第十四話 何が真実か?

「……我々は長年、秩序型宇宙人ラギニの末裔の行方を追っていた。そんな時じゃ。ケイ、お前さんの試練の情報を入手したのは」

「……え?」

 窓の外から暮れない夕陽の光が差し込む。ダムはぼそぼそと話し出した。

「今から約二月前、ラギニの末裔の試練があるという情報を耳にした我々は、お前さんのことからエディル嬢ちゃんのことまで、全て調べ上げたのじゃ。その時わかったのが、蕪坂かぶらざか院長は最初からお前さんの正体を知っておった……ということじゃ。その上でケイ、お前さんの御両親は院長から、多額の現金を受け取っていたらしい。……お前さんが蕪坂病院に転院してきた十年前からな」

 僕は膝の上で両手を握りしめる。

 ……そっか。院長は……僕の正体を知ってたんだ。両親の様子がおかしいのはなんとなく気付いていたし、カネを受け取っていたことも、ヒロシ経由で知っていた。そりゃあ、なんで受け取ってたのかまでは知らなかったけどさ。

 ――でも、改めて他人から聞かされると、少し腹立たしいような気もしてくるな。

 僕は、薄っすらと冷笑し、「……そうなんだ。いくらくらいもらってたの?」とダムに尋ねた。ダムが「そうじゃな……」と言ったところで、リディーはダムの鼻を針でちくりとさした。

「いったあ!」

 ダムの悲鳴と同時に、リディーは「ちょっとケイビー!」と大声で僕の胸ぐらをつかんだ。

「な、なに?」と僕は聞き返す。

「何よ何よ⁉ その反応は⁉ あんたまさか……全部知ってたの?」

「は……半分は知らなかったよ。でも、弟から大体聞いてたから」

「……弟?」

「ああ。一つ違いの弟の、ヒロシから」

 僕が答えると、リディーは僕の胸ぐらから手を放し、ポカンと口を開けた。

「? なに?」

 僕が思わずリディーに尋ねると、リディーは「ヒロシって誰?」と逆に尋ねてきた。

「いやだから……弟だよ。ヒロシ。調べてんなら、知ってるだろ?」

 リディーとダムは顔を見合わせる。僕はわけがわからなくなって、順に彼らの顔を見つめた。

「……ケイビー。ケイビーは、一人っ子のはずよ。少なくとも、戸籍上では」

「え?」

「だから、ケイビーに弟はいないのよ。ヒロシなんて弟は、どこにも存在しない」

 ――ヒロシが、いない? 僕に弟はいないだって? そんな馬鹿な!

 僕は混乱が頂点に達し、感情のままに口走った。

「だ、だって現に僕はヒロシから聞いてたんだ! いろんなことを! 両親が院長からカネを受け取っていたってことや、僕にうんざりしていたってことを! 間違いなく、ヒロシはいた! あいつだけだ! ずっと僕を気遣って、僕を励ましてくれたのは! あいつだけだ! 僕を最後まで――見捨てなかったのは! ヒロシは――」

 ……今でも覚えてる。あの真っ直ぐな黒髪や、大きな茶色い目。物憂げな眼差し。優しく微笑んだ顔。

「僕の――弟だ!」

 僕の中でヒロシへの思いがあふれ返り、それは渦のようになって僕の目頭を襲った。

 そんな中、レオナルトが口を開いた。

「……考えられることは、誰かがお前の弟を装い、幼い頃からずっとそばにいた――ということだ」

「! そんな馬鹿な――!」

「そうね」

「じゃが、一体誰なんじゃ? それは」

「……それは、エディレイドとケイの関係を考えればおのずと見えてくるのではないかと」

 レオナルトの言葉に、リディーとダムははっとした様な顔をした。僕は「僕とエディルの関係?」と語尾を吊り上げた。

 ……そういえば、エディルは僕のドナーとして育てられてきたとか言ってたな……。

――いや、ちょっと待てよ?

 そもそも蕪坂院長は最初から僕の正体がラギニだと知っていた……。そして僕を自院に転院させ、十年間生かし続けた……。 ……つまり、これらが意味することは――!

「ケイ、蕪坂院長はホーン・コーナーとつながっていた人間の医師なのじゃ」

「院長が……? そうか。ということは――」

「ああ。ホーン・コーナーは黄金のインゴットと独自の医療技術を蕪坂院長に提供し、院長はオーナーに言われるままにケイ、お前さんの――キング・ラギニの肉体を生かし続けた。全てはエディル嬢ちゃんの肉体が成熟し、心肺移植に耐えられるようになるまでの時間稼ぎじゃ。つまり、エディル嬢ちゃんは、お前さんのためだけにオーナーに捕らえられ、アカデミーで育てられたわけじゃ」

「……」

 僕は沈黙して目を伏せた。エディルが、僕のために不幸になっていた。その事実を直視するのが怖かったからだ。

 ああ……僕ってやつは、ホントに――。

だめなやつだな、と手で顔を覆った時、リディーが話を続けた。

「まだあるわ。蕪坂院長は角の地の技術を用いた治療をあんたに施していた。ところが院長は学会で名誉を得ようと、自分の裁量でケイビーをモルモットにし始めた。それであんたは瀕死の状態まで追いつめられてたってわけ。だからエディルちゃんは院長とその部下の記憶を消し、黄金を回収して、オーナーに関わる一切の証拠を隠滅したの。その証拠に、マンジェトにあるあんたたちの部屋から、黄金のインゴットを回収したわ。これって蕪坂院長が持っていたものよ。間違いないわ。だってセフィロトの刻印がおされてるもの」

