第十五話 目的
ケイビー、あんたたちはネオを抜けて一体何がしたいワケ?
一体何がしたいワケ?
……一体何がしたいワケ?
僕……僕らは……!
……いや、僕は――僕のしたいことは……。
「う……」
目を覚ますと、そこはさっきまで僕たちが談話していた、メセクト城にある治療棟の医務室だった。僕は白いベッドから起き上がると、額を手で押さえた。
頭が――痛い。吐き気がする。ひどいめまいだ。……なんだこの感覚は。力がまるで――入らない。
それでも僕は必死にこれまでの記憶を呼び起こした。
……ええと確か、レオナルトと勝負して――ここに運び込まれて――そしたらリディーとダムとかいうやつらが出て来て、さっきまで一緒に話してたんだっけ……。
それでヒロシの話になって……ひょっとしたらあいつが生きてるかもしれないって――。
そこまで思い出したが、言いようのない脱力感と無気力、ひどい
その時、ドアをノックする音がして、エディルとリディーが入って来た。
「あらケイビー、やっとお目覚め?」
僕が声のした方に振り返り、「あ、ああ」と答えると、リディーは「丸一日寝てたわよ」と言って腰に手を当てた。エディルはリディーの後ろで、数種類の布生地や白い型紙、裁縫箱のようなものを腕一杯に抱えている。
「まあ、あれだけのオーラの打ち合いをすれば、伸びても仕方ないけどね。どう? ケイビー。オーラの具合は? ちゃんと覚醒体になれる?」
「……あ、うん。試してみるよ」
僕はそう言うと、神経を目と額に集中させた。
――ドクン。
一瞬、血管が脈打ったものの、神経を集中しようとすればするほど、穴の開いた風船のようにどんどん力が抜けて行ってしまうことに気づいた。
「……おっかしいな。力が入らないし、オーラそのものが出ないみたいだ」
リディーはため息をつくと、「やっぱりね」と呟いた。
「あんた、レオナルト坊やとの闘いで、オーラ放出し過ぎたのよ。今ガス欠状態なんだわ。多分しばらく元には戻らないわね」
「そんな……! この状態で一体どうしろってんだよ?」
「焦りなさんな。エディルちゃんは今のところ大丈夫みたいだから、少し分けてもらったらどう?」
僕は目をパチクリとさせた。「分ける? オーラを?」
……できんの? そんなこと?
エディルは黙ってうなずくと、両手に持っていた荷物をテーブルに置いて、僕のそばにやって来た。
「……こうするのだ」
そう言うや否や、エディルは僕の
「いはっ」
僕が叫ぶと同時に、エディルの指先からオーラが流れてくるのがわかった。
……これは――エディルが『羽衣』の人格の時、僕に力を分けてくれたのと同じ……?
「……あったけえ」
僕はそう呟くと、だんだん顔の血流がよくなってきたことに気づいた。頭痛も吐き気もめまいも、すうっと消えていく。エディルのエナジーが、空っぽの僕の体を満たしていく感じがする。
……これがエディルのオーラなんだ。
僕がそこまで考えた時、エディルが突然ぱっと手を離した。もうおしまいらしい。エディルはすっと身を引くと、僕から距離を取った。……もしかしなくとも、昨日のことで僕は完全に避けられているようだ。リディーはそんな僕たちに気づいているのかいないのか、気にせず話し続けた。
「エディルちゃんは防御系――治癒技術を得意とする宇宙人だからね。オーラの譲渡くらい朝飯前よ。これでケイビーの腫れた顔も少しはましになるんじゃない」
リディーは、「ま、大した量を流し込めるわけじゃないけどね」と付け足すと、僕のベッドのそばの椅子によじ登り、ちょこんと座った。
「エディルちゃん、チャコペン取って。あとメジャーと定規、型紙の台紙も」
「はいどうぞ、センパイ」
エディルは神妙な顔でリディーに言われたものを取ってくると、それらを急いで手渡した。僕が「なな、なにすんだよ?」と慌てて尋ねると、リディーはさも当然だと言わんばかりの顔でちょっと肩をすくめた。
「決まってんじゃない。服を新調するからあんたの寸法測るのよ。今まで目測と勘であんたの服作ってきたけど、やっぱ実物がいるんだもん。ちゃんと測らないとね」
「服⁉ ……ひょっとしてこのパリコレもどきの服は君が……?」
リディーは「ちょっと! 君じゃなくてセンパイとお呼び!」と僕を一喝すると、「……そうよ。あんたの服もエディルちゃんの服もレオナルト坊やの服も、ぜーんぶあたしが作ったの! ……残念ながらあたしたちってば大っぴらに動けないから、角の地の制服とかマントとかのデザインはできなかったんだけどね。でもできるところはこうして何でも縫ってるわけ」と語った。
「そうだったんだ……。道理で変わった趣きの服だと思った」
――リディーセンパイの服も相当変わってるんもんなあ。
僕はちらりと横目でリディーを見つめる。リディーは相変わらず、何かのコスプレのような恰好をしていた。
「昨日はエディルちゃんの服を新調したのよ。どう? いいでしょう。今回は中々の自信作よ」
リディーにそう言われたので、僕は改めてエディルの姿を見つめた。
――本当だ。新しい服になってる。
エディルは、上はフリルのついたふくらんだ袖に胸元の大きく開いたビキニのような服を着て、下は少し長めのスパッツの上に中東の民族衣装のようなフリフリのスカートを履いてベルトで留めている。ハッキリ言ってものすごく可愛かったので、僕はエディルをほめようとした。
