第九話 声の主
「……なんだ? これは――」
僕とエディルは四角形の暗い洞窟を歩いていた。あの石扉は意外に大きかったらしい。ゆうに僕たちの身長くらいの高さがあり、広さもそれなりに広い。歩くのにはさして困らないが、その側面――洞窟の壁は、ハッキリ言って気持ち悪かった。
壁の表面では、あらゆる生物、物などがいっしょくたになって苦悶の表情を露わにしている。ニグレスやギナ・クージャが一体化したもの、ギナ・クージャとラギニが一体化したもの、ラギニとニグレスが一体化したもの、或いはそのすべてが一体化したもの。
更には、建造物や宇宙船などの無機物が有機物であるラギニやギナ・クージャ、ニグレスたちと一体化したり、体内が反転しているのを見るのは、全く気持ちのいいものではなかった。
「さっきの石碑を中心に、団子状にあらゆるものが引き寄せられたらしいな。恐らくここを抜ければただの廃墟に至るだろう。そこでボス・ギナ・クージャの死体を探せばいい」
「ああ、そうだな」
僕は微かに微笑んで、エディルの方を見た。エディルは余りの瘴気の強さに、口と鼻を押さえている。心なしか覚束ない足取りだ。僕は、「大丈夫かよ?」と言ってエディルの腕をそっとつかむ。エディルは、「ああ、すまない」と言いながらよろよろと歩いた。
――その時。
――見つけた。
特殊精神波が僕の頭に響いてきたと同時に、視界が一変した。洞窟は抉れ、一瞬にしてかつてのギナ・クージャの楽園の
僕はとっさにエディルを庇うと、背中に叩き付けられた強大なオーラによって、『完全形態』へと変化した。翼でエディルを庇い、ゆっくりと振り返る。
『声』の主は――そこにいた。
巨大な蜘蛛型生物――ボス・ギナ・クージャの上に、見覚えのある銀色の巨大な女性――真っ赤な瞳の『ベル』の上半身が融合した、見たこともない宇宙生物が僕を見つけて笑っていた。
ボス・ギナ・クージャの側面には巨大な赤い眼玉があり、その上に融合しているベルの腹部には、トゲで守られた真っ赤な宝石が埋め込まれている。その姿は、僕の完全形態の姿とよく似ていた。
……どういうことだ⁉ なぜ、ベルがここにいる⁉
僕がそう思った瞬間、『ベル』もどきが男のものか女のものかよくわからない、大音響の精神波を発した。
〈ああ……! あいつが言っていたことは本当だった……!〉
〈あいつ……? 誰のことだ?〉
僕も思わず精神波で言い返す。すると、ベルもどきは大きく裂けた口から真っ赤な舌を出し、舌なめずりした。
〈ホーン・コーナーとかいう紫色の目をしたガキよ……! 『へそ』もどかさずに我が星に侵入し、クイーン・ラギニの娘である私に、『生殖』と『自由』を約束してくれた……!〉
〈クイーン・ラギニの……娘?〉
それに生殖と……自由――だと?
