第三章 友達の条件
友達/1
昨日自宅に帰ってすぐに寝たものの、疲れが取れることはなかった。朝から数学の小テスト、英語の小テスト。確実にこの学校は僕を殺しにかかってきている。
もうやめて! とっくに僕の体力はゼロよ!
「しんどいぉ……」
「あの、天広くん……」
「んぁ? あー平和島かー……」
「その……昨日セレナが帰ってきて……」
平和島の肩には、あの時見た
彼女の相棒セレナは長い青い髪と気の強そうな碧色の瞳。髪色と同じ青色のドレスを着ている。
そしてマスターである平和島は、髪は毛先が丸まっている黒髪ロング。授業中に眼鏡をかける知的な子。顔立ちは少し丸みを帯びているため、綺麗というよりは可愛らしい。そして、体つきがもうなんていうか……狂暴ですね。高校二年生にしては発達しすぎですね。特にその、胸囲が驚異的ですね。これは座布団一枚いただけるぐらい、僕は良いことを言いましたよ。
「それで、その……セレナが……」
セレナはいつの間にか僕の机に移動していて、テラスと手を繋いでくるくると回っていた。
いやぁ、可愛いなぁ。
「助けてくれたのは天広くんと高遠くんと遥香ちゃんだって聞いて……」
「気にしなくていいぞー。それよりも、僕は昼を食って眠い」
「あ……うん、じゃあ、また後で来るね」
「おーう。おやすみー」
「ふふふ。おやすみ、天広くん」
僅かな睡眠時間を貪るために、僕は眠りについた。
***
午後からはヒアリング英語とバースデーエッグの授業。そしてようやっと放課後が訪れる。
ただでさえ体力が尽きていたのに、このオーバーキルはひどすぎる。殺すどころではなく更に死体蹴りをしてきているようだった。
「やっぱしんどいぉ……」
ぴこん。
「んーなんだよテラス」
テラスは疲れ解消法のサイトを表示していた。
「そういうことじゃねぇから」
いつもよりも冷たい態度を取ってみると、テラスは口を大きく広げわなわなと震え出した。そして瞬時に白装束に着替え、短刀を手にしていた。
「もうそういうのいいからー」
がっくりと肩を落とす僕を、遥香は引っ叩いた。
「あんたねぇ、相棒に八つ当たりすんなっての」
「うるせーうるせー。本当に疲れたんだってばよ」
「まぁ気持ちはわかる。さながら弓道で勝負の決まる一本を外して負けた疲れに似てた」
「私は相手側マッチポイントでのサーブの気分で、ミスったときの疲れかな」
二人が部活で今の心理状態を例えていたが、僕にはいまいちぴんと来ない。
「テスト勉強で試験範囲間違えた感じの疲労感」
ぼそりと呟くと、「それな」と二人は同時に同意した。
「お前ら二人今日は部活出んの?」
そんな僕の問いかけに、二人は大きくため息をついた。
「さすがに休むと先輩たちに文句言われるし」
「左に同じく」
やっぱ二人とも期待されてるんだよな。僕はとてもではないがそういったプレッシャーは耐えられない。
「んじゃ僕はお先にー」
鞄に教科書を詰め込んで、スクールバッグを背負って立ち上がると、平和島が遥香の影に隠れていた。
「え、いたの?」
あまりの影の薄さに言葉が漏れた。平和島は顔を真っ赤にしながら俯いている。
「なしたん、平和島? 昼前にも来てたけど」
平和島の頭を軽く撫でてみる。
「きゃっ」
遥香なら絶体に発さない声が聞こえた。そういや最近変態妹やらゴリラ女としかつるんでないから、こういう女の子っぽい反応はなんか新鮮だな。
「何気持ち悪い顔してんのよ、バカ」
ぱしりと遥香がまた僕の頭を引っ叩く。
「お前、人の頭を気安く叩くなっての。これ以上馬鹿になったらテラスのレベル下がっちまうだろうが」
