第2話 憧れを持って、君を…

結構な広さのクレセント森林、その最奥というか中央。

 そこに一際巨大な木がどっしりとずっしりと生えている。

長さ的には目測で50m越えである。その根元でぐーすか眠り、鼻ちょうちん。

 夜行性であり、朝日が昇るとすぐに寝る。

 

 「ナッセ殿。銀色の犬が寝ているんだが、あれが本当に?」

 「そ。夜行性で夜は速くて強い。おまけに暗がりでも平気なんだわ」

 「成程」


まぁ、朝にいけば弱いってわけでもないが…。若干マシ程度。

 取り合えず、ん子に攻略手順を伝える。


 「ふむ。寝ている所に先制バックスタブ…」

 「叩き起こしたらブチギレて、攻撃力大幅↑+防御大幅↓するわけでな」

 「ふむふむ…。というか君は、サブキャラなのか?」

 「んー? そりゃま。息抜きってこった。で、弱点だが…」


これ言ったらまた蹴られるよな。然し、弱点だしなぁ…。

 悩みつつ俺はどうしようかと露骨に表情で表しつつ、考えた。

激オコ状態の体毛が硬いんだ。だから毛の無い部分を狙う必要があり、

 尚且つ、バックアタックとなると、ケツしか無いワケで…。


 「どうしたのだ? 何か弱点に問題でも?」

 「んー…あー…いや、そのな。ん…」

 「…」


どうしようかこの空気。などと考えていると、ん子の視線が恐ろしく鋭くなっていく

 のが手に取るように判った。…しゃあない、なるようになれ、だ。


 「激オコになるとだな、体毛が硬くなる」

 「それ以外が弱点というわけだな…って」

 「おわかりいただけただろうか」

 

理解したようで、小さいお顔が真っ赤である。まぁ要は激オコ状態のクエスト対象

 モンスター。銀のセントラテLv49。

 などと格好いい名前なんだが…どう見ても柴犬ぽい。

尻尾がクリッと渦巻いて、ケツの穴丸出しだもんよ。そこにバックスタブぶち込めば

 40台のアサなら一撃で20%は削れる。

そこで俺がヘイト奪って、再びケツにぶち込めばほぼ半分。

 コイツは凶暴化はしないので、というか、

 のっけから凶暴化だしな寝てる所起したら。


 「ほ、他に方法はないのか? ナッセ殿」

 「いやー、常時アグロだしな。それが最短で最善ってやつだ」

 「そ、そうか。し、然し…」

 「見た目柴犬っぽいからなぁ…可哀想だが息吹いるんだろ?」

 「う…うむ」


ちなみにこれは、物語も無い。倒したらドロップするというだけの奴だ。

 情報が無かった当初は、夜のセントラテにやられて死屍累々ってやつだった。

いまじゃ寝ているトコを襲って、ケツいわせばKO!という最適解があるもんで楽。

 尤も、柴犬愛好家のプレイヤーから「やめろボケ!」という声が多々ありで。


よし、じゃあいきますか。と、合図すると渋々と頷いた。

 

そろり、そろりと足音を殺して近づき。気持ちよさげに寝ているセントラテ。

 そのマルッとくるまった尻尾の生え際やや下のアスタリスク目掛けて

 一撃目のバックスタブが、えぐり込むようにキマッた。


    「キャィイイイイイイイイイイイッン!!!」


という鳴き声と共に、5600というクリダメが赤い大文字で飛び出てきた。

 その文字の影で、申し訳無さそうな顔をしている ん子。

1秒2秒3秒…よし、シールドレゾナンスを使い、スタン性能付きの吼え声を

 盾を叩き鳴らして相殺しつつ、ヘイトを奪い、20秒間無敵+行動不能の…。


    「アースフォーム!!」


ガチィィィイッと言う音とともに、無敵硬化した瞬間、セントラテの顎が

 右肩にがっちり食いついた形ではあるが、見ようによってはちょい大型の

 柴犬がじゃれついてるようにも見える。

そこに15秒のCT終了したン子が再び、菊の門へとバックスタブをねじ込む。

 今度は悲鳴もあげずに大きく口をあけて、涙目でプルプルしている。

ダメージリアクション酷すぎんだろう。

 罪悪感しか湧いてこねぇぞ運営コラ!である。

後は、ヘイト管理しつつ、回復POT飲んでセントラテと戯れていればOK。

 ダメは全て、ン子がケツにクリぶち込んでの繰り返しであえなく終了。


    「なぁ…ナッセ殿」

    「お?」

    「私、犬派なんだ」

    「お、おぉ。運Aチネってとこだな」

    「GMキルはありか?ここは」

    「いや、それやったことねぇな」


思わず脳内で芝が生えまくりつつ、目的の息吹装備を入手。

 当初は苦労しただけに中々の性能。OP移動速度5%UPだ。

40台装備の中でもかなり上物であり、62まで使える一品である。

 

