第二十一話 天鳥船
「……これが――」
「ああ。天鳥船だよ」とおばさんが言い、「ミグシャ様がヘレネ様から賜った宇宙船だ」とおじさんが言った。
……宇宙船? いや、これは宇宙船と言うよりも――『戦車』だ。
しかし、この黒っぽい岩石のような材質――。前にも、どこかで見たことがある――。あれは……そうだ、確か『見聞録』を熟読した時に見た、ラギニの宇宙船とそっくりなんだ――。
僕はゴクリと唾を呑み込み、天鳥船を見上げる。
これは、ただの宇宙船じゃない。まごうことなき、戦いの……『戦争』の道具だ。ミグシャは――いいや、リディーとダムは――レオナルトは、このことを知っているのだろうか?
「どうだ、どえらい品だろう? さすが秩序神ヘレネ様からの
「かっこええのう。わしらもこれに匹敵する品をいつかこさえてみたいもんじゃ」
「大砲が三か所もついているのがすごいよねえ。ヘレネ様のお考えは計り知れないけど、きっと何かの役に立つだろ」
……違う。これは単に時空間移動のための装備ではない。明らかに何者かを殺すためにつくられた殺傷破壊兵器だ。
その時、僕は背筋がぞっとするのを感じた。秩序神ヘレネという存在に対する恐怖が一瞬にして湧き上がったからだ。僕はゴクリと唾を呑み込んだ。
……秩序神ヘレネとは一体何者だ? 何も知らない宇宙人にこんな
――あたしたちにはなぜおばあさまがこの宇宙をつくったのか、一体何が目的であたしたちが生まれたのか。あたしたちにはそれすらもわからないの。あたしたちがなぜこのゲームのピースに選ばれたのすらね……。
――あの時のリディーの声が胸の中によみがえる。
ゲーム……ゲームのピース……。神々の――運命をもてあそぶゲームの、『駒』。
刹那、僕ははっとして我に返る。
……って何考えてんだ僕!
土小人たちはうっとりと巨大戦車、天鳥船を見上げている。
「……明日はこれに乗っていくのか……」
僕がそうつぶやいた時、足元をパンパンとたたく音が聞こえた。――さっきの子供たちだ。
「……? なんだい?」
少し前屈みになって、子供たちに微笑みかける。すると、子供たちは何やらわめきながら僕のズボンの裾を引っ張って、歩き出そうとしている。様子を見かねて、おばさん小人が通訳してくれた。
「あんたを温泉に連れて行きたいんだってさ」
「温泉?」
「ああ。ここらにはいっぱい湧いてるのさ。よかったら付き合ってやっておくれよ。この子ら、だいぶあんたのこと気に入ったみたいだね」
――温泉。そうだ、当初の目的は温泉だった!
僕は『生まれて初めて温泉に行けるんだ』と胸躍らせながら、「はい!」と返事をすると、子供たちと一緒にいっそう濃い硫黄のにおいがする洞穴へと足を踏み出した。
「うっわあ~! すっげえ、これが温泉……!」
広大な乳白色のお湯の泉が、所々に湧いている。つんとした硫黄の臭いがその場に広がり、もうもうと湯気が立ち込めている。と、小人の子供たちはその場で服を脱ぎ始め、あっと言う間に裸になった。その後、僕のズボンをくいくいと引っ張り、僕も脱ぐようにと身振り手振りで伝えてくる。
「うーん」
……まあ、いっか。この温泉めっちゃ広いし、他にまだ誰もいないみたいだし。誰にも文句は言われないだろう、ウン。
そう考えた後、僕は決心したように服を脱いだ。すると、また左肩がずきん、とうずくのを感じた。何だろう、と思わず視線を腕に向ける。すると、肩に妙な黒いアザがあることに気づいた。
「何だよこれ……」
そのアザは、まるで
――ずきんずきん。
――だめだ。痛みが激しくなってきやがっ……。
「う……っ」
瞬間、肩から火を噴くような激痛が生じ、同時に激しい頭痛も襲ったため、僕はそのまま温泉に落下した。大量の水しぶきが上がり、子供たちの驚き戸惑う声が聞こえる。しかし、その時には既に、僕の意識はなかった。
……ああ、アレは誰だ――?
座っている僕のはるか前方に、一人の女性が佇んでいる。女性は段々近づいてきて、ついに僕の眼前に現れる――。
……君は――メリフィア……? いいや、違う。
「……ベルか……?」
黒褐色の肌。緑色の猫のような目。流れる銀髪――。間違いない、元クイーン・ラギニのベルだ。
「キング・ラギニよ、わたくしはあなたの遠い母であるベルと申します。わたくしの一族が飛来したレグランという星は、もうじき滅びるでしょう。……まさか
そう言うと、ベルは片手を上げた。すると、その姿は見る間に変化していき、目の前にティンカーベルのような全身金色の妖精が現れた。これは――……ラギニの本体である寄生体だ。
ティンカーベルは言った。
「はるか昔、わたくしたちラギニの祖先に、わたくしたちが篤く信奉していた秩序神ヘレネ様の
そんな――。……まさか、それでラギニは『人形遊び』をしていたと言うのか――? 全ては、僕という『
黄金のティンカーベルは続けた。
「我らはイシス様のご命令通り、騎士の資格をもつ者の体に、『呪印』という
「!」
僕ははっとして息を呑んだ。
――そうか。ミグシャと目が合った時に起こったあの気分の高揚は――……左肩のあのうずきは。
ティンカーベルはにっこりと微笑むと、僕の手の上にそっと小さな手を重ねた。
「キング・ラギニよ。この呪印を目印として、イシス様の御子であるホルス神の末裔を探しなさい。ホルス神の
その言葉を言い終えた直後、黄金のティンカーベルは金色のチリとなって、霧散した。
僕は「待って!」と叫んで、空をつかんだ。――待ってくれ。秩序神ヘレネって何なんだ? 何であんたたちはそんなに神を信仰しているんだ? この宇宙には一体何が起こっているんだ――?
しかし、その叫びも虚しく、ベルは風に溶けて消えた。あとには、チリチリする肩の痛みだけが残った。
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