僕は目を大きく見開く。エディルは「何をしているんだ⁉ ケイ」と僕の翼の下でもがいている。
「いいから、じっとしろ」
エディルは混乱しながらも、ひとまず言うことを聞いてくれた。どうやらベルもどきはラギニである僕にしか聞こえない特殊精神波で会話をしているらしい。
〈そうよ……妾(わらわ)は『ベル』がレグランの滅びる直前……このボス・ギナ・クージャに産みつけたもう一つの卵から孵化した次代の女王――『メリフィア』。お前がキング・ラギニのケイだな? 時空間鉄道カンパニー『ウロボロス』のオーナー、ホーン・コーナーから妾も『試練』を受けた……! これから来る挑戦者、キング・ラギニを喰らうことができれば『契約者』としてここから出してやるとな……!〉
「な……!」
「なんだ⁉ ケイ、何がどうなっている⁉」
エディルの混乱が頂点に達しそうになったので、僕は早口で今のベルもどき、メリフィアとのやり取りを話した。
「な、何だって⁉ クイーン・ラギニだと⁉ そんな馬鹿な……!」
「馬鹿な出来事が今起こってる。ラギニの生殖方法は捕食生殖だ。どうやらオーナーの狙いは、あいつに僕を喰わせることだったみたいだな」
……レオナルトめ、やる気が失せるから試練の内容は教えないだと⁉ ふざけんなよ! こんなの傾向と対策を練っとかないとどうしようも――。
「オーナーが……私たちを欺いた? そんなことが――」
エディルがショックを受けているようだが、もうどうしようもない。僕はぎろりとメリフィアをにらみつけると、「行くぞ、エディル」と言った。
エディルは僕の声にハッと我に返り、「あ、ああ。すまない、ケイ」と謝る。次の瞬間、僕とエディルは地面を強く蹴った。
エディルは鎌を手前に構え、メリフィアに向かって猛突進する。その余りの速さに、僕は一瞬、エディルの姿を目で追うことができなかった。
エディルの大鎌が、メリフィアの腰元――ギナ・クージャとの接合部分目掛けて閃光の如く舞う。しかし、ボス・ギナ・クージャの背面に生えた巨大な鋼鉄の翼によって、それは弾かれた。僕も遅ればせながらエディルがメリフィアとの間合いを取った瞬間、腕に生えている数本の刃と、巨大な剣に変化させた手首で、メリフィアの翼を一直線に裂いた。
――しかし、その時。
翼にある大きな突起から、真っ黒な毒ガスが一気に噴射された。僕は慌てて鼻を押さえ、煙幕の外へと飛ぶと、エディルの姿を確認した。エディルはその場にうずくまっている。
「エディル⁉ エディル、大丈夫か!」
エディルは目がかすんでいるのか痛いのか、片目をつぶって鼻を押さえている。
「心配ない。あれはただの超高密度の『瘴気』だ。少し、鼻をやられただけだ」
そう言いながらエディルは気が遠くなっているのか、四つん這いになって咳き込んでいる。
……このままじゃ……まずい。
僕はエディルを抱き上げると、ハイスピードでメリフィアの死角になりそうな岩陰へエディルを運び、隠すように横たえた。その後すぐに両目を閉じ、胸から腹にかけてぎょろりと開いている第三の目で、辺り一帯を見渡した。
――いない。いない。いない。……おかしい、やつはどこだ⁉
〈いきなり攻撃してくるとは、なんと不作法なやつよ〉
僕が慌てて振り返った時、メリフィアは既に僕の首を羽交い絞めにし、一気に僕の右翼を引き千切った。僕は絶叫を上げる。
〈ケイ、貴様も第三の目を持っているようだが――妾もこの身に刻まれている。その視力を欺くなど、いとも簡単なことよ〉
メリフィアは甲高く高笑いすると、続いて僕の右腕をへし折った。僕はメリフィアの中で暴れたが、僕とメリフィアでは体格が違う。
巨大な銀色のメリフィアは、僕を完全に押さえ込むと、メタル細胞の上半身を頭部だけワニのような生物に変化させ、僕の頭に食らいつこうとした。……しかし。
僕が死の恐怖に駆られた瞬間、僕の頭部の真っ赤な宝玉が、真っ黒で強烈な『闇』を放った。
「ギャアアアア!」
メリフィアは思わず悲鳴を上げる。なぜか周囲の気温が一気に下がり、メリフィアのメタル細胞が凍りつき始めた。
……そうだ、ラギニは低温に弱い。しかもメタル細胞なら、熱しやすく冷めやすい。メリフィアにとっては諸刃の剣だったわけだ。
……でもなんでいきなりこんな現象が?
