第六話 レオナルト・エルツェ

「あなたは一体、何をすると……?」

 影霧が僕の顔をまじまじと見つめたので、僕は真っ直ぐに彼の瞳を見据えた。

「僕は必ず、『契約者』になります。そしたら、オーナーの側近になれるよう努力します。側近になれば、この宇宙の情報をもっと得られるかもしれないし、第一にオーナーの信用が得られます。そのためには努力を惜しまない。まずはその足がかりとして、オーナーの母親を見つけ出します。それで、『賢者の石』についてもっと詳しく教えてもらう! 何だかそこに解決の糸口があるような気がするんです。……今の段階ではただの勘ですけど」

 影霧はしばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。

「その勘は、正しい」

 僕は「……え?」と言って顔を上げた。

「『賢者の石』は別名『顕現石』と言われています。一説によると自在にその姿を現したり消したりできるからだと言われておりますが……。何でもオーナーの母親は、体内でそれを生成する術を持っているとか。無論私も『賢者の石』の影響で姿を自在にくらませることができます――。と言うより、石が体内で何らかの科学反応を起こし、肉体そのものが希薄になってしまったのです。しかし、もしもこの体を変化させた原因の物質――すなわち『賢者の石』を体内で再結晶化させることができれば、この体は元に戻るかもしれません。その術を知っているのは、恐らくオーナーの母親だけです」

「じゃあ、そうすればあなたは人間に戻れ――」

 僕が言いかけた瞬間、影霧は突然口を挟んだ。

「だが私の役目は、『見守る』ことなのですよ、ケイ殿」

「え……?」

「あなたには失望させて申し訳ないが、生物には、『運命』の他に『役割』というものがある――。私はそれから逃げるわけにはいかないのです。なぜなら、もし私がこの役目を捨ててしまえば、他の誰かがその『役』を押し付けられることになる。私は……そのようなことは望んではいないのです」

 僕は何と言っていいかわからなくて、問い掛けるように影霧の顔を見つめた。

「申し訳ない、ケイ殿。この話はここまでに致しましょう」

「……その役割とは――一体何ですか? 誰に与えられたものなんですか?」

 影霧は、また僕の問いには答えずに、別のことを話し出した。

「……『精霊樹』というのを御存知かな? あれは私たちの最高傑作でした……。一度角の地へ行って見てごらんなさい」

「『精霊樹』……?」

 僕が聞き返すと、影霧は満足そうに頷いて、にっこりと笑った。

「……ケイ殿、あなたは私とは違う、人間の心を持っている。どうかその志を遂げて下さい。それこそがあなたの『役割』なのかもしれませんから……」

 そう言い残すと、影霧はパシュッと音を立てて霧散した。あとには、ただの黒い霧だけが残った。僕は誰もいないだだっ広いロビーを見渡し、呆然と椅子に座っていた。


 僕が百二十六号室の部屋に戻った時、エディルはそこにいなかった。恐らく他の場所で聞き込みを続けているのだろう。……ああ、いつあいつに謝ろう。

 その時、コンコンとドアをノックする音が響いた。僕がドアを開けると、そこには長い金髪の、背の高い外国人が立っていた。

「……オキヅキ・ケイか」

 ……共通語だ。真っ黒なマントに、襟の立った赤い上着。首元にはゆったりとした白いアスコットタイ。そして左胸には、例のエンブレム。ズボンはグレーで茶色いロングブーツを履いた、『人間』だ。彼の右肩には鳥のような奇妙な格好の、目の大きないきものが止まっている。

 僕は恐る恐る彼を見上げ、「はい。そうですけど」と言って、首を竦めた。

「私はレオナルト・エルツェ。『角の地の番人』で、『角の者』のひとりだ」

彼――レオナルトはそう言うと、明るい緑色の目を僕に向けた。白い肌。堀の深い端正な顔立ち。「レオ……ナルトさん?」と僕が呟くと、レオナルトは頷いて肩の異生物を親指で指した。

