第三話 天磐船(アマノイワフネ)

 黄金のUFO天磐船は、楕円形の中央部に出入り口があり、僕たちはそこから内部に入った。中は広大な空間になっており、なんと空まである。その中央には大きくて立派な金色の城が一つ、建っている。

 エディルは、「あの城がゲストハウスになっている。さあ、行こう」と言うと、僕をおぶったまま素早く道を疾走した。金色の城門をくぐり、いよいよ城の中に入ると、なんと城の内部までがどこもかしこも黄金で出来ていた。

 僕が口をポカンと開けていると、エディルは、「驚いたか?」と言って笑った。

「実は、城は黄金でできているわけではないんだ。これらは天磐船と同じソロモンズ・ブラッドという特殊材質でできているそうだ」

 エディルはそう言うと真紅のじゅうたんが敷かれた広い廊下を歩き、大きな黄金の扉を開けた。中は大広間になっている。

 室内はと言うと、やはりどこもかしこも金色に輝いており、天井には大きなシャンデリアが掛かっていた。

「ここはロビーだ。目的地に近付いたり、別の同胞と交流がしたい時には、みんなここに集まるのさ」

 エディルの言葉を聞きながら、僕は辺りを見回した。なるほど、様々な異形の生物が集まっている。みんな重々しい黒いローブを羽織り、黄金の丸テーブルを囲んで、立派な肘掛椅子に腰掛けている。内緒話でもしているのか、異生物たちのヒューヒューと言う呼吸音がしきりに木霊している。テーブルの上には、グラスに注がれた銀色の飲み物が置かれており、彼らは時々それに口をつけているようだ……。

 僕がぼーっと眺めていると、彼らは僕らの気配に気づいたのか、一斉にこちらに振り返った。呼吸音が止まり、大広間はシーンと静まり返る。明らかに異物を見るような、疑惑的な眼差しが僕らに向けられた。

「ようこそいらっしゃいませ。お飲物はいかがなさいますか」

 突然、親切そうな声が背後から聞こえた。エディルと僕が振り返ると、そこには、人の良さそうなウェイターさんが、営業スマイルでお辞儀をした。彼の瞳も、キェトラと同じ、緑色だ。

「いい、あとでいただく」

 エディルはそう言うと、「ケイ、行くぞ」と素早く広間を横切った。――横切ったというか、ロビーの向こう側まで大ジャンプした。それから広間の反対側にあるいくつもの扉の内の一つの扉を開けると、そこから続く廊下に足を踏み入れた。廊下をしばらく駆け抜けると、百二十六号室、と書かれた部屋の前に辿り着く。

「ここが、私たちの部屋だ」

 エディルはそう言ってキーで扉を開けると、部屋にある大きなベッドの上に、僕を寝かせた。クイーンサイズだ。

「今、移植の拒絶反応が出ていないか確認する」

 そう言うが早いか、エディルはあっと言う間に、再び僕の胸を開胸した。さっき交換したエディルの心臓と肺が、露わになる。エディルは緑色の指メスから、細い糸のような緑色の触手を伸ばすと、心肺に吸着させた。まるで内臓に直接聴診器を当てているかのようだ。

「ふむ、特に異常は無いようだ」

「お前……一体何者だ? なんでこんなことができるんだよ?」

 僕が尋ねると同時に、エディルはすぐに閉胸した。その後、唐突に服のボタンを開け、脱ぎ始める。

「お、おいおい。何やってんだ」

「よく見ろ」

 膨らんだ豊かな胸の間を自分の指メスで切ると、エディルはさっき交換した、僕の心臓と肺を見せた。色味からしてボロボロだが、微かに緑色になっている。

「どういうことだよ?」

 僕は思わず呟くと、エディルの顔を見上げた。エディルは黙って閉胸すると、ようやく服を着た。

「私は医療技術のある、半植半獣生命体だ。私は体の各部位の末端――『根』で主な呼吸と食事を行っている。体内に取り入れた酸素やエナジーを、『血脈』を通じて心臓に送るんだ。心臓は血中の酸素やエナジーを身体中に送り出すとともに、皮膚から取り入れた二酸化炭素や窒素を酸素に変える。肺もほぼ同じだ。基本的に私の内臓は、微量ながらも酸素を生み出し続けているんだ。身体の『コア』は別にある」

