第二十二話 出発

 心配そうな顔をしたエディルとメリフィアの顔が、ある――。

「ここは……?」

はっとして目を覚ますと、温泉の近くの地面に横たわっていることに気づいた。裸の腰には布が掛けられている。なんと僕は、全裸のようだ。

「目を覚ましたか、ケイ」

 エディルはホッとした様子でメリフィアと顔を合わせ、やれやれと言った風に僕の眼前から身を引いた。僕は布がめくれないように、慎重に起き上がる。

 僕の周りに座り込んでいるエディルとメリフィアの向こうに、リディー、ダム、レオナルト、オルジェ、ノダック、ジュリーが立っているのが見える。目を覚ました僕に気づいたのか、リディーがやって来て、僕に服を手渡した。

「温泉で滑って転んで気を失うなんて、全くもってケイビーらしいわね。ちなみにもう出発する時間よ。さっさと服を着なさい」

 え? もう朝? ってことはあのままずっと気を失ってたってことか。

 僕は服を受け取ると、もそもそとパンツをはいた。

「大丈夫か? ひと晩中眠っていたようだが。寒くはないか?」

「あ、うん。ヘーキヘーキ」

 メリフィアにそう言われ、僕はとっさにアザのある左肩を右手でかばった。

 ……今見た夢のこと、話したほうがいいのかな? 

 その時、僕は戦車型宇宙船、天鳥船を思い出した。

 ――そうだ、アレはまぎれもなく、戦争の道具だ。少なくともリディーとダムは、それを自覚しているはずだ。だってあの宇宙船のメンテナンスが、できるんだから。

 ――となると、アレに乗ってこの時空のひずみまで来たというミグシャも、当然知っているだろう。レオナルトやオルジェ、ノダック、ジュリーがどうなのかはわからないが……。

 ――少なくともリディー、ダム、ミグシャの三人は知っていて、天鳥船を利用している。

 ……ということは、彼らは全て知っているのだ。知ったうえで神々の戦争に参加している。

 ――いや……? 

 『神々の戦争』という名のゲームのピース――神々の手駒として。

 ……となると『騎士』である僕も、その手駒のうちのひとつということだ。どれほどの力を持つ駒なのかはわからないが、戦争には欠かせない道具なのだろう。

 ――だから。

 だからネオは僕と言う存在を探した。だから僕を勧誘した。

神々の戦争はもう始まっているから――。神たちはその道具を自身の子孫や信者たちに与えている。

 ――ということは裏を返せば、もう既に、どこかの宇宙で戦争が起きているのではないか?

「ケイビー、もう服は着た? そろそろ行くから、天鳥船に乗ってちょうだい。あんたたち三人以外は、もう宇宙船に乗ってるわよ」

 僕は、「ちょ、ちょっと待って」と言いながら慌ててズボンのベルトを締めると、エディルの方をちらりと見た。

「? なんだ? ケイ」

「い、いや。また後で話すよ。……メリフィアにも」

 エディルとメリフィアは互いに顔を見合わせた後、怪訝そうな表情で僕を見る。

 その時、ちょうど「早く、早く」というリディーの声に促されたので、僕らは仕方なく速足で天鳥船の方へ歩み寄った。

 ――出発の見送りには、土小人たちが総出で集まってくれたようだ。その中に、必死にぴょんぴょん飛び跳ねている女性――カミールの姿があった。僕は、「すみません」と言って土小人の群衆をかきわけ、カミールの近くまで行く。カミールはいつの間に着替えたのか、質素なドレスを着ていた。目の前に来た僕を見上げ、カミールは恥ずかしそうにつぶやく。

「あの……れ、レオナルト様はもう……船に乗ってしまわれたか? ふ、普段着慣れないものを着るというのはどうにも時間がかかってしまって――」

「大丈夫。ちょっと待ってて」

 次の瞬間、僕は大声で怒鳴った。

「レオナルトおお! ちょっと来てくれエエ! ここに、ここにお前のウ〇コがああ!」

 しかし、その言葉を言い終わるか言い終わらないかのうちに、レオナルトが僕の背後に立っていた。レオナルトは凄まじい殺気を隠そうともせず、絶対零度の微笑みを浮かべている。

