第十八話 隠し精霊樹
しばらく洞窟内を歩いていると、また別の空間に出た。そこには、真っ白な美しい若木が生えていた。その枝には、七色に輝く葉が生い茂り、一瞬ごとに違う輝きを放っている。
「……これが精霊樹だ」
レオナルトの言葉に、僕とエディルは「え⁉」と声を揃えた。
「精霊樹って……角の地にあるんじゃないの?」
「そのはずだ。確かオーナーの住まう万魔殿という居城の地下に、グノーシス神殿という場所があって、そこに精霊樹シルビアがあると聞いていたが――」
「……事情があって、精霊樹は今は二つ存在する。精霊樹と言っても、その母木はとうに枯れていて、ここにあるのはそれを株分けしたものだ。角の地にあるものも、この精霊樹と同じ株分けされた若木だ」
「……どういうこと?」
「もともと精霊樹を作ったのは――あたしたちだったのよ」
「⁉」
僕とエディルは顔を見合わせる。リディーは暗い顔で話し出した。
「昔、あたしたちの前身である女神ネルトゥスは、ホーンちゃん――オーナーと一緒に、とある時空のひずみ世界にいたの。まあ、ホーンちゃんにとっては育ての親みたいなもんかしらね。その時ネルトゥスは精霊樹を育てていた――。これが精霊樹の母木。でも、そんなある日ネルトゥスはホーンちゃんに殺された。その後ホーンちゃんは、切断したネルトゥスの首と母木から株分けした苗木、精霊樹の世話をしていた土小人一族を連れて旅立った。その直後だったわ――。枯れかけていた母木がネルトゥスの残った胴体を吸収し、あたしとダム兄さんという最初の『角の者』を生んだの。……それからホーンちゃんに隠れて事の一部始終を見ていたミグシャが、ホーンちゃんが存在を知らない、三つ目の精霊樹の若木を持って、あたしたちと一緒にひずみ世界から脱出し、この第三階層宇宙に来たのよ」
「え? センパイたちが、ミスター・コーナーの育ての親? しかも、精霊樹が母木を入れて三つも⁉」
「そうじゃ。まあ、これにはちとわけがあってのう。ネルトゥスはホーンの親からホーンを預かるよう頼まれたんじゃが、精霊樹をもう一つ増やし育てると言う役目もあった。じゃから、その二つを同時にしたわけじゃ。何しろ我々は北欧の神々と、『精霊樹を
同盟……? 僕が首を傾げると、リディーは慌ててダムに言った。
「また話がずれちゃってるわ、ダム。……とにかく、ネルトゥスはホーンちゃんには内緒で三つ目の精霊樹を育てていてね。その管理をミグシャに任せていたの。もちろん、ホーンちゃんはミグシャの存在を知らなかったわ。だってミグシャは三つ目の精霊樹と一緒に、ずっと地下洞窟に隠れていたんですもの」
「な、なんでミグシャは隠れる必要があったんだ?」
僕が尋ねると、ミグシャは僕の目をじっと見つめて言った。
「……命令だったのです。ネルトゥス様は、いつか己が殺されることを予見して、最初からわたくしをオーナーと同じ時空のひずみ世界に住まわせ、万が一の時には三つ目の精霊樹を守れ――とお命じになられたのです」
ミグシャの銀色の瞳はまるで獣のように明るく輝き、そのヒトとはかけ離れた顔立ちは彼女の固い皮膚をいっそう白く際立たせる――。一見すると恐ろしい顔に見えなくもないが、その眼差しは、とても柔らかなものだ。氷鬼とはみな、このような美しい瞳を持っているのだろうか? ミグシャに見つめられて、僕は突然身体が火照り出すのを感じ、頭がのぼせるのがわかった。まるでミグシャに会えたことを身体じゅうで喜んでいるかのように――気分がとても高揚している。おまけに左肩がずきんと
?? ――何でだ?
