第十三話 リディーとダム

「初めまして。ケイ。あたしはリディー・ネル」

「わしはダム・トゥスじゃ」

 二人の小人はあいさつすると、丸椅子に座っている僕の顔をまじまじと見つめた。

「なんだい?」

 僕は疲れた表情で彼らに尋ねる。

 ――ここは、僕とエディルが散々お世話になり、試練当日まで寝泊まりしていた例の医務室だ。僕とエディル、レオナルトはここに運びこまれ、治療を受けた。レオナルトはまだ治療中だが、僕とエディルの怪我の手当ては終わっている。

「ふーん」と女の子の方――リディーは一人、うなずいた。

 リディーは栗色の髪をツインテールにし、くりっとした青い瞳の可愛らしい女の子だ。大きなフリルのついた帽子を被り、腰には縫い針のような武器をさしている。さっきキェトラのメイスを折ったのも、恐らくこの武器だろう。

 僕がまじまじと二人を見つめていると、「ほーう」とおじさんの方――ダムもものめずらしそうに、僕を見つめた。

 ダムはと言うと、茶色い毛皮をなめしたような上着に黒いズボン、焦げ茶のブーツを身につけていて、黒い髪の毛、太い眉毛に茶色い瞳。顔には髭がもじゃもじゃと生えている。腰には小さなハンマーを下げているようだ。

「あなたって、ほんとーに軟弱そうな顔してるのね! それでキング・ラギニだなんて信じられない!」

「……そんなに弱そう? 僕」

 ……なんか同じようなことを以前宇宙人たちにも言われたような気が……。

「アハハ! タシカニイエテルワ!」

 僕の隣で、エディルがけたけたと面白そうに笑っている。僕は何だか悲しくなってきた。

「まあ、いいわ! それよりあなたたち、お腹空かない?」

リディーが言うと、ダムは腰の袋から大きなあめ玉を出し、僕とエディルとリディーに渡した。

「わし特製のあめ玉じゃ! 食べてびっくり、食べてどっきりの新作じゃ! さあ、食べてみい!」

 そう言ってダムは自分もあめを口に入れた。同時にリディーも口に入れる。僕もチラリと横目でエディルを見てから、あめ玉を口の中に放り込んだ。僕の様子を見てエディルも、あめを口に入れる。

「う……!」

 ――うまい! この得も言われぬ甘い香りと、ミルクと蜂蜜と数種類のハーブ、それにアンブロシアを混ぜたような、独特の味――。これはまさに……闘いの疲れも吹っ飛ぶおいしさだ。

 僕はひとり、天にも昇る様な心地であめをなめていたが、やがてエディルの様子がおかしいことに気づいた。エディルは息を詰まらせ、身体から湯気を出して苦しんでいる。

「おい、エディル……? どうした?」

 エディルはぷはっとあめを吐き出すと、ダムをにらんだ。

「キサマ……! コノアメハ……!」

 ダムは涼しげな顔で、「すまんのう。エディル嬢ちゃん。このあめはただのあめに非ず。宇宙人の完全覚醒を解くための呪言じゅごんと薬草が数種混ざっておる。その代わり、体力増進、気力回復の効能があるんじゃ。そら、ケイの覚醒も解けておるじゃろう?」