「どうかしたか? ケイ」

「い、いえ。よく見たら僕のでした。すびば――」

 言っている途中で、レオナルトの肩に乗っているノダックが、僕の頬をつねる。僕は、「はにふんだ!」と憤慨してノダックの頭をはたこうとした。が、ノダックはその細腕で僕の攻撃を受け流し、レオナルトの肩から飛び降りて、僕の頭を逆にはたき返した。

「このクソ鳥もどき!」

 僕とノダックはそのまま稚拙なケンカへと突入し、レオナルトはやれやれといった目つきで僕らの方を見やった。その時、レオナルトの足元から、「あ、あのぅ。レ、レオナルト様……」というか細い声が聞こえてきた。

「ん? カミールか?」

 レオナルトは足元に顔を近づけると、カミールは顔を真っ赤にしながらつぶやいた。

「あ、あの……その……昨夜はお休みになられているところをお起こししてしまい、も、もうしわけ――」

「? 何のことだ? おい、うるさいぞ貴様ら」

 そう言うや否や、レオナルトは手のひらから小さなつむじ風を起こし、キーキーケンカしている僕たちの方へ向けた。するとノダックはその攻撃を華麗によけ、僕だけがつむじ風に吹っ飛ばされて天井に頭をぶつけた。

「いってえ――! 覚えてろよ、レオナルト!」

「ふん、安心しろ。すぐに忘れてやる」

 レオナルトがそう言ってほくそ笑んだ後、カミールは決心した様子で、ハッキリと言った。

「レ、レオナルト様!」

「うん?」

「行って……気をつけて行ってらっしゃいませ! 私ども一同、次のお立ち寄りをお待ち申しております!」

 その言葉に、レオナルトは優しく微笑むと、「ああ、行って来る」と言い、カミールの頭にポンと手を乗せた。その直後、カミールは喜びと緊張が頂点に達したのか、顔を真っ赤に赤面させたまま気を失い、仰向けに倒れてしまった。その顔は恍惚の表情をしている。その様子に、周囲の土小人たちはどよどよと騒めいたかと思うと、カミールを戸板のようなものに乗せて、見送りの場の外へと運んで行った。

 僕は内心、よっしゃー! とガッツポーズをとると、レオナルトの肩を叩き、「さあ、行くか」と言った。レオナルトはそんな僕を、心底気味が悪そうな目で見つめ、肩に置いた僕の手を払いのけた。

「お前は一体何がしたかったんだ? ノダックとケンカか?」

「いつでも買ってやるぜ、おバカのケイビー」

 そう言って再びレオナルトの肩に止まったノダックに、僕はにっこりと微笑みを向け、げんこつを振り上げた。

「はい、そこでストップ! ケンカはしない! さあ、行くわよあんたたち!」

 いつの間に来たのか、リディーは僕の足元で声を張り上げている。

「まあ、カミールちゃんへのナイスフォローだったのは置いといて。さっさと乗んなさいよ、ケイビー」

「ご、ごめん」

 僕は謝り、今度こそ天鳥船に足を踏み入れた。戦車型なので、出入り口は上部にある。

 ――ほんとに地球の戦車と構造が似てるよなあ。中はどうなってんだ? ……ん?

 内部は、意外に広かった。余裕のある操縦席コックピットに、ゆったりとした乗員座席。おまけに、部屋があと四つもあり、どう考えても外見より広い気がする。つまり、内部構造は天磐船とそっくりだ。一体どうなってんだ?

「まあ、ケイビーにはわかんないかもしれないけど、一応説明しとくと、この船の内部は天磐船と同じく、小さな時空のひずみになってるの。時空っていうのは四次元の時間・空間的連続体のことなんだけど、これがうまく連続しなくて重なったり、伸びたり縮んだり、曲がったりしてしまうことが大いにあるわけよ。その重なったり、伸びたり縮んだり、曲がったりした部分はやがて連続する時空世界からかい離していくの。そのかい離したのが――」