「エディル、その服すごくいいな。一番最初に出会った時の服もカッコ良かったけどさ。どっちのエディルもいいと思うけど、今の服はなんかすごく新鮮な感じが――」
と、そこまで言い掛けた時、リディーにメジャーで首を絞められてしまった。
「くあっ」
「ケイビー、デレデレしてないでこっち向いて! これから寸法測るんだから!」
こうして僕はリディーに言われるがままに採寸されまくり、十分後には既に疲れ切っていた。しかし、その甲斐あってか、リディーは満足のいく型紙を起こすことができて喜んでいるようだ。その後、リディーは驚くべき速さでちょこまかと動き回り、あっと言う間に服を作り上げてしまった。製作時間およそニ十分。ニ十分であのパリコレもどきが再びできあがったのだ。僕はこの服をまた着るのかと思うと懐かしいような悲しいような気持ちになったが、折角作ってもらったので、仕方なく今着ているぼろぼろの服を脱いだ。
僕がおニューのパリコレもどきを着ると、リディーは満足そうに、「ま、こんなもんね」と言うと、糸と縫い針を裁縫箱にしまった。
「ついでにあと三着作っておいたから、いつ破れても平気よ」
「い⁉ あの短時間で四着も作ったってことかよ⁉」
僕がすかさずツッコミを入れると、リディーはこともなげに「まあね」と返答する。
「それよりケイビー、エディルちゃんと話さなきゃいけないことがあるんじゃないの? あんたたち昨日ケンカしてたじゃない」
リディーのせりふに、僕が「あれは――」と言いかけると、エディルが突然、「ケンカではない!」と否定してきた。「へえ?」とリディーは目を丸くする。
「いや……あれはほんとうに――ケンカではないんだ。ただ私が一方的に混乱して、感情的になって、ケイを殴ってしまっただけで、ケイは何も悪くないんだ。ケイ、あんなことをしてしまって――す、すまなかった」
エディルはそう言うと、僕に向かって深く頭を下げた。僕はなんだかいたたまれない気分になって、「いや、僕もごめん……。なんか言っちゃいけないこと言っちゃったみたいで」と謝る。エディルは僕の謝罪に「いいんだ」とそっけなく答えた。その顔はまるで能面のようだ。
それから僕たちの間に長い沈黙が流れた。しばらく経った後、僕は思い切って話の口火を切った。
「あのさ……話してもいいかな?」
リディーは「どうぞ」と言って話の先を促した。僕はこっくりとうなずき、「センパイたちにお願いがあるんだけど」とおずおずと切り出した。
「なによ」
「これから、惑星エリュシオン――エディルの故郷に向かってほしいんだ」
その瞬間、エディルの表情が強張るのがわかった。リディーは不審そうな眼差しで尋ねる。
「一体どういう風の吹き回しよ、ケイビー」
「エディルの星に行って――したいことがあるんだ。色々」
「いろいろ?」
僕はうなずいて、リディーの目をじっと見つめた。
「――ちゃんと、向き合いたいんだ。エディルとも、自分とも。だからエディルの星に行って、過去のことを聞いて周りたい。そして、その情報をちゃんと受け止めたい。エディルの……過去の真実を。今になってやっと気づいた。惑星エリュシオンに行くことは、僕がしなくちゃいけない最初のことなんだ。うん、とりあえずそれが――今、僕が一番したいことだと思う。……って――これじゃダメかな? ネオを抜ける理由」
リディーもじっと僕を見つめた後、にやっと笑った。
「いいわよ。認めてあげる。でもそれとこれは別。天磐船の行き先は、あたし一人で決められる問題じゃないわ。もしもそれができるとしたら――今日の第二半日(午後)からの作戦会議でよ。あたしが作戦会議で提案すれば、ケイビーの要求は通るかもしれない」
「作戦会議?」
「メリフィア……メリーちゃんの処遇の問題もあるし、どうせネオ全体でミーティングはする予定だったの。ちょうどいいからその案、あたしから提案してあげるわ。ケイビー脱退承認の話もあるしね。ま、あんま期待はしないでよね」
リディーはそう言い終えると、テーブルに広げた裁縫道具をてきぱきと片付けて両手に抱えた。
「じゃあ、あとはごゆっくり」
意味深長な笑顔を向けると、ぴょんと椅子から飛び降たリディーは、素早くドアのところまで走っていき、扉を開けてさっさと出ていった。僕とエディルは二人、取り残される。
再びの沈黙が、僕たちの間に流れた。
「……して私の星なんだ?」
エディルが小声で何か話し掛けてきたので、僕は「え?」と聞き返した。
「いや……なんでもない。それよりケイ、さっき言っていたことは本当か?」
「さっき?」
エディルは少し頬を赤らめると、「その……服の話だ」ともごもごと答えた。僕がまたもやわからずに「服?」と言って首を傾げると、エディルは今度こそ真っ赤になってカンカンに怒り出した。
「も、もういい!」
エディルはそう言うと、つかつかと出口の方へと向かい、扉を勢いよく扉を閉めて出ていった。僕はエディルが何で怒っているのかわからずに、ただポカンと口を開けていた。
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