タマゴ/3

 授業が終わり自宅に戻る。学校から自宅まではバスで三十分かかる。バス停を降りて大体十分ぐらい歩くと平凡な我が家が見えてくる。

 平凡とはいえ、決して悪くはない。ちゃんと自分の部屋もあるし、母さんは面白優しいし、父さんは尊敬できるし、妹も可愛い。

 ただ……。


「はぁ、憂鬱だ」

「にぃ、何してんのさ」


 背後から声をかけられる。


愛華まなか……」


 可愛い妹。

 目は大きくてぱっちりしているし、肌も綺麗。身長は適当な高さだ。まさにDNAの奇跡。何故少し後に来るのだ、DNAの奇跡よ。最初に来いよ。なんだよこの理不尽なガチャ。


「早く入ってよ、もう」


 なんて可愛らしい笑み。くそ、どうして! どうして僕にはそのDNAの片鱗もないんだよ!


「ほらほらぁ」


 愛華が背中を押してくる。DNAという世界の理不尽と闘いながら、僕は家に入る。


「おかえりー」


 部屋から母さんの声がした。ため息をつきながら居間へと向かうと、母さんは既に本日の夕食を作り始めていた。

 母さんは専業主婦だ。ちなみに一日で十万ぐらいを稼いだりするFXのデイトレーダーだったりもする。すごい。

 今は仕事中でいないが父さんは公務員で、一般企業からの転職組。堅実、誠実を背負う男。ちなみに僕から見ても渋くてかっこいい外見をしている。


「ふぐぅ!」


 居間でそのまま両膝を付いた。


「なーにその歳で人生の不遇を表現してんのよ、太陽」

「だって、僕だけ何にも才能ない」

「才能ってのはだけじゃないでしょ」

「母さん……」

「あんた今日タマゴもらったんでしょ、今後はその子があんたを支えてくれるんだもん。変われるって」


 ぽんと僕の肩に母さんは手を置いた。

 母さんの肩には小さな妖精が乗っていた。これは母さんの相棒で名前はシシリー。絵本で見るような可愛らしい姿をしているが、今のシシリーの目はなんかガチで怖い。

 そんなシシリーは紙を持っている。買い物リストと書かれた紙を。


「母さん……?」

「まずは買い物の才能よ」

「クソババァ」

「米十キロ追加してやろうかクソガキ」

「ごめんなさい、ちょっぱやで行きます」

「よろしい」


 鞄を置いて出ようとしたが、実物の紙をもらっていないことを思い出した。


「母さん、メモくれよ」

「大丈夫よ、ほら。あんたのタマゴ」


 タマゴに視線をずらすと、タマゴの殻には先程のメモが映されていた。


「……きもっ。お前、本当にナマコじゃね」


 タマゴは左右に小刻みに揺れた。怒っているのかもしれない。


「大切にしなさいよ」

「わかってるっての」


 母さんのお節介に適当に返して、僕はまた家を出た。



 というわけで買い物を終えて帰ってくると、父さんは既に帰宅していた。

 そんな父さんの肩には立派な着物を来た相棒が乗っていた。ちなみに名前はベルグ。名前にそぐわず何故か和装を好んで着ている。


「おかえり、父さん」


 父さんと相棒のベルグがこちらをちらりと見た。


「あぁ、ただいま」


 春とはいえまだ暑かった。手で顔を扇ぎながら冷蔵庫から麦茶を取り出した。


「太陽、ついでにみんなのもよろしくね。ご飯にするから」

「え、今日の夕飯の買い物じゃないの?」

「お醤油と塩が心細かっただけ。ほら、ちゃちゃっと動きなさい」

「はいはーい」


 四人分をコップに注いで、テーブルに置く。


「太陽」

「なに、父さん?」

「お前の相棒だが……」

「あぁまだ産まれてないよ」

「いや、転がってるぞ」

「はい?」


 気付けば僕の相棒はテーブルの上をご機嫌そうにころころと転がっていた。


「あら可愛いじゃない」

「産まれてくるのはナマコなんだよ、きっと……」

「安心なさい、どうせ人型よ」


 すぱっと言い切って、母さんは夕食をテーブルに並べていった。



 夕食を終えたあとは至福の時間だ。

 まずは録画した深夜アニメを観ながらスマホゲーをする。アニメを観終わったら漫画週刊誌を読む。んで、時折遥香や正詠、クラスメイト達とチャットをする。

 それに飽きる頃には風呂が空くので漫画を持って風呂に入る。

 最高だ。最高すぎるぜ。あとは風呂上がりにサイダーを飲んで寝よう。


「あーさっぱりしたー」


 ふらふらと冷蔵庫からサイダーを取って部屋に戻った。


「至福じゃあ」


 そしてベッドに寝転ぶ。


「んぁ?」


 タマゴが羨ましそうにこちらを見ている(ように感じる)。


「飲みたいのか?」


 タマゴが前後に揺れた。多分、頷いたんだろう。


「うーん……そうだな、明日孵化するんだろ? そんときの記念にやるよ。飲めるかわからねぇけど」


 タマゴが左右にご機嫌そうに転がった。

 それを見て僕は短く笑うと大きくあくびをする。


「さって……寝るかねぇ……」


 電気を消すと、タマゴも空気を読んで消えていた。


   ***


 ふわりと何かが目の前で光が舞っている。

 それは小さいが、眩いほどに輝いている。そして……楽しそうに笑っている。


「ふふふ」


 軽やかに笑いながらその光はくるくる回った。


「楽しみだね、ふふふ」

「うるしぇ……」


 夢か現かわからないまま、僕は口にする。


「ごめんなさい……でも、楽しみで……」

「わかった……から、今は眠らせてくれ、頼むよぅ……」

「ふふ、うん、わかったよ。それじゃあまた明日ね、太陽くん?」


 光はゆっくりと消えていった。

 それは、スズムシの羽音が急に聞こえなくなったような感覚に似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る