第八話 惑星レグランへ

 一週間後、天磐船はようやく惑星レグランに到着した。エディルの怪我はもうすっかり完治し、中々調子は良さそうだ。エディルは誰から貰ったのか新しい服を着ている。今度の服は袖のふくらんだえんじ色の長袖に、白いバルーン型の短パンだ。

 エディルはぐるぐると両肩を回しながらその場で飛び跳ね、軽いウォーミングアップをしている。エディルの銀の大鎌はぴかぴかに磨き上げられ、準備は万端だ。

 一方、僕の方はというと、またもやパリコレもどきの服を着せられ、すっかり人間形態に戻っていた。疲れ切った顔をしている上に目の下にはクマが浮かび上がり、まるで以前のような病人のようだ。

 僕は木製のテーブルに肘をつき、白銀のリンゴ酒をストローですすり上げながら、物思いに耽っていた。

 ……レオナルトのやつ、際限なくファイトを仕掛けてきやがって。ろくに寝る間もなかったじゃないか。

「大丈夫か、ケイ」

「大丈夫なように見えるか?」

 エディルが心配そうに話し掛けてきたが、僕はぶっきらぼうに答えた。

「それもこれも、全部あいつのせいだよ! いくら僕が完全覚醒したからって休む間もなく修行続けやがって……! 毎日毎日半殺しにされれば誰だって人間形態に戻っちゃうよ!」

 僕は両手で顔を覆うと、しくしくと泣き出した。すると、甲高いブーツの鳴る音が近づいてくる。

「仕方なかろう。絶対的な時間が足りなかったのだ」

「だからってやり過ぎなんだよ! 肝心の『試練』の前に気力体力全部使い果たしちゃったじゃないか! こんな体でどうやって『試練』乗り越えればいいんだよ!」

 僕が顔を上げると、僕と違ってなぜかつやつやな顔をしている男前のレオナルトが、久しぶりにノダックを肩に乗せて登場した。

「それだけ吠えられれば上等だ。余計な心配はするな。お前はまだ長時間の完全覚醒に慣れていないだけだ。レグランでの『試練』が始まれば、おのずと生存本能が働き出すだろう」

「死ねって言ってんの⁉」

 僕がそう叫ぶと、エディルが冷静にレオナルトに話しかけた。

「その『試練』についてだが……。レオナルト、お前は私に、自分がケイの試練の『監督官』だと言った。ならば、試練の内容についても知っているはずだ。なのに、なぜそれを私たちに教えない?」

「……それを教えてしまっては、お前たちのやる気が削がれるからだ。それはこちらの本意ではない」

 僕が「ケチ」と口を尖らせると、エディルは腕を組んだ。

「まあ、いい。じきに分かることだ。それよりケイ、準備はそれでいいのか? 武器は何か持たないのか?」

「武器?」

 エディルの質問に、僕はとっさにレオナルトの方に視線を向けた。

 ……確かに、武器は必要かもしれない。でも――。

「ケイは武器で闘う訓練をしていない」

 僕の視線を受けて、レオナルトがあっさりと答える。が、その懐から短剣を取り出すと、僕に手渡した。「なんだよ、これ」と僕が尋ねる。それは簡単なつくりの鞘に納められた、アラビアンチックな短剣だった。

「元々これを渡しに来たのだ。受け取るがいい、ケイ」

 レオナルトがそう言った後、ノダックがくちばしを開く。

「それは隕鉄のメテオリック・ソード。数万種ほどの特別な波長を出す隕鉄が混ざってできている、希少な剣だ。俗に言うレアものというやつでな。滅多なことでは手に入らねえ。その短剣ならお前の特殊なオーラ……波長に反応して上手く扱えることができるだろう。やるからずずいと使いな。なに、

 僕は最後の言葉にかあっと顔を赤くすると、後ろを振り返ってウェイターのオルジェをにらみつけた。オルジェはくっくっと腹を抱えて笑っている。レオナルトはニヤリと笑った。

