第二十話 土小人
地下道はたくさんの道に分かれており、あっと言う間にどこをどう曲がったのかわからなくなった。
……まずい。迷った。そもそも硫黄のにおいを辿るなんて無理があったかな。でも地図もないし、それしか方法が思い浮かばないし。
この地下洞窟、広大な碁盤目状に広がっていって、そのうえ何の目印も無いのだ。地下がこんなに広くなっていたとは。おかげで完全に迷子だ。自分のいる位置がまるでわからない。おまけにどの方向からも硫黄のにおいはするし。
……どうする? 引き返すにしても進むにしても、もう方向感覚がないのだから、いっそのこと好きな方向に行くか、と腹を決めたその時。
「……ん?」
何者かの複数の気配。今まで気づかなかったけど、誰かにあとをつけられているような――。
立ち止まり、振り返るが、そこには誰一人としていない。僕は半目で辺りを見渡した後、思い切って駆け出した。碁盤目状の地下道の分岐点を右に曲がり、左に曲がり、後ろの気配たちがぎりぎり僕を見失わないですむようなスピードで走る。ただし、その気配たちも相当速かった。僕も負けてはいられない。
それから僕はわずかにスピードを上げ、ようやく完全にその気配たちをまき、すぐそばの十字路の壁に身を潜ませた。気配たちは完全に僕を見失ったのか、小さく息を切らし、立ち止まったようだ。
僕は抜き足差し足でその気配たちに近付くと、背後から突然、「わっ!」と言った。びくっと身体を震わせたその三つの影は、あまりにも小さい。僕は、『彼ら』を見下ろした。
「……君たちは――」
――小人? そうか、小人の子供たちだ。リディーやダムよりももう少し背が低い。髪の毛は漆黒、肌は褐色。大きなエメラルドグリーンの瞳。顔は大きく、身体は小さい。三頭身くらいか。まだ幼いその顔立ちは、あどけなさが残っている。小人の子供たちは、僕に向かって早口で言った。
「クイ・エスト・ヴォウス?」(お前誰だ?)
「セ・クエ・ヴォウセテス・ポウル・ネルトゥス・ディウ?」(ネルトゥス様の何だ?)
「ク・エステセ・クエ・テュ・ファイス・イシ?」(ここで何してる?)
……まずい。何言ってるかさっぱりわからないぞ。共通語で通じないかな?
僕はもう一度ゆっくりと共通語で彼らに、「えーと、僕はケイ。君たちは――」と語り掛ける。その時、背後から、共通語の大きなヒューヒュー音が聞こえてきた。
「その子たちに手を出すな!」
刹那、僕のすね目掛けて鎖鎌についている分銅が飛んでくる。僕はそれを間一髪避けたものの、その攻撃のすきに素早く間合いを詰められ、首元に鎌を突き付けられそうになる。
僕はとっさに腕だけ鋼鉄化し、鎌を弾いた。続いて腕に生えた鎌状の突起を、襲ってきたやつ――小人か? の首元に近づけ、あっと言う間に組み伏せる。勝負あり。僕は腕をどかし、ゆっくりと身体を離すと、その小さな人物に共通語で話し掛けた。
「僕は怪しい者ではありません! リディー……いやネルトゥス神の仲間です!」
ネオに入ってるわけじゃないけど、心の中でつけ足して、手を差し出し、改めてそいつの姿を見る。
「……え?」
なんと、そいつは小人の女性だった。露出の多い皮のよろいを身にまとい、膝丈まである皮のブーツを履き、まるで戦士のような恰好をしている。背丈はリディーやダムより少しだけ高い。女戦士は悔しそうに起き上がると、僕の手を払い除けた。黒髪のショートヘアーに、子供たちと同じ大きなエメラルドグリーンの瞳、小さなピンク色の唇。堀が深く美しい顔立ちをしている。
「ネルトゥス神――リディー様とダム様の仲間だと……? さっきダム様がいらした時にはお前のことなど話に出なかったぞ!」
「……そう言われてもなあ。あ、そうだ。じゃあ、レオナルトって知ってる? 他にもネオのメンバーなら言えるけど――」
その時、女戦士が跳ね上がるように立ち上がり、僕の背伸びして僕の胸ぐらをつかんだ。
「貴様、レオナルト様と知り合いなのか⁉」
「し、知り合いっていうか仲間? みたいな?」
女戦士はチッと舌打ちすると、「なかま……仲間だと? この軟弱そうなやつが、レオナルト様の仲間? この私を差し置いて、レオナルト様が新たに反乱軍の
「いや、これは失礼した。レオナルト様のしもべとは露知らず。許してほしい」
いや、しもべじゃないんだけど、と僕が言おうとした時、女戦士の周りにさきほどの小人の子供たちが集まって来た。女戦士は子供たちに何か言うと、くるりとこちらに向き直った。
「おい、お前の名前は?」
「あ、ケイです。オキヅキ・ケイ。宇宙人ラギニの末裔です」
女戦士は僕の言葉を翻訳して子供たちに伝えたようだ。子供たちは一斉にまじまじと僕の顔を見つめ、興味津々に僕の髪の毛や服の裾を引っ張ったりした。
「申し遅れた。私はカミール。このひずみ世界に住まう土小人の一族だ。この子たちは私の村の子供たちで、お前が村の近くをうろついていたので思わずあとをつけたらしい。なにしろネルトゥス様やレオナルト様、ミグシャ様以外の知的生命体がこの地下洞窟に現れることは滅多にないからな」
「驚かせてしまってすみません。実は僕――」
寄生型宇宙人である仲間の肉体をつくるためにこの世界へやって来て、そのついでにこの地下洞窟を探検していたと説明すると、女戦士――カミールは納得した様で、子供たちに何か言った。すると、子供たちは嬉しそうに何か言いながら僕の手を引っ張る。……何て言ってるのだろう? 僕は思わずカミールの顔を見た。
