第二十三話 無人の村
「どうやらここはだいぶ北の方みたいね。ケイビー、メリーちゃん大丈夫?」
リディーの問いに、僕は「ああ。防寒具もさっきセンパイが作ってくれたし、それ着てるから大丈夫だよ」とうなずく。
エディル、レオナルト、オルジェ、リディーアンドダム、ノダック、ジュリーは先ほどの時空のひずみ世界にいた時と同じ防寒具を着ている。僕とメリフィアだけが、さっきよりももう少し薄めのコートを作ってもらっていた。
その後、リディーとダムの二人が天鳥船の前で何やら呪文を唱え始める。――すると、宇宙船は見る間に小さくなっていき、ついに豆粒ほどの大きさになった。
一体どうなってるんだ?
僕の疑問にもかかわらず、リディーはそれをつまんでポケットに入れると、僕とエディルの方に顔を向けた。
「地図によると、ネイティア王国北西部――エディルちゃんの故郷周辺にいるみたいよ。映像モニターの解析結果によると、時代もちょうど中世ネイティア王朝期――ま、十年単位の誤差はあるかもだけど、大体合ってると思うわ。斥力計も反応ないし。この時空が、エディルちゃんがエリュシオンを離れてから七年後の時空かどうかは知らないけど……。さあ、ここから先の行き先はある程度ケイビーとエディルちゃんに任せるから、好きにお進みなさいな」
「それはいいけど、センパイたちもこの星に用事があるんだろ? いいの? 僕らが好きに進んじゃっても」
僕が肩をすくめてみせると、リディーは優しく言った。
「あたしたちの用は……あんたたちの用事が済んでからでいいわ。ついでに今この星の情勢がどうなってるかもつかんでおきたいしね? オルジェ」
リディーが突然オルジェに同意を求める。するとオルジェはうなずき、「はい」と答えた。
「じゃあ……。ええとエディル、この辺りに何か知ってる施設とか、集落とかある?」
「ああ。確かこの辺りに割と大きな村があったはずだ。人間の集落だが」
「探してみよう」
僕たちは歩き出し、村を探し始めた。すると、少し北東に行った所に、さびれた看板と、村の入口らしき門を見つけた。看板はすっかり錆びてへこんでおり、何やら村の名前が書いてあったようだが、全く読めなくなっている。まあ、錆びてなくても僕には読めないのだが。一方、門は刃物のようなもので切りつけられたようなあとがいくつもあり、倒れかかっている。触るとそれは、ひどい風雨にさらされた後のようにぶよぶよに朽ち果てていた。エディルは顔をしかめる。
「なんだこれは……」
「とりあえず、村に入ってみよう」
村に足を踏み入れたが、人は誰もおらず、まるで嵐が去った後のように、建物は倒壊し、樹木はなぎ倒され、散らばった窓ガラスの破片が地面に散乱していた。ただ、家畜の死骸はあっても、人間の遺体はない。それに、地面がまだぬかるんでいるようにも思える。周辺に残された湿気が半端ない。どうも残雪のせいだけは……ないようだ。
……これは――ただの湿気じゃない。この感じは――。
「すみませーん、誰かいませんかー?」
嫌な予感がして、僕は大声で村中に聞こえるように呼び掛ける。が、反応はない。
「ケイ。どうやらこの村は既に手遅れのようだ」
レオナルトの言葉に、僕とエディルは、互いに視線を送り合う。どうやら、エディルも気付いているようだ。
「覚醒した宇宙人によって、侵略されたようですね」
オルジェはそう言うと地面に手をかざし、目を薄く開ける。
「この様子だと村が襲われたのは五年以上前のようです。残されたマナの濃度からして、相当な水のオーラの使い手でしょう」
……水のオーラの使い手……。
僕は緊張してオルジェを見つめると、リディーが言った。
「とりあえず、他のムラも確認してみたらどう?」
エディルがうなずいたので、僕らはその村から出て、もう少し北に向かうことにした。
数分歩くと、さっきの村から余り離れていないところに、もう一つ村があった――が、その村も、殺気と同じように、建物は全壊し、めちゃめちゃになっていた。そしてやはり、人間の死体はない。
「……一体、どうなってるんだ――?」
オルジェが道端にしゃがみ、先ほどと同じように地面に手をかざす。
「……先ほどと同じマナの波長です。だが、先ほどよりはほんの少しだけ
「一体、誰がこんなことを……村の人たちはどこへ行ったんだ?」
僕がつぶやくと、エディルは小さく身震いした。
「? どうした? エディル」
「いや――今、偶然、昔かいだにおいが……」
「におい?」
リディーが首を傾げる。エディルは説明した。
「その……七年前、私が捕まったサーカス団の、においだ。今かすかだが、風に運ばれてきた」
「それ、どっちの方向?」
「ええと、西……からだったような」
「オルジェ?」
リディーの呼び掛けにオルジェは立ち上がると、すんすんと鼻を鳴らした。
「大勢の人間の残り香……同じく五年以上前のものです。ここから、西へ移動している……。そして、西からたくさんの生きた生物の気配がする。この心拍数……脈拍、体温、息遣い。間違いない。弱ってはいるが、人間のものです」
え――?
