第二十五話 土小人の村

 ――甘い花の香りが、する。

 目を覚ますと、でこぼことした黒い土壁が目の前に広がっていることに気づいた。

「……目が覚めたかい?」

 突然、視界の中に、青年小人の心配そうな顔が飛び込んで来た。僕はびくっと身体を震わせる。

「よしよし。僕の声が聞こえるなら、右手を動かしてみて。ゆっくりでいい」

 その声に反応して、僕はゆっくりと右手を上げてみた。体が、動く。

「じゃあ、この指が何本かわかるかい?」

 僕は「三本」と(共通語で)つぶやいた。どうやら舌も気管支も問題ないようだ。

「よし。とりあえず視神経にも影響はないようだね。他に後遺症がないといいのだけれど」

僕はゆっくりと起き上がると、周囲を見渡した。そこは大きな洞穴の中のようだが、明るく発光するのような植物が生えているようで、思いのほか明るい。僕がいる場所の横には、さっき村の入口で見たあの白い扉と同じくらい巨大な金属製の扉がそびえ立っていた。その扉には僕の読めない神聖文字であろう、華美で荘厳な文字がたくさん彫り込まれていて、まるであのひずみ宇宙の土小人の村をほうふつとさせた。一方、僕の身体の下には布が敷かれており、その下に干し草が積まれている。意外にふっかふかだ。

「君が無事でよかったよ。あの兵士たちは毒使いだ。油断しちゃいけない」

 青年小人はそう言うと、僕の方に手をさしだして、微笑んだ。

「僕はヤーマ。村長の孫だよ」

「あ……僕はケイ。よろしく」

 僕はゆっくりとその小さな手に指をさしだした。ヤーマは僕の指をそっとつかむ。

「あの……僕と一緒にいた女の子は?」

 ヤーマはにっこりと笑うと、「エディルさん」とつぶやいた。すると――洞穴の奥から、真っ黒な少女がこちらに歩み寄って来るのが見えた。――エディルだ。完全覚醒したエディルが、手に黒い小さな器を持って微笑をたたえている。

「エディル……! 無事なのか?」

 エディルは緑色の目を瞬かせて言った。

「エエ。アノ子ガワタシニ泣キツイテキタノ! アナタガ危ナイカラ助ケテッテ。自分モボロボロノクセニネ。ダカラ出テキテアゲタッテワケ」

 クスクス、と笑うエディルの横で、ヤーマが言った。

「エディルさんは完全覚醒することで身体機能を高め、体内の毒を浄化したんだ。『天女』の身体は自浄作用が強いから、多少の毒は解毒できるんだそうだよ。君の解毒剤も彼女が作ってくれたんだ」

「そ、そうだったんだ……。ありがとう、ヤーマ、エディル」

 僕はとりあえずお礼を言うと、ゆっくりと腰を上げ、ぐるぐると腕を回してみた。

 ――うん、大丈夫だ。身体に異常はない。

「ところで、ヤーマたちはどうして僕たちを助けてくれたの?」

 ヤーマの方に向き直り、屈伸をしながら質問する。ヤーマはエディルから薬湯を受け取ると、そこに何かの粉末を入れた。エディルはしゃがんでそれを、かき混ぜる。

「なに、単純なことさ。僕たちはエディルさんとは知り合いなんだ。……厳密にいうと知っているのはエディルさんのお母さん――ルゥリエさんなんだけどね」

「エディルのお母さん……?」

「うん、最初から話すとね、僕は村長――祖父と一緒に薬草を取りに地上に出ていたんだ。その時、君とエディルさんが宇宙船から降りてきたところを目撃したのさ。で、あとをつけた。それからしばらく観察していたら君たちが収容所の兵士に襲われたんで、とりあえず助けたってわけさ」

「あ、じゃあこの通行証を落としたのはひょっとして……?」

 ポケットの中に手を突っ込み、例の四角い、真っ白なプレートを取り出すと、それを見たヤーマはこっくりとうなずいた。

「ああ。僕が落としたのさ。君に拾ってもらうためにね」

「そうだったんだ……」

「サア、ケイ。コノ薬湯ヲ飲ンデ。コレヲ飲メバ、モウ大丈夫ヨ!」

 その時、エディルが薬湯を差し出してきたので、僕はお礼を言って受け取った。ごくり、と飲み込む。

 これは……――にがい。病院の粉薬より苦い……。

 しかし僕は器いっぱいに入れられた緑色の薬湯を我慢して一気に飲み干した。――と、途端に体がぽかぽかしてきたのを感じた。

 ……なんだこれ? すごい、体が芯からあったまってくる!