「さあ、ケイにエディレイド。レグランに降り立つがいい。まずはマスター・ニグレスたちが超重力封印波を放った地点――レグランの『へそ』を探せ。そこで封印を解き、惑星の地中へと潜入するのだ」

 僕とエディルはお互いに頷き合うと、「じゃあ、行って来る」と言い残して天磐船を後にした。


 天磐船のゲートをくぐり抜け、惑星レグランに降り立った僕たちは荒涼とした風景に思わず沈黙した。

「……ここがレグランか。なんか――なんにもねえな」

 久しぶりの日本語でポツリと呟くと、エディルも同じように日本語で話しかけてきた。

「だがよく見ろ。超重力封印波を放った後だけある。なんだか視界が歪まないか」

 ……そう言われてみれば――なんだか視界がおかしい。僕が地面に転がっている小石を蹴ろうとした瞬間、それは小石ではない大きな柔らかい石に変わり、蹴ろうとしても蹴れないことに気づいた。

 まるで万華鏡を見ているかのように、惑星レグランの荒涼とした景色は一瞬ごとに微妙な変化を遂げ、今踏み締めている地面が坂道なのか平らな道なのかもよくわからないのだった。何だか自分の平衡感覚がおかしくなってしまったかのように感じる。

 まるで一切干渉の出来ない別次元の世界に降り立ったような気がして、僕は軽い眩暈を覚えた。

 僕はふとエディルの方を見ると、エディルは右腕を口元に当て、眉間にしわを寄せていた。

「どうした? エディル」

「ケイは……感じないのか? この瘴気を……」

 僕はくんくんと鼻を鳴らすと、ようやくこの周辺一帯の空気がひどく淀んでいることに気がついた。

 これが――瘴気?

 僕は顔をしかめると、エディルの蒼白な顔面をもう一度見つめた。……まさか――!

「エディル……! もしかして、僕の――人間の心肺を移植したせいで、弱ってるんじゃ……!」

 エディルはゆっくりと首を横に振る。

「……違う。元々私は、瘴気に敏感な方なんだ。でもだからといって私の体に害があるわけじゃない。世間一般の生命体より、ほんのちょっと鼻が利くだけだ」

そう言いながらエディルはごほごほと咳き込む。僕はどうしたらいいのかわからず、ただおろおろとするだけだった。

 その時――僕は変な『声』を耳にした。

 

喰いたい……喰いたいぃ……

 血を……肉を……もっともっと……

 モットモット……


「! 何だ⁉ この『声』は――」

 強力な……念波?

 僕は思わず耳を塞いだ。しかし、『声』は繰り返し頭の中に響いてくる。そんな中、エディルが突然声を上げた。

「ケイ! あっちの方が瘴気が……強くなってる! きっとあそこに何かある……! 行ってみよう!」

「え? あ、エディル!」

 言うが早いか、エディルは一度地面を強く蹴ると、一っ跳びに跳躍して、濃厚な瘴気のする方へと駆けだした。僕はエディルを追いかける。まさに猪突猛進だ。

 この足場でよくあんなに走れるな、とぶつくさ思いながら、僕は足元に気を付けて走り出した。しかし、到底エディルには追いつかない。僕は息を切らしながら、頭の中で冷静に考えた。

 かつてこの惑星に超重力封印波を放ったことによって地表と地中が反転したとすれば、この惑星レグランは、元々地中に大きな空洞がある特殊な惑星だったということだ……。とすれば『へそ』の内部には――太古の昔、栄えたというギナ・クージャの楽園が……。


「ケイ……これは――」

 エディルが呟く。その視線の先には幾何学の狂ったような大きな――小さな苔生したアーチ状の石扉が、地面に深々と突き刺さっていた。僕は再び眩暈を堪える。まるで目の焦点がうまく合わないみたいだ。