「……そう言えばエディルの腰のポーチに何だか荷物が入っていたよ。あれは、黄金だったんだな」

 僕は手を降ろし、小さくため息をついた。

「だけどそのこととヒロシと、一体どう関係があるんだよ?」

レオナルトはそんな僕の質問にうなずき、話し出す。

「その前にお前に話しておきたいことがある。……私がお前の試練を受け持つと決まった時、我々が長年求めてきたキング・ラギニがやっと現れたと、みな喜んだものだ。だが、オーナーがお前の存在をずっと隠していたことに疑問を感じずにはいられなかった。……だから調べた。徹底的にな。――しかし、我々にもわからないことがあった」

「わからないこと?」と僕が眉尻を上げて聞き返すと、レオナルトは答えた。

「お前の二親の行方だ」

「……え?」

 僕は目をぱちくりとさせ、レオナルトを見つめた。

 何言ってんだよ、父さんたちは津波で――。

「お前の両親は死んでいない。ただ、我々が何度接触を試みようとしても会えなかった。平成二十三年三月十一日――あの日の時空にだけはうまく到達できないのだ。時空がひどく乱れているせいなのかもしれんが、あの日以降お前の両親を救おうとしても、救えないのだ」

「消えた……ってどういうことだよ? 死んでないってどういうことだ?」

 僕は少し困惑して、レオナルトに尋ねた。

「やはり知らんのか。お前の両親は、戸籍上は生きていることになっている。祖父母の方は間違いなく津波に流されたそうだが。……お前が蕪坂院長から、二親が死んだと聞かされたということは、二人の行方にオーナーが関わっているということだ。しかし、お前の両親はオーナーに殺されてはいない。もしも我々のような異星人――異なる時空の者に殺されたのだとしたら、すぐにわかるからだ」

「わかる? なんでだ?」

「地球における過去の改ざんは、我々にとっては禁忌タブーなのだ。なぜなら、殺された人間の未来が狂えば、その人物の存在するはずだった時空が全て折り重なって降ってくるという世界崩壊現象――時空の強制大修正が起こるからだ。私も詳しくはわからないが、とにかくオーナーから厳しく戒められている。地球の生物……特に人間を殺すな――とな。どうやら地球という星そのものに特殊な運命が定めづけられているらしい。

 つまり、平成二十三年三月十一日時点で世界崩壊現象は起こっていない。これはお前の両親が異星人によって殺されてはいない、ということに他ならない」

 僕は目を見開く。窓の外にある樹木が、夕陽に照らされて室内に不気味な影を伸ばしている。

「じゃ、じゃあ父さんたちはどこに行ったんだよ?」

「それがわからないと言っている。現時点でわかったことは、ケイ、お前のいるはずのない弟の存在だ。その弟とやらは今どうしているのだ? そいつが生きているのならば、エディレイドとお前の関係のように、背後にオーナーが絡んでいることに――」

 その瞬間、僕は椅子から飛び上がる様に立ち上がった。

「……死んだ――はずだ。死んだはずだ!」

 だってもしもヒロシが生きていたとしたら――それは……

 ……ソレハ……?


 ……そうだ。僕はあの日から三日経った後、オーナーと繫がっている院長から聞かされたんだ――。


「……螢君、残念な知らせがある」

「院長……先生……」

 陰うつな表情で、僕は院長を見上げた。ヒロシが見舞いにきた直後あの地震が起きて、津波が来て――僕はなんだか嫌な予感がしていたんだ。

「君の御家族とおじいさまとおばあさまが津波で亡くなられたそうだ。遺体はまだ見つかっていないが……間違いないらしい」

「家族って……? まさかヒロシは違うよね?」

 僕はかすれた声で院長を問い質した。しかし、院長は沈黙している。

「違うよね⁉ 先生」

「……残念だが――ヒロシ君の遺体は見つかったそうだ。しかし損傷が激しく――」

「嘘だ!」

 僕が叫んだので、院長は「螢君……」と呟き、首を横に振ってため息をついた。

「これは、ヒロシ君が最後に握りしめていたものだ」

 院長はそう言って僕に何かを手渡した。それは……まるでエンブレムのような形の、真っ白な陶器だった――。


 あれ……? なんで僕、こんな大事なこと今まで忘れてたんだろう?

 確かに僕はあの時、ヒロシの形見としてエンブレム・パスを院長から受け取った。時空間鉄道の象徴――永遠の切符を。そうとも知らず、僕はヒロシの死を悲しんだ。だってずっとヒロシが弟だと思っていたからだ。それに院長は最初から、まるで、いないはずの僕の弟――ヒロシが振る舞っていた。そして僕の両親が消えた日、院長はと嘘をついた。院長はオーナーの手先だったからだ。……ってことはつまり、ヒロシは――ヒロシはオーナーの関係者であり、彼は生きていて、両親の失踪に関わっている……?

「……う――そだ! 嘘だ嘘だ! 僕は信じない!」

 僕は激昂して、叫んだ。レオナルトはびくっとして僕の顔を見る。

 オーラが、波打つ。身体中が熱い。感情がたかぶり、うまく抑えることができない。

「う……ぐ……あっ」

「覚醒段階アルファってとこね。不安定レベルはスリー」

 リディーはそう言うと、僕の頭をげんこつで殴った。僕はその勢いで後ろに吹っ飛ばされ、床に頭を打ちつけ、その場で気を失った――。

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