僕は驚いてオルジェを見つめる。オルジェは一瞬、僕と目が合ったものの、興味無さそうに視線を逸らした。
オルジェって一体何者なんだろう? いや、角の者なんだけど……。それにしても鋭敏な――。
「……つまり、サーカス団のにおいがするところに人間たちがたくさんいるってことね」
「行ってみよう。何かわかるかも」
僕らはうなずき合うと、村の外へ出ようと歩き出した。――その時。
「ん?」
……今、一瞬誰かに見られたような……。
素早い何かが草むらを横切ったような気がしたが、余りにも素早かったし、殺気もなかったので、ただのウサギか何かかな、と思って気配がしたところに目を遣った。
すると、草むらの中で何かがきらり、と光る。僕は何だろう、と歩み寄ると、『それ』を拾い上げた。……これは――。
――四角い象牙のような素材の、真っ白なプレートに、美しい文字が書かれている。華美な装飾だがそれでいて格調高い、象形文字だ。……待てよ。この字体、どこかで見たことがあるぞ。確か、土小人の村で見た、神聖文字とかいう――。
「ケイビー、どうしたの?」
突然立ち止まった僕の不自然な様子に、リディーが尋ねてくる。僕は慌ててそれをズボンのポケットにしまうと、手を振って、「ごめん、何でもない」と速足でみんなの方へ向かった。
西には、さして標高は高くないが、山がいくつも連なっていた。僕らは山を迂回し、比較的開けた北の方から、においの元へ近づいて行った。雪はところどころ解けかかっていたが、まだ地面がぬかるんでいて危険だ。エディルの言うサーカスのにおいが強く、濃くなっていくにつれ、山に守られるようにそびえ立つ巨大な施設が見え始めた。
「あれは……何だかわかるか? エディル」
僕が尋ねると、エディルは大きく息を切らし、片手で心臓を押さえた。その表情は蒼白で、幾筋もの冷や汗が流れている。
「大丈夫か?」
僕は、足を止め、エディルの背中をさする。エディルは肩の震えも止まらないようだ。
――怯えているのだろうか。
「す、すまない。におい自体はわずかなものなのに……。つい昔のことを思い出してこうなってしまう……」
息を切らせ、あえぐエディルは、苦しそうな目でこちらを見上げた。
「……トラウマというやつか」
オルジェが言うと、エディルは顔を背け、悔しそうに唇を噛んだ。
「……私は、父にサーカスに連れてこられた後――ひ、ひどい扱いを受けた。
何人もの宇宙人たちが――に、人間の『道具』とやらで、腕をもがれ足をもがれ、さ、最後には、むごたらしく殺された――。そ、それは最高の『遊び《ゲーム》』で……人間のたしなみだと、団員たちは言っていた……。それで、ようやく気付いた。私の『番』が近付いていることに――」
エディルはゴクンと唾を呑む。僕はエディルの背中に手を置いたまま、じっとその横顔を見つめた。
「わ、私の番は一番最後だった……。私は最後に『享楽の間』に連れて行かれ、そこで、そこで何人もの人間の男たちに――」
その直後、エディルは「ぐっ」と声を詰まらせたかと思うと、げええっとその場に嘔吐した。
「も、もういい! エディル! それ以上言うな! わかった――わかったから!」
僕はエディルの肩をぎゅっと掴むと、歯を食いしばった。
――ちくしょう。ちくしょうちくしょうちくしょう。僕は何をやってんだ。わかっていたはずじゃないか。エディルがこの星で深い傷を負ったことも、それを思い出したくないと思っていることも。
それなのに僕は――エディルの傷口を、無理矢理ナイフでえぐっているのだ。いや、この先もえぐろうとしているのだ。エディルにとって、見たくも知りたくもない現実を突き付けようとしている。全ては僕がエリュシオンに行くことを、勝手に決めたせいだ。
僕は下唇を噛み、うつむいた。
「……エディル、その、ごめ――」
その時、エディルが片手を僕の眼前にかざした。
「……違う。ケイが謝ることではない」
「けど……」
「……かったんだ」
「え?」
「……嬉し――かったんだ……。ケイが、私の故郷に行くと……言ってくれた時。だから……謝らないでくれ」
「エディル……」
エディルは苦しそうに言葉を詰まらせながら、僕の顔を見て笑う。
