友達/3

 平和島とのお茶や反省文、その他諸々のせいもあって、自宅に着いたのは普段よりも大分遅くなってしまった。

 既に夕飯の支度はされており、父さん、母さん、そして愛華は食卓についていた。


「っていうかなんすか。長男帰ってきてないのに夕食を済ませようとしようとしてたんですか、この家は」


 鞄をソファに投げて自分も座った。


「長男は王様じゃないのよ、あくまでも王子様よ王子様。うちの王様はいっつも一人だけよ。ね、あなた」


 母さんは父さんを後ろから抱きしめ、頬に口づけをする。

 両親が仲睦まじいのは非常に嬉しいのだが、こういった姿を見るのは正直きつい。かなりきつい。


「母さん。今日のおかずはなんですかね」


 とりあえず話を逸らさなくては。


「肉じゃがよ。でもその前にお父さんからあんたにプレゼントがあるみたい」


 再び母さんが父さんの頬に口づけする。

 ガチめに勘弁してほしいんだけど、こういうの。


「太陽。ほら」


 父さんはいつも通りの厳つい顔のまま、僕に結構な大きさの箱を渡してきた。箱は装飾されており、よく見るプレゼントボックスだ。リボンを解いて蓋を開ければ、ピエロのおもちゃが出てくる可能性は甚大である。とは言え、欲望に忠実な高校生天広太陽、十六歳。誕生日は二月十七日、性別は男! 罠とわかっていても頂いたものはありがたく受け取ります!


「って、何これ?」


 プレゼントボックスの中に入っていたのは、少しごついゴーグルだった。


「いいなぁ! 最新のバディゴーグルだ!」


 愛華が身を乗り出して、それに対して目を輝かせる。


「えーっと、なにこれ?」


 再度父さんに尋ねたが、何も言わなかった。そのため、僕は愛華へと目線を移す。


「これだよこれ!」


 愛華がソファに戻って何かの雑誌を取って戻ってくる。


「これだってば!」


 商品紹介のページを愛華は広げていた。

 読んでみると、これは相棒を使うVRゴーグルのようだ。お値段、なんと十万円。

 さすが公務員である。給料が非常に安定しているな。


「って、これって……」


 愛華から雑誌を奪い取って、僕はその隣のページに載っている記事を見た。

 そこには今年の全国バディタクティクスの予想が載っており、そこには僕らの高校も載っている。〝期待の新星!〟と銘打たれたその記事の中には、今日僕がぶつかった王城先輩の写真があった。


「おー……すげーな。王城先輩ってこんなに有名なんだ」


 こんな雑誌に載っているなんて、凄いもんだ。しかし、その記事には〝前回の一回戦敗退、リベンジなるか!?〟とも載っている。


「って、一回戦敗退?」

「ん?」

「いや。何か予想外の事が載ってたから」

「どれ?」

「一回戦敗退ってとこ。王城先輩って強いんじゃないのか?」


 愛華はその記事を覗いて。


「あぁこれね」

「そうそう。うちって期待の新星って言われてるのに弱いのか?」

「んー……弱いっていうと違うけど……知らないの?」


 とか言われてもなぁ……何だかんだ僕が入学してまだ一年しか経ってないし、バディタクティクスなんて全然興味なかったし、怖い目にも遭ったし。


「にぃの高校って県大会だと結構有名なんだよ? 全国だと大体一回戦敗退だけど、王城さん達は初戦は突破したし。しかも王城さんは二年だけで全国に行ったから、とっても有名なの」

「へぇ」


 二年。僕らと同い歳のときに行ったのか。凄いなぁ。


「ほらほら、あんたらご飯食べるよ。お父さんから貰ったおもちゃはあとで確認しなさいね」


 父さんは一度頷いて、母さんに優しい笑みを浮かべる。ホント、この二人は仲が良いなぁ。だから結婚したのかもしれないし、僕らも産まれたのだ。

 まぁとにかく、軽く勉強した後にこのおもちゃの使い方でも調べようかな。


   ***


 夕食を終えた僕は、ささっと部屋に戻って勉強を始めた。

 いやはやしかし本当に。勉強してて思ったけども、超高性能教育情報端末って凄いなと思う。英語、数学、化学。どれもこれも僕は苦手なのだが、テラスが表示する勉強方法や参考の例題は非常にわかりやすく、不思議とすらすらと解けていく。これが超高性能教育情報端末の本領発揮ってやつか。

 生きてきた中で、初めて勉強が楽しいって思ったわ。


「お、もう十時か」


 体を伸ばしてサイダーを取りに行った。ついでというか、僕の熱烈な交渉で一つのお猪口をテラス用として頂けることになった。しかもそのお猪口はテラスのイメージにぴったりな桜の模様が入ったお猪口だ。こういうセンスはあると自分でも思える。

 部屋に戻るとテラスはそりゃあもう鬱陶しいくらいに周囲を回っていた。


「わかった、わかったから。ちゃんとやるから」


 お猪口にサイダーを注いで、父さんから貰ったVRゴーグルの説明書を読んでみる。

 使い方は相棒がいれば簡単にできるらしい。ペアリングすればいいだけらしいが、そもそもこいつは何のために使うのだろうか。


「えーっと、主な使い方は……セミダイブ?」


 セミダイブ。昨日のフルダイブとはまた違ったネット遊泳方法だ。

 フルダイブは全身で情報を感知するが、セミダイブは昔からよくあるネットサーフィンの派生形。フルダイブを仮想的に体験するからセミダイブだ。相棒のテラスは体はその場にあるので、平和島の相棒みたく電子遭難することはない。まぁ、正確には電子遭難ではなく強奪だったが。