「え? あ、ほんとだ。いつの間にか頭の角が消えてる?」

 僕は頭を撫でると、ダムの顔を見つめた。

「ク……! セッカクコノ体……ワタシノモノダッタノニ……」

「悪いわね、羽衣ちゃん。あなたには用は無いわ。その体はエディルちゃんに返してあげてちょうだい」

 やがてエディルは真っ白な蒸気に包まれていき、顔を押さえて床にしゃがみ込んだ。

 数秒後、蒸気が晴れ上がると同時に、エディルは元の姿に戻っていた。

「! エディル……!」

「ケイ、か。……すまない。私は一体何を――?」

 エディルが問いかけると、リディーが畳み掛けるように説明した。

「あなたはケイを守るために、羽衣の力を借りて、完全覚醒していたのよ」

「!」

 エディルの顔が――表情が、凍っていく。

「う……そだ」

「ほんとよ」

 リディーはきっぱりと返答した。エディルの声が震える。

「わた……しは『完全覚醒』してしまったのか?」

「ええ」

「ケイの前で?」

「……そうよ」

 リディーの答えに、エディルの瞳から一筋の涙が流れた。その肩は小刻みに震えている。

 僕はおろおろして、エディルに何か言おうとした。

「いや、でもさ。完全覚醒したエディルの姿すごくきれ――」

「黙れ!」

 エディルのげんこつが、僕の頬をえぐる。僕はそのまますっ飛ばされ、壁に激突した。

 その直後、エディルは走って部屋から出ていった。僕はあっけに取られてエディルがさっきまでいた場所を見つめた。

「……僕、何かした?」

「した」とリディーとダムは口を揃える。

「なんだよ! 何が悪かったんだよ!」

「あんたはもっと『乙女心』と『デリカシー』と『短気を治す方法』を学んだ方がいいわ」

 僕の遠吠えに、リディーはぴしゃりと言い放った。

「こうなったら、とにかくそっとしておくしかないのう」

「仕方ないわね。話を先に進めましょう」

 僕はのろのろと立ち上がり、「話?」とつぶやきながらエディルに倒された椅子を起こすと、再びその上に座った。近くのテーブルに頬杖をついた僕を見て、リディーがちょっと首を傾げる仕草をする。

「そうそう。ケイ……ケイビーでいいわね。ケイビー、ケイビーは『ネオ』を抜けたいのよね?」

 ……あ、そうだ。そういえばそういう話だったっけ。

 僕は「うん」と言うと、リディーの方に顔を向けた。

「それがどうしたの?」

「認めるわ」

「へ?」

 僕が目を瞬かせると、リディーはとん、と腰に差した縫い針を床に立てた。

「だから、あんたたち二人がネオを抜けるの、認めてあげるって言ってんの!」

「……それはわかるけど――」

 なんで君たちが、と言いかけて僕は口をつぐんだ。何と部屋の入口に、レオナルトが立っていたからだ。

「……その御二人が認めて下さるなら、誰も文句は言うまい。その方たちは正真正銘ネオのボスなのだから」

「レ――」

 僕が驚いていると、リディーとダムがレオナルトを見上げた。

「ちょっと、大丈夫なの? レオナルト坊や。手加減したとは言え、怪我は本物でしょうに」

「そうそう。無理は禁物じゃぞい」

「ちょ……ちょっと待って⁉ 君たちがネオのボスだって⁉ そんで何⁉ 手加減って何⁉」

 僕が頬杖を外して叫ぶと、リディーはこともなげに言った。

「あら、気付かなかった? このあめ食べても、あたしたちの姿何も変わってないでしょ? それはあたしたちがまだ完全覚醒してないから。それと同じで、レオナルト坊やも普段は完全覚醒してないの。だから全然本気じゃないわけ。試しにこのあめ食べさせてみる?」

「は……はは……」

 ――開いた口が塞がらないとはこのことだ。僕は、なんだか気が抜けてしまった。

 リディーたちは急いでレオナルトを近くの丸椅子に座らせると、自分たちも椅子に腰掛けた。ダムがこちらに振り向いて話し出す。

「名乗り遅れてすまんのう。わしらが影の大番長――ネオの隠しボス……『神様』じゃ。ケイ、おぬしのことはレオナルトからよく聞いておる。おぬしをネオに勧誘したのはわしらの意向もあったからじゃ。なにしろおぬしには宇宙の秩序を守る『騎士ナイト』の血が流れておるからのう。」

「え」……えー⁉ 

「き、君たちが、か、神様⁉」

 僕が呆気に取られて驚いていると、リディーが「ちょっと! 話が逸れちゃってるわ、ダム」と口を尖らせた。ダムは「あっと、すまんすまん」と言いながら頭を掻く。

「……要するに、あたしたちダブルボスは、ケイビーたちがネオを抜けるのを認めるわ。レオナルトがネオメンバーたちにそのことを認めさせるために、行動してくれたわけだしね。その意は汲(く)んであげないと」