ぴこん。
「ぷっ」
テラスは、「科学的根拠なし」などと表示しやがった。
遥香が吹き出す。
「かーっ! これだからナマコは!」
テラスはまた頬を膨らませて抗議するように両手をばたばたと動かしていた。
「ふふ、天広くんたら……」
「お、笑った」
彼女の笑顔に、こちらも笑顔を返す。
「透子がお礼も兼ねてごちそうしたいんだってさ。私と正詠は部活だから、あんただけでもごちそうされなよ」
遥香が平和島の後ろに回って、彼女の両肩に手を置いた。
「やったね! 疲れたから甘いもの食いたかったんだよなぁ!」
ぱちりと指を鳴らすと。
「私の友達に変なことしたら殺す」
釘を刺すように遥香は言った。
「お前のダチに手を出すほど飢えちゃいねぇよ、狂犬」
「狂犬っていうな!」
狂犬そのまんまじゃん。こえー。
「そんじゃ行こうぜ、平和島。駅前? それとも途中の喫茶店まで歩く?」
「えっと……じゃあ途中の喫茶店でいいかな?」
「おっけー。じゃあなー運動部のお二人さん。部活頑張ってなぁー」
ひらひらと手を振って、僕は平和島と一緒に教室を出た。何人かにはからかわれたが、いつものことなので適当にあしらった。とはいえ、平和島は少し恥ずかしがってか黙ったままだ。
僕からも何も話せずに校舎を出ての長い階段を下りると、ようやっと平和島は自分から話しかけてきた。
「あの……セレナのこと、本当にありがと」
「気にすんなって! あ、ごちそうってことは奢っていただけるってことでいいんだよな?」
「うん。何でもご馳走するよ」
「いぇい、やったね!」
途中の喫茶店ってことは……。
「ホトホトラビットだよな?」
「うん」
はにかみながら答える平和島の顔を見て、ついでにあのおっぱいを見る。
うん、でかい。そして誤魔化すように頬を掻いた。
「どうかした?」
両手を後ろにやってこちらの顔をじっと見つめてくる。
あなたの
「あーっと、何でもないわけでもないんだけど、えーっと……あーっと、そうだ、なんでセレナって名前にしたんだ?」
「それは喫茶店で話すよ、その方が話しやすいし」
「それもそっか」
階段を降り切って、そこから約十五分。僕らの目的である喫茶店へと到着した。
ドアを押すとからんと鐘が鳴る。どうやらドア上部に付けられている鐘からのようだが、音が前に来たときよりも上品に感じたため、ちらりとそれを見る。
形は多少不細工だ、中々味のある鐘だ。
「お、いらっしゃい透子ちゃん」
灰色の髪をオールバックにしたごついおっちゃんが、給仕の格好をしてカウンター越しに言う。
見ようによってはその筋の道の人に見えなくもないのが、ここ『ホトホトラビット』の店長だ。
「なんだ、太陽坊やも一緒か。珍しいじゃねぇか。遂に正詠や遥香に愛そう尽かされたか」
「違うっすよ。今日はあいつら部活です」
このホトホトラビットは陽光高校の生徒が良く通う喫茶店だ。とは言っても、本当に一部の生徒しか通わない。高校からは歩いて十五分、十五分バスに乗ると大きな駅前に着くため、大体の学生はそちらに流れる。ちなみに我が家の近くからは高校まで行くバス停があるので、通学が非常に楽だ。そうです、自慢です。
「私はダージリンとマンゴータルトで。天広くんは?」
「んじゃ同じので」
「おじさん、二つで」
「あいよ」
おっちゃんがこっちを見た。
会計は勿論お前だよな、男だろ?
へい、おっちゃん。何でもかんでも男が出すと勘違いしちゃいけないぜ。今日は平和島が出してくれるんだよ。
あぁ? テメーホントに男か。
今日はそういう日なの!