「なんだこれ? 墓石みたいだな」

「ケイ、これがひょっとして……『へそ』なんじゃないのか? ここから強い瘴気が漏れ出ているぞ」

 僕は、墓石に触れようと手を伸ばした。が、空をつかんだだけで、それに触ることはできなかった。

「……もし、ここが超重力封印波を放った場所だとしたら、この一点を中心にマスター・ニグレスたちは重力を操って無理矢理時空を歪め、星を反転させたことになる。つまりこの中にいる生き物たちや建造物は、重力の中心であるこの一点――『へそ』に引き寄せられ、押し潰されて原形をとどめてはいないだろう」

 エディルの言葉を聞いた後、僕は素朴な質問をした。

「けど、何でこんなにも瘴気が出ているんだ? エディル、『瘴気』とは何だ?」

「『瘴気』とは主に人体を侵す『毒気』のようなものだ。私はヒトではないが、獣に近いので敏感にそれを察知することができる。しかし、半分植物なので、毒気には当たらない。この『毒気』とは『細菌』のことだ。『瘴気』がある所には死体がある場合が多い。腐食した死体から大量発生する場合があるからな。あとは……そうだな。強いオーラを放つ宇宙生命体も瘴気を放つことで知られている」

 エディルはそう答えると、僕の方を見た。

「けどケイからはにおわないな。なんでだ?」

「さ、さあ。……ってことはつまり、この中にいるのは大量の死体か、未知の宇宙生物か――あるいは」

「その両方か――だ」

 僕たちはお互いに見つめ合うと、しばらく沈黙した。

「エディル、お前さっきの声――聞こえたか?」

「? さっきの声とはなんだ?」

 ……やっぱり。『アレ』は僕にしか聞こえない特殊精神波だ。キング・ラギニの僕にしか――。

「ケイ?」

「ああ、なんでもない。じゃあ、早速この『へそ』をどかすか」

「だが、どうやってどかす? ここは幾何学が狂いすぎてて石碑に触れることすらできないぞ」

「うーん」

 僕は何とはなしにズボンの腰元に手を当てると、ベルトに付けた短剣に触れた。

 ……あ、さっきレオナルトとノダックから貰ったやつだ。

 そう思った次の瞬間、短剣の鞘が強い光を発したので、僕は思わず短剣の柄をつかんだ。すると刀身がすぽっと鞘から抜けて七色に輝き出し、長い大蛇のような巨大な鞭に変化した。

「な、なんだ⁉ それは……」

 エディルが後退る。鞭の先端は蛇の頭部になっていた。その蛇の鞭はしなやかにしなったかと思うと石扉に何重にも巻きつき、ぐいぐいと締め上げた。僕はその瞬間、自分が何をすべきかわかった。

「うりゃっ」

 僕が渾身の力を込めてレグランの『へそ』を引っ張ると、石扉は勢いよく斜めに傾き始めた。僕はエディルの脚を擬態し、力いっぱいジャンプして真上に鞭を引っ張ると、石扉は重たい音を立てながらゆっくりと引き抜かれた。石扉の先端はオベリスクのように長い、杭のようになっている。

 僕が地面に着地すると、エディルが目を丸くして大蛇の鞭を見つめた。数秒後、鞭は再び強い光を発したかと思うと、ただの短剣に戻った。

「どうなっているんだ? その武器は」

「僕のオーラに反応して変形したんだよ、多分」

 エディルに問い詰められたものの、僕にもよくわからなかったので適当に答えたが、エディルは僕の答えに納得していないらしく、短剣をじっと見つめた。短剣の刀身は、さっきまでの虹色と違って今は黒緑色に輝いている。

 僕はベルトに付いている短剣の鞘に刀身を差し込むと、「とにかく中へ入ろうぜ」と言ってエディルを促した。胸に一抹の不安を抱えてはいたものの、だからと言って先に進まないわけにはいかず、僕は先に『へそ』の内部へと足を踏み入れた。エディルも僕の後に続く。そこで見たものは――筆舌に尽くしがたいものだった。

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