「は……はあ。あ、うん。ありがとう」

 ……正直複雑な気分だ。だって、レオナルトは僕らのためにわざわざ命を危険に晒してまでして負けてくれたわけで――。ていうかこの二人ほんとに神サマなの⁉

 僕がなんだか気のない返事をしたので、リディーに「ちょっと! しっかりしなさいよ! ケイビー!」とカツを入れられた。

「あんたたちがネオを抜けたいって気持ちが本物だったからそうなったのよ! だからあたしたちもこうして登場してあげたの!」

「う、うん。それは……」

 ――わかってる。ネオのボスたちが登場するほどに、この一件――僕たちのネオ脱退は大ごとなのだ。

 リディーはテーブルの上によじ登り、僕の眼前に立った。ダムもそれに続く。リディーとダムの身長はちょうど僕の膝丈より少し低いくらいなので、テーブルの上に立つと、目線はちょうど同じくらいになる。

「いい? ネオは『入るものを選び、去るものは粛清』っていう厳格な規律で保たれているの! それを、あんたたちの勝手な理屈でねじ曲げたんだから、もちろんそれなりの意見があると思っていいのよね? ケイビー、あんたたちはネオを抜けて一体何がしたいワケ?」

 責めるような眼差しで僕はリディーに詰め寄られ、縫い針の先端を鼻先に当てられた。

 僕は少しためらってから、さっきエディルが出ていったドアの方に目を遣り、「エディルがどう思っているのか正確にはわからないけど」と前置きをして話し出した。

「僕らは、オーナーがそこまで悪いやつだとは思えないし、殺したいと思わないんだ。つまり、憎悪も殺意もない。それってネオにとっては致命的だと思わないか? だってここにいるやつら、みんなオーナーを恨んでるやつらばかりなんだろ? そんなやつらが集まって反乱軍ネオ・フィールドが結成されたんじゃないのか?」

「……それで?」

 イライラと先を促すリディーを横目に、僕は淡々と答える。

「……でも、僕らはネオに入りたくて入ったんじゃない。まず誰かをネオに迎え入れる前提条件として第一に考えなければならないのは、オーナーを殺したいと言う思いが明確かどうかってことなんじゃないか? そのうえで、その人がネオを欲し、またネオ側もその人を欲している状況かどうかが問われるんじゃないだろうか」

 ダムは僕の意見に「なるほど」と言って腕を組んだ。レオナルトは黙って座っている。

「……つまり、ケイビーは無理矢理ネオに引き込んだあたしたち側のミスだと、こう言いたいわけね」

 リディーが端的に要約したので、僕は、「まあね」と言って肩をすくめた。

「でも残念ながら、それじゃああたしの質問の答えにはなってないわ。いい? あたしが聞きたいのは『あんたたちがネオを抜けて何がしたいのか』よ! それに答えない限りあんたたちの脱退は許さないんだから!」

「え? でもさっきは認めてくれるって――」

 僕が言いかけた時、リディーは素早く僕の眼前に詰め寄った。

「気が変わったの! さあ、許してもらいたけりゃ話しなさい!」

 ――困った。『ネオを抜けて何がしたいか』? ……知りたいのは僕の方だ。それをこれから自由に決めるための、脱退だったのだから。

 僕は正直に思ったことを話すと、リディーが溜息をついたのがわかった。

「ケイ。お前さんはエディル嬢ちゃんからまだ聞いていないことがある」

「聞いてないこと?」

「お前さんが、なぜ十年前に蕪坂病院に転院し、なぜ十六歳になった今、エディル嬢ちゃんから移植を受けることができたのかをじゃ」

 ダムの言葉に僕は目を瞬かせ、「……どういうこと?」と尋ねた。ダムは言いにくそうに続ける。

「お前さんは、蕪(かぶら)坂(ざか)院長から直々にされたんじゃ。宇宙人、ラギニの子孫としてな」

 レオナルトの緑色の目が鋭くなる。リディーは黙って視線を落とすと、持っていた縫い針を下に降ろした。僕はただ、呆然としていた。

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