「えーと……だからなに?」

「だからお前の心肺を私の体内にとどめておくことで、徐々に私の内臓の一部として変化していく。しばらく経ってまた交換すれば、お前は今までよりもっと強い生物になれるぞ」

 そこまで言うと、エディルはにやりと笑った。僕は微かに口をひきつらせ、「なんだか宇宙人みたいだな」と苦笑する。

「何を言っている? お前は元々宇宙人じゃないか」

「は?」

「そうでなくば、この船には乗れない」

どういうことか聞こうとした時、エディルはテーブルに置いてある服を手に取り、「そんなことより、早くそのボロボロの服を着替えろ。ここに新しい服がある」と命令した。僕はとっさに、「いや、誰のせいでボロボロになったんだよ?」と突っ込みを入れる。

「いいから早くしろ。特別製の、ケイ専用の服だ。きっと似合う」

「へいへい」

 僕はめんどくさそうに、エディルから服を受け取った。おいおい、僕これ着るの? 超変な服なんだけど。冗談だよね? 僕は服を広げて、苦笑いして見せた。しかし、エディルの瞳は、真剣そのものだ。ああ、ダメだ。諦めるしかない。このパリコレにありそうでパリコレになさそうな服は、一応前開きだ。僕は仕方なく、のろのろとパリコレもどきのボタンを外した。

「お前は動作が鈍いな。私が脱がしてやろうか?」

「余計なお世話だよ。おい、あんまこっち見んな。僕はお前と違って露出の気はない」

 その言葉に、エディルは顔を火山のように噴火させて猛反発した。

「なっ! 私のどこが露出狂だ‼ あれは仕事だ! 仕方ないだろう! 大体お前こそ色情狂のくせに!」

 エディルの大きな怒声に、今度は僕が反発する番だった。

「色情狂? おいおい、誰が? 僕は一般的な十六歳男子として正常な反応をしたまでだよ? それとも何? お前のハダカとキェトラの脚見て蒼ざめてほしかったのか?」

「はっっ! ハダカじゃない! あれは移植に必要な行為だ! このドスケベ! 変態!」

「ドスケベと変態はお前だ」

「なっ、何っ⁉」

「ひとの服脱がそうだなんて、そんなに僕のカラダが見たいのかよ」

「見たいわけあるか! お前のカラダなんざ興味ない!」

 エディルは真っ赤になって怒っている。僕は服を着替えながら、ぺろっと舌を出して、あっかんべえをした。

「キ~ッ! もう許さん!」

 エディルはそう叫ぶと、指メスを両手の指の数だけ(計十本)出して、僕の下半身を攻撃してきた。僕は今度こそ蒼ざめ、必死にそれをかわす。しかし、運動神経の差か、あっけなくゴムを切り裂かれ、パチンと弾ける音と供に、ズボンとパンツがはらりと床に落ちた。

「次は『それ』だ。今、去勢してくれる」

 エディルの指メスがギラリと光る。ふ~、ふ~、と荒い鼻息が僕の下半身に伝わってくる。

やばい。ここはひとつ、あやまろう。

「ご……ごめん、エディル」

「……りない」

「え?」

「『様』、が足りない!」

 エディルはすっかり興奮して、怒り狂い、口から炎を出した……ように見えた。

僕は涙目になって叫ぶ。

「すみませんでした! エディル様!」

 数分後、僕はすっかり新しい服(なぜか替えのパンツまで用意されていた)に着替えていた。上半身は例のパリコレもどき、下半身は紺のハーフパンツを、黒いベルトで絞めた格好だ。

