タマゴ/1

 陽光高等学校。戦前より続く伝統深い学校。入学式の時に、新しい技術を常に受け入れていくことが、学校を長く続かせるコツだと校長が言っていた気がする。

 そんな新しいものを受け入れる柔軟性からだろう。校則は適度に厳しく、適度に緩い。

 そこが僕……天広太陽てんひろたいようが通っている学校だ。

 そして僕は今、とても憂鬱だ。

 その原因は二年生になると始まる、とある授業にある。

 バースデーエッグ・プログラム。

 国が学力格差を防ぐために用意した世界最高のAIを扱う為の授業。その授業で配布されるAIは、個々人の性格、学力、特徴に合わせた容姿を持ち、勉強からプライベートに至るまでフォローしてくれる。そんなAIを配布される初日が、今日だからだ。


「あぁ……憂鬱だ」


 新しく通うことになった二年三組。僕はその中でも真ん中より少し後ろの席に腰かけていた。


「たーいよ!」


 ばしんと背中を叩いてきたのは、幼馴染みの那須遥香なすはるか


「んだよ狂暴女」

「この大和撫子と言われる那須遥香様にそんなこと言うのはこの口かぁ?」


 ぐいと口の両端をつねられる。

 甘栗色のショートヘアーはそれだけで遥香が活発な印象を表し、少しだけ乱暴な言葉遣いがそれを確たるものにし、粗雑な行動がそれを狂暴というものへと昇華する。


「わりゅかったってぇ」

「わかれば良い」


 一応話せばわかる類なので御しやすいものの、なんやかんやと絡まれるのはいただけない。


「んで、何で憂鬱なのさ」


 遥香は僕の前の机へと座る。短めのスカートから見える健康的な両足を見て、僕は答える。


「今日はバースデーエッグの授業があるだろ? それが嫌なんだよ……」

「人の足見ながら普通に答えるって、あんたどうかしてるよ」

「……ぶひぃ、遥香たんの生足だぉ」

「キモい死ねカスクズキモい」


 いくら何でも言い過ぎじゃないですかね、幼馴染とはいえ傷付くんですが。


「というかさ、バースデーエッグなんてみんな楽しみにしてるもんじゃないの?」


 遥香はそう言って周囲を見る。確かに、クラスメイトが話している話題はそればっかりだ。中には『良いパートナーを孵化させるためには』という本を読んでいるクラスメイトもいる。


