第十六話 同盟
「ケイビー、喜びなさい! これから惑星エリュシオンに向かうことが決まったわよ!」
リディーとダム、レオナルトとオルジェがメリフィアの入れられた銀の鳥籠を持って、僕とエディルのいる医務室にやって来た。どうやら午後のミーティングとやらが終わったようだ。レオナルトの肩にはノダックが乗っており、その手にはメリフィアの宿主だった巨大な女の首――僕が試練の際に回収してきたもの――をぶら下げている。僕は目を丸くしてそれを見つめたが、オルジェがメリフィアの入れられた銀の鳥籠をテーブルの上に置いたので、今度はそちらの方に視線が移った。
また、オルジェの後ろには、頭部に一本角の生えた、六本脚の美しいフタコブラクダのような動物が佇んでおり、おっとりと僕の方を見つめている。リディーが明るい顔で医務室の丸椅子に座っている僕たちの方へやって来たので、僕は「ほんとに? どうもありがとう」とにっこりと微笑んだ。
「まあ、あたしたちもちょうどエリュシオンとその周辺に用事ができたしね。ちょっと予定を変更することにしたわけ」
「用事?」
リディーはちらりとオルジェを見た後、オルジェの持っていた鳥籠を指さして、「メリーちゃんの肉体の件があるじゃない」と言った。黄金のティンカーベル、メリフィアは神妙な顔つきで籠の中に座っている。
「メリフィアの肉体、何とかしてくれるのか」
「ええ。それにはエディルちゃんの故郷――惑星エリュシオン近くの時空のひずみに向かう必要があるのよ。そのついでにエリュシオンに寄ったげる。ちょうどいいでしょ?」
僕が再びお礼を言い掛けると、リディーはぴっと人差し指を立てた。
「ただし! タダでというわけにはいかないわ。ケイビーたちには、あたしたちと『同盟』を結んでもらいます!」
「同盟?」
「ええ。互いが互いを侵さないという不可侵同盟。そして、有事の際は協力し合う、友好同盟よ。どう? 結んでくれる?」
僕はエディルと顔を見合わせてから、「もちろん」と微笑んだ。
「で、先にメリフィアの肉体をどうにかするんだよな。あとどれくらいで到着するんだ?」
「そうね。あと一時間ってとこかしら」
「一時間⁉ え? は……早くない?」
だってレグランまで十日ぐらいかかったのに?
僕が目を丸くしたので、リディーはちっちっと舌を鳴らした。
「時空旅行は要所要所でワープしたり高速移動したりするのが当たり前だからね。いくら決められた区間を往復するって言ったって、同じ航路を通ることなんてほとんどないわ。目的地に到着するまでの時間をいかに短縮できるかは、その時々の宇宙の状況と、宇宙航海士の腕次第ってとこかしらね。まあ、今回はエリュシオン近くの時空のひずみで天磐船から降ろしてもらって、そこからあたしたち専用のシップ――別の宇宙船に乗り換えることになるけれど。」
「そっか。何だか悪いな。で、エリュシオン行きのメンバーって誰なんだい?」
「ここにいる七人よ。レオナルト坊やにオルジェ坊や、メリーにダム兄さん、それにあたし。それと各自の使い魔――レオナルト坊やのノダックに、オルジェ坊やの相棒、ジュリーよ。あたしたちにはいないけど」
「使い魔……」
確か前に、『角の者には相棒がいて、常にツーマンセルで仕事に当たる』……ってレオナルトが言ってたよな。相棒って使い魔のことだったのか。――でも何で使い魔なんて……。
「角の者には、一人につき一匹ずつ、必ず使い魔が相棒になるの。まあ、相棒と言っても監視役みたいなもので、主人が妙な言動や行動をすればこのナンバー・リングが反応して反逆者を摘発する仕組みになってるんだけどね」
リディーはそう言うと、オルジェの使い魔、フタコブラクダのジュリーの耳についているリングを指さした。ノダックは脚についているようだ。
「え? こんなもんがついてるのに、センパイたちは大丈夫なの?」
「わしがつくりかえちゃったよん」
ダムが指でピースを作りながらふんぞり返ったので、僕は目をぱちぱちと瞬かせた。
「へ? で、でも反乱軍って結構人数いるよな? まさか全員分つくりかえたなんてことは――」
「そのまさかじゃ。ちなみに探知機はナンバー・リングだけでなく、使い魔の体内にも埋め込まれておってな。そっちの方も全部つくりかえちゃったもんね」
「……だが、そうは言っても使い魔が監視役だということには変わりないだろう。それに角の者になったら、定期的に検査機関に使い魔を連れて行く必要があるそうじゃないか。ナンバー・リングをつくりかえたところで、すぐにばれてしまうのではないか?」
怪訝そうにエディルが尋ねたものの、ダムはウオッホンと胸を張る。
「その辺は大丈夫じゃ。わしの腕は確かだもんね」
「それにこの使い魔たちはあたしたちと利害が――」
リディーが言いかけた時、ノダックの大きな声がそれを遮った。
「『使い魔』じゃねえ!
