第七話 修行
……血だまりの中に僕が一人、立っている――。
あれから僕は、起き上がったレオナルトの本気の猛攻を受け、左目を抉られた。その激痛で再び気を失い、気付いたらエディルと二人、並んでベッドに寝かされていた。
僕がふと横を向くと、キェトラとウェイターが傍に立っていた。二人共ケガをしているようで、傷口を手当てされている。
「ようやく気がついたようだな」
「お連れ様はとっくにお目覚めよ? まあ、動けはしないけどね」
僕が隣のベッドを見ると、エディルが弱弱しく微笑んでいる。
「エディル……!」
「心配ない。じきに治る。それよりケイ、目は大丈夫か?」
――そう言えば、僕の左目に包帯が巻かれている。そっと触れてみるが、痛みはない。どうりで見えにくいと思った。
「別に痛くは……ってお前こそ大丈夫かよ! 他人の心配してる場合か!」
エディルは蒼い検査服のような服に身を包み、上半身を包帯でぐるぐる巻かれていた。
「済まない、ケイ。私がふがいないばかりに……」
「何言ってんだよ、こうして無事だったんだから別にいいじゃんか」
「……それが君たちにとってはあまりよろしくない状況だ」
突然、ウェイターが口を挟んだので、僕はとっさに「はい?」と聞き返した。
「ケイ、君が目を失い、倒れた後のことを覚えているか?」
僕は静かに首を振る。ウェイターは溜息をついた。
「あの後、レオナルト様とそこにいるエディレイドがある取引をした。君を助ける代わりに、我々の仲間に加わるという取引だ。エディレイドは君の怪我を案じ、この取引に応じた。よって君たち二人は、晴れて『ネオ』のメンバーに迎え入れられた、というわけだ」
「な……んだって?」
僕が目を見張らせると、エディルが辛そうに答えた。
「……取引を受け入れてしまった以上、私たちは彼らの言う通りに動かなければならない。このことがオーナーに知れれば、私たちはたちまち粛清されてしまうだろうからな」
それだけ言うとエディルは押し黙り、うつむいた。
……無理もない。あれだけ崇拝していたオーナーの反勢力側についてしまったのだ。エディルにとっては天地がひっくり返った思いだろう。しかも僕のせいで。
僕はエディルにかける言葉が見つからないまま、一緒に押し黙った。すると、キェトラの甲高い声が室内に響き渡った。
「あ~! もう、何よ! 私たちのメンバーになるのがそんなに嫌なわけ⁉ だったら教えてあげる! 私たちはねえ、あんたらと違ってオーナーに『心臓』を握られてるのよ! だからそれを取り戻そうとしてるだけ! それの何が悪いの! 羽無しのエディル!」
キェトラの最後の言葉にカチンときたのか、エディルは歯を剥き出し、ぐるぐると唸った。
「その名で呼ぶな! それにそれが何だというのだ! オーナーの下で働けるなんて光栄極まりないことだろう! 私はオーナーのためなら心臓の一つや二つ喜んで差し出す覚悟がある!」
「あ~、そりゃあんたはそうでしょうね。孤児でオーナーに拾われて、温室でたいせつうーに育てられた最優秀戦士の『羽無しのエディル』ならそう言うに決まってるわ! ったく反吐がでる」
こ……怖いんですけど。女同士の戦い、めっちゃ怖いんですけど。エディルとキェトラの間にバチバチと激しく火花が散る。僕がその様子をただおろおろと見つめていると、またもやウェイターが口を挟んだ。
「『羽無しのエディル』と言えば――当寺オーナーが捕えてきた異生物の中で、最高峰の逸品だったと噂で聞いたことがある」
「……は?」
僕は目をパチクリさせる。「オーナーが? 捕えてきた? 一体どういう意味ですか。ウェイターさん」
「ウェイターではない。オルジェだ」
ウェイター、オルジェが答えると、エディルも彼の方に顔を向けた。
「オーナーが私を捕えるだと? 馬鹿め、そんなことがあるわけ――」
