友達/1-2

 からんと、あの上品な鐘が鳴った。


「おー蓮。キッチン入ってくれよ」

「嫌だっつーの。土日だけだって言ったろ、手伝うのは」


 聞いた覚えがある声に振り向いた。するとその声の持ち主と目が合う。


「げっ」


 悪態をついたのは、日代だった。

 日代の顔は明らかに不機嫌だった。彼はつかつかとこちらに歩み寄り、「なんでここにいんだよ?」とドスを聞かせた声で聞いてきた。


「平和島にデートに誘われたんだよ」

「なに言って! 違うよ、蓮ちゃ……! あ、ちがっ、違うの、日代くん! 天広くんにセレナのことでお礼がしたくて、それで!」


 わたわたとこちらを見てはあちらを見る平和島は、焦っているテラスに見えた。

 ぴこん。

 テラスのメッセージ音だ。こういうときは大体的外れな画面を表示すると言うことは、短い付き合いで学習済みだ。

 テラスが表示した画面には大きく(最悪なことにこれは最大のポイントだ)、『童貞卒業、おめ!』と表示されていた。

 うん、最悪だ。

 更に最悪なのは、このテラスという大馬鹿者は悪気がないのだ。心底嬉しそうに紙吹雪などを撒いている。それを見ているセレナは完全にドン引きしていた。その顔のまま僕を見る。

 AIにこんな顔されるのは心外だが、問題はそこではない。


「あ、あははー。テラスさんたら、冗談が過ぎることですわよー。ねぇ、平和島さん?」


 ギギギとぎこちなく首を動かすと、平和島の顔は真っ赤に染まっていた。

 更にギギギと首を動かして日代に向けた。

 目と目が合う。恋に落ちるようなことはなかった。

 殺意。そう、殺意だ。まさか齢十六にして殺意というものを向けられる日が来るとは思いもしなんだ。


「ぶっ殺すっ!」


 日代の拳が振り上がった。

 僕には見えなかったが、テラスはきっとまだ能天気に紙吹雪を撒いてるんだろうなと、恐怖の中考えた。

 途中まで上がった拳を掴み上げたのは店長のおっちゃんだった。


「やめろっての、蓮」

「離せ親父!」


 親父、だと!


