第十一話 帰還

「しかし、よく私が体内で麻酔を生産できると知っていたな、ケイ」

「あ……え? そうなの?」

 エディルの満足そうな顔に、僕ははたと立ち止まり、まじまじとエディルの顔を見つめた。

ありゃ、そう言われてみればそうなるよな? そうでないと麻酔がなくって今頃……。

 そこまで考えたところで、僕は顔面蒼白になった。

「知らずにあんな指示を出したのか! 全く、行き当たりばったりもいいところだ!」

 エディルは憤慨して口を尖らせる。僕は手の平の上に、鎖で縛られた黄金のティンカーベル、メリフィアを乗せ、天磐船内の懐かしい夕日が差す地下城塞『メセクト』でレオナルトを前にエディルと立ち話をしていた。エディルの右手には、メリフィアの宿主――巨大なボス・ギナ・クージャの首がぶら下がっている。

「……貴様ら、一体誰の目の前でお喋りをしているつもりだ?」

 レオナルトの一見物腰の柔らかい物静かな声が、僕たちの『お喋り』を遮った。

「これは一体どういうつもりだ? ケイ」

「えーと……だから、お前に頼もうと思って。メリフィアは、あと二日は目を覚まさない。だから、その間に何とか彼女に新しい体を都合できないかなと――」

「ばっかじゃないの⁉」

 僕が言い終える前に、キェトラの鋭い罵声が飛んできた。

「あんたたち、自分が何したかわかってるの⁉ なんでよりにもよって敵の親玉殺さないで生け捕りにしてくるのよ! 挙句の果てにその尻拭いを私たちに頼もうだなんて、ずうずうしいにもほどがあるわよ!」

「だってオーナーの思い通りに動くのいやだったんだもん」

 僕は肩をすくめ、ぺろっと舌を出した。するとキェトラは僕の態度が気に入らなかったらしく、「『だもん』じゃないわよ! 結局私たち任せじゃない!」とひどく憤慨した。

「まあまあキェトラ。俺は今回の一件、中々面白いと思うぞ」

 そう言ってウェイターのオルジェがキェトラの肩をポンポンと叩く。

「何というか、小気味いい。久々にオーナーを出し抜いた気分だ」

 僕は、「だろ⁉ すがすがしい気分だろ⁉」とオルジェに無理矢理同意を求める。レオナルトはしばらく黙っていたが、「まあ、いいだろう」と言うと、「よかろう。ケイ、メリフィアの肉体はこちらでなんとかしよう。その代わり、メリフィアが寄生していた宿主――ボス・ギナ・クージャの首を、こちらに渡してもらう。いいな?」と有無を言わさず強い口調で言った。

「だが、あとのことは知らん。メリフィアが目を覚ました後、お前が本気で襲われても我々は一切関知しないかな」

「レオナルト様! それではこいつらの言う通りに――」

 キーキー怒っているキェトラを尻目に、僕は頷いてきっぱりと答えた。

「もちろん。何度襲われようが、僕は彼女を説得する。」

「……ところでレオナルト。その首をどうするつもりだ? お前はケイと私がレジスタンスに入った時も、ケイの左目を抉り取っただろう。幸い、あの後ケイの左目は再生したが――あれは一体、なんのつもりだ?」

 エディルがレオナルトのエメラルドグリーンの瞳をじっと見つめ、尋ねたものの、レオナルトはその問いには答えなかった。

「あと一ヶ月待て。その内に、この天磐船は角の地に到着するだろう。全てはそれからだ」

 僕たちは、眠っているメリフィアを入れておくための銀の鳥籠をオルジェから貰い受けると、その中にそっとメリフィアを入れた。

「とにかく、これで僕の試練はクリアだな。……それで、あんたらはいつ反乱とやらを起こすんだ? 僕たちはどうすればいい?」

「……まずは角の地に向かい、到着したら私とオルジェ、ケイとエディレイドの四人でオーナーの待つ万魔殿――城へ行く。お前たちの試練の成功を報告するためにな。オーナーはいつも通り精霊樹のあるグノーシス神殿で待っているはずだ。そこを狙う」

