第二話 時空間ステーション
……どれくらい走っただろう?
エディルと僕は夜の雨に打たれながら、暗い夜道を走り抜けていた。
「じきに、時空の『ひずみ』――
エディルは雨の中、ハーブの香りを漂わせながら、僕に話しかけた。
「おい、時空のひずみって何だ? アマノイワフネって何だよ? 一体、何が良いんだ?」
「心配するな。お前のことは、私が守る」
「え? 守ってもらわなきゃダメなことがあるの?」
僕の不安をよそに、エディルは「よし、窮門に入るぞ」と呟いた。
「おい」と僕が尋ねた時にはもう、周囲の様子は一変していた。おまけに雨も上がっていて、周囲はほんのりと明るい。
――いつ? いつ窮門とやらに入った?
僕がふと顔を上げると、エディルと似たような黒服や黒いローブを身にまとった人たちが、薄暗いレンガ造りのトンネルの中を通り過ぎて行くのが見えた。彼らは壁に灯っているロウソクの灯りをたよりに、微かな衣ずれの音だけをたてている。僕は思わず辺りを見回した。
「ここがステーションだ。今から駅員に会うぞ」
エディルはそう言って人混みの中を縫っていくと、やがて開けた場所に辿り着いた。そこには改札のようなものはなく、大きな一つの出入り口に何人もの大男たち ――真っ黒なローブを着て、ピンク色の肌に緑色の瞳をしている――が突っ立っていた。エディルはその内の一人に話しかける。
「駅員、私はエディレイド・バルヒェット。こちらは挑戦者の、オキヅキ・ケイ。天磐船の乗車を認めていただきたいのだが」
「パスはあるのか?」
駅員の目が光る。
「二つ、ある。それとケイの、書類ならここに」
エディルは服の下から、長い銀色の鎖のついた白と黒の陶器のペンダントを出した。まるでどこかのエンブレムのようだ。それと一緒に、さっきの血判付きの手紙を出した。駅員は、手紙に付着している、僕の血判の匂いを嗅いだ。
「……通るがよい」
確認が終わったのか、駅員はサッと横に退くと、エディルと僕を通してくれた。高いひづめの音を響かせながら、エディルもさっさとトンネルの奥へと進む。
「寒くないか、ケイ」
「なんだよ、心配してくれてんの」
「当たり前だ、お前はさっき移植したばかりなのだからな」
ああ、そう言えば。なんだかあまりにも突拍子の無いことばかり起きてるから、すっかり忘れてた。それもこれも、コイツがわけのわからん言葉を並べて、わけのわからん展開に持っていったからだ。
「……エディル、年いくつ?」
「なんだ、突然」
「や、記念に聞いておこうと思って」
「何の記念だ」
「意味不明の日の」
「……十七だ」
エディルは僕がこの状況をまだ理解できてないことに、わずかに憐憫の情をかたむけたらしい。割と素直に答えてくれた。
……十七か。僕より一つ上なだけじゃないか。その割に大人っぽいよなあ、こいつ。
僕はさっきのエディルの裸体を思い出して、鼻を押さえた。いかん、鼻血が出そうだ。
長いトンネルを抜けると、だだっ広い空間に出た。それは見たこともない空間で、数え切れないほどの星が輝いている。真っ暗な天空に、真っ白なコンクリートが敷き詰められた地面とのコントラストが激しい。まるで両方とも発光しているかのようだ。広大な白い石畳はどこまでも向こうに続いており、植物の根のようにところどころ分岐している。その先にあるのは――。
「UFO?」
……UFOだ。巨大な黄金の楕円形の球体が、黒い天球に、浮かんでは消えている。その数、ざっと数百。それらがみな白い道の先に横付けされている。
「なあ、ひょっとしてあの金色のやつが――天磐船なのか?」
僕が直感的に尋ねると、エディルは小さく頷いた。
「そうだ。さっき通ったのはステーションのゲート。ここは天磐船――時空間鉄道の発着ポート。普通人間は通れない」
「いや、僕思いっ切り人間なんだけど。何で人間はだめなんだ?」
「さあな。だがオーナーが決めたことだ。無論、私も人間ではない。私は人間とは別種の生き物で、ヒトとは根本的に、細胞もその組成も異なっている」
「オーナー?」
僕が聞き返すと、エディルはほんのり顔を赤らめて、「ああ、ホーン・コーナー様だ」と答えた。誰だ、それ?
「私たちは天磐船の乗車資格を持つ、『契約者』と呼ばれる存在だ。まあ、私は今の段階ではまだ『仮』だがな。お前は更にその下の『挑戦者』。普通、契約者でないと、天磐船に乗れない。無理矢理乗ろうとすれば、オーナーに粛清されてしまう」
「なにそのおっかねえやつ」
「おっかなくない。オーナーはオーナーだ。時空間鉄道『天磐船』の創設者のひとりであり、『
「ま……待て待て。角の地って何?」
なんだかまたわけがわかんなくなってきた。頼むからそんなにニュー・ワードを連発しないでくれ。
「角の地は、この世で最初に生まれた宇宙、『始まりの地』の一番近くにつくられた世界だ。ちょうど宇宙の頂上地点にあるので『角の地』と呼ばれている。そこに行けば、永遠の若さと命が手に入るのだが、辿り着くには天磐船が必要だ。だから私たちはオーナーと契約し、彼の命令に従う代わりに、定期的に角の地へ行くことを許されているのだ」
エディルはなんだか嬉しそうに、「私はこれが初仕事だ。この『試練』をクリアすれば、ようやくオーナーのために働ける」と言った。「はあ」と僕が呟いた直後、向こうから鈴を転がすような艶っぽい声が聞こえてきた。
「はあい♡ 注目! こちら太陽系惑星地球支部、アッシャー界、拠点『宮城』基軸『二十一世紀』。支船長キェトラ! 時空遡行便六番ポートであります!」
「さあ、着いたぞ。このシップだ」エディルが言うと、黄金のUFOの前に、敬礼をしている女性が立っていた。その頭部には牛の角、銀髪のロングヘアーをたなびかせている。
気の強そうな緑色の目の、お色気系お姉さんだ。彼女は黄色いリボンがあしらわれた、紺色の長いケープのようなものを羽織り、胸にはさっきの真っ白いエンブレムをつけている。
あとは紺色のミニスカートと紺色のブーツを履き、なんだか、魔女っ娘コスチュームのようだ。お姉さんキェトラは、僕の方を見てにっこりと笑った。
「あらあ、あなたがケイね? はい、どーぞ♡ 百二十六号室になりまあす♡」
僕はキェトラの艶めかしい太ももに目が行き、遂に鼻血を放出した。
「馬鹿かお前は。いちいち興奮するな」
「うるさいよ、お前。……ってかなんでわかったの?」
僕はエディルの背に乗ったままキェトラから銀の鍵と服をもらい、鼻血をすすり上げた。
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