「こちらは私の相棒、ノダック。角の者は常にツーマンセルで仕事に当たる」

 レオナルトが紹介すると、ノダックと呼ばれた異生物が、「よろしくな、ケイ」と陽気に挨拶した。僕は、「何の御用ですか?」と訝しげに尋ねた。

「私はラギニについての情報を持っている。恐らく君の『試練』の役に立つはずだ」

「ラギニの……情報?」

 唐突にレオナルトが言ったので、僕は少し面食らった。

「ケイ。とりあえず、ずずいと部屋に入れてもらおうか」

 ノダックに押し切られる形で、僕は彼らを部屋に通した。レオナルトが、「君の相棒はいないのか?」と尋ねる。僕は無関心を装って、「さあ? 聞き込みに行ってるみたいです」と答えた。

「そうか。残念だ。だが本題に入らせてもらうぞ。時間が惜しい。ぐずぐずしているとすぐにレグランへ到着してしまうからな」

 僕はその慌てぶりを見て少し不審に思ったが、「で、どんな情報なんです?」ととりあえず話を促すことにした。レオナルトは、立ったまま淡々と語り始める。

「……ラギニの生態についてだ。君は、ラギニが『女王』だけが生殖機能を持ち、捕食生殖をおこなう女型しかいない寄生型宇宙人だということはもう知っているな? そんなラギニの究極目的は、女王が『キング』を産んで、その子である雄型を異種族と交配させ、子孫を残すことなのだ。つまり、次世代の継子の『進化』を促すことにある。そのためにラギニは様々な惑星を放浪し、『実験』を繰り返してきた。様々な宇宙人に寄生・捕食して他の生物の遺伝子を取り込み、強い肉体を持つ『雄型』の子供を産むためだけに、ラギニ本体を進化させてきた――。それが傀儡漂民『ラギニ』の『休息』と『人形遊び』の正体だ。さしずめベルはラギニの最後の女王……ということになる」

「キングを産んで……異種族と交配させる……? 何のために? 雄を交配させて、彼らに何の得が?」

 僕は腕を組んで首を傾げ、レオナルトに問い掛けた。レオナルトは柔和に微笑んで答える。

「――肉体、だよ」

「……肉体?」

「ラギニは寄生型宇宙人だと言っただろう。だが寄生種ゆえ皮膚が弱く、宿主の体の外では生きられない。だが、もしも宿主にかわる『肉の器』そのものがあれば、彼らはわざわざ『寄生』する必要がなくなる。」

 レオナルトの回答に、僕は目を瞬かせて少し後退り、「……まさか僕は――」と口籠った。レオナルトはニヤリと笑う。

「その通り。君の体は、超古代からキングが人間の遺伝子に働き掛けて作り上げた、キングの宿るべき『肉の器』なのだ。三日前の『覚醒』の時、キングは君の遺伝子に『進化』の最後のスイッチを入れた。じきにキング本体はその役目を終え、死ぬだろう。その前の最後の大仕事として、キングは君に自分の『意志』――本能を残す。つまり、肉体強化機能や、生殖機能のことだ」

「!」

 僕は、その言葉に大きく目を開けた。レオナルトは続ける。

「つまり、ベルの産んだ『キング』とは、『キングを産ませるためのキング』だったのだ。だからケイ、その体は君だけのものだ。君の肉体そのものが『ラギニ』なのだ。君は寄生型宇宙人『ラギニ』たちの希望なのだ。それを忘れてはいけない」

 僕は何と言っていいかわからなくて、「は……はあ」とだけ答えた。

「人間である君が、『キング』の能力を発現する肉体に選ばれたんだ。君はそれを誇っていい。しかし、ここで問題がある」

「問題?」

 レオナルトの目つきが鋭くなる。

「君は『ラギニ』の能力を発現する方法を、まだ知らない」

「それが……何だって言うんです?」

 僕が眉根を寄せて聞き返すと、レオナルトは真面目な顔で言った。

「オーナーが出す試練で、乗り越えるのが容易かった試練などひとつもない、ということだ。ハッキリ言おう。君は今のままでは、試練を乗り越えることはできない。それは君の相棒もわかっているはずだ。君はもっと肉体を強化する必要がある」