 レオナルトがそう言った後、オルジェが続けた。

「オーナーを殺し、精霊樹を取り戻し、角の者を解放するのだ」

 エディルの目が昏くかげる。僕はオルジェに向かって言った。

「殺すだなんて……なにもそこまでしなくても――。確かに、オーナーは信用できないやつだと僕も思う。何を企んでるのか全然わからないし……。でも――嫌いだからって、悪いやつだからって、殺すのかよ? 何かもっと他にいい方法が――」

「その方法とは何だ?」

オルジェの問いに、僕は「え?」と目を丸くした。

「オーナーを殺す以外に――時空間鉄道会社を壊滅させる以外に、我々を解放する方法とやらがあるのならその意見を聞いてやってもいい。だが代案がないのなら、黙っていろ」

「……」

 僕は沈黙して、うつむいた。

 ――オルジェの言う通りだ。確かに僕にはすぐに提案できるような具体的な代案がない。

でもだからと言って、オーナーを殺してもいいと言う道理はないはずだ。何かもっと最善の方法があるんじゃないのか?

 僕はオルジェに思ったことを正直に話すと、オルジェはうなずいた。

「……そのことについては、我々も重々話し合ってきた。オーナーを殺さなくてもいい方法が、他にもあるのではないか?時空間鉄道を瓦解せずとも我々が自由に生きられる方法があるのではないか? ……答えはノーだった。時空間鉄道というシステムはオーナーごと破壊しなければならない」

「何でだよ? 何でそうなるんだ?」

「……この宇宙を維持し続けるためだ」

 宇宙を……維持し続ける? 一体どういう意味だ?

 オルジェが黙ってレオナルトに視線を送る。レオナルトはうなずくと、オルジェの代わりに語り始めた。

「ケイ。確か以前、お前にこの宇宙の構造を話したことがあったな。覚えているか?」

「ああ、あのよくわから……いや、複雑な話のことか。それが何なんだ?」

「その時に、ルシファーという悪魔が、根の国宇宙の中央部に封印されているという話をしただろう。ルシファーは今も眠りながら、復活の機会をうかがっていると。そしてその封印の結界をひとつひとつ解いているのが我が時空間鉄道のオーナー、ミスター・コーナーだと」

「あ、ああ」

「もし、ルシファーの封印が完全に解けたら、根の国宇宙はどうなる?」

「え?」

 僕はぎくっとして、レオナルトの顔を凝視した。

 封印が……解けたら? それってまさか――。

「……そうだ。この宇宙は、魔王ルシファーが閉じ込められている、ただのおりだ。その檻がなくなるということは……」

「……この宇宙が壊れる……?」

僕が恐る恐る答えると、レオナルトは小さくうなずいた。

「オーナーが時空間鉄道を根の国宇宙に敷いたのは、ルシファーの封印を解くためだ。すなわち、オーナーはこの宇宙を破壊するために、混沌の神々と手を組んでいる。彼はルシファー側の人間だ」

 レオナルトの言葉に、突然エディルが「何をバカげたことを――」と口を挟んだ。

「私はアカデミーにいたが、そんな話はついぞ聞いたことがない。 大体、宇宙の中央部はただの空時空くうじくうであって、そこにあるのは単なる混沌物質だ。お前たちも知っているだろう? なのに神だの悪魔だの……さっきからバカバカしい。ケイに妙なことを吹き込まないでくれ」

「そりゃあエディはアカデミーでそう習うでしょうね。実際私たちも角の者になった後、養成所でそう教えられたし。でもね、こうは考えられない? オーナーは、嘘は吐いていない」

 キェトラがそう言ったので、エディルはキェトラの方をじっと見つめた。

「どういうことだ?」

「彼は、魔王ルシファーという存在を別の側面から見ているのよ。ルシファーの肉体は、混沌物質でできている――つまり、オーナーが私たちに与えた情報は、真実のほんの一部だけ。自分に都合の悪い事実は隠している」