「ふう。なんだか喉が渇いたな。ケイ、お前も何か飲むか?」

さっきとは打って変わった穏やかな顔で、エディルはテーブルの上に置いてあった黄金のベルを取った。僕はこくりと頷く。

「はい。お願いします。エディル様」

「うむ」

 エディルがベルを鳴らして数秒後に、ドアをノックする音が聞こえた。エディルが僅かに扉を開ける。すると、さっきの営業スマイルのウェイターが顔を出した。

「お飲み物をお持ちしました」

 銀色の飲み物がたっぷり入ったグラスを二つお盆に乗せ、丁寧な口ぶりで喋る。 僕はあまりの仕事の速さに驚愕していたが、エディルは当たり前のようにそれを受け取った。

「ありがとう。おい、ケイ。腹は空いてないか?」

エディルは僕の方へ振り返って尋ねる。僕はとっさに、「す、空いてるけど、今お金が……」と答えた。その反応に、エディルはぷっと吹き出して笑う。僕はわけがわからずに困惑した。

「あっはっは! 金の心配なら無用だ。私達仮契約者は今のところ、オーナーの貴賓客に等しい。費用は全面オーナー持ちなんだ」

すると、ウェイターもあざけるように微笑を浮かべた。

「それに、残念ながら日本の通貨では、お支払いいただくことが出来ません」

 僕は思わず赤面して、エディルをにらみつけた。エディルは小馬鹿にしたようににやついている。

 ウェイターは、「ご注文はお食事でよろしいですか?」と尋ねると、再び爽やかな営業スマイルで、僕の瞳を捕えた。その眼は、全く笑っていない。僕はこくんと頷くと、ウェイターは、「畏まりました」と言って姿を消した。その間、およそ〇・一秒。僕は慌てて彼が消えた場所を見渡したが、もはやどこにもその気配はない。その時、エディルが何の躊躇もなくドアを閉めたので、僕は扉に鼻先を思いっ切りぶつけた。僕は悲鳴を上げて鼻を押さえる。

「ああ、すまん」

 こいつ、今のワザとじゃないか?

 僕は涙目になりながらエディルの方を見た。エディルは悪びれる風もなく、部屋の中央にある黄金のテーブルに飲み物を置いた。その直後。

「お食事をお持ちしました」

 再びドアをノックする音が聞こえ、さっきのウェイターが顔を出した。エディルは、また当たり前のように、「ありがとう」と言って料理を乗せた大皿を受け取り、ドアを閉めた。

「いやいやいやいや!」

 僕は猛然と突っ込みを入れる。エディルは片眉をつり上げ、「どうした?」と尋ねた。

「いや、どう考えても早すぎるだろ! 一体何が起こってるわけ⁉」

「……私たち宇宙人は、人間よりずっと早く動けるからな。人間の一分が、私たちにとっては数時間だ」

「はい、先生。頭が痛くなってきたので、帰っていいですか」

「さきほど移植をした時、時間を止めたと言ったろう。あれも、今言ったことと原理は同じだ。このエンブレムには、我々の動きを一定時間の間、格段に早めるチカラがある。だから、その間周りの時間が止まったように見える、というわけだ」

エディルはそう講釈をたれると、僕にグラスを差し出した。

「さあ、沢山飲んで、食べろ。飲み物は白銀のリンゴ酒、料理はアンブロシアと言うフルーツだ」

 ……まさか毒でも入ってんじゃねえだろうな、と思いながら、僕はグラスに口をつけた。ゴクリ。

「う……うまい」

 一口白銀のリンゴ酒を飲んだだけなのに、僕は、今までの緊張が解けて、急にお腹がへってきたことに気が付いた。エディルはニヤニヤしながら、ぼくががつがつと次から次にアンブロシアを平らげるのを横目で見ている。

「ほれ《これ》もうっまー! はにほ《なにこ》れ? ふ《す》っげいいは《か》おり!」

「そうだろう。おかわりなら、いくらでもあるから、遠慮はするな」

 エディルはそう言うと、自分もごくりとリンゴ酒を飲んだ。その時、僕の頭に邪念がよぎる。

 ――こいつ、酔ったらどうなんのかな?