 僕が戸惑うような表情を浮かべ、「肉体を……強化? でもどうやって……」と呟くとレオナルトは僕の方へすっと右手を伸ばした。

「私はそれを知っている。どうだケイ、一緒に来ないか? 天磐船の地下要塞城下町、『メセクト』へ。そこで私が君を、惑星レグランに到着するまで鍛えてやる」

「けど……」

 レオナルトから差し出された手を見て、僕は一瞬、エディルのことを思い浮かべた。

「さあ、どうする? このままここでじっとしているか? それとも自身の力を知るために私と一緒に行くか?」

 レオナルトは僕を試すかのような口ぶりで尋ねる。僕はぶんぶんと首を横に振ってエディルの顔を掻き消すと、「い、行きます……!」と言ってレオナルトの手を取った。

 そうだ、あの時エディルに言ったじゃないか。『試練』は僕一人でやり遂げてみせると。

 すると、レオナルトは僕の手をぎゅっと握り返し、不敵に微笑んだ。

「では、共に行こう。地下城『メセクト』へ……!」


 数分後、僕たちがゲストハウスの長い廊下を歩いていると、レオナルトはポツリと僕に尋ねてきた。

「天磐船は……君にはどんな風に見えた?」

「どんなって――金色の……卵を横に倒したみたいな、のっぺりしたUFOみたいな感じ?」

 僕は思わず語尾を吊り上げる。意外と難しい質問だ。天磐船の形自体はシンプルなはずなのに、いざ表現してみろと言われると簡単に言い表せない。しかし、レオナルトは横目でちらりと僕を見つめただけで、沈黙してしまった。

 ノーリアクションだと、なんだかこっちがまずいことを言ったような気がして、萎縮してしまう。僕はおずおずと、「あの……なんかいけないこと言いました? 僕」とレオナルトに尋ねた。するとレオナルトはようやく口を開いて語り出した。

「……天磐船は特殊な物質で作られており、見る者の抱く観念によってその姿を変える――。例えば船だったり、宇宙船だったりと。実際にはシンプルな黄金の楕円形だが、その真の姿を見ることができる者は非常に少ない。しかし、君は見えた。どうやらキング・ラギニとは、非常に優秀な遺伝子を持った生物らしい」

「はあ……そうなんですかね?」

 僕は遺伝子の優秀性を推し量ることができなかったので、よくわからない反応をした。レオナルトは続ける。

「天磐船は別名『時空間鉄道』と呼ばれる、いわばタイムマシンだ。時空間の一部を切り取り、周囲を特殊金属『ソロモンズブラッド』――別名『賢者の血』と呼ばれる物質でコーティングしてある。だから動力源さえあれば、独立した時空間として自由に様々な時空間を移動できるのだ。磐船内部は地上『マンジェト』と地下『メセクト』に分かれており、主に地上は乗客たちのための宿泊施設、地下は操縦室を含めた地上の監視施設になっている」

「か……監視施設?」

 僕はピクッと眉を動かした。

 ――そうか、だから支船長のキェトラは僕が『覚醒』したのがわかったんだ。

「万が一にも天磐船を乗っ取られたりしないようにするための安全措置だ」

「安全措置……ですか」

 僕が呟くと、レオナルトは突然話題を変えた。

「ケイ、君にこの宇宙の構造を話そう」

「な、なんですか急に」

 レオナルトはクスッと笑い、「まあ聞け」と言うと、やはり落ち着いた様子で話し始めた。

「……この宇宙の全ては、太古の昔に神々が創った、『始まりの地』という空間から生み出されたものであり、それらはまるで植物の根のように広がっている――。

中でも一番大きな宇宙体系は、我々の存在する『根の国宇宙』だ。『根の国宇宙』とは『始まりの地』から蓮の根が伸びたような形をしている、宇宙空間のことだ。根の頂点である『角の地』を起点に時空間が渦を巻き、レンコン型に伸びているのだ。まるで巻貝の殻のような螺旋状にな。

……なぜだかわかるか? 渦の中心部に、いわゆる『悪魔』が封印されているからだ。その『悪魔』を縛り付けるためだけに、我々の住む『根の国宇宙』――時空間は存在している……。

神々はその『悪魔』――すなわち『混沌』を、『宇宙』――すなわち『秩序』で封印するだけで精一杯だったのだ。今その『悪魔』は眠りに就いているが、眠っていても復活を画策しているらしい」