「時空のひずみ」

 僕が答えると、リディーは「ピンポン☆」と言って人差し指をこちらに向けた。

「で、天鳥船や天磐船に使われてる時空のひずみは、おもに伸びたり曲がったりしてるやつなのよ。拡張伸展型っていうんだけど。だから、思ったより広~~いわけ」

 『広~~い』を強調するリディーに対し、僕は、「なるほど」と言いながらこくこくとうなずいた。

 うん、何だかわかったような、わからないような……。ま、まあ、とにかく謎は解けたわけなので、先に進もう。うん、そうしよう。

「では、改めて出発するとしようかの。アーユーオーケー? レッツ出発しんこー」

 ダムの言葉に、僕は「おー!」と意気込んだが、叫んだのは僕だけだった。

 操縦士は、ダム。副操縦士はリディー。レオナルトとオルジェ、ノダックとジュリー、僕とエディルとメリフィアは乗員座席に座った。

 がたん、という音と共に、機体はワープしたようだ。丸い窓越しの風景は、そう悪くない。

「ケイ、先ほどの話というのは何だ?」

 エディルが隣にいる僕に聞いてきたので、僕は、「ああ、そのことか」と言ってエディルとメリフィアに、さっき気を失ってる間に起こったことを小声で詳細に話し出した。

「……ちょっと待て。では、キングというのは妾の生殖のためにつくられたのではなく――」

「ああ。ホルス神とやらのナイト――騎士としてつくられたらしい」

 僕が答えると、メリフィアは衝撃を受けたようで、しばらく黙り込んでしまった。すると、エディルが首を傾げる。

「しかし、それが本当ならば、元ネルトゥス神であるセンパイたちにもナイトが……ああ、そうか」

「そう。ミグシャだ。ミグシャがナイトなんだ」

「では、残る二人のナイトのうち、一人を見つけたというわけだが……。なぜセンパイたちは黙っているんだ?」

「さあ、そこまでは……。もしかしたら、まだ僕らのことを信用してないとか?」

 僕は腕を組むと、色んなことを考え出した。

 ――そうだ。リディーたちは肝心なことを話していない。ネルトゥス神――生前の自分たちのことや、オーナーとの関係、精霊樹を作った理由や北欧の神々との関係などなど。

 これだけのことを言わない、もしくは言えないとすると、一体何の理由があるというんだろう――?

「神々の戦争――か。その戦争は、今もどこかで行われているのだろうか」

 その時、ぽつりとメリフィアがつぶやいたので、僕は思わず、「そうそう」と言ってその言葉に同意するようにうなずいた。

「……実は僕もそう思ってたんだ。でも、どこでなんだろう? もしそんな宇宙大戦争が行われてるとすれば、いくら地球人が部外者に近いと言っても、察知できると思うんだけど」

「私もだ。そのような事実は初めて知った。私は故郷の星と角の地しか知らないが、アカデミーにいた時もそのような話はおろか、神のかの字も聞かなかった。一体どういうことなのだこれは?」

 僕はエディルと一緒に「うーん」とうなると、首を捻った。その時、メリフィアの小さな声が、僕の耳に響いた。

「……妾のことは……何か言っていなかったか?」

「え?」

「その、『母』は――妾のことは、何か言っていなかったか?」

  ――そうか。ベルはメリフィアの……。

「……い、いや……」

 僕が答えると、そうか、とメリフィアは言って、寂しそうに微笑んだ。

「でもきっと、ベルはメリフィアのこと――」

「いいのだ」

「え?」

「わかっている。妾は、死にゆく母からこの名をもらった。例え妾への言葉が何一つなくとも、妾にはそれだけで十分だ。妾は母を、信じている」

「メリフィア……」

 ベルは確かに、メリフィアのことについては何も言わなかった。そもそもあれはただの記憶であって、キングである僕への一方的なメッセージに過ぎない。だけど、レグランで産み落とした一人娘に、一言くらい何かあっても――。

 明らかに肩を落として意気消沈しているメリフィアを見て、僕は何だかいたたまれない気持ちになった。だってメリフィアの辿って来た過酷な人生を考えると、あまりにも……。

「おいケイビー、そんなにメリフィア嬢に同情してると、エディル嬢が妬くぜ」

「は?」

 前の座席にいるはずのノダックが、いつの間にか座席の背もたれの上にとまり、僕を見下ろしている。エディルは「なっ!」と言うと、真っ赤になって叫んだ。

「私がいつ妬いた!」

「顔見りゃわかる」

「何がわかるというのだ!」

 真っ赤になって怒るエディルを見下して、ノダックは嫌味に口を吊り上げている。僕は、「ま、まあまあ」と言ってなだめようとしたが、エディルは完全に憤慨しており、顔から湯気が立っていた。……これはまずい。