 僕は、さっきの鼻バッチンの復讐と言わんばかりに、エディルのグラスに、

自分のグラスのリンゴ酒を注いだ。

「ささ、エディル様。わたくしめのお酒もどうぞ」

「お、いいのか」

 エディルはそう言ってあっと言う間にリンゴ酒を飲み干したが、顔色は全く変わらなかった。僕は内心舌打ちする。ちぇっ。さてはコイツ、酒に強いな。こんなことなら自分で飲んどきゃよかった。

 そう思いながら僕が五つ目のアンブロシアを口の中に投げ込んだ時。――『それ』は起こった。

「ぐ……あっ」

 どくんどくんと心臓が脈打つ。僕はテーブルに突っ伏し、頭を抱えた。胸と頭が、燃えるように痛い。エディルが、「始まったか」と呟く。

「すまない、ケイ。我慢してくれ。『覚醒』の際にはこれがつきものなんだ」

覚……醒……?

 そのエディルの言葉を最後に、僕は速攻で気を失った。

 ――目の前に蝶のさなぎのような黄金の物体が見える。するとさなぎの背中がひび割れ、そこから『何か』が羽化した……。

 気が付くと、僕はベッドの中にいた。妙に頭がスッキリしている。寝汗はひどいが、熱が下がった後のような不思議な感覚が支配していた。黄金の天井と一緒に、エディルの心配そうな顔が目の前にある。病院で嗅いだハーブのような香りが、エディルの髪の毛から香る。半植半獣――そうか、だから植物の香りがするのか。

「おい、大丈夫か」

「ああ……なんとか」

 僕がそう言うと、エディルは持っていたベルを鳴らした。チリーン、と鐘の音が部屋中に響き渡る。すると、しばらくして、聞き覚えのある妖艶な声――キェトラの声が、艦内に流れてきた。

「皆さま、大変長らくお待たせいたしました。これより天磐船、出航致します」

その後、ふわっと身体が浮くような妙な感覚に襲われた。どうやら、天磐船が出発したらしい。

「実は、あの食事は、時空間移動による身体への負担をなくし、人体に眠る宇宙人の『能力』を覚醒させることができる、特別な食事だったのだ。これから『試練』を受けるためには、どうしてもケイの体の覚醒が欠かせなかった。だからお前に『食事』をとらせた。黙っていて悪かったな」

「……どーいうことですか、先生」

 僕は力なく尋ねると、エディルは真面目な顔で答えた。

「だから悪かったと言っているだろう。ケイが覚醒するまで時空間移動は禁止されていたのだ。それまで船の出発を待ってもらっていた。三日で覚醒できたのは、早い方だ。良かったな」

 一体何がどう良かったのか思案しながら、僕は自分の手のひらを見た。特に変わった様子は、ない。妙な夢は見たような気がするが、それだけだ。覚醒とは、一体何だ? 僕が不満そうな眼差しを送ると、ハーブのような香りを香らせながら、エディルは静かに答えた。

「心配するな。『覚醒』は確かに起こった。まだ目に見える変化はないが、ケイの体の構造は確かに変わった。乗客はみんなケイの『変化』に気付いているはずだ。私の心肺ともうまく融合しているようだし、何よりもう人間の匂いがしない。これでお前は我々の『仲間』だ」

「なかま……」

 その言葉尻になぜか微かにトゲを感じながら、僕はエディルをまじまじと見つめ返した。そう言えば、コイツの顔を、初めてよく見た気がする。笑った顔なんか、すげえ可愛いじゃんか。僕は照れ隠しに、思わず目を反らしてしまった。やばい。なんかドキドキしてきた。

「一生の不覚だ……」

「何を言っている? ケイ。いや……キング・ラギニ」

「キングラギニ?」

 僕は聞き覚えの無い言葉に反応すると、再びエディルの方に視線を向けた。エディルは小さく頷くと、金の紐で括られている、丸められた羊皮紙を差し出した。

「ケイ、この手紙を読め。『試練』の時間だ」

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