「――その『悪魔』って一体何なんですか?」

 僕は眉をひそめて尋ねる。レオナルトは頷いて答えた。

「様々な地域で様々な呼び名があるが――我々の間では、通称『ルシファー』と呼ばれている。魔王『ルシファー』は、純粋な『負』のエネルギー体だ」

「ルシファー……負のエネルギー体……」

「……話を戻そう。次は我々の住む『根の国宇宙』についてだ。時空間鉄道――天磐船は主に、この『根の国宇宙』を中心に走っているが、この宇宙は多層多重構造――『セフィロシック・シード』と呼ばれる構造をとっている」

「セフィロシック……?」

 なんだか舌を噛みそうな言葉だ。

「――日本語では……『セフィロトの種子』と訳される。『セフィロト』とは、モーセがシナイ山で修業した最後の四十日で神から授かった『律法の魂の魂』――『カバラ』を記した書物に登場する『セフィロトの樹』という図のことを指す。

その図に描かれた球体のひとつひとつが『セフィロト』と呼ばれ、全部で十個ある。球体は三本の柱にそれぞれ三個、四個、三個という順で配置され、それらは計二十二の径(みち)で結ばれている。

神はこれらのセフィロトと径をひとつのグループとし、『セフィロトの樹』と呼んだ。そしてこれを四つ作り、レンコン型の根の国宇宙を四つの階層に分けたと言われている――。

第一階層はアツィルト界、第二階層はベリアー界、第三階層はイェツラー界、第四階層はアッシャー界だ。一つの階層に十個のセフィロトが存在するから、全宇宙は計四十個の大宇宙に分かれているわけだ。この四十個のセフィロト一つ一つを、セフィロト大宇宙と言う。

……現在人間が知っている宇宙の真理はここまでだ。だがこれにはまだ続きがある。実は各階層にあるセフィロトの樹には、更に四つずつ、『セフィロトの樹』が含まれているのだ。

つまり、合計四十個のセフィロト大宇宙は凡そ百六十個の小宇宙――『セフィロト小宇宙』と呼ばれる――に分かれている。そしてそのセフィロト宇宙の一つ一つには、更に『セフィロトの樹』が四つずつ含まれている。

その各々のセフィロトが『セフィロト銀河』だ。その銀河の中の片隅に、地球を含む太陽系の星々――『天の川銀河』があるわけだ。このようなセフィロトで成り立っている宇宙構造を、『セフィロシック・シード』と呼ぶ。

セフィロトがセフィロトで形成されているという、美しい構造だ。言うなれば地球の民芸品、マトリョーシカのようなものだな。植物の部位で例えるならば、種子の中に存在する種子――と言ったところか。

わかりやすく例を挙げるなら、そうだな。例えばケイの住む時空を示すとすると……第四階層アッシャー界にある四番目の小宇宙の四段目の銀河の中にある第十セフィロト銀河の端だ」

「……すみませんレオナルトさん、さっっぱりわかりません」

 僕は素直に謝った。だって、今の説明でわかるわけない。すると、レオナルトはくくく、と忍び笑いし、「あとで本を貸してやろう。そこに載っているはずだ」と言って、僕の肩に手を乗せた。僕は不満そうにレオナルトをチラリと見る。

「あの……オーナーって一体何者なんですか? 半分地球人だって聞きましたが、オーナーが時空間鉄道を利用して何を企んでいるのか僕にはいまひとつよくわからないんですけど……」

 ――そうだ。エディルも妙にオーナーに心酔していた……何でかは知らないけど。

「……オーナーは……十六世紀のドイツで生まれた、鬼と魔術師との間の子供だ」

 レオナルトが静かに返答する。

「え?」

「母鬼の名はローリエ。父である魔術師の名は……ヨーハン。ヨーハン・ゲオルク・ファウストと言う。オーナーの名前は……フィロスと言うそうだ」

「フィ……ロス?」

 初めて知るオーナーの名前に、僕は目を瞬かせた。

「フィロスは十七の時に魔王ルシファーの一部を召喚し、以来、時空間鉄道の創設や多くの『悪魔』と呼ばれる負のエネルギー体の吸収をしてきた。彼の目的は根の国宇宙を制圧し、魔王ルシファーの封印の結界を一つ一つ解いていくこと。そして宇宙中に存在する悪魔を吸収することで自らの肉体を強化し、いつか訪れる神々との戦いに備えること――」