「そんなことは――」

「ないと言い切れる? 人から聞いたことを鵜呑みにするかどうかは個人の自由だけれど、人から教えられたことが真実の全てかどうかはわからないわ」

 ――確かに。何が真実かなんて、誰にもわからない。なぜなら『真実』というものは複雑な立体で、僕らはいつだって一方向からしか眺めることができないからだ。――つまり、僕らがいつも真実だと思っているのはその断片であり、それは真実を眺める人の数だけ存在する。僕らが目にすることができるのは、真実のだけなのだ。それらを総合し、元の立体を復元して複数の視点から多角的にとらえることができるのは、神様くらいのものだろう。まあ、本当に神様がいればの話だけど。

「それでは……お前たちは、一体誰から宇宙の構造を聞いたというのだ? まさか……神様だとでも言うつもりか?」

 エディルは目を光らせ、レオナルトを見つめた。レオナルトは僕とエディルに交互に視線を送った後、「……その通りだ」と答える。僕たちはその返答に、「え?」と顔を上げた。

「神様……? おいおい、冗談だろ? そんなもんが本当にいるわけ――」

「いる、いないで答えるのならば、神は『い』る。悪魔もいるのだから、当然だろう」

 ま、まあ理論上はそうなるけど……。有名な『悪魔の証明』ってやつだ。悪魔がいることは証明できても、いないことは証明できない。なぜならこの宇宙中をくまなく探して悪魔が『いない』ことを証明するのは不可能だからだ。つまり、この不可能は逆に悪魔が『いる』という証明になる。……だけどこれはそんなロジックで片付けられる問題なのだろうか? ひょっとしてレオナルトもネオの者たちも、神様を語る何者かに、だまされているだけじゃないだろうか?

「……もういい。らちが明かん。本当に神とやらがいるのであれば、今ここに連れて来てもらおう。どうせお前たちを反乱へと唆したのもそいつだろう。このまま角の地へと向かうということは、当然そいつもこのシップに乗っている、ということだ。直接会って、真意を確かめる必要がある」

 エディルがいらいらとした様子でレオナルトに言う。しかし、レオナルトは低い声色で、「……まだ今は、お連れすることはできん」と冷たく言い放った。

「なぜだ! 私たちはネオに入った! なのに、なぜ反乱軍の首領に会うことが許されないのだ⁉」

「まだ今は、と言ったはずだが? 時が来れば、お前たちにも会わせてやろう。だがそれは、今ではない」

 憤慨したエディルをなだめながら、僕は「あ、あのさ」と尋ねる。

「……話を元に戻すと、オーナーは魔王ルシファーという混沌の……悪魔? でいい? ――を復活させようとしている。そのついでに宇宙を壊そうとしているから、オーナーを殺さなきゃだめってことなのか? それって誰の意見なんだ?」

「それはもちろん――」とオルジェが言いかけた時、レオナルトは静かにそれを制して、オルジェの代わりに答えた。

「我々ネオの意見だ」

「ふーん?」

「何よ、疑うわけ?」

キェトラが口を尖らせる。

 ……なるほど、反乱軍ネオ・フィールドも一枚岩というわけではないんだな。少なくともレオナルトはそう思ってはいない――ってことか。レオナルトのことだ。あまり他の人間? 宇宙人たちを信用してはいないのだろう。その以外は。

「なんだかなあ」

「何よ?」

「……ごめん、レオナルト。僕やっぱり、もっと迷いたい」

「はあ?」と眉尻を上げるキェトラに構わず、僕は続けた。レオナルトは僕の目をじっと見据える。

「前に言ったよな。僕に足りないのはひとを殺す覚悟だって。究極の選択ができない奴は死ぬだけだって。でも僕、レオナルトと闘ってて思ったんだ。ひとを殺すのは、慣れなんだなって」