「嘘じゃない。貴様のほうこそ知らないのか? アカデミー、すなわち契約者候補生特別訓練施設とは、オーナーが宇宙をまたにかけて選りすぐった異生物たちの洗脳施設だ」
「⁉ 何を言っている⁉ 私はオーナーの意志に共感して、自らアカデミーに……」
「だから、それが洗脳だと言うのだ。いいか、俺の情報によると、貴様は孤児にさせられたんだよ。オーナーの策略によってな……」
「な――何を言って……」
そう言いながらも、見る見るエディルの顔が青くなる。その表情を見てオルジェはにやっとした。
「どうやら心当りがあるようだな。私の知っている情報を話そう。エディレイド、貴様は十歳の時、違法見世物興行集団――アルゴ・ザ・サーカスに捕まり、ほうほうの体で逃げ出した所を貴様の母親、『天女』によって里ごと滅ぼされたんだったな。いいか、このアルゴ・ザ・サーカスは無法者の集団であるということ以外謎に包まれているが、オーナーと懇意の関係にあり、オーナー自身がその創設にも関わっているという噂がある。つまり、貴様はオーナーの息のかかったサーカス団に捕らえられたということになる――」
「そ、そんなのただの噂だろう! オーナーがそんなことをするわけが――」
「――マークㇽ」
オルジェの言葉に、エディルはビクッとする。オルジェは続けた。
「お前を里から出るよう唆した、お前の父親の名前だ。俺はこの男を知る、サーカス団の団員から話を聞いた。この男がお前をサーカス団に売り渡した時、既に正気を失っていたそうだ。お前も記憶があるだろう? サーカス団員の話によると、そいつは錯乱したまま貴様の母親に首を刎ねられて死んだそうだが、その少し前にうわごとで、『ホーン・コーナー』としきりに呟いていたとか」
「そ……それがなんだと――」
「オーナーは『
「……虹色だ。顔はよく覚えていないが、瞳に螺旋模様が入っていた」
「それが何なんだよ?」
僕は堪えきれなくなってオルジェに尋ねた。オルジェは冷静に答える。
「オーナーが『幻影眼』を使うと、瞳は虹色に変化し、その虹彩は独特の渦模様になる。その変化は、隠すことができない」
「……ということはつまり――」と、キェトラはごくりと唾を呑み込んだ。その時、突然部屋の入口から低い声が響いてきた。レオナルトだ。
「……これで異論はないようだな。エディレイド。貴様はオーナーに欺かれ、怒り狂う母親によって父を殺され、挙句自らの手で母親を殺してアカデミーに入ったのだ」
キェトラはほんのりと顔を赤らめ、「レオナルト様……!」と呟く。レオナルトは開け放されたドアから僕たちの寝ているベッドの傍までゆっくりと近付いてきた。
「……お待ちしておりました」
オルジェは言うと、背筋を正して敬礼した。キェトラも慌ててそれに続く。今日はレオナルトの肩にノダックがいない。レオナルトは僕たちの目の前で立ち止まると、爽やかに微笑んだ。エディルは暗い瞳をレオナルトに向ける。
「……それでもっ。私はお前たちを信じないっ!」
「それで結構だ。真実はお前自身の目で見極めろ」
「ですがレオナルト様、それでは……!」
キェトラが反論しようとするのをレオナルトが制した。
「構わん。エディレイド、我々の言う通りにする必要はない。貴様はここで心の整理をつけておけ」
「レオナルト……」と僕が呟くと、レオナルトは僕の方を向いてにっこりと笑い、僕の首根っこをつかんだ。次の瞬間、僕をベッドの上から引きずり下ろすと、僕の腕をつかんで、しっかりと立たせた。
「お、おい何を……」
「寝ている暇はない。ケイ、『修行』の時間だ。力のコントロールの仕方を教えてやる」
「でもまだケガが……」
僕は『冗談じゃない』という顔をしてレオナルトの顔を見つめたが、レオナルトは至って真面目に答えた。
「もう体は動かせるはずだ。なにせできるだけ手加減するよう気をつけたからな」
この……化け物!