「え……え? オーナーは母親を探しているんじゃないんですか? 賢者の石のつくり方を知ってるっていう」

「……影霧の言葉か。実は私も気になっていたのだが、オーナーは母親を……自らの手で追放しているそうだ。なぜ影霧があのようなことを言ったのか、私にも皆目わからない」

 レオナルトは本当にわからないのか、口元に手を当てて考える仕草をした。しかし、そこで僕ははたと気付いてしまった。

「ん? ちょっと待ってください。ってことは、僕が影霧と話してるところを――」

「……当然知っている。言っただろう。地下城塞メセクトは地上マンジェトの監視施設だと。それに言い忘れたが、私は君の試練の監督官だ。常に君を監視しなければならない責務を負っている」

 ……え? レオナルトが監督官? それがなんで僕に協力してくれるわけ?

 僕がそう考えた時、レオナルトは突然立ち止まった。僕はレオナルトの背中にぶつかり、「うわっぷ!」と声を上げた。

「ここが、地上と地下をつなぐ部屋だ。我々はこの先へ向かう」

「……なんであなたは、僕のためにそこまで――」

「影霧が、君に話しかけたからだ。あれが乗客に話しかけることなど滅多にない。それも『挑戦者』風情に」

 挑戦者『風情』って……

 僕は少しムッとしながら、更に尋ねた。

「あの人は一体何者なんですか?」

「影霧の正体は謎に包まれている。誰も知らないのだ。わかっているのは神出鬼没で、会う者を選ぶ、ということだけだ。それが君を前に、あれ程話したのだ。私が君に興味を持つのも当然だろう。だから特別に、稽古をつけてやろうと思ったのだ」

 すると、レオナルトの肩の上でノダックがふんぞり返り、「ありがたく思えよ」と言った。僕は「う、うん。ありがとう」と呟き、上目遣いにレオナルトを見つめる。

 レオナルトは「さあ、中に入れ」と僕に部屋に入るように促し、僕は部屋いっぱいに描かれた魔方陣の上に立った。すると次の瞬間、魔方陣から眩い青色の光が放たれ、無数の古代文字が飛び出してきた。

 それらは僕の周囲に旋風を引き起こし、僕はとっさに目を閉じた――。数秒後、再び目を開けると、そこには別世界が広がっていた。

 ……中世のヨーロッパだろうか? 薄暗い城下町に、ぽつりぽつりと街灯が灯っている。足元は石畳で、頭上は薄暗い夕空だ。レンガ造りの家々に、石造りの小さな噴水。青い芝生の生えた、大きな広場が広がっている。