 僕はリディーが作ってくれた厚手の防寒服を脱ぐと、いつものスタイルになった。エディルは緑色の目を瞬かせ、「体温ノ調節機能ヲ高メル薬ヨ。コノクライナラ今ノアノ子ニモツクレルト思ウワ」と口を歪めて笑った。

「ケイ、モット強クナッテ早クワタシノ――ぐっ」

次の瞬間、エディルは苦しみ出した。再びエディルの身体から蒸気が発生し、エディルが煙に包まれていく。

「エディル?」

「ヤーマ……コノ香リハ――モシヤ……!」

 両目からいくすじもの涙を流しながら、エディルは土小人のヤーマを見つめた。当のヤーマはというと、もの静かな眼差しでエディルを見つめ返している。その直後、エディルはよろけて倒れかかったので、僕は慌ててエディルの肩を抱きとめた。エディルの肌が熱気を帯び、肌の色が黒から元の白い皮膚へと変色していく。その様子を見て、ヤーマは腰に下げていた小さな白い袋を、腰布から外して高く掲げた。

「ごめんね、エディルさん。『羽衣』の君は、信用するなとルゥリエさんからきつく言われているんだ」

「……クソッ」

 エディルはそう言うと、意識を失い、僕に力なくもたれかかった。僕はエディルを抱き上げ、そっとそばにある干し草のベッドに寝かせた。エディルはもう、いつものエディルの姿に戻っていた。

「……ヤーマ、その――それは……?」

 僕がためらいがちに尋ねると、ヤーマはにっこりと微笑んで、白い袋にかかっていたひもをほどいた。中には真っ黒で細長い、植物のつぼみのようなものが入っている。乾燥しているせいかパサパサだが、顔を近づけなくとも強烈な甘い香りが鼻を刺激してくるのがわかった。

「これはね、『オオクロオモイグサ』という宇宙植物の花を乾燥させたものなんだ。エディルさんのような植物型宇宙人にとっては天敵のような植物なのさ」

「オオクロオモイグサ……?」

「古代からある寄生植物だよ。植物に寄生する植物の一種さ。オオクロオモイグサはこの香りで寄生主の意識を奪い、生気を吸い取るんだ。この植物の香りは『天女』のような植物型宇宙人に唯一効果がある麻酔成分で、その覚醒状態すら解いてしまうそうだよ」

 僕は「へえ」と相づちを打ってから、「触ってもいい?」とヤーマに尋ねた。ヤーマがうなずいたので、早速、指で黒い物体をつまんで、手のひらに乗せた。

 ……これが――オオクロオモイグサか。

「ちょっとかじってごらん。香りの通りに甘いから」

「え、マジで?」

 僕はまじまじと観察し、手でその感触を確かめてから、ヤーマに言われた通りに少しだけ口に含んでみた。

 確かに、甘い。……でもこの味……どっかで食べたような……――あ。

 僕はふと、レオナルトと闘った後のことを思い出した。

 わかったぞ――! センパイたちのアメだ!