「子供たちには、お前が『他の星から来た客人で、用事があってここに来ただけだ』と説明してある。その子たちはまだ共通語を話せない。覚醒体になるのはもう十年は先だからな。お前に一緒に村へ行こうと言っている。どうする? 行くなら私が通訳として案内してやるが?」
僕は、「じゃあ、お言葉に甘えて」と言って、ゆっくりと立ち上がった。女戦士カミールもうなずくと、僕たち五人は土小人の村へと向かった。
「すっげー!!」
強い硫黄臭。明るい土壁。土小人の村はすごく広大で天井も高く、まさに地下文明、といった趣きだ。村……いや町は活気に満ちており、人々は誰もが元気そうに見える。しかし何より驚くべきは、小人たちの建築技術や芸術性の高さだろう。所々に意匠を凝らした独特のデザインの建造物や看板、門などが立ち並び、ある種の宗教建築のような雰囲気すら醸し出している。
僕は感激のあまり、道々カミールを質問攻めにしてしまった。
「カミール、アレは何だ? あの、街中にたくさん連なって建ってるアーチみたいなの」
「あれは『ヘレネの道』という。秩序神ヘレネが町の中を通るときに迷わぬように建てられた神専用の門だ。ヘレネを敬う神聖文字――共通文字で装飾が施されている」
「へえー、じゃあアレは? 町の中央にあるでっかい家」
「……あれは神殿だ。秩序神ヘレネをお祀りしている」
「その家の前に立ってるネコの石像は?」
「ネコではない。秩序神ヘレネのお姿をかたどったものだ」
「じゃあ、あの――」とさらに尋ねようとした時、カミールが怪訝そうな顔でこちらを見つめていることに気づいた。
「何?」
「お前、本当にネオの者か? 秩序神ヘレネも知らんとは」
「……? ネオのメンバーだったらみんな神様のこと知ってるの?」
カミールはちょっと考える仕草をしてから答える。
「……私もよくは知らんが、時空間鉄道のオーナーとやらが混沌神ルシファーの相棒だそうじゃないか。だからレオナルト様たちは、ルシファーと対立する秩序神ヘレネを盛り立てようとしておられるのだろう? そのためにヘレネの孫神である、ネルトゥス様と手を組んでいると聞いたが?」
「え……」
――そうなの⁉ オーナーってルシファーの相棒だったの⁉ そんで反乱軍は秩序神ヘレネの味方についてたの⁉
僕がポカンとしていると、カミールは、「おっと、口を滑らせたか?」とあまり気にしていない様子でつぶやいた。
「失言ついでに言っておこう。私たちは、元は地球でネルトゥス様にお仕えしていた土小人一族だったのさ。ネルトゥス様にお仕えして、神木である精霊樹を守り育てていた。その縁があって、こうしてまたネルトゥス様――いや今はリディー様とダム様か。……にスカウトされて、このひずみ世界に移住してきたんだ。地球時間で言うともう五百年近くになるか。どんなにネルトゥス様の姿かたちが変わろうと、我々土小人の忠誠心は変わらんからな。ちなみに私はこの村でただ一人の戦士、というわけだ」
その時、僕たちに気づいた町の人々が周囲に集まって来た。やはり、みんな褐色の肌に、緑色の目をしている。町の人は僕を気遣ってくれているのか共通語でカミールに話しかけた。
「よう、カミール。そちらの御仁はどちら様だい?」
「ラギニという宇宙人で、名前はケイだそうだ。レオナルト様の下僕でネオの新入りらしい」
さっきちゃんと否定しとけばよかった、と僕は苦笑しながら、「初めまして。ケイといいます。明日にはこのひずみ世界を出ますが、それまでよろしく」と挨拶した。カミールは目を丸くして、「そうなのか⁉ てっきりもっとここへとどまるのかと思っていたぞ」と驚いた口調になる。
「ん? 待てよ。ということはレオナルト様も明日には……いかん! きちんと別れのあいさつをしておかねば!」
そう言うが早いか、カミールはぶっちぎりの速さで村から出ていった。その様子を見ながら、村人たちはけらけらと笑う。
「カミールのやつ、レオナルト様に『ほ』の字なんだよ」
「レオナルト様の前じゃ上がっちまってろくに口もきけないんじゃから、困ったもんじゃよ。ありゃ本当にあいさつできるんかのう」
「さっき天鳥船のメンテにダム様たちがこの村に立ち寄ってねえ。またアレを使う時が来たんだねえ。天鳥船の外側の管理は一応あたしたちがやってるんだけども、中まではダム様がいないとどうにもならないもんでね」
僕は村人たちのそんな言葉に、「え、ここに天鳥船が?」と思わず聞き返した。
「そうだよ。村の奥にあるよ。見ていくかい?」
僕がうなずくと、小人のおばさんが、「こっちだよ」と言って、手招きした。
――小人のおばさんに、おじさん。次に僕。周りにさっきの三人の子供たち。その後ろにお年寄りたち、とぞろぞろと集団で歩き出す。さらに、その後ろに好奇心旺盛な小人たちがついてきて、ちょっとした行列になった。どうやらネオメンバーであるダムやレオナルトたちは、小人たちから相当好かれているらしい。
僕たちは突き当りの洞窟の奥へと進み、階段を降りて行った。……するとそこには、深緑色の光沢を放った、黒く巨大な『戦車』が佇んでいた――。
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