そう思ったのも束の間、僕はキェトラに背中を押されて、よろよろと歩いた。
あれ? ほんとだ。歩ける。
「では、行くぞ。さっさとしないとレグランへ到着してしまう」
レオナルトは僕を急かすと、さっさと部屋を出ていった。僕も急いでその後に続こうと歩き出す。僕は途中でエディルの方へ振り返ると「じゃあ行ってくるな。エディル」と言って暗い顔をしているエディルに声を掛けた。
エディルはその時だけ薄っすらと笑顔を見せたが、強がっているのがバレバレだ。少し気になったが、僕は首を横に振ると振り切るように部屋を出ていった。
数十分後、僕とレオナルトは大きな広場に到着していた。レオナルトはぴたりと立ち止まると、後ろにいる僕に話しかけた。
「オーナーがただの訓練生を試練に同行させるのは非常に珍しいケースだ。それ程エディレイドの『天女』という種族は貴重らしいな。普通は訓練生といえども、まずは『角の者』に作り変えられる。それから初めて、我々はオーナーの『契約者』となるのだ」
「『角の者』に……作り変える? 『角の地』に暮らす者は、全員が『角の者』なんじゃないのか?」
僕はよくわからなくて、思わずレオナルトの背中に尋ねる。レオナルトはいつも通りのポーカーフェイスで答えた。
「……試練に合格した後、我々は『角の地』にあるグノーシス神殿で、オーナーと共に『契約の儀』を行う。神殿は常に厳重に閉ざされており、我々は普段立ち寄ることすら許されない。なぜならその中には、『精霊樹』があるからだ。」
「……! 精霊樹……!」
僕はその瞬間、影霧の最後の言葉を思い出した。確か消える前にそんなことを言ってたような。
「精霊樹は食肉植物――というカテゴリーに入る。食屍樹はその根で吸収した獲物の肉体の一部を核にして、一つの大きな果実をみのらせる。
時間が経つとみのった果実の中から、死骸のクローン……分身が誕生する……。その分身は精霊樹の分身でもあり、精霊樹本体と目に見えないつながりを持っている。
精霊樹が飢えれば彼らも飢え、精霊樹が渇けば彼らも渇く。だから彼らは常に満たされず、新たな血と肉を求めさまようことになるわけだ。
また、彼らは己の第一の急所である『心臓もしくは核心臓』の他に、新たに生えた精霊樹の『根』を急所とする第二の『離れた心臓』を持つ。この分身――『彼ら』が、いわゆる『角の者』と呼ばれる者たちだ。つまり我々は、『角の者』になるために、一度死ななければならない。
……とはいえ『角の者』に選ばれるのは仮にも試練を乗り越えた猛者ばかり。彼らは並大抵の者では殺せない。だからオーナーと共にその『儀式』が行われるのだ」
「そ、それってつまり……」
「ああ。オーナーが直接、我々を葬るのさ」
僕は、ごくりと唾を呑み込む。……それってまさか――。
「じゃあ、レオナルトも一度オーナーに殺されてるってこと?」
「そうだ。精霊樹は動けない自分の代わりに働き蜂となって代わりに養分を吸収する操り人形――『精霊』を生み出す。だから『精霊を生み出す樹』という意味で、『精霊樹』と言うのだ。
我々は基本、いつも血肉に飢えている。だから脆弱な人間は、我々にとって格好のエサになるわけだ。オーナーが人間に対して時空間鉄道を利用禁止にするわけはそこにある。
文明を発展させる技術のある人間を歴史の改変になるべくかかわらせないようにするためと、カンパニーの秩序や人間の数を守るためだ」
人間を守り、異星人たちをカンパニーに縛り付ける……。一体何のために?
僕はそこまで考えると、ふと気になっていたことをレオナルトに聞いた。
「精霊樹は……オーナーが一人で開発したのか?」
「いや。噂ではオーナーと、数十名の地球の魔術師たちが協力してつくったらしい。影霧の言う通り、精霊樹は彼らの最高傑作で叡智の結晶だそうだ」
「エディルはそのこと……」
「知らないのだろう。アカデミーは都合の悪い事実を伏せているのだ。まあ、エディレイドだけに限ったことではないがな。訓練生のほとんどがその事実を知らぬまま『試練』を受けるのだから」
「……で、試練に合格したらオーナーに殺されて死体を食屍樹に喰われ、『角の者』に作り変えられるのか。それは訓練生だったエディルだけじゃなくて、僕にも言えるってことだよな?」
「その通りだ。だからそうならないように我々がお前たちに力添えをしてやってもいい。だが、無事その約束を果たしたあかつきには、お前にはいろいろと協力してもらおう。いいな?」
僕は頷いて、「ああ。それは構わない。約束する。お前が何を企んでても構わないし、僕でいいなら協力するよ」と半ば投げやりな回答をした。レオナルトは「いい心がけだ」と言って、その場で黒いマントを脱いだ。
「今から私がお前を殺す気で切り掛かる。お前はどんな手段でもいい。それをかわせ」
レオナルトはそう言って腰に差していた銀色の長剣を引き抜いた。
「え? ちょ、ちょっと待っ……」
「問答無用!」
レオナルトが剣の腹で僕の首を刎ね飛ばそうとする。その時、僕は直感的にレオナルトの真っ直ぐな殺意を感じ取った。
……コロサレル!