「ノダック、仮契約者をからかうのはそこまでにしたまえ。ケイたちを気に入っているのはわかるが」

 座席の通路側から、おっとりとした共通語が聞こえてくる。オルジェの使い魔……もといファントム、ジュリーだ。一本角のフタコブラクダ、ジュリーは座席から立ち上がり、わざわざ通路に立っていた。

「君はいつでも楽しそうだなあ、ノダック。うらやましいよ」

「おおジュリー。久々に聞いたぜ、お前の声。そういうお前の方が、こいつらのこと気に入ってんじゃねえのか? ずずいと本音を言いな」

「や、まあ僕はそうなんだけどね。しかし、面白いなあ君たちは。隠しごとというものができないというか……。さっきの話ね、ここにいる全員につつぬけだったよ」

「い⁉」

  ――嘘だろ⁉ つつぬけって……皆さんどれだけ耳がいいの?

 僕が驚愕していると、ジュリーはのんびりと続けた。

「まあ、だてに角の者じゃないってことだよね。五感も普通の人間よりずっといいんだ。この程度の声量なら十メートル先からでも聞こえる。……あれメートルだっけ? 地球のメジャーな単位」

「ああ。合ってるぜ、ジュリー」

「とりあえず、自己紹介がまだだったね。僕はジュリー。オルジェのファントムだ。ケイ、エディル、メリフィア。君たちに会えて光栄に思う」

 ジュリーがそう言ったので、僕は、「僕もだ。ジュリー、よろしく」と言い、握手をしようと手を差し出した。ジュリーはゆっくりとまばたきをし、物珍しそうに僕の手のひらを眺めてから、嬉しそうに前脚を乗せた。すると、その様子を見ていたエディルが尋ねる。

「あの……ずっと聞きたかったのだが――ファントムとは何なのだ? 角の者とは……違うのか?」

 ジュリーは満足そうにうなずいた。

「もちろん、僕らは角の者だよ。半分はね。エディルはアカデミーでは僕らの存在については教わらなかった?」

 エディルが首を横に振ると、ジュリーは「そうか」と言って今度は悲しげな眼差しになった。

「じゃあ逆に聞くけど、君らは『角の者』って何だと思う? エディル?」

「『角の者』は――角の地を拠点にしてオーナーの命令を遂行する者――だと教わったが」

「それで角の者か、なるほどね。……ケイはどう思う?」

 突然話を振られたので、僕は慌てて答えた。

「えっと……僕のイメージでは、角の地を守る者? みたいな」

「なるほど。メリフィアは?」

「知らん。興味ない」

 メリフィアはあっさり答えると、大きなあくびをひとつして、うつらうつらと眠り始めた。

 それを見たジュリーは、「うん、メリフィアは置いといて……」とぱちぱちとまばたきをする。

「正解はね、精霊樹シルビアの子供のことを言うのさ」

 ……それは――うん、盲点だった。言われてみればそうだよな。

 マイペースなジュリーは、更に続ける。

「じゃあ、それを踏まえて、角の者ができるまでを解説しよう。まず、挑戦者をオーナーが殺す。次に殺した後の遺体を精霊樹シルビアに与え、新たな分身をつくる。その分身が出来損ないでなければ、新たな角の者として認められ、オーナーによって言呪をかけられて完成となる」

 エディルは神妙な顔をして聞いている。僕は、「それが……何なんだい?」とジュリーに尋ねた。

「ではその、出来損ないの分身はそのあとどうなると思う?」

「えっと……」

「……出来損ないは即処分された後、角の地にある研究所に送られて、細かく分解される。そういう肉体の部位パーツが研究所にはいっぱいあって、色々な部分を繋ぎ合わせ、特殊な培養液中で培養する。するとどうなるか? なんと肉体のつなぎ目はちゃんとくっついて、心臓も核心臓も動き始める。でも自我はない。生きているけど、それだけなんだ。だから――」

