第十話 駆け引き

〈ケイ、お前を待っていた〉

「お前……その姿は?」

 真っ暗闇のメリフィアの銀色の体内で、僕は淡く発光しながらメリフィアに問い掛ける。メリフィアは銀色のメタル細胞の中に頭部以外の全身を埋め込まれた形で、僕と同じように輝いていた。惑星レグランに降り立った時のベルの――若い頃の母さんの顔と瓜二つの、美しい姿だ。

〈我が夫の前で失礼であったな。だが、この姿を見るがいい。これが今の妾の姿だ〉

 メリフィアはそう精神波を送ると、ずぶずぶとメタル細胞の中から全身を露わにした。

「こ……これは……⁉」

 メリフィアの全身が太い銀の鎖で何重にも巻かれている。メリフィアは語り出した。

〈ホーン・コーナーとかいう紫色の目をしたガキが訪れた時に、有無を言わさずこいつで拘束されたのだ。くく……妾がやつに寄生するとでも考えたのか。あいにく、妾にはそんな力はとうに残っておらぬというのに〉

「どういうことだ? オーナーはお前にもチャンスを与えたんじゃないのか?」

 僕は薄っすらと額が汗ばむのを感じた。

〈ふ……。妾にはもはや生殖するだけの力は残されてはいない〉

 僕は思わず目を見開く。

〈長きにわたりこの強い瘴気に晒されたせいで我が宿主の肉体は限界に近付いているからだ〉

「瘴気? けど僕は別に……」

〈お前の寄生した肉体と、妾の寄生した肉体は違う。おまけに育った環境もなにもかも。妾は何千年という時を産まれた時からこの瘴気の中で過ごしてきたのだ――影響がないとは言い切れまい〉

「じゃあなんで……僕らと闘った」

 僕はじっとメリフィアの金色の瞳を見つめた。その瞳は悲しげに僕の視線を捉える。

〈あいつ……ホーン・コーナーとやらに脅されたのさ。キング・ラギニのケイを抹殺するように。もしも妾がお前を抹殺、捕食できればこの戒めを解き新しい肉体を提供すると言われた。妾と妾の子供にだ。それがあのエディルとかいう小娘と、ケイ、お前の肉体だった〉

「僕と……エディル? そうか、そういうことだったのか」

 ホーン・コーナーは最初から、キング・ラギニとクイーン・ラギニの子供を僕かエディルに植え付けるつもりだったのだ。

〈だが、残念ながら妾はもう永くない……。だからその前に、ケイ。お前に会いたかった〉

「僕に? なぜ?」

 僕はメリフィアの意図がまるでわからず、つい理由を問い掛けた。メリフィアは寂し気に微笑む。

〈一目でよい……。仲間の――いや、伴侶の姿を見たかったのだ。一人で死ぬには、ここはあまりにも寂し過ぎる〉

「……メリフィア、僕を喰えよ」

 気がつくと、僕はそう口走っていた。メリフィアは怪訝そうな顔をする。

〈何を言っている? ケイ〉

「僕にもよくわかんねえ。けど、このままじゃ割に合わないじゃんか。お前の人生。だから僕の体の一部を、お前にやるよ。全部は……無理だけど。だってお前の生きる理由は生殖と自由だろ?」

 メリフィアはぷっと吹き出すと、ギチギチと笑い声を上げた。

〈確かにそうかもしれないな。だがケイ。妾にはもうそんな力どころか、この忌々しい鎖から抜け出す力すら残されては――何をしている?〉

 メリフィアの言葉など無視して、僕はあらん限りの力で彼女の鎖を取ろうとした。しかし、銀の鎖はビクともしない。

「く…っ、この……!」

 僕が歯を食いしばりながら鎖を引っ張っていると『外』からエディルの声が聞こえてきた。「ケイ……! ケイ、一体どうなっている⁉ 生きているのか⁉ なぜこいつはさっきから動かない?」

 僕はその時、ある考えを思いついた。そうだ。こうすればお互い、オーナーの試練を乗り越えたことになるんじゃないのか? 僕はメリフィアの銀色の体内から、エディルに向けてメリフィアにも聞こえるように共通語の精神波を送った。

(エディル、僕は大丈夫だ。メリフィアも一緒にいる。――というか彼女は鎖に捕らわれていて僕には攻撃できない状況だ。全部オーナーのせいらしい)

「メリフィアが……鎖? オーナーのせい? どういうことだ、ケイ」

 僕はメリフィアの顔を見上げ、互いに意味ありげに視線を交わし合ってからエディルに再び語り掛けた。

(エディル、メリフィア。聞いてくれ。僕はこの試練、僕のぶんもメリフィアのぶんも両方とも乗り越えたいと思う。そのために、僕の話を聞いてくれないか)

「ケ……ケイ、何言って――」

(そうだ! これは最初からどちらかが死に、どちらかが生き残るという賭け――! 妾はこの期に及んで命乞いなど絶対にせぬぞ! だからケイ、せめて貴様を道連れに――)

 エディルだけでなくメリフィアもわざわざご丁寧に共通語で口を揃えたので、僕は大声で一喝した。

(だからそれがおかしいって言ってんだろ!)