僕は瞬間的に両腕をクロスさせ、防御の構えを取った。しかし、当然その斬撃は僕の両腕を切り落とした。僕は、失った両腕と飛び散る血飛沫を目の端で捉え、無意識に間合いを取ろうと後ろへ大きく跳躍した。そう、まるでエディルのように――。……ってあれ?
「な……なんじゃこりゃ!」
僕は自分の両脚を見て驚愕した。なんと、エディルの脚とそっくり同じに『変化』している。
「……擬態か。小賢しい」
レオナルトが舌打ちしたのも束の間、僕の両脚はすぐに元に戻ってしまった。同時にものすごい疲労感と脱力感が僕を襲う。僕は一瞬眩暈を感じたが、それに感じ入る余裕もないまま、レオナルトの第二波に神経を傾けなければならなかった。
……こいつ本気だ。
レオナルトは、今度は僕の心臓を突きにかかる。しかし、両腕の無い僕にはそれを防ぐことができない。
「うおおおお!」
僕は全力で真上に跳んだ。すると、再び僕の両脚はエディルの獣の脚となって天高く跳ね上がる。それと同時に、僕は右腕に力を込めた。腕がなければ反撃ができない。なんとかして再生しなければ。……ちょっと待て。再生? 僕は何を――。
考える暇もなく、レオナルトも飛び上がって僕に追いついてくる。恐らく、同じ高度に達した時にあの剣で僕の心臓を貫くつもりだ。
……あの、銀の剣! あれに敵う腕でなければ、再生した途端にまた元の木阿弥だ……! どうする?
「……ああああッ!」
硬い腕生えろォ! と心の中で叫んだ瞬間、僕の両側の肩口から、銀色の腕と刃物のような形状の五本の指が生えてきた。僕とレオナルトの高度が同じになる。レオナルトが鋭く笑った。
甲高い衝撃音。飛び散る火花。レオナルトの剣と僕の銀の爪が激しくぶつかり合う。僕が二度目に攻撃した時、レオナルトの剣が真ん中からボキッと折れた。しかしレオナルトは空を舞う折れた刃先をキャッチし、僕の右肩にそれを突き立てる。
僕は痛みに喘ぎながらレオナルトの腹に一発蹴りを入れ、距離を取った。肩に刺さった刃先を引き抜き、真下に投げ捨てる。
僕とレオナルトは互いにそのまま地面に着地し、にらみ合った。レオナルトの体からゆらゆらと湯気が立ち込めている。次の瞬間、僕たちはお互いに向かって走り出し、最後の一撃を交わした。
レオナルトの洋服を切り裂いたものの、僕の鋼鉄の爪はその体に傷一つつけることなく、見事に全部へし折られてしまった。
……一体何がどうなっている? こいつの体……!
そう頭の片隅で考えた瞬間、僕は腹が焼けただれていることに気づいた。熱くて、痛い。身体中が燃えるようだ。僕が体を丸めてゆっくりと倒れかけた時――突然上方向から常軌を逸した超冷たい『何か』で首根っこをつかまれた。
「ち……っめたあああ!」
僕が一瞬にして目覚め、とっさに後ろを振り返ると、レオナルトは蒼く輝く右手を、更に僕に押し付けようとしていた。
「お前に気絶しているヒマはない」
「ちょっ、やめ……」
僕はレオナルトの『冷凍化』した右手から逃れようと、反射的にエディルの脚に擬態して難を逃れた。その様子を見て、レオナルトはニヤリと笑う。「ほう、まだそんな力が残っていたか」
「に……逃げるに決まってんだろ! 馬鹿! 悪魔! 人でなし!」
僕はそう叫びながら右手で首の後ろを押さえて恐怖で流れた涙を拭うと、更にレオナルトから距離を取った。レオナルトはくっくっと笑い、僕にゆっくりと話しかける。
「どうだ? 今のが『オーラ』だ。別名『マナ』とも呼ばれる。これでも一応、お前を半殺しにする程度には手加減してやったつもりだったが……。初めての『オーラ』の洗礼はどうだった?お前が暴れた時にも使ったが、あの時は我を忘れていたからな。だが今ならはっきりと感じたはずだ。私の体の周りにまとわりついているものが見えるだろう?」
そう言えば、レオナルトの周囲に湯気のような熱気を感じる。レオナルト本人は涼しそうな顔をしているというのに。これはどういうことだ?