「ね? これはオオクロオモイグサのにおい袋さ。この香りで、エディルさんの覚醒状態を少しだけ抑えることができるんだそうだ」

「へえ、すごい植物なんだな、オオクロオモイグサって。あ、ひょっとして地球とかにもあったりする?」

 僕は少しワクワクしながらヤーマに尋ねた。

 確か……ナントカオモイグサって、入院時代に何かの本で見たような気がする。

「残念ながら地球にはないようだよ。似たような名前の寄生植物――オモイグサとかネナシカズラという植物ならあるようだけど、オオクロオモイグサとは全くの別種のようだ。ちなみにオオクロオモイグサの原産地は第三階層宇宙にあるプリベール銀河系の惑星、ディアレシス星だと言われてる。花は筒状で黒紫色、茎は太く丈夫で、長い。寄生主のあらゆる部位に寄生し、養分を吸い取る。その威力は巨木をたちまちに枯れさせてしまうほどで、宇宙植物の生長を阻害する一級危険植物なんだそうだ。繁殖力も強いため、古代から宇宙中に生息している『生きた化石』なんだよ。古代植物の中でもわりとポピュラーな方かな」

「ふーん、地球にはないんだ……。なんか寂しいな」

「でも、他の珍しい種類の植物が、地球にはいっぱいあるだろ?」

 ――それもそうか。でも、すごいなあヤーマ。色々知ってて。ひょっとして学者さんか何かなのかな?

 彼の植物に関する知識の広さに感心しながら、僕は思い切って聞いてみた。

「ヤーマはなんでそんなに植物に詳しいの? 地球の植物のことまで知ってるなんて、僕より詳しいじゃん」

 僕の尊敬の眼差しに、ヤーマは恥ずかしそうに、「いや、詳しいってほどじゃないよ。ただ、好きなんだ。植物が」とつぶやく。

「植物が?」

「僕はみんなのように価値のある鉱物を眺めたりをふるう技術を習得したりするよりも、色んな生き物を観察する方が性に合ってるらしい。おかげでみんなからは、植物かぶれの学者もどきって言われてる。……と言ってもオオクロオモイグサのくだりは、全部ルゥリエさんからのなんだけどね」

「でもそういうのってすごくかっこいいと思うな」

僕がそう言うと、ヤーマはとても嬉しそうに、顔を赤らめた。ほんとうに、ヤーマは自分の好きなことと正面から向き合っていると、思ったから。――否、『好きなこと』を明確に持っているヤーマが、純粋にすごいと思ったんだ。……だって僕にはそういうの、まだないから……。

 ――ぼくもいつか、自分の『好きなこと』が見つけられるのかな?

 そう思った時、そばにある干し草のベッドの上から、エディルの「うーん」という小さな声が聞こえてきた。どうやら、意識が戻ったらしい。僕は急いでエディルのそばにひざをついた。エディルの耳元で、小さくささやく。

「エディル? 大丈夫か?」

「……ケイ――か? 私は――」

 エディルは大きな緑色の瞳を数回瞬かせた後、ゆっくりと起き上がった。ヤーマは慌ててにおい袋の口を閉め、それを服の下にしまいこんだ。香りの強さはさっきよりはマシになったようだ。

「大丈夫、ヤーマが手当てしてくれて、助かったんだ」

 ――その時、僕はなんとなく、本当のことが言えなかった。別に言ってもよかったんだけど、エディルは羽衣の人格を拒絶しているから、言ったらまた不安になるんじゃないかと思ってしまったんだ。

 すると、ヤーマも場の雰囲気を読んだのか、「、エディルさん。僕はヤーマです」とあいさつをした。

「あ、ああ。でも――なぜだろう。あなたとは、初めての気がしないんだが」

 エディルの言葉に、僕はぎくっとしたが、ヤーマはにやりと口角を上げ、「……実はそうなんだよ」と微笑んだ。

「え?」

「実は僕たち、初対面じゃないんだ。十五年前にも一度、会っているんだよ。エディルさんはもう、覚えてないかもしれないけれど」

「ど……どういうこと?」

 ヤーマの意外な発言に、僕はあっけにとられて、思わず目を丸くした。

「君はまだ二歳かそこらだったからね。その時に君のお母さん――ルゥリエさんがまだよちよち歩きの君と一緒にこの村を訪ねて来て、僕の祖父にある道具を注文したのさ」

「母が? ――私を連れて?」

「ああ。『天女』であるお母さんも、自分の『羽衣』の人格に苦しんでいたんだ。その人格を封じるための道具――『羽隠しの指輪』を注文しに来ていたのさ。村一番の鍛冶師の祖父に、指輪を注文するためにね」

