第十二話 勝負

 ――負けられない。

 僕は、レオナルトの言っていた言葉を思い出す。確か、こいつのオーラの属性は八大元素『火、光、風、木、水、闇、土、金』のうち、『火、光、風、水』だったよな――……。それなら……。

「『闇』だ!」

 僕は両腕を真っ黒な闇の元素に変化させると、レオナルトに向かって走り出した。レオナルトは微笑をたたえながら、凄まじいオーラを発している。

 ――こいつも、本気だ。

 すると、エディルの大鎌から放たれたいくつもの巨大なオーラの衝撃波――『かまいたち』の連続攻撃がレオナルトを襲った。レグランでは見せなかった技だ。レオナルトはあざ笑いながら、銀の長剣で何回か空を切った。

 すると、剣の切っ先から風が巻き起こり、小さなつむじ風になった。つむじ風はエディルの放ったかまいたちを吸収し、それらは互いに相殺された。

 エディルのかまいたちと、レオナルトのつむじ風の陰に隠れて、僕は闇の元素と化した真っ黒な拳を振り上げた。しかし、レオナルトの腹めがけて放たれたそれは、見事によけられてしまった。

 僕の攻撃をよけて空中に舞い上がるレオナルトを、エディルが狙う。エディルは両足で強く地面を蹴り、高く飛び上がると、レオナルトと並んだ。飛んできたエディルを見て、レオナルトは歯を剥き出して笑う。

 次の瞬間、エディルは鎌で攻撃したが、レオナルトの腕に弾かれた。レオナルトは水と風、火のオーラを精錬し、腕ごと氷の盾に変じたのだ。しかし、エディルの一度目の攻撃で氷の盾にひびが入り、その強度は落ちたようだ。

 レオナルトはエディルの攻撃を防いだ直後、エディルの腹目掛けて銀の長剣を突き立てた。エディルの口に血がにじむ。レオナルトは、更に、エディルの頭部を氷の盾で思い切り殴りつけ、同時に腹から剣を引き抜いた。その衝撃で氷の盾は砕け、エディルは力なく地面に落ちて行く。

 ――その直後。僕はレオナルトの背後を取り、羽交い絞めにした。それと同時に背中に闇の刃を突き立てようとする。しかし、レオナルトに後ろ手で腕をつかまれてしまった。

 が、僕の腕は闇の元素と化しているので、それに触れたレオナルトの手のひらは、見る間に腫れていった。それだけではない。

レオナルトの腕の血管が沸騰してボコボコと泡立っているのがわかる。だが、レオナルトの力は緩まなかった。

 レオナルトは僕の腕を引っ張ってひねり上げると、僕と向かい合い、銀の長剣を思い切り僕の左胸に突き立てた。

「……ッ!」

 ――痛え。でもなぜか平気だ。

 僕は口から血を吐くと、額の赤い宝石から闇を噴射した。レオナルトはひるみ、長剣からわずかに手を離す。その隙を僕は見逃さなかった。

 僕は大きく身を引くと、胸に剣を突き立てたまま、レオナルトの胴部に思い切り蹴りを入れた。次の瞬間、僕とレオナルトは互いに離れた地面に降り立った。僕は胸に刺さった銀の長剣を引き抜くと、後ろに投げ捨てた。レオナルトもさっきの蹴りが効いたのか、少し咳き込んでいる。

 ――ドクン。

 エディルの心臓が脈打つ。なぜだろう。僕はまだ生きている。

 僕は闇のオーラを両手の拳に集中させると、レオナルトとの間合いを一瞬で詰めた。レオナルトの拳にも紅い炎が揺らめいている。――あれはさしずめ『ほむらの拳』か。

 僕らは互いの顔や体を殴りつける、素手での闘いに転じた。しかし、純粋な格闘技ではレオナルトには敵わない。僕は一瞬の隙をつかれ、腕をねじり上げられると同時に地面にたたきつけられた。