「今の時点でお前に教えるにはまだ早すぎるだろうが、私の『オーラ』の属性を教えてやろう。私はこの宇宙を構成する八大元素――『火、光、風、木、水、闇、土、金』のうち、『火、光、風、水』の四つの元素……『エレメント』を操ることができる。元々のオーラ素質は『火』と『風』だが、肉体の体質により、その他の二元素も操ることが可能なのだ」
レオナルトはそう言って、指先からさっきの熱気を出すと、僕がへし折ったはずのレオナルトの剣の刃先を鋭く尖らせて僕に見せつけた。
「ま、まさかお前……あの一瞬で刃先を熱で精錬したのか?」
「馬鹿か。それではお前のオーラ習得につながらんだろうが。先ほどはこの『
レオナルトは銀の剣をぞんざいに投げ捨てると、自分の肘から指先までを真っ赤な炎で燃え上がらせ、剣の形をつくった。「これなら血は流れまい?」
……いや、確かにそんなに血は出ないけど、お腹大やけどしてんだけど。
僕は腹部に目を遣ると、なんと、もう傷が治りかけていた。ひゃー、僕ホントに覚醒してるみたい。
「オーラの習得って……僕にもあんなことできるのかよ?」
「安心しろ。キング・ラギニであるお前は、寄生型宇宙人の中でも超高度な擬態能力を持つ。キングは万能の肉体に宿るために様々な生物のDNAを吸収し、変化に富む器をつくり上げたのだ。よってお前は全てのエレメントを操ることができる特殊オーラを持っている。いわゆる、オーラを操るオーラというやつだ。だが、そのオーラを使いこなすためには、キングの完全形態に『変異』する必要がある。わかるな? 今の段階ではそれさえ成し遂げられれば十分だ」
「いやいや、どうやって? さっきの変身だけでも驚きだし、どうやってできたのかさっぱりわかんないんだけど」
「その感覚は自分でつかめ。それまで私が無限に相手をしてやる。怪我ももう治りかけているだろう。……いくぞ」
言うが早いか、レオナルトは僕に突っ込んできた。
それから三日間――。僕たちは闘った、闘った。
闘うにつれて僕の体は徐々に『変化』し始め、次第に先頭に順応するように、適応するように、完全な『変異』を遂げた。
「……なんだ? これ……?」
最後には、僕の体はとても人間とは思えない姿に変わっていた。休憩時間、水を飲むために中央広場からちょっと離れた泉に足を運んだ時、僕は自分の姿を初めて直視した。水面に映し出された僕の姿は――背にはかぎ爪のついた悪魔のような翼が生えており、頭には側頭部と頭頂部を守るための三本の角が生え、額には大きな赤い宝石が埋め込まれ、顔には魚のようなエラができ、銀色の鎌の生えた腕と脚が本生えていた。そして何より極めつけは、真っ赤に変色した瞳と、この胸から腹にかけての大きな赤い眼球だった。それは上下にせわしなく動き、どこを見ているのか僕にもわからない。
「……服、破れちゃったな」
僕はそう呟くと、泉に顔を突っ込んでごくごくと水を飲み始めた。
……これがキング・ラギニの完全形態? この、まるで『悪魔』のような姿が……
その瞬間、突然激しい頭痛が僕を襲った。僕はとっさに額を手で押さえると、痛みに喘いだ。この姿になってから、なぜか頭が痛くなりかけていたのだ。それが今、一気に噴出したらしい。
「ケイ! 大丈夫?」
この声は……キェトラ? キェトラが僕の背中をさすり、介抱している。僕は吐き気を押さえながら顔を上げた。するとそこには、松葉づえをついたエディルが立っていた。
「エ……ディル?」
「見ちがえたな、ケイ」
エディルは僕を見て微かに微笑むと、「やあ」と言った。キェトラは僕の顔の近くで頬を膨らませ、口を尖らせる。
「どうしてもあんたに会いたいって言うから特別に連れて来てあげたのよ! いい? 特別だからね?」
僕はキェトラを気遣いながらつと身を引くと、エディルと対峙した。「エディル……」
「……ケイ、お前はすごいやつだ。たった三日でキングの『完全形態』に『変異』するとは」