そんな目線でのやり取りを終えると、おっちゃんはにっこりと平和島に笑みを向けた。
「透子ちゃんが出すんだったら少しサービスしてやるよ。ワンコイン五百円でいいぜ」
「ありがとう、おじさん!」
なんかやたら親しいな。
僕らは先に席を探そうと席を見渡す。
「今日は天気良いしテラスに行こ?」
ぴこん。
平和島の言葉にテラスが反応する。
「え?」
「あぁわり。僕の相棒の名前がテラスだから反応したみたいだ」
「そうなんだ、ふふ。あとでゆっくり見せてね」
「おうよ」
テラスは人気席だが、高校からの移動距離のこともあり学生はほとんどおらず、また近所にお住まいの奥様方もこの時間帯は学生がちらほらと現れるのであまり来ない。
ちなみに休日は結構賑わっている。何度か休みに遊びに来たが、行列ができるほどではないが、満席などもざらにあった。
席に着くと、おっちゃんが同時にタルトと紅茶を持ってきてすぐに去って行った。とりあえず二人とも紅茶が蒸れるのを無言で待って、お互いのタイミングでカップに注いだ。紅茶に詳しくはないが、ここの店の紅茶の匂いは凄い好きだ。
「あ、そうだ」
席を立って、カウンターに向かった。
「おっちゃん、あのミルクとか入れる小さいやつ、空で貸してくれない?」
「ん? ミルクピッチャーのことだよな。まぁ別に良いけどよ」
おっちゃんからミルクピッチャーなるものを借りてまた席に座る。
「どうしたの?」
「お供えもんだよ」
ミルクピッチャーにスプーンで紅茶を移した。
「テラス、紅茶だぞ」
ぴ。と短い音を立てるとテラスが現れて、ミルクピッチャーを見てきらきらと瞳を輝かせた。
「ダージリンて言うんだぞ。今度紅茶について調べといてくれな」
テラスは満面の笑みで頷いた。
「天広くん、意外と可愛いところあるんだね」
「意外は余計だっつーの」
僕と平和島は紅茶を口に運んだ。
先程とはまた違う穏やかな沈黙が流れた。
いつの間にか平和島のセレナも現れて、二人して紅茶をしげしげと見つめている。二人の相棒は女の子同士で気が合ったのかくすくすと笑い合っていた。会話が聞けたら面白いなとも思ったが、聞こえたら聞こえたで鬱陶しいだろうなとも思った。
「そういやなんでセレナって言うんだ?」
「あ。話すって言ってたの忘れてた」
苦笑いしながら、平和島は紅茶を一口飲んだ。
「昔話のお姫様の名前なの」
「へぇ……どんな話?」
少なくとも僕が知っている昔話に、セレナというお姫様が出てくるものは記憶になかった。
「昔話っていってもね、創作のお姫様なの」
平和島はセレナの頭を撫でるように指を動かした。
セレナは気持ち良さそうにしている。その様子を見たテラスは僕を見た。同じことを求めているらしい。さすがに恥ずかしいのでやらないが。
「良かったら教えてくれよ」
「えっとね……お姫様と騎士様のお話でね」
平和島の表情は懐かしげで、どこか……悲しそうだった。
「お姫様はね、セレナーデって名前で、いつも泣いてるの。誰も彼女を彼女として見てくれないと勘違いして、ね。誰も彼もが王女様としか見てくれないって、悲しんで泣いてるの」
平和島はセレナに悲しげな微笑みを向けた。セレナは首を傾げるだけだ。
「そこにね、ノクターンって騎士が現れるんだぁ……」
彼女の頬が僅かに紅潮する。頬杖をついて、僕は表情変化が激しい平和島を楽しむ。
「でね、ノクターンがね、セレナって名前を付けるの。あだ名なんだろうね。セレナーデはそれが嬉しくて嬉しくて、また涙を流すの。きっと、自分だけの名前が嬉しかったんだと思う。それを見たノクターンがね、ふふ」
彼女は思い出し笑いをして。
「あなたに涙は似合わない。泣かないでくれるなら、僕はあなただけの騎士になろう。だから僕の名前を、君だけが知る名前にして渡そう。受け取っておくれって」
平和島はタルトを小さく刻んで口に運んだ。
「騎士がセレナに教えた名前って?」
「教えてくれなかったの」
彼女はふぅ、と小さくため息をついた。
「名前を知って良いのはセレナだけなんだって」
そして平和島はまたセレナの頭を撫でた。
「何かごめんね、あんまりおもしろくないよね?」
「いいや、楽しいよ」
「ホント? ありがと」
両手の指を合わせながら照れ臭そうに言う平和島に心が和む。
きっと照れ屋なだけで根は話好きなんだろう。遥香と話しているときはこんな感じなのかもしれない。
「それは誰が考えた話なんだ?」
「幼馴染みが……」
からんと、あの上品な鐘が鳴った。
「おー蓮。キッチン入ってくれよ」
「嫌だっつーの。土日だけだって言ったろ、手伝うのは」
聞いた覚えがある声に振り向いた。
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