 なんだかRPGの世界みたいだ。僕は呆気に取られて周囲を眺めていると、突然、後ろからレオナルトの声がした。

「どうした、ケイ」

「い、いや……なんか地球みたいだなって」

 レオナルトはあっさり答える。

「当たり前だろう、オーナーの故郷は地球なのだから」

 ああ、そうだっけ。じゃあドイツなんだ、ここ。

 僕は納得してレオナルトの方へ顔を向けると、そこにはいつの間にか沢山の異生物がずらりと並んでいた。その中には、支船長のキェトラや、営業スマイルのウェイターもいる。

 僕は困惑した表情を浮かべ、レオナルトを見つめた。

「ケイ、望み通り君に稽古をつけてやろう。だがそれには、君に我々の仲間になってもらわなければならない」

「仲間?」

「そうだ。我々反乱軍、『ネオ・フィールド』のな……!」

僕は思いっ切り動揺して、声を張り上げた。

「は、反乱軍って何だよ? お前ら一体――」

「我々はオーナーに対抗する組織、『ネオ・フィールド』。この天磐船は我々の手によって既に制圧されている」

「な、なんだって⁉ じゃあ僕たち乗客は――」

 僕が驚いてレオナルトの顔を凝視すると、レオナルトは無表情のまま淡々と答えた。

「安心しろ。今は何もしない。レグランにも規定通り向かう」

「あ、あんた一体――」

「私は『ネオ』の幹部だ。彼らも、全員が『ネオ』の一員だ。今まで騙していて済まなかったな」

 いや、済まなかったとかそういう問題じゃないんですけど。と僕が突っ込みを入れようとした時、支船長のキェトラが敬礼をして一歩前に進み出た。

「レオナルト様、本気ですか? 我々はこれから角の地に向かうはずでは……」

「気が変わった。今回は計画を見送ることにする。ボスも了承済みだ」

「しかし、それでは……我々『角の者』はまだオーナーに心臓を握られたままに――」

 ウェイターも異議を唱える。しかし、レオナルトは有無を言わさず、「決定したことだ」と答えた。その言葉に二人は沈黙し、納得したのかそっと後ろに下がった。

「さあ、ケイ。我々の仲間になるかどうか選べ。ならなければ我々は口封じのために君を殺さなければならない。つまり、君は試練の前に命を落とすことになる。生きる決心をした君が、こんなところで命を落としたいのか?」

「……それは――」

 僕が後退ると、「だめだ! 脅しに乗るな! ケイ!」という声が響いた。……この声は、エディルだ。次の瞬間、エディルは短い呪文を唱えると、太ももに付けていた小さな銀の鎌を巨大な大鎌に変化させ、それを振り上げてレオナルトに襲い掛かった。レオナルトは余裕でその攻撃をかわす。

「……エディレイド・バルヒェット――」

「貴様らにケイは渡さないっ! この裏切り者め!」

 レオナルトがポーカーフェイスで呟くと同時に、エディルは更に鎌を振り上げた。しかし、その攻撃も当たらず、鎌は大きく空を切った。

「……どうやら『アカデミー』で我々について何か吹き込まれたようだな。大人しくマンジェトで一人聞き込みを続けていれば良かったものを――。我々の動向に気づくとは運がなかったな。アカデミー最優秀戦士、『羽無しのエディル』」

「その名で呼ぶな! 貴様こそどういうつもりだ! 角の地最強の戦士、『死神のレオナルト』!」

 その時、レオナルトが薄っすらと――口元を緩めて微笑んだ。エディルはなおも攻撃を続ける。その一つ一つを器用に避けていたレオナルトだったが、いきなりその闘い方をやめ、瞬時に腰の長剣をぬき、攻撃に転じた。

 一瞬でエディルの大鎌がレオナルトに弾かれる。しかしエディルは次の瞬間、天高く飛び上がったかと思うと、素手でレオナルトに襲い掛かった。

 鋭く伸びた爪で、レオナルトを切り裂こうとする。エディルは自慢の脚力で瞬間的に間合いをつめ、レオナルトの腹と顔を目掛けて素早く蹴り砕こうとした。

 しかし、その攻撃も完全に見切られ、レオナルトに軽く肩をつかまれたかと思うと、次の瞬間、ゴキッという鈍い音と共に握り潰された。エディルが歯を食いしばる。

 ……が、それでもまだエディルは足で攻撃を続け、レオナルトに襲い掛かった。

その目つき、口元の白い牙。まるで黒い獣のようだ。

 だが、レオナルトはエディルの攻撃をすり抜け、その肩から胸にかけて、銀の長剣で二ヶ所、バッサリと切り裂いた。

「が……」

 エディルが声を漏らす。その直後、僕は自分でもわからない内にエディルの傍に走り寄り、両手を広げて立っていた。

「……そこをどけ。秘密を知られた以上、誰であろうと粛清せねばならん」

「何が粛清だ! お前ら目的が違うだけで、やってることはオーナーと変わらねえじゃんか! そうやって自分達に歯向かう奴を全員殺すつもりか! そんなの……結局は暴力の連鎖じゃんか!」

