むって言葉、知ってるか?」


 ぴこん。

 空気は吸うものです。


「お前さ、本当に超高性能教育情報端末なの?」


 ぷくーっと頬を膨らませて、さっきよりも更にそっぽを向いた。

 そっぽを向いているテラスをじっと見ていると、テラスは片目を細く開けた。更にじーっと見つめていると、彼女はこちらに向き直って両手を腰に開けて胸を張った。


「ふむ。そうだなぁ。今日の勉強でいい仕事してくれたら、サイダーをやってもいいぞ」


 そう言った途端にテラスは装いを白装束と鉢巻を巻いた姿に変えて、手作り感満載な旗を振り始めた。

 テラスの目の前には、長文英語解読方法! 三次関数なんて怖くない! サルでもわかる化学の必勝方法! が表示されている。どれもこれも僕の苦手な科目だ。短い付き合いだが、僕の苦手科目は完璧に把握されている。こういう時だけでは超高性能教育情報端末だなと思います、マジで。

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