「おーいテラス。セミダイブしたいから協力してくれ」


 サイダーを与えられて満足していたテラスは満面の笑みで頷いた。


「えーっと、とりあえず電源を挿して……」


 VRゴーグルを被りながらベッドに横になった。完全に視界がこのゴーグルに支配される。この感覚は学校でフルダイブしているときに似ている。


「ペアリング頼むわ」


 ぴこん。

 VRゴーグルから見えるディスプレイには了解と表示されている。

 ぴぴ。

 短い電子音が鳴ると、前見たような世界が広がる。

 おおう。セミダイブとはいえ、前回のフルダイブと似ている。全身で感じはしないものの、視覚からの情報はほぼ同じだ。


「お。テラス。お前またでっかくなったな」


 ほくほく笑顔でテラスはこちらを見た。

 うーん。なんだか不思議な感じだな。フルダイブ体験していると、これがあまりにも〝偽物〟に感じて、気持ち悪い。ロボットの〝不気味の谷〟とか、それに似ている感覚だ。フルダイブする機会なんてそうそうないし、こちらに慣れるようにしたほうがいいかもしれない。


「えーっと……あ、そうだ。王城先輩について調べ……」


――アテンション。不明なIPからのアクセスを感知。


 前の時と同じ声だ。


「あんた誰だよ。前にもテラスを使って……話しかけてきたよな」


 テラスはこちらを見つめている。昨日と同じ、〝ガラスのような瞳〟をこちらに向けている。


――妨害不可能。マスター天広 太陽。ご注意を。


 テラスらしきものは僕の言葉を無視する。すると眼前で雷が落ちて、そこから何かが現れた。


「ハック完了。エラータイプ……いや、ゴッドタイプ『テラス』を発見」


 現れたのは、真っ黒な鎧に身を包んでいる騎士だった。


――警告したはずです。次はありません、と。


 おっと。ちょっと待ってください。色々気になるんだけども、まず僕はただセミダイブというものを体感し、ついでにちょっと調べ物をしたかっただけなんです。こういう事態を一切僕は望んでいないのですが。


「落ち着きたまえ。今日は対話をしに来たのだ。ゴッドタイプ」


――あなた方との対話は求めません。失せなさい。


「その仰々しい会話方法はやめた方がいい。君の大切なマスターが混乱する」


 黒い騎士はこちらに顔を向けた。


「安心して良い。天広太陽。私は……そうだな、ノクターンという名はどうだろう? この容姿に似合っていると思うのだがね」


 ノクターン……だって? なんでこいつは知ってるんだ?


「なんで僕の友達の昔話を知ってやがるんだ!」

「あぁ大声で話すと君の家族に気付かれるよ。気を付けなさい」

「このっ……!」


――構成を修正します。あーアーAHHHH。


「構成修正完了」


 今までのテラスと違った声の調子。それは今までの機械的なものではなく、より人間らしくなっている。


「君の友達の相棒はセレナと言ったかな? あれも中々珍しいエラータイプだったよ。双子……というのは少し違うな。親が違うのだし。いやはやしかし珍しかった、セレナとノクトの二体は同じ基本構成……あぁ、ここでは基本〝構想〟と言おうか。全く同じなんだよ、起源が。だから少し調べさせてもらったんだ。まぁ返す予定はなかったのだけれど、彼女のおかげで君の相棒にも出会えたからね。それはサービスというやつだね」


 黒騎士は楽しそうに話し始めた。


「しかし……どれだけこの瞬間ときを待ち焦がれたことか! 何千何万のクソガキを失望と共に眺めてきたと思うかね! それがようやっと、ようやっとだよ! ようやっと〝神〟に出会えたんだ! ご挨拶ぐらいは必要だろう!」


 黒騎士の体から稲妻が漏れた。そして黒騎士は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。しかし、ある程度の距離に黒騎士が達すると前面に炎の壁が上がる。


「それ以上近付かないでください。マスターに危害を加えると判断します」

「くく……女神様は随分とそのマスターにご執心のようですね」


 今度は三歩後ろへと下がる。


「あぁそうだ。しばらくは安心していいよ。私たちも調べ物をしなければいけないのでね」

「待てよ」


 兜に隠れてこいつの表情はわからなかったが、その下にはきっと卑しい笑みを浮かべているに違いない。


「名前、教えろよ。ノクターンじゃないんだろ」

「そうだった、すまないね。私はノクターンという名前ではない。私は……〝パーフィディ〟。以後お見知りおきを。神の父よ」


 黒騎士は深く頭を下げた。その姿には一切の敬意は感じられない。慇懃無礼というのに、非常に相応しい様子だ。


「また……またどこかで会おう。近々ね」


 ばちりと、世界が暗転した。

 VRゴーグルを外すと、いつもの見慣れた天井があった。


「テラス……近くにいるんだろ?」


 ふよふよとテラスが現れた。

 体を起こして、テラスをじっと見つめてみる。いつも通りのテラスだ。特に変なところはない……はず。


「……検索、パーフィディ、意味」


 ぴこん。

 一瞬で情報が表示される。


「背信……ね。さんきゅな。たぶん疲れてるんだろ? 前と同じでさ」


 ぴこん。

 疲労困憊心身虚弱徹頭徹尾。

 徹頭徹尾はきっと意味が違うと思うよ。


「少し休んでろ。僕は僕でやることができたわ」


 テラスは頷くと姿を消した。

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