「……ふぁ?」
――ファントム?
「さっきから聞いてりゃ、お前ら使い魔使い魔っておれたちのこと侮辱しやがって。おれたちは使い魔じゃねえ! 『ファントム』っつー立派な正式名称があるんだっての! 特にそこの神二人! 差別用語は控えるように!」
ノダックの一喝に、リディーとダムはぶすっとして口をつぐんだ。
「よしよし。じゃあこれからはこのノダック様がこの場をずずいと仕切ってやろう。えー……とにかく、少なくともおれとジュリーはまだネオを裏切る気はないぜ。当分は口裏も合わせてやる。何たっておれたちは使い魔……じゃねえ、ファントムの中でも高位ランクの猛者だからな。ある程度の知性と自由は持ち合わせている」
「君たちはどうしてネオに加担してるんだい?」
「簡単だ。おれたちも自由が欲しいのさ。例え下等なホムンクルスでも、心臓と思考を支配されるのは耐え難い苦痛でね。ま、おれたちはお前のような甘い考えは持ってないっつーことだ、ケイビー。もし今ここにオーナーが一人で歩いてたなら、おれは迷わずやつを殺すぜ」
「そんなに……オーナーが憎いのか?」
僕はレオナルトの肩に止まっているノダックを見上げた。ノダックはニヤリと笑う。
「お前たちとは置かれてる環境が違う。長く生きてりゃ、反乱軍に加担したくもなるぜ。おれたちは
ノダックは一本角のフタコブラクダのジュリーの方に視線を送る。ジュリーはそれには答えずに、ゆっくりとまばたきをした。
「とにかく! おれたちにもプライドと尊厳があるっつーことだ! その辺忘れんなよ!」
僕とエディルはうなずくと、ノダックは満足そうに首を縮めた。しばらくして、リディーが思い出した様に「あっ!」と叫んだ。
「な、何だよ?」
「いっけない、忘れるとこだったわ! ここにメンバー全員呼んだのは、服の採寸をするためだったのよ!」
「服の採寸?」
「そ。今から行く時空のひずみ世界は、極寒の地よ。それに備えて、防寒具作らなきゃ!」
――それから僕らは再びリディーに言われるがままに採寸され、立派な? 防寒具を手に入れた。特に、低温に弱いラギニである僕とメリフィアは南極探検隊のような厳重な防寒具だ。ノダックとジュリーも体型にフィットした、なかなか粋な防寒具を着こんでいる。エディルとレオナルト、オルジェ、ダムは……以外に薄着だった。といってもダウンや毛皮など、冬服ではあることはあるのだが、僕らに比べると風邪をひきそうだ。かく言うリディーは、思いっ切り自分好みの、コスプレ丸出しの上着をちょっとひっかけているだけだ。果たして着る意味があるのだろうか。
僕が思ったことをリディーに伝えると、リディーは「服と言うモノは自分のためだけにあるものじゃなくってよ。見る人を楽しませる要素もなくっちゃね」
「そんなもんかなあ」
「よし、それじゃあ、出発しましょうかしらね」
リディーがそう言ったので、僕らはぞろぞろと医務室を後にし、地下城塞メセクト城内の回廊を歩き、職員用出入口へと向かった。その時、ちょうどキェトラの艶めかしい声が城内に響き渡る。
「大変長らくお待たせいたしました~。第三階層イェツラー界第四宇宙、惑星エリュシオン付近でございまあす♡」
僕は、隣を歩くオルジェが何だか暗い顔をしているので気になったが、なぜか聞くのをはばかられ、何も言えなかった。出入口を通過し、天磐船から降りると、一面真っ白な雪景色が僕らの前に現れた。その場を吹き抜ける暴風。荒れ狂ったような吹雪。どんよりと曇った空。――その場所は、見渡す限り雪と氷で覆われていた――。
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