ちいさな魔王様ー②

(何を言っておるのだこやつは……)


ベリアルは敵意の感じられない侵入者に困惑をしながらも、その動向を見つめていた。

このデス・パレスは半径5㌔の場所に巨大な山脈が立ちはだかっており外から侵入するためにはまずその山を越えねばならない。

だが、その山も巨大な嵐の渦が取り囲んでおり、並大抵の人間が近づくものなら風の渦にのみ込まれ、その体はバラバラになってしまうことだろう。


「クソッ!あのクソ女神のやろう、どんな場所に転送しやがったんだ……家だよ?建物だよ?普通転生するって言ったら森や人里離れた所ってものが当たり前だろ……どーすんのこれ、いきなり人の家に飛ばして、それも部屋の中がめちゃくちゃじゃないか。俺は知らんぞ、賠償金払えって言われたりしたらお前の名前を出すぞ、クソ女神」


ぶつぶつと何か小言で言っている不審者にベリアル再度、警告をした。


「貴様、余を無視するとはいい度胸じゃな、今一度言う。何者だ、それからさっさとその上から降りろ!家具が駄目になってしまうじゃろうが!!」


「ん?……小学生?いや、もう少し上ぐらいか……」


ものすごい剣幕で怒るベリアルを見下ろしていた不審者は自分が何やら高い位置にいることに気が付いた。

それから一瞬、躊躇ったがソファーの上から飛び降りるとベリアルの前に静かに着地した。


「……体がふわーって浮いたぞ……おお、これがファンタジー要素!素晴らしい!!」


「こらー!無視するなと言っておるのだ!!」


「おっと、悪い……ふむ」


不審者は自分の恰好がおかしいのか上下の服を凝視すると、近場のスタンドミラーの前に移動し更に全身くまなくチェックをしている。


上下ともに黒をベースにした軍服、手には白い手袋、片腕に腕章が巻かれており、書いてある三文字は『死 に 神』と表記されている。

頭に被っている軍帽の中心にはフードを被った髑髏どくろマークがあしらわれている。


「この格好は将校か?いや、憲兵といった感じだな……女神の趣味か?だが悪くない。」


「ひゃい!?」


「現実世界では絶対に出来ない、やったら捕まるであろう銀髪少女の髪を撫でられる……あぁ、何て素晴らしい世界なんだ」


不審者は滑るように地面を動くと、自分の腰くらいの高さしかない小柄なベリアルの頭を撫でていく。

いきなり撫でられた感触と、思った以上に気持ちいい感覚がベリアルから変な声を出す要因となった。


「き、き、き、貴様ァ!何をしているのか分かって……ッ!?」


「サラサラの感触が手袋越しに伝わるな……ん?何だこれ……角?」


ベリアルの髪をかき分けていると、こめかみより少し上辺りに羊と同じような巻き角があった。

角と聞くと固いイメージがあると思う、だが弾力がある柔らかい感触が手袋越しに伝わってきた。


「ひゃ、ひゃめろぉ……んっく!?へ、へんなかんじがするからやめぇ……」


「や、柔らかい?角だよなこれ、モチモチして触り心地がいいな」


「……や、やめっ!?それいじょうさわるなぁ!お、おかしくなるうっ!?」


糸が切れたマリオネットのようにベリアルは力なく不審者の方に倒れこんだ。


「お、おいどうした!?え、え、何?俺の撫でテクが凄すぎたとか?いやいや、そんなのどうでもいい、この状態誰かに見られたらさすがにマズイよな……って」


咄嗟に受け止めた銀髪の少女は荒い呼吸をして、頬を上気させている……。

そんな不審者の彼は瞬きした瞬間に、両脇を仮面をつけたメイド二人に拘束されていた。

抱えていた銀髪少女は他のメイドが確保すると、不審者の彼は壁に叩きつけられた。


「げほっ!……な、なにごと?」

「不審者、いえ変質者に答える口はもっておりません。お嬢様へ働いた無礼、死をもって償ってもらいましょうか」


部屋の入り口には仮面をつけた赤と白をベースにしている生地の服を着たメイドが三人。

更にもう一人……メイド衆をまとめていると思わしき、リーダー格のメイドが靴音を鳴らしながら部屋に入ってくる。


空色の長い髪、色白よりも白い整った顔をしたメイドが前に出てくる。

他のメイドたちと違うのはメイド服全体が、緋色であることと、その手には似つかわしい三つ又の槍が握られていたということだ。


「射殺せ、絶対に殺す緋色の槍スカーレット・ギルティ


槍を振りかぶると躊躇いも無く、それを投げつけた。

投擲された槍は紅い光を帯び、血をイメージさせる色へと変わる。


「いきなり戦闘か、だが俺は力を手に入れている。そんな程度の攻撃など見切れぐはぁぁ!!」


槍が深々と胸元に突き刺さる。熱された鉄の棒を押し当てられるような痛みが彼の体内を駆け巡る。


「……判決ジャッジメント、地獄でのたうち回るがいい」


冷ややかな視線が不審者に向けられる、それは地面を這う害虫を見るような鋭い視線だった。


「……う、そだろ。これで終わり……かよ」


不審者こと、『四季神望しきがみのぞむ』は自分ごと壁に打ち付けられた槍を握ったまま絶命した……はずだった。






*



「お嬢様、お嬢様、お気を確かに。変態は始末いたしました、もう安心ですよ……」

「ん……ハッ!ここは何処じゃ!?」

「おはようございます。お嬢様」

「ツクヨミ……そうじゃ、あの変な奴はどうした!捕獲したか!?」


ツクヨミと呼ばれた緋色のメイドは頷くと壁にぶら下がる死体を指さす。


「後ほど回収しますが、標本という形で捕獲しました。」

「お、おう……いつもながらやることが派手じゃのう……」

「体調は如何ですか?変態に何かされませんでしたか?心配なので私の部屋で身体検査をしましょう、そうしましょう」

「大丈夫じゃ!大丈夫だから息を荒くして喋るのをやめんか!」


自分の部屋でと言いながらベリアルの服に手をかけようとしたツクヨミを一蹴すると、壁に突き刺さる死体を見た。


「……度胸は買っておく、それから頭を撫でる上手さもな。次に余の元に現れたら部下にしてやるぞ……退屈な私を楽しませてくれそうなあなたを……何を言ってるんだろう、そんなことあるわけないのに……」


ベリアルは最後に小さく悲し気に呟く。

威厳のある喋り方ではなく、容姿にあった喋り方で。


『フハハ、何だから知らんがその願い聞き入れよう』


部屋にいた全員が積み上げられた家具の上を見た。

そこには。。。

現れた時と同じような偉そうな格好で軍服姿の望《のぞむ》が座っているのであった……

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