「私は……大丈夫だ。ちゃんと乗り越えてみせる」
その笑顔に、僕はズキン、と胸が痛んだ。謝らないでくれ、と言われても自責の念が込み上げてくる。僕はぎゅっと拳を握りしめた。
「エディル、僕は――」
言いかけた時、レオナルトが絶妙なタイミングで口を挟んだ。
「とにかく、この星に来てしまった以上、引き返すことはできない。お前たちの『やりたいこと』というのは、この星にあるのだろう? だったら今はあれこれ考えず、前に進んだほうがいいと思うが?」
「けど……」
――やりたいこと。僕たちの目指すもの。正直、死の淵から突然生の世界に帰されて、僕は戸惑っていた。しかも、今までとは全く違う世界で『どう生きるのか』を早々に決めなければならないというのは、すごく難しい。高校生が自分の進路を決めるときもこんな風に悩むのかな、と想像したりしながら、僕は昨日『エリュシオンに行って、エディルの過去と向き合う』という回答を導き出した。――が、正直その答えに自信がなかった。
だってエディルと相談して決めたわけではなくて、僕が一人で決めてしまったことだからだ。
僕は単に、僕のせいで悲惨な目に遭ったエディルに、ちゃんと前を向いて生きて欲しかっただけだったのだが、肝心のエディルの気持ちを見ていなかった。……これは、エディルのための、旅なのに。
けれど今、エディルは想像以上に苦しんでいる。
僕がやりたいことは――エディルに少しでも恩返しすること。できるかどうかはわからないが、それがあの時一番に思い浮かんだことだったから。でもそれがエディルをいっそう苦しめることになるなら、僕は……。
そこまで考えた後、ぶんぶんと首を横に振る。
――違う。『できるかどうか』じゃない。『やる』んだ!
「ケイ……私は」とエディルが口を開きかけた時、僕は静かな声でそれをさえぎった。
「……僕は、エディルの肺と心臓をもらった。だから今、エディルは僕の半身だ。エディルの心が痛むなら、僕の心も痛む。でも――僕はこの痛みを、乗り越えたい。きっと、乗り越えられると思うんだ」
――そうだ。乗り越えてやる。僕が、エディルの闇を払うんだ……!
「だから――エディル。一緒に進もう。一緒に戦おう。大丈夫だ、エディルは今度は、一人じゃない」
エディルは、僕の目をまっすぐに見つめると、こっくりと深くうなずいた。
「ああ、わかった」
「……話はまとまったようね」
リディーが腕を組み、エディルの方に顔を向ける。
「で、さっきの続きで悪いけど、エディルちゃん。あの施設に見覚えはある?」
エディルはゆっくりと首を横に振った。
「いや、あんな建物は見たことがない。昔あそこには、サーカス団の拠点施設があったと思うのだが……それとは全然違うようだ。においはあの時の……サーカス団員のものを微かに感じるが」
「なるほど。オルジェ坊やは、どう? 何か感じる?」
「さきほどと同じです。あの建物の中に大勢の人間がいるのは間違いなさそうだ」
オルジェはそう言うと、山あいにそびえ立つ巨大施設の方に視線を向けた。
「これではっきりしたな。さっきの村々は、五年以上前に何者かに襲われ、そいつによって村の人間たちはあの施設に閉じ込められたってわけだ」
ノダックがレオナルトの肩から意見を言うと、ジュリーがのんびりと、「その上、その村を襲ったやつは相当な水のオーラの使い手ってわけかい?」と付け加えた。その発言に、僕を含めた全員がその場で沈黙する。
「……で、どうするんだい? ケイ」
ジュリーがゆっくりと口を開き、僕の方へ振り返る。
「あの施設に行ってみるかい? それとも――」
「行く。いいか? エディル」
「もちろんだ」
僕たちの答えに、ジュリーは微かに笑ったように見えた。
「では、さっさと行くぞ。妾の腹が空く前にな」
メリフィアは腕をストレッチしながら、舌で唇をなめた。僕は、「うん」とうなずき、エディルに視線を送る。エディルも小さくうなずいた後、あの巨大な施設を見つめた。
――あの中に、多くの人間が捕らわれている――。
僕はごくりとつばを呑み込むと、ゆっくりと歩き始めた。
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