「はは、……ありがとう」
僕はなぜかあまり喜ぶ気になれなかった。なんだか複雑な気分だからだ。
「ケイ、五日前はその――」
「エディル、お前の完全形態はその姿なのか?」
「!」
エディルは頬を強張らせる。
「あ、いや、馬鹿にして言ってるんじゃないぜ? 純粋に、お前のことが知りたいんだ」
「わ――私はこの姿の自分しか、知らない」
「嘘だ」
「嘘なんかじゃ……」
「お前、十歳の時に『覚醒』したんだよな? その時にホントは完全覚醒したんじゃないのか?」
僕は鋭い視線でエディルを見つめた。エディルはまごつく。
「あ……あの時は、私には意識がなくて――気がついたら元の姿に戻っていて……」
「じゃあ、やっぱり今の姿はお前の『仮の姿』なんだな? ほんとは――」
「違う!」
エディルは突然、声を張り上げた。エディルの顔面が一気に蒼白になる。
「あんなのは私の姿じゃない! あんな恐ろしい……あんな姿は!」
「……エディ?」
キェトラが目を丸くしてエディルの名を呼ぶ。しかし、エディルはそれには反応せず、両手で顔を覆った。
「みんな見てた怯えて見てた……違う私じゃないあんなあんな……私はおかあさんを……殺したりしてない! だってあれは……おかあさんじゃなかった! おとうさんを殺したやつはおかあさんじゃなかった! ……だから――」
エディルの大きな瞳が、指の間で潤むのが見える。
「アイツヲ殺シタノニ――ミンナ冷タイ目デ私ヲ見ルノ……」
「エディ、そんなこと――」
キェトラがそう言い掛けた時、僕は手を伸ばし、エディルを肩に抱き寄せた。
「大丈夫だ、エディル。僕はお前に幻滅しない。お前はお前の好きな姿でいろよ。どんな姿だって――エディルはエディルだ。……ああ、その代わり僕のことも幻滅しないでくれる? ってもう遅いか……」
エディルは僕の腕の中で、静かに泣き暮れた。僕は優しくエディルに言った。
「エディル、この前はごめんな。僕もついかっとなっちゃって……」
僕の言葉に、エディルは泣きじゃくりながら何度も頷く。僕はそんなエディルの頭を、ポンポンと優しく撫でた。――その時。
「……話は済んだか? 人間の『友情』とやらは美しいものだな」
レオナルトが厭味ったらしく口を挟んできたので、僕は「な、なんだよ?」と顔を真っ赤に噴火させた。エディルもはっと顔を赤らめて僕から離れる。
「話の途中ですまないが、キェトラの話では、あと一週間でレグランへ着くそうだ。エディレイド、その間に怪我は完治できそうか?」
「も、もちろんだ。あと一日あれば、大体完治する。そうすれば残りの六日間で調整ができるだろう」
「どうだ? ケイと今闘ってみるか?」
突然のレオナルトの誘いに、僕は思わず顔を上げる。しかし、エディルは丁寧に断った。
「闘いたい気もするが……やめておこう。ケイは試練の前の大事な身体だ」
レオナルトは意地悪そうにふっと笑って言い返した。
「あくまでも自分に分があると思っているようだな。だがケイを甘く見ないことだ。何しろこの私が鍛えてやったのだからな」
その瞬間、エディルの瞳が邪悪に輝いた。レオナルトと同様に意地悪い笑みを浮かべている。
「ケイを守るのは私の役目だ。実戦は初めてとはいえ、私もアカデミーでそれなりに鍛えてきたつもりだ。その時間が、ケイの修業期間に劣るとは思えない」
「……なるほど。そう来たか。ふふ、それは楽しみだ」
レオナルトは口を歪ませて笑うと、「それでは、一週間後にまた会おう。さあ行くぞ、ケイ。修行再開だ」と言い、身をひるがえして歩き出した。僕も慌ててそのあとを追いかける。
僕はエディルに向かって、「またな、エディル」と囁き、その場を後にした。エディルは薄暗い夕闇の中で、どこか寂しそうな、美しい微笑を浮かべていた。
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