「僕はなんも特徴がないからきっとナマコみたいな奴に決まってんだよぅ……」

「あんたねぇ……」

「何話してんだよ、二人とも」


 遥香と僕の頭をぽんと一度ずつ叩いたのは、高遠正詠たかとおまさよみ。もう一人の幼馴染。ちなみにイケメン、スポーツはぼちぼち、勉強はかなりできる。ちくしょう。


「あー正詠はいいよなぁ。きっとすげぇ格好いいのが産まれるぜ。けっ」


 正詠を見てため息をつく。正詠は目をぱちくりさせて遥香を見た。


「なんだこいつ?」

「さっきから、『きっと僕のバースデーエッグからはナマコが産まれるんだぶひぃ』って言って勝手に凹んでんの」

「馬鹿かこいつ。ナマコが産まれるとかバグ以外なんでもねぇよ」


 そこまで話すと鐘が鳴る。

 ざわざわとした喧騒が一瞬で静まり、皆が席についた。そして、教室のドアが開く。


「お、さすがに今日休みの奴はいないか」


 担任の小玉こだま先生は教壇の前まで来ると、クラスを簡単に見渡す。その顔はどこか嬉しそうだった。


「さて、ホームルームを始めたら、お待ちかねのバースデーエッグを配付する」


 ひゅう! と誰かが口笛を鳴らすと、今まで潜んでいた喧騒がまた現れた。

 担任はそんな喧騒の中、出欠と連絡事項を伝えると、ごほんとわざとらしく咳払いをする。


「静かにしなさい。全く、この時期だけは二年が一番元気になるのも困ったものだ……」


 その一言でもまだ喧騒は止まない。やがて小玉先生は二度手を叩いて。


「わかったわかった。これからバースデーエッグの授業を始める。だから、静かにしなさい。わざわざ外部の方も来るのだから」


 僕らも十七歳になったわけだし、さすがにここまで言われては静かにするしかない。

 そのタイミングで小玉先生はドアの外にいる誰かに声をかけ、その人と一緒にまた教団の前に立った。


「本日うちのクラスでバースデーエッグを配布してくださる、柳原創一やなぎはらそういちさんだ。では、ここからお願いします、柳原さん」


 そう言った小玉先生は、教室の隅にあるパイプ椅子に座る。

 柳原……さんは、ひょろりとした痩せた男性だった。綺麗な顔立ちをしているが、丸い眼鏡の奥にある瞳は僕らを睨み付けるように鋭く、冷たい印象を抱かせる。白衣もその下に着ているスーツにも皺や汚れもなく、何となく潔癖症に近い性格をしているのかなと僕は思った。


「陽光高校、二年三組の皆さん、はじめまして。先ほどご紹介に与った柳原だ。君たちにバースデーエッグを配付する公務員の一人程度の認識で結構。すぐに忘れてくれてもいいよ」


 にっこりとした作り笑顔。

 僕が苦手なタイプだわ、この人。

 柳原さんは一度咳ばらいをすると、大きな鞄を教壇に置いた。


「この鞄の中には君たちに配付するウェアラブル端末一式が入っている。これらは君たちに貸与されるもので、君たちが将来死亡した際に返還してもらう。しかし、現行の法律ではその返還は義務化されておらず、きちんと申請をすることで返還拒否も可能となる。まぁまだ若い君たちが気にすることではない」


 柳原さんは僕たちへと背中を向け、チョークを手に持った。


「ではまずバースデーエッグについて簡単に説明していこう」


 カッカッカッ。

 小気味良い音を立てながら、黒板に神経質な文字が刻まれていく。


「バースデーエッグとは君たち若人の教育格差をなくすもの。これはわかっているね? 裕福な家庭に生まれた者は有能な家庭教師、効率的な学習塾に通えるが、恵まれなかった家庭に生まれた者はそうはいかない。それでは不平等になる。努力による差はあれど、環境によって格差が生まれてはならない。更に、今は超情報社会。この情報格差もなくさないといけない。一昔前の俗に言うガラパゴス携帯、スマートフォン……これを扱えることが出来る者、出来ない者。使いこなしソフトを開発できるものは情報強者と呼ばれ、逆はもちろん情報弱者と言われる」


 柳原さんは文字以外にも図などを細かく書いていった。


「さて、十八歳未満が所持して良い通信端末は現在制限されている。出席番号二四番、学生が所有可能な情報端末、それは何か答えなさい」


 急な指名に慌てたのは指名されたやつだけではない。みんなが思ったろう。


――え、指名されんの?


 と。


「えーっと、スマートフォンまでです」

「そう、その通り。十八歳未満で高等学校、もしくはそれと同系統の教育機関に在学しているものは、一部を除きスマートフォンに分類される通信端末以外を所持してはいけない。しかも情報閲覧はかなり限られており、デリケートな情報を入手するのは至難の技だ」


 柳原さんは板書を終えてこちらに向き直る。


「何故か答えなさい。出席番号十四番」


 げっ、僕か。


「あー、えー……情報の真偽判断力がまだ弱いから、ですか?」


 少しの間。


「その通り。しかしだ、情報端末の所持や情報閲覧を制限しては、君たち若人と我々成人との間には大きな情報格差が生まれてしまう。そこで……」


 柳原さんは左手の甲を僕らに見せた。白衣の裾はするりと落ちて、そこから黒いブレスレットのようなものが見える。


「超高性能教育情報端末……通称〝SHTITシュティット〟、愛称〝相棒バディ〟を与え、そしてその扱いを教えるバースデーエッグ・プログラムを高等学校から必修教育とすることで、君たち若人の才能をより効率よく、より最適に育ててあげよう」


 彼は得意気に笑ってそう言った。

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