 地面に思い切り背中を強打した僕は、唾を吐いて咳き込んだ。レオナルトの攻撃はそれだけでは終わらない。焔の剣を構えたレオナルトは、真っ直ぐ僕の額の赤い宝石目掛けて剣を突き出す。僕は瞬時に左腕をメタルアームに変化させ、右腕を再び闇の刃に変化させた。

 一秒後、僕とレオナルトは重なり合い、レオナルトは僕の額を、僕はレオナルトの心臓を貫こうとしていた。その勝敗を決したのは――僕だった。

僕の闇の腕は、まるで植物のつるのようにのびて、レオナルトの左腕を伝い、心臓に到達したのである。

 レオナルトは血を吐き、眼前にいる僕をにらみつける。

僕は闇の刃に変化させた腕を引き抜くと、レオナルトを蹴り飛ばした。レオナルトはよろよろと立ち上がり、同じく起き上がった僕と対峙した。

「……エディレイドの危機にも冷静になったものだな、ケイ」

「これは僕の闘いでもあり、エディルの闘いでもある。――だから僕はエディルを信じるって、決めた。……エディルは大丈夫だ。死んだりしないし、死なせない」

 口の端に血をにじませながら語るレオナルトに、僕は真面目に答えた。

「ほう……」

「それより……お前の心臓と、その隣の第二の心臓に僕の闇のオーラを取り憑かせた。驚いたよ。宇宙人には心臓って二つあるんだな。第三の目でお前の体を透視するまでわからなかった。第二の心臓の方は、さっきの心臓に対する一撃で弱ってるみたいだ。でもそれだけじゃない。どうやら僕はオーラを遠隔操作できるらしい。だから……いつでもを握り潰すことができる。――これまでだ、レオナルト」

「それはどうかな」

 レオナルトは不敵に笑うと、次の瞬間、身体から強烈な光のオーラを発した。レオナルトの心臓に取り憑かせた僕の闇のオーラは、あっけなく消し飛ぶ。

「! ――さっすがレオナルト。でも、実はそれを待ってたんだ」

 僕はにたりと笑い、凄まじい光に包まれているレオナルトを見ながら呟いた。レオナルトは納得した様に語り出す。

「……なるほど、オーラの打ち合いが目的か。だから私を殺さずに核心臓を弱らせ、満足に動けぬよう足止めしたわけだ」

僕が「当たり」と言うと、レオナルトは鼻で笑い、「だがいいのか?」と尋ねた。

「オーラの打ち合いともなれば、負けた方は確実に死ぬが、勝った方も無事では済むまい」

「……覚悟の上だ。こうでもしないと、お前を止められない」

 レオナルトの言葉に僕がうなずくと、僕たちは互いににやりと笑った。

 次の瞬間、僕とレオナルトの強大なオーラが膨れ上がり、闇と光の柱が出現した。その柱は高くうねりを上げると、僕のオーラは闇の龍のように、レオナルトのオーラは光の虎のように姿を変え、互いに喰い合った。光の虎は、闇の龍を徐々に侵食していく。

 ……だめだ。これじゃあ負けちまう。やっぱつええや、レオナルトは。

 僕は最後の気力を振りしぼり、身体中のオーラをかき集めて放出した。オーラを闇に変換するだけでも体力を消耗するってのに、一体レオナルトの底力はどれほどのものなのだろう。

 ――その時。

「ケイ! ワタシモマゼテ!」

 僕が振り返った時、そこにいたのはいつものエディルではなかった。

「え……」

 ――緑色の長髪に、大きな羊の角。真っ黒な肌。胸元に黄金の宝玉。手足には黄金の根がからみつき、金色の羽衣らしきものも生えている。エディルの顔は狂気に彩られ、大きな緑色の目がらんらんと輝きを放っている。

 ――真っ黒な美しい『天女』が、そこにいた。

 突然の展開に僕が言葉を失くしていると、エディルは楽しそうに言った。

「アナタニチカラヲカシテアゲルワ!」

 エディルはそう言うと、長い『根』のような指先を全部、僕の腕に突き刺した。

 僕が「つうっ」と悲鳴を上げると、エディルは「ダイジョウブヨ」と優しく言った。

 その瞬間、エディルの指先から、彼女のオーラが僕の中に流れ込み、闇のオーラは勢いを増していく。

 エディルは高い声で笑いながら、僕にどんどんオーラを流し込んでくる。僕はエディルの力をフル稼働させ、闇のオーラを増産した。すると、竜虎の激突は徐々にその勢力を逆転させ、ついにレオナルトの光のオーラを圧倒し始めた。