 僕の大声に、辺りがシーンと静まり返る。エディルとメリフィアは、二人共一瞬にして黙った。

(いいか? そもそもこの試練はオーナーが勝手に決めたことだ。すっげー不本意だけど、僕たちは勝手に試されてる。だったらこの試練とやらを逆に利用してやろうと思わないか?)

(そ……それはどういう――)

 メリフィアが口を挟む。僕はにこっと笑った。

(逆にオーナーを試してやるのさ)

「オーナーを……試す?」

 エディルもメリフィア同様困惑している。

(ああ。その状況を今からつくり上げるんだ)

「だが……どうやって?」

 僕はちらっとメリフィアの顔を見てから思い切ったように話し出した。

(メリフィアは弱ってる。だから今から僕の体の一部をこいつに喰ってもらう)

「な……!」

 エディルが驚愕して後退るのがわかる。メリフィアも僕が一体何を考えているのかさっぱりわからないらしく、疑惑の眼差しで見つめている。

(その直後にエディル、僕のズボンのベルトに付いてる隕鉄の短剣で、メリフィアの腹――女の上半身の腹部に埋め込まれてる赤い宝石のあたりをうまく開腹してくれ。宝石の真下に僕らはいる。宇宙人の医学の知識があるお前ならできるだろう?)

「そ、それは……やってみないことにはわからないが」

(じゃあやってみてくれ。きっとうまくいく。うまく開腹できたら、赤い宝石の下でコイツが鎖でがんじがらめになっていることがわかるはずだ。そしたらその短剣で、その鎖を切ってやってほしい。メリフィアが自由になったら、その後、僕は彼女と一緒に僕の体に戻る。あとはそこらに転がっているこいつの宿主――ボス・ギナ・クージャの首を持ち帰ればいい。それでおしまいだ)

 僕が話し終えると、メリフィアは呆気に取られ言葉を失った。エディルは納得できないようで、猛反対してきた。

「何を言ってるんだ! こいつはお前を捕食するために――」

(ああ、言っとくけどメリフィア。人間の中枢器官は頭の中にある『脳』だ。そこを攻撃されたら即死ぬことになる。君には僕と一緒に僕の頭の中に寄生してもらう。いいな?)

 僕はエディルの言葉を遮ってメリフィアに語り掛けた。

(何を考えている? ケイ。貴様が妾に何をするかは知らんが、妾が貴様の言葉に大人しく従うとでも?)

(いいや。お前は生きたいから、絶対に僕の言う通りにする。けど僕も生きたいから、お前の思い通りにはさせない。お前は忘れてるかもしれないが、僕は一人じゃない。エディルがついてる。もしもお前が僕を殺せば、僕の頭部は即刻エディルに切断されるだろう)

 メリフィアは舌打ちすると、僕の提案を吟味するためか沈黙した。エディルがその間に割って入る。

「ケイ……私はどうすれば?」

 僕はメリフィアに考える時間を与えるため、と見せかけてメリフィアにそれと悟られぬようにエディルに共通語で話し掛けた。

(メリフィアはギナ・クージャの肉体と神経まで繫がっている。とりあえず、手術してくれ)

 エディルは僕の企みを察したのか、「了解した」と言うと黙ってこれ以上の発言を控えた。

 ……僕の考えた作戦はこうだ。メリフィアに僕の肉体の一部を与え、少し体力を回復させたところでエディルが麻酔薬を目いっぱい投与する。

その後メリフィアの意識を奪ったところで、彼女を鎖ごと肉体組織から切り離して取り出す。それでおしまい。あとは彼女が眠ってるうちに天磐船に帰り、レオナルトに何とかしてもらう。

 ――ようし、こうなったらとことんレオナルト任せだ。きっとあいつならなにか名案を思いつくだろう。あとはエディルがうまく手術してくれるかだが、賢いエディルのことだ。恐らくヘマだけはしまい。

 僕はそこまで考えると、じっとメリフィアの返事を待った。すると、メリフィアは考え抜いた末に、ようやく結論を出した。

(……いいだろう。お前の話に乗ろう)

 僕はエディルに精神波を送る。

(エディル、契約は成立だ。あとは頼む)

 僕は自分の左腕をもぎ取ると、メリフィアの口元に持っていった。

……ごめん。そしてありがとう、キング。僕の意識を少しの間自分の肉体に移してくれた。最期の時間を、僕に全部委ねてくれた。

……ありがとう、もう一人の――お父さん。

 メリフィアは僕の腕をがつがつと食べると、じきにすっかり眠ってしまった。エディルの麻酔が効いてきたようだ。その数秒後、僕はようやく黒緑色に輝く隕鉄の短剣を持っているエディルと相対し、お互いににやりと笑った。

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