「俺たち霊魔――ファントムが、その肉体にずずいと『召喚』されるのさ」

 ジュリーとノダックの言葉に僕とエディルは思わず顔を見合わせた。

「あとは、再び言呪をかけられて、ナンバー・リングや探知機を体に取り付けられ、角の者の監視役兼部下として働かされるわけだ」

「まあ、ていのいい奴隷だよな。角の者の奴隷だから、奴隷の奴隷だ。はっ、ありがたくて涙がでてくらあ」

 ノダックが言うと、ジュリーは、「でも奴隷にだってプライドがあるし、僕は主人を信頼している。それは君もだろ? ノダック」と尋ねる。するとノダックはふん、と鼻を鳴らした。

「……だが奴隷であることに変わりない。俺たちは、肉体というかせに縛り付けられ、自由を奪われ、尊厳を奪われる。おまけに『聖戦』の邪魔をされ、みすぼらしい最期を遂げる。ファントム各々の信仰する神々のために働くこともできずに――だ」

 聖戦……?

 僕は眉をピクリと動かす。しかし、ノダックはそれには気付かない様子で、言葉を続けた。

「ま、とにかく俺たちはオーナーを許せねえっつーことだ。エディル嬢と違って蔑まれて生きてきたからな! 俺は死んでもこの肉体の中では死な――」

 ――とその時、がくん、と天鳥船内部が揺れた。それと同時に、リディーの、「総員、座席について!」という声が聞こえる。ノダックとジュリーは言われた通り元の座席に戻り、シートベルトはつけられないので、その場にうずくまった。

 ――ゴオオオオオオ。

 天鳥船が大気圏に突入したのか、すごい音が聞こえる。ダムは、「総員、衝撃に備えよ!」と叫び、操縦桿そうじゅうかんを握っている。僕は緊張して手を固く握りしめた。リディーが、「エリュシオン着陸まであと二十――十五秒!」と声を張り上げる。続けてダムがカウントダウンを開始した。

「……あと十――! 九、八、七」

 僕は目を閉じ、軽く天に祈りをささげた。

「四、三、二、一……!」

 フワッ。

 ――あれ? なんか衝撃が……マイルド?

 つぶっていた目を開けると、丸い窓の外に、真っ白な風景が見えることに気づいた。

 あれは――雪だ。さっきのひずみ世界と同様、真っ白な雪が積もっている。

「ふーっ。どうにか着地成功したわい。どれ、皆の者、外に出るぞい。まずはここがどこなのか確認せんとな」

 リディー、ダム、僕、エディル、メリフィア、レオナルト、オルジェ、ノダック、ジュリーは出入り口から順番に外へ出た。降りて機体をよく見ると、数センチほど、宙に浮いている。

 ――澄んだ空気。どこまでも続く雪原と針葉樹林。すごく寒いが、天気は一応、晴れている。

 ふと横にいるエディルを見ると、エディルは蒼白な顔をしていた。肩も小刻みに震えている。

 ――揺れる大きな羊の角。暗く翳(かげ)った青白い顔。

僕は自分でも気づかない内にエディルの手を取っていた。

「エディル、大丈夫。僕がついてる。僕がエディルを、守るから」

 エディルは、「ありがとう。だが大丈夫だ」と微かに微笑む。

「あれから七年――私も成長した。全てを受け入れる覚悟は、できている。もっとも、ここが七年後の時空かどうかはわからないが」

 深く息を吸い込み、エディルはわずかに顔を上げた。

「エディルちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?地図を確認したいんだけど――」

リディーの声に、僕とエディルは仲間たちの方へ視線を向けた。エディルは、「わかった」と言うと、みんなの方へ歩いていく。僕はそんなエディルの後ろ姿を見て改めて思った。

 ――七年前、エディルの身に何が起こったのか? オーナーはエディルにどうかかわったのか? 彼の目的は、一体何だったのか? そしてエリュシオンは今――どうなっているのか?

――まずはそれを知る人を探さなければなるまい。

 向こうから、今度は僕を呼ぶダムの声が聞こえる。僕はゆっくりと、みんなの方へ歩き出した。

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