そんなことを考えながら、僕はメリフィアの腕からするりと離れると、メリフィアの顔面目掛けて強烈な回し蹴りを放った。メリフィアは真横にすっ飛んで行く。
首ごと吹き飛ばすつもりだったが、僕もラギニだ。さっきの寒気のせいで少しだけ力が弱まってしまったらしい。
メリフィアは壁に叩き付けられると、「うう……」とうめき声を上げた。僕は左腕を鎌に変化させ、容赦なくメリフィアの鋼鉄の両翼を刈り取った。悲鳴を上げて地に落ちて行くメリフィアの絶叫が周囲に轟く。
メリフィアが地面に叩き付けられた瞬間、エディルの背後からの大鎌攻撃によって、メリフィアの頭部は呆気なく吹っ飛んだ。
僕はエディルの横に降り立つと、「やったのか?」と呟いた。
「そのようだ」
エディルはつかつかとメリフィアの頭部に近寄ると、「これで死体の一部を採取すれば試練は終了だな」と言った。エディルはメリフィアの髪を鷲掴みにして、その頭部を拾い上げようとした。……その瞬間、僕は強烈な頭痛と、オーラの気配を感じた。
「エディル、そいつをはな――」
僕がそう叫んだ時にはもう遅く、エディルの後方に転がっていたメリフィアの胴体は瞬く間に己の首とエディルの大鎌を弾き飛ばし、エディルを捕えていた。ボス・ギナ・クージャの巨大な八本の脚が、がっちりとエディルをつかむ。
「あぐ……」
「エディル!」
なぜだ? 首をはねたのになぜ死なない⁉
僕は少し混乱してメリフィアの胴体と相対した。すると、またもやメリフィアの特殊精神波がガンガンと僕の頭に鳴り響いた。
〈くっくっく……妾が死んだと思うたか? ケイ〉
「お前……なんで……」
僕はじりじりと間合いを詰めながら、共通語でメリフィアに話しかけた。
〈妾がクイーン・ラギニだということを忘れているようだな。この体は妾の
「なるほどな。お前――本体が胴体部にいるな? つまり、お前をそこから無理矢理引きずりだせばいいわけだ」
僕は今までにない物静かな眼差しでメリフィアを見つめた。メリフィアはギチギチと首のない体で笑うと、〈随分余裕のようだな〉とエディルの頸動脈の上にぴたりと脚をつけた。エディルが叫ぶ。
「ケイ! 私のことはいいから、早くコイツを殺せ!」
〈人質がどうなってもいいのか?〉
「よくない。だから取り引きしよう、メリフィア」
僕は真っ直ぐに視線をメリフィアに投げ掛ける。
「僕を喰ってくれ」
〈ほう……〉
「その代わり、エディルだけは見逃してもらう。つまり人質の交換だ。お前は僕を喰って生殖をすればいい。今から僕の『本体』を出す。お前はそれを喰った後、エディルを解放する。いいか?」
〈……随分殊勝なことだな〉
「ダメだ! ケイ! 私のことは――」
〈良かろう。その話を呑もう〉
メリフィアはそう言うと、エディルを捕えたまま、じっと動かなくなった。僕は繰り返されるエディルの叫びを完全に無視してゆっくりと口を開けた。
……そうか。この頭痛の正体は――キングのかい離だ。僕の本体は今、死にかけている。だが今は、このキングに賭けるしかない。
僕は必死にキングにコンタクトを取ろうとした。
――キング、おいキング。頼む。返事をしてくれ。
すると、頭の片隅から突然意識が引っ張られ、ある一点に吸い込まれていった。気がつくと、僕は『僕』の口の中に立っていた。
僕は濡れた黄金の翅を携え、口の中から下に滑り落ちた。その直後、『僕』の肉体が地面に倒れる。
僕は、初めて自分の目で、自分の黄金に輝く両手を見つめた。どうやら人型のようだ。背中にティンカーベルのような昆虫の翅が生えていることを除けば。
……これがキングの――体?
僕はゆっくりと立ち上がり、メリフィアの方を見た。エディルはと言うと、目を丸くして驚いている。メリフィアはキングである僕を見た瞬間、我慢の糸が切れたのか、エディルを突き飛ばし、僕の方に突進してきた。
僕は濡れた翼で宙に浮き、メリフィアの腹部にある真っ赤な宝玉に手を触れる。次の瞬間、眩い光が放たれたかと思うと、僕はすっかりメリフィアの体内に入り込んでいた。
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