「……だとしたら何だ?」

「うん。つまり、ひとを殺すのに『覚悟』はいらないんだ。ただ、それに慣れるか慣れないか。究極の選択をするのも同じ。自分を――もしくは誰かを生かすために、素早く『最善の』選択をすることに慣れていく。でもさ、僕は慣れたくないんだ。僕はもっと――迷いたい。結果的にレオナルトたちと同じ選択をすることになっても、近道がいいとは思わないんだ。……だから」

「だから、何よ」

「レオナルト、僕と勝負してくれないか」

「はあ?」とキェトラが声を上げる。エディルも目をパチクリして、「ケイ?」と首を傾げた。

「僕が勝ったら、僕とエディルはネオを抜ける。それで、これからどうするのか本気で考えたいと思う」

 僕はじっとレオナルトを見つめる。レオナルトは冷え切った冷たい眼差しで、僕を見つめ返して言った。

「……そんなに死に急ぎたいか」

「あんたらには感謝してる。僕の試練を手伝ってくれて、修行までしてくれた。僕とエディルの二人だけでは、とても乗り越えられなかっただろう。でも……」

「でも、なによ」

「ネオは信用できない」

 僕の言葉に、キェトラはぴくりと眉を動かした。レオナルトは鼻で笑う。

「……ふん、いいのか? ケイ。お前の命はエディレイドが救ったものなのだぞ? それをみすみす手放すのか?」

 レオナルトの問いに、僕は、「……だからこそだ」と答えた。

「なんだと?」

「エディルは、こんな僕を救ってくれた。だから僕は、エディルのためにこの命を使いたい。エディルがいやだというなら、僕も納得できない。これからどうするのか、僕たちは何がしたいのか、二人で考えるんだ」

 僕の導き出した答えに、レオナルトは「ふん……」と鼻を鳴らした。エディルはおろおろして、僕とレオナルトを交互に見つめている。レオナルトの決断を待っているのか、ネオのメンバーたちも黙り込み、辺りを静寂が支配した。しばらくの沈黙の後、レオナルトがゆっくりと口を開いた。

「……よかろう。では、お前が負けたら――」

「負けない」

 僕が即座にそう言うと、レオナルトはにやり、と笑った。

「……場所を変えるか」

「ああ」

「……ちょっと待て!」

 僕らの会話に、エディルが割って入る。僕はエディルの顔を見つめた。

「ケイが闘うなら、私も闘う。これが私たちの自由を勝ち取る闘いだと言うのなら、なおさらだ。ケイだけに良い格好はさせられない」

「エディル……」

 エディルの顔は、固い決意の表情をたたえていた。エディルは、また僕を守ろうとしてくれている――。

……なぜだ? なぜ僕のために、そこまでする?

「――私は、幼い頃からケイのドナーとして育てられてきた……。当時ひとりぼっちだった私は、ケイと――遠く離れた星にいる友人と会うことだけを心の支えにして生きてきた。そうなるようにオーナーに洗脳されていたのだとしても、私にとってケイは特別なんだ。例えケイが想像していたのと大分違う軟弱者だったとしてもな。だから私は、ケイを守る」

「……うん。最後の方ちょっと余計だったけど、よくわかった。ありがとう、エディル」

 エディルの言葉に沈黙しているレオナルトを横目に、僕は礼を言った。とりあえずエディルの気持ちは、よくわかった。

「……いいだろう。二人まとめてかかってこい」

「レオナルト様!」

 キェトラが叫んだものの、やはりそばにいたオルジェにけん制された。レオナルトがうなずく。

「勝負だ。ケイ、エディレイド」

僕らはお互いにうなずき合うと、僕たちが散々修業した、例の広場に向かった。ネオの者たちもぞろぞろとあとについてくる。僕は広場に到着すると、胴部にある第三の目を開き、完全覚醒した。エディルも再び銀の大鎌を構える。レオナルトもマントを脱ぎ、銀の長剣を引き抜いた。僕たちは一定の距離を取った後、一瞬にらみ合い、戦闘を開始した――。

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