「相棒がなんか勘違いしただけだろ。太陽の坊やが言った訳じゃねぇし、太陽の坊やにそんな気はねぇよ」

「うるせぇ!」

「うるせぇじゃねぇこの馬鹿息子が」


 おっちゃんの鉄拳が日代の頭に降りた。

 ごつんと痛々しい音がして、その場に日代がうずくまる。

 あれは超痛いだろうなぁ。


「わりぃなぁ、太陽の坊や」


 鉄拳を開いて、わっしゃわっしゃと頭を乱暴に撫でられた。


「ははっ、大丈夫っす……」


 いや、もうマジでしょんべんちびるかと思ったけど。おっちゃんと日代の気迫で。


「ほら。さっさと戻れ馬鹿息子」


 襟元を掴んで、日代親子は店の奥へと消えていった。


「マジで、マジでビビった……」


 胸を撫で下ろしてテーブルの上を見ると、テラスがセレナの背中に隠れてしゃがんでいた。さながら先程の日代のようだ。


「お前のせいだぞ、テラス。まったく……」


 僕の声に反応して、涙目で土下座をするテラス。


「わりぃな、平和島。全然そういうつもりなんてないから、マジで」


 平和島にも頭を下げた。


「あ、う、うん。大丈夫。私もごめん、疑って」


 やっぱり疑われてしまったんですね。


「いやしかし、こいつが来てからこんなんばっかりだ」


 大きくため息をついて、テラスを指でつつく仕草をすると、テラスは後ろに倒れた。


「ふふ……でも天広くんとテラスちゃんて、なんかお似合いかも」


 テラスをセレナが手を差し出して起き上がらせる。


「……そういや、あの話って幼馴染みが……」

「うん。蓮ちゃ、あ、日代くんがね、小さいときに創った話で、よく話してくれたんだよ」

「へぇ。やっぱ良い奴じゃん、あいつ」


 人の根っこってのはそんなに変わらないはずだし、今度遊びに誘ってみるかな。


「あ、見て見て」


 平和島は相棒を見ていたので僕も見た。

 テラスが何かをセレナに話していた。


「何してんだ、こいつ」


 セレナはこくこくと頷いて、親指を立てた。それを真似するようにテラスも親指を立てる

 そしてセレナのみがその場に座る。


「相棒って可愛いよねぇ。勉強も一生懸命教えてくれるし」


 平和島の顔は相棒二人を見て緩んでいる。


「あ、手鞠だ!」

「服装通り古臭い趣味してやがんなぁ、テラスの奴」


 テラスはどこから出したのかはわからないが、手鞠で遊び始めていた。

 それをセレナは楽しそうに見つめ、やがてセレナも見よう見まねで手鞠を始めた。


「天広くんが教えたの?」

「いや教えてないけど」

「ふーん。何か調べものしてたときに見つけたのかな? AIって凄いね」

「手鞠ぐらい僕だってできるぞ。その肝心の手鞠がないからできないけど、歌は歌える」

「そうなの?」

「おう」


 手鞠がまたテラスの手に戻ったタイミングで、僕は手鞠歌を小さく口ずさんだ。


「あんたがた どこさ ひごさ ひごどこさ くまもとさ くまもと どこさ  せんばさ せんばやまにはたぬきがおってさ それをりょうしがてっぽでうってさ にてさ やいてさ くってさ それをこのはでちょいとかぶせ」


 笑顔を浮かべながら、テラスはそのリズムで手鞠を弾ませる。


「な?」

「すごーい。子供の頃遥香ちゃんとやったの?」

「いや、あいつは蹴ったり投げたりする専門だから」


 二人で小さく笑う。


「覚えてないけどできるんだよなぁ」

「ふーん」


 平和島のお礼は、テラスの新しい発見の一つになった。

 今度お礼のお返しをしなければいけないかななんて、テラスを見ながらぼんやりと考えた。


   ***


 少しホトホトラビットで平和島とのんびりしていると、私服に着替えた日代がやって来た。日代は何も言わずに椅子に座った。


「おいおい日代ー……いや、〝ノクターン〟さぁん。お姫様を守るのも大変ですねー」


 はっはっはっと笑いながら紅茶を一口飲んだ。


「おまっ、何で知ってるんだ!」

「プリンセス平和島からお聞きしたのさ!」


 日代は平和島を睨み付けた。


「えっと、その、ごめんね」

「お前はなんで変なところで口が軽いんだ……ったく」


 ため息をついて、日代は僕のカップに手を伸ばした。


「やらないぞ。これは僕がプリンセス平和島から貰った紅茶だ」

「ケチくせぇな」


 日代は席を立って数分して戻ってきた。その手にはホトホトラビットで超人気のあるチョコレートケーキを三切れと紅茶のポッドを盆に乗せて戻ってきた。


「いいか、これは昨日の礼だ。テメーには返したからな」


 慣れた手つきでケーキを僕と平和島の前に置いた。


「ありがと、蓮ちゃん」

「そう呼ぶなって言ってるだろ」


 何だこれは。ふざけやがって、この物語はなぁ幼馴染がチュッチュラブラブする話ではないんだよこの野郎。


「お前ら付き合ってんの?」

「ちがわボケ!」


 日代らしからぬ熱いツッコミ。キャラが少しぶれている。


「とりあえず、これは昨日言っていた礼だ。受け取っておけ」

「僕は礼は受け取っておく主義だ」


 チョコレートケーキを口に運ぶ。しっかりとした甘みがあるのだが、キレのある苦みがその甘みをより引き立てる。しかしそのケーキは口に入るとほろりと溶ける。控えめに言って最高の味だ。素晴らしい。少し高いのが玉に瑕だ。


「これって手作りなんだっけ」

「親父の自信作だ」


 紅茶を飲む日代の姿はどこか気品がある。幼い頃から紅茶を嗜んでいると不良(仮)でも気品が出るのか。


「っていうかお前よ、反省文はどうしたんだ。高遠と那須は部活前に書いていたぞ」


 反省文。そうでしたな。確か昨日校長に条件を出されましたな。平和島の相棒が戻っていれば反省文のみ。戻っていなければ自宅謹慎と。


「今から戻っても……間に合うかなぁ」


 カップを持つ手が震える。僕、この年で人生踏み外したくないなぁ……。


「さっさと戻れ馬鹿」

「うん。戻る。教えてくれてありがとな、日代」


 スクールバッグを持つと、テラスがまた何かを表示する。


「お前さぁ、僕のことを馬鹿にしてるのか?」


 彼女が表示したのは、『気持ちが伝わる反省文の書き方』だった。

 テラスは首を傾げた。


「今日サイダーやろうと思ったけど、やっぱ無しだな」


 大きく口を広げたテラスは、更に『反省文完璧マスター!』、『大丈夫! 反省文は完璧だよ!』、『サルでもわかる反省文』と次々と表示する。こいつは何もわかっていない。


「とにかくサイダーは今日は無いからな」


 指で突く仕草をすると、テラスは泣き出した。


「天広くん、もっと優しくしてあげないと」

「いいの。こういう教育も必要」


 泣きながらテラスは僕の後ろについてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る