 僕が叫ぶと、レオナルトは静かに答えた。

「貴様はまだ何も知らんだけだ。我々『角の者』はその殆どがオーナーに心臓を握られている。そんな中で同胞の口約束をまともに信頼できると思うか?」

「でも……『仲間』なんだろ! 同じ境遇の……! だったら……信じてくれ! 僕たちはあんたたちのことを絶対に口外しない。だから――」

 すると、レオナルトが長剣の切っ先を勢いよく僕の顔前に突き付けた。

「……だから? だからどうする? ケイ、今の状況をよく考えてみろ。お前に勝ち目はない」

「……レオナルト様――」

ウェイターがそう言って前に進み出かけたが、レオナルトはそれを制した。僕はレオナルトをにらみつける。

「……エディルは僕の相棒だ! 反乱軍なんてよくわかんねーけど、エディルを傷つけるやつは、誰であろうと許さない!」

「……ほお。では、どうする?」

「……お前と、闘う」

 僕はエディルの大鎌を拾い上げると、それを構えた。鎌の構え方はよくわからないから適当だけど、とりあえず構える。

 エディルの銀の大鎌は、当然のことだが、重い。十中八九僕には使いこなせないだろう。だけど、遠心力を利用すれば、『振り上げる』ことはできる。

 ――チャンスは、一回。一度攻撃したらその攻撃が当たるが当たるまいが、鎌を捨てよう。鎌は攻撃の動作が大きすぎる。僕に隙ができる前に、さっさと手放したほうがいい。

 あとはひるんだレオナルトの間合いに入って、どうにかして剣を奪えば、僅かに勝機があるかもしれない。

「どうした、来ないのか」

「……行くさ。でもその前に――レオナルト」

「なんだ?」

「あれ、何かな」

 レオナルトが後ろを振り向いた瞬間、僕は走り出した。大鎌の間合いに入り、素早く鎌を振り上げる。しかし、普通にかわされた。

 ちっ。やっぱりよけやがったか。

 ――だがこの攻撃はフェイクだ。僕は鎌を投げ捨てる。ここでやつの懐に飛び込み、長剣を引き抜く――はずだった。が、レオナルトはニヤリと笑うと、大きく真上にジャンプした。

 あれっ?

 僕の手は空をつかみ、次の瞬間、レオナルトの下敷きになっていた。

「全く、体の使い方がなってないな」

 レオナルトの下で僕はもがいたが、もうどうすることもできなかった。

「だがその作戦は悪くなかった。まあ、私から武器を奪える可能性はゼロだがな」

レオナルトはそう言うと、僕の頭を足で踏み付けた。頭が地面に擦りつけられ、僕の唇が切れる。

「どうだ? ケイ。負けるとは惨めなものだろう? 今のお前の実力では、私はおろかここにいる同胞たちを誰一人傷つけることはできない。なぜなら、貴様には足りないからだ」

「……ッ」

 ……足りない?

「我々を、殺す覚悟だ」

「……そんなものッ」

 僕は血の滲んだ唇を噛んで吐き捨てたが、レオナルトはそんな僕をせせら笑った。

「必要なんだよ。少なくとも今の我々にはな。『ネオ』では、いざという時に選択肢を選べない奴から死んでいく。何かを守るということは、そういうことだ。つまりお前は、エディレイドのために究極の選択ができない、甘ったれのお坊ちゃんなのだよ」

「……!」

 その言葉を聞いて、僕は思わず赤面した。ものすごく、腹が立つ。今すぐコイツをぶっ飛ばしてやりたい。

「我々は人間の倫理観などが通用する相手ではないぞ、ケイ。そんなものは早く捨ててしまえ。お前はもう、『人間』というスイッチを切ってもいい頃だ。感情など取るに足らん。勝負に勝てなければ全てはきれいごとだ。誰も傷つけないで誰かを守ることなど、絶対にできないのだから」

 レオナルトは僕の髪を鷲づかみにして頭を上に引っ張った。

「さあ、ケイ。どちらか選べ。このまま死ぬか――それとも私に勝ち、エディレイドを守るか」

 ……エディルを――守る。……デモドウヤッテ? 僕は人間だ。それに今まで病気を患ってきた。だから、命の尊さも、重さも知っている。いくら嫌なやつでも殺したりは――。

(――チガウ。ソレガマチガッテイルノダ)

「……ぇ」

(……彼ノ言ウ通リ『人間』ノ――スイッチヲ切レバイイ)

 その声を聞いた次の瞬間、僕は妙に頭がスッキリしていた。それと同時に、レオナルトに頭突きをくらわせ、その衝撃でやつを思いっ切り後方に吹き飛ばしていた。

(……ケイ。コレガ最後ノ――贈リ物)

 その声が聞こえた時、僕の意識は既になかった。僕が次に気付いた時、『僕』はレオナルトを含む『ネオ』メンバー全員を半殺しにしていた――。


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