僕は身体の火照りを振り払おうとして頭を横に振ると、そう言えば、とふと頭に浮かんだ疑問を口にした。
「あのさ、確か前に、影霧もレオナルトも精霊樹はオーナーと地球の魔術師たちが作ったって言ってなかった?」
「ネルトゥス神を殺した後でオーナーが地球の魔術師を雇い、彼らを地球にある巨大な時空のひずみに住まわせた。彼ら魔術師の力を借りて、精霊樹の若木をシルビアという一人の妖精の肉体に移植する実験が行われた。その結果生まれた妖精植物こそが、我々が現在『精霊樹』と呼ぶ存在なのだ」
レオナルトはそう言うと、第二の精霊樹の根元に、メリフィアの宿主だったボス・ギナ・クージャの巨大な女の首から目玉を抉り出して、そっと置いた。すると、精霊樹の白い根が地面からぼこっと飛び出し、それを絡め取った。目玉はあっと言う間に根に吸収され、消えてしまった。
「ボス・ギナ・クージャ――メリフィアの首はオーナーに差し出さねばならないからな。彼女の肉体をつくるだけなら、目玉だけで十分だろう」
レオナルトの言葉に応じるかのように、精霊樹は見る間に巨大な銀の果実を実らせた。オルジェが持っていた斧で素早く銀の果実を刈り取る。すると落ちてきた実が空中で弾け、中から一人の、美しい女性が生まれた。――真っ白な肌。赤色の瞳に、流れる黒髪。
これは――……母さん? いや、かつてラギニの女王だった、クイーン・ベルだ。
――ベルは口からヨダレを垂らし、虚ろな眼差しでこちらを見つめた。
僕がベルに何か声を掛けようとした瞬間、レオナルトがベルの首をはね、あっさり殺してしまった。僕があんぐりと口を開けると、レオナルトは真面目な顔つきで言った。
「精霊樹が生み出した角の者のうち、生前と同じ姿になる確率は三分の一であり、なおかつ生前の記憶を持つ者はその百分の一だ。つまり、ほとんどの角の者が生前の記憶を失って生きていくことになる。更に、自我を持たぬ者が三分の二の確率で生まれる。これは俗に失敗作と言われ、即処分される。彼女は恐らく、失敗作だったのだろう。……さあ、早くメリフィアをこの肉体に寄生させるがいい」
「はは……なるほどね。こういうわけか」
僕は苦笑いしながら銀の鳥籠のふたを開け、中から黄金のティンカーベル、メリフィアを出してやった。メリフィアにはもう空を飛ぶだけの力が残されていなかったので、僕は彼女をベルの首無し死体のそばに近づけてやった。するとメリフィアはか細い声で僕に頼んだ。
「ケイ……もっと肉体の胸元に妾を――」
僕が言われた通りにすると、メリフィアはベルの心臓あたりにそっと手を当て、自分の額の赤い宝玉をベルの胸に押し当てた。すると、その宝玉が赤く輝き出し、それと同時に彼女はベルの肉体に埋もれていき、数秒後には完全にベルの体内に入り込んでしまった。しばらくすると、ベルの首なし死体がむくりと起き上がり、その中からメリフィアの声が聞こえてきた。
〈ケイ、妾の――この肉体の頭部を、首元にくっつけてくれ〉
「あ、ああ」
僕がベルの首を首なし死体に近づけると、その首はぴったりと体にくっつき、切断した痕跡もきれいに消えてしまった。僕は驚きの声を上げる。エディルも目を丸くしてその光景を見ていた。メリフィアの宿った寄生体『ベル』はゆっくりと瞬きをすると、ぎこちなく首を左右に回し、やがて僕の方を見てにこりと笑った。これでメリフィアの寄生する新しい肉体――新生・メリフィアドールができあがったわけだ。
「さて、そろそろ始めましょうかね」
リディーはいつの間にか、どこから持ってきたのか、色とりどりの布束を両手いっぱいに抱え、それらを丁寧に地面に並べた。それから紺と白の布を選ぶと、それをメリフィアドールの体に押し当て、はさみで大胆に裁断し始めた。
――それから十分後――メリフィアの新しい肉体であるメリフィアドールは、紺色のインナーに珍しいカットの白いシャツを着、首元にピンクのリボンをつけて、濃紺の巻きスカートを履いていた。足元は長いブーツのような長靴を履いている。リディーは最後に、首元と同じ色の、ピンク色の大きなリボンをメリフィアドールの背中につけてあげた。
「わあ! すごいなセンパイ。あっと言う間にメリフィアの服ができちゃった」
「まあ、ざっとこんなもんよ」
「これで、メリフィア嬢ちゃんの肉体の件はクリアじゃな」
リディーが胸を張って腰に手を当てると、ダムが満足そうに言った。二人の様子を見て、ミグシャがのんびりと尋ねる。
「……それで――これからどうなさるのですか?」
「そうね……実はあたしたち、これから外にある『
「む。異論はない。肉体を提供してもらう代わりに、ネオで働く。それが取引の条件だからな」
メリフィアがリディーの言葉にうなずいたので、ダムはミグシャの方に向き直った。
「さあて、天鳥船のメンテでもするとしようかのう。レオナルト、オルジェ、ノダック、ジュリー。悪いがちと手伝ってくれ。ミグシャ、あとの者たちの世話を頼むぞい」
レオナルトとオルジェ、ノダックとジュリーは無言でうなずくと、ダムと共に洞窟の奥へと消えていった。僕とエディル、メリフィア、リディー、ミグシャはあとに残り、三人が戻って来るまで食事を作って待っていることになった。
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