「アトチョットヨ……アトチョットデアイツヲコロセル!」

「……ああ」

「アア、ココハタノシイ……! ブンレツ、ウラギリ、コロシアイ……ナンテ汚クテミニクイノ……!」

 エディルがそう言った直後、レオナルトの光のオーラが完全に闇に圧し負けた。レオナルトはそのまま闇に呑み込まれ、姿が見えなくなる。僕は腕を降ろし、オーラを消した。

 息を切らし、全身で呼吸しながら、僕はその場に座り込んだ。全身に冷や汗が吹き出し、筋肉が悲鳴を上げる。

 ……覚悟はしていたが、これほどとは。

 僕は片目をつむり、隣にいるエディルを見上げた。エディルは嬉しそうに周囲を見渡す。

「ホラミテ、ケイ! マタヒトツノニクシミガ、アラタナ争イヲウンダワ!」

「え?」

 気付いた時には、既に遅かった。僕らはすっかり角の者たちに取り囲まれ、怒りと憎しみの入り混じった、冷たい視線の中心にいた。

 角の者のひとり――オルジェが前に出て、言う。

「殺したな、ケイ」

「オルジェ……」

 僕が呟くと、オルジェは静かな声を震わせた。

「……お前はレオナルト様を殺した。我々の良き上司を」

 僕を見下ろしたその手には、斧が握られている。その後ろにいる、キェトラも前に進み出て言った。

「……例えレオナルト様が許しても、あたしたちは許さない。あんたたちがネオを抜けることを」

 キェトラはメイスを構え、緑色の目を鋭く光らせた。

「――死んでも、外部に秘密を漏らすわけにはいかないの」

 その時、エディルがおかしそうに笑った。キェトラが「何がおかしい!」と怒鳴る。

「スゴイスゴイ! オモシロイワ! マルデアノ時ミタイ!」

「――あの時?」

 僕が、息も切れ切れに尋ねると、エディルは嬉しそうに言った。

「ワタシガアノ女ヲコロシタ時。ミンナオナジ目デワタシヲミテイタ。

――ニクシミト……キョウフガマザッタ目デ」

「……エディル――」

 エディルはほくそ笑み、うっとりしたような顔で角の者たちを見ている。

「……悪いわね、エディ。あんたとケイには死んでもらうわ」

 キェトラの言葉に、エディルは再びケラケラと笑った。

「ケイ、コイツラアタシタチヲコロス気ヨ? ヨワイクセニ」

「な、なんですって――⁉」

激昂(げきこう)したキェトラが武器を振り上げる。

 ――くそっ!

 僕はとっさにエディルをかばおうと片手を上げたが、間に合わない。次の瞬間、キェトラのメイスの先端が、外れた。――否、外れたと言うより、のだ。突然僕らの前に現れた、小さな来訪者によって――。

「ふーっ、危機一髪ね!」

「⁉ あなたは……⁉」

 キェトラが目を丸くしていると、その子は言った。

「少し頭を冷やしなさい。オルジェ坊やにキェトラちゃん。レオナルト坊やがやられたからって悔しいのはわかるけど。それに第一、彼女はいつもの『エディル』じゃないわ。エディルちゃんの正体は天女だったでしょ。――そう、今の彼女は『羽衣はごろも』の人格よ。そうでしょ? エディルちゃん」

 僕が驚いてエディルの顔を見上げると、エディルは黙ってにやついている。すると、向こうの方から太い男性の声が聞こえた。

「おーい、レオナルトは無事じゃぞい。まだ息がある」

 その言葉に、キェトラは「レオナルト様っ」と言うや否や走り出した。オルジェも慌てて後に続く。こうしてレオナルトは医療班によってメセクト城に搬送され、僕たちも手当てを受けることになった――。

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