「……!」

 エディルの目が、大きく見開かれる。僕は、「エディルのお母さんが――この村に?」とヤーマに視線を向けた。ヤーマはうなずいて、まっすぐにエディルを見つめる。

「ああ。ルゥリエさんは、いつか自分が羽衣に乗っ取られるんじゃないかと、ずっと怯えてた。そしてそれは、自分の娘であるエディルさんにもいつか起こるんじゃないかと気が気でなかったんだ。だから彼女は、自分の古い指輪を新調しようとたびたびこの村を訪れていた……。それが十五年前というわけさ。でも、彼女の望む指輪は、材料がなくてとても作れなかった」

「その……材料っていうのは?」

 僕が尋ねると、ヤーマは今度は僕の方を見つめて答えた。

「『ヒヒイロカネ』っていう特殊鉱物だよ。別名を『純黒の炎』と言ってね。この星の特産品ではあるけれど、滅多に手に入る代物じゃない。だから、御主人のマークㇽさんにも頼んで探してもらったりしたんだけど、なかなか見つからなかったんだ」

「ちょ……ちょっと待って。じゃあ、エディルのお父さんは、奧さんが天女だって――」

「もちろん、知っていた。マークㇽさんは全てを知ったうえで、ルゥリエさんと結婚したんだ」

「……」

 ヤーマの言葉に、エディルが沈黙する。恐らく、何も知らなかったのだろう。エディルは、震える声で、つぶやいた。

「母が――羽衣の人格に苦しんでいた? うそだ。私は母からは何も――」

「君に悟られないように必死に隠していたんだろう。お母さんは、一日のうちに何度も羽衣の人格に乗っ取られてしまうと悩んでいた。特に君を――エディルさんを、産んでから」

「……!」

 エディルが、力無くうなだれる。エディルは干し草のベッドに座ったまま、顔を両手で覆った。

 そんないたたまれない空気の中、僕はおずおずと質問する。

「あの……知らなくて申し訳ないんだけど……。『天女』ってさ、一体どんな宇宙人なの? なんで羽衣っていう別人格があるの? 植物型宇宙人って何?」

「――それは」

 エディルが口を開きかけると、ヤーマが静かにそれを制した。

「ごめん。色々疑問があるだろうけど、まずは、僕から話してもいいかい?」

 僕が少し驚いた顔で、「う、うん」とうなずくと、ヤーマはほっとしたような顔をして、つかつかと洞窟の入口にそびえ立つ巨大な金属製の扉のところまで歩いていった。彼はゆっくりと扉を開ける。――すると。

「わあああ!」という声と共に、たくさんの土小人が、僕らのいる洞穴の中に、どっとなだれ込んできた。

 僕とエディルは目をパチクリとさせ、その光景を見つめる。ヤーマはあきれ顔で言った。

「村のみんなだよ。みんな、早く君たちと話がしたくて仕方なかったんだけど、ケガが治るまで我慢してたんだ」

 土小人たちの集団の先頭には、さっき門であったランブール、という男や、ヤーマと一緒にいた白髪のおじいさん小人がいる。……おそらく、この人がこの村の村長なのだろう。あとは、男の人や女の人、子供たちなんかが、総勢五十名ほど興味津々で僕らの顔を見つめていた。

「あ……あの」

 僕が話し掛けると、土小人たちはいっせいに、僕の知らない言葉で話し始めた。見兼ねたヤーマが、「共通語、共通語」と言って彼らをさとす。すると、みんなお互いに顔を見合わせてから、どっと笑い合った。集団の中にいる一人のおばさん小人が話し出す。

「やだよ~、もう。つい、間違えちゃったよ。パン族の方なんて久しぶりだから、嬉しくてねえ」

「パン族だったら俺達の言葉も知ってるもんな。いや、悪かったなお嬢さん」

 おばさん小人に相づちを打ちながら、おじさん小人も出てきた。他の若い小人たちも、気さくに僕に話しかけてくる。

「そこのお兄ちゃんも、この村でゆっくりしてってくれよな」

「何もない村ですけれどね」

「それにしても、毒に強いなあ、あんたたち」

 その時、白髪のおじいさん小人が、ウオッホン、と咳払いをする音が聞こえた。その瞬間、みんながシーンと静まり返る。

「……みなの者、ちと良いかな? わしにこの方たちと話をさせておくれ」

 僕がヤーマに視線を送ると、ヤーマはこっくりとうなずいたので、老人が話し出すのを待った。

「旅のお方よ。わしはこの村の村長、イーマと申します。そなたたち、名は何と?」

 「オキヅキ・ケイです」と僕が答えると、エディルも、「エディレイド・バルヒェットだ」と自分の名を名乗った。すると、イーマ村長は暗い顔で、「……やはりか。この娘がエディル……。では、ついにアレを――」とぶつぶつとつぶやく。

 僕はエディルと目配せした後、なにやら考えている様子の村長に向かって尋ねた。

「あの……アレとは、何です?」

 僕の言葉に村長は少し驚いたような顔をしてから、「いやはや、申しわけない」と言い、淡々と話し出した。

「……実は、私はあなたの母御――ルゥリエ殿から、あるものを預かっているのですじゃ」

「あるもの?」

 エディルが聞き返すと、村長は「はい」とうなずいた。

「なにぶん古いものですからこの奧に保管してあるのですが――。どうか一緒に、ついてきてくださらんか?」

 僕とエディルは顔を見合わせてから、小さくうなずく。村長は僕たちの反応を確認すると、「ではこちらへ」と言って、歩き出した。

 ヤーマは共通語で、土小人の人たちにここで待つように伝えてから、「さあ、行こう」と僕らを促す。僕たちはヤーマに言われた通りイーマ村長のあとについて、洞窟の奥へと足を踏み入れた。

 巨大な洞穴のさらに奥には、これまた頑丈そうな金属製の巨大扉があり、村長は低い位置にある鍵穴に鍵を差し込んだ。すると、鍵はがちゃりとあき、ギイ、ときしむ音を立てて徐々に扉が開いていく。その中には――様々な機械や、武器や防具、指輪やかんむりなどのまばゆいばかりの装飾品が安置されていた。しかし、手入れされていないようでくもの巣まみれになっている。ほこりっぽい空気に、僕は思わずせきこんだ。

 そんな中、村長は宝物庫の奥へ一人入っていき、カラフルな宝石がちりばめられた宝石箱に手を伸ばした。その宝石箱を、持っていた小さな鍵で開けると、中から宝石やアクセサリーではなく、一束の丸められた羊皮紙が出てきた。

 これは――……どこかで見たことがある。

 村長は、その羊皮紙をエディルに渡し、ぼそぼそと小声で言った。

「……ルゥリエ殿がこしらえた見聞録ですじゃ。ルゥリエ殿は十年前、自分にもしものことがあった時にあなた様にこれを見せるように、と言われておりましたですじゃ。ルゥリエ殿はわしら土小人にも天女の秘密を明かしてくれましたが、あなた様が成長した後、どうしても自分から話をしたい、と言われ、この見聞録を我々に託していかれました……」

「母が……私に?」

 エディルがつぶやくと、村長はゆっくりとうなずいて答える。

「そうですじゃ。あれは、ルゥリエ殿が亡くなる三日前でございましたか……。それを今、あなた様にお返したてまつる」

 エディルが恐る恐る羊皮紙を手に取り、ひもをほどくと、黄ばんだ羊皮紙はするすると開かれ、中から黄金の文字が現れた。僕はエディルの肩越しに、それを見つめる。

 すると、黄金の文字は波のようにうねりを上げ、金色の旋風せんぷうとなった。それらは小さなたつまきのように渦を巻き、次々に僕とエディルの目の中に飛び込んでくる。僕がびっくりして思わずまばたきをすると、景色は一変し、次の瞬間、周囲は別世界に変化していた――。

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