目的を終えて、俺達は帰還石で城下町へと戻り、3.14アプデの話をしていた。


    「ナッセ殿も…その、メインで狙うのか?」

    「ん?忍者? いやー? 興味ねぇ」

    「サーバーで唯一のモノだろう? 欲しくないのか?」

    「んー…使い慣れない名剣よりも、使い慣れた駄剣のがいいやな」

    「な、成程…」


そういうと、俺は右手を軽くふり、視界に現れたコンソールからキャラチェンジを

 選びつつ、左手を軽く振って彼女に別れを告げた。


    「ま、がんばれ。応援すっからな!」

    「あ!ちょっとまて! 私は何も礼をしていな…」


そのまま、メインキャラへと姿を変え、ギルド本拠地に居るだろう

 今INしているお仲間全員を本拠地の中庭に召集をかけた。


    「お頭ー、どこいってたんだ?」

    「おー、ハルヴ。何、暇つぶしにな」

    「暇つぶしってまさか、またレイドソロとかキチガイプレイとか?」


おー、それもあったなー。忘れてた。と、紅い髪を無造作に伸ばした頭をぽりぽり。

 一度視線を本拠地の屋敷に移して、再びハルヴへと。

黒髪オールバックに口元を隠して上半身マッパのやたら幅が広く裾が長いズボン。

 ちょっと古風なアサシンスタイルが好みの、ウチのNo3。小さいが中々強い。

 

    「はー!?またレイドソロっすか!?」

    「クロやん。

      名前クロやんなのに、何で服を白のスーツにしたんだ?」

    「いやそのー…ギルドに女の子勧誘しようかなー…なんて」


ギルド思いのいい奴なんだが、ちょっとなんかズレてるNo2のクロやん。

 まぁ、ほれ、ちょいとした縁があって女の子加入させられそう。

そんな事を伝えると、周囲に隠れてた奴等が全員一斉に飛び出して着た。


名前だの容姿だの性格だの一斉に尋ねられても、答えられるか!!

 聖徳太子か俺は!! と、一括して、ある程度整理して話した。


   「性格はクールかー…イイネ!」


と、ハルヴがGJサイン。


   「そしてちょっとドジっ娘とかマジすか!?」

   

大げさに仰け反って驚くクロやん。


   「容姿は中性的であり、ポニーテールの似合うお嬢さんと。

     そして何より、アサシン! 良く見つけられましたな…」


戦闘能力はイマイチだが、戦術に関しては間違いなく一番の眼鏡。

 いや、通称が眼鏡じゃなく、普通に名前が眼鏡なんだ。

黒のロングコートに黒のスーツ。黒のシルクハットに丸眼鏡。

 ちなみに銀髪七三。いつも笑顔を絶やさないが、怒ると怖い。


  「ちなみに名前は…」


言いかけると、皆が静まり返り、いまかいまかと、待ち構え…。


  「ギガ盛りン子」


盛大にずっこけた。


  「ネカマじゃねっすか!!」

  「どうみてもネカマですね」

  「いやいやいや! 俺がそう呼んでるだけで、

    確か名前は、戦の風と書いてソヨカゼちゃんだったかな」


…おい、眼鏡。何で頭の上に血管マークピクつかせて、俺の方に寄って来て

 襟掴んでどこに引きずり込む気だー!!


  「レディに対しての最低限度の礼節というものを、

    少し躾けねばならないようですね」

  「お頭…女の子に、ン子はねぇっす」

  「ある意味というか、色んな意味ですげぇ人だよ」

  「テメェ等助け…ちょ!眼鏡!おま!やめ!! ごめんなさい勘弁してください!」


駄目です。という言葉を最後に、

 俺は眼鏡に、本拠地の闇へと連れ込まれてしまった。



そして、恐らく全ナナオプレイヤーが、

 待ちに待った3.14超大型アップデートの日が着た。

 同時にこの後に待ち受ける奇怪な現象を予期するものなぞ、誰も居なかった。



  「よし、テメェ等。ン子…じゃねぇ、ソヨカゼちゃん勧誘兼、

    忍者職押し付けちまえ作戦。準備はいいな!」

  「お頭のネーミングセンス、すさまじいっす」

  「ok。僕の隊でソヨカゼ嬢を護衛。

     ハルヴ隊が、そこらの弱小ギルドを潰してまわり、

     お頭達が、最大の障害となる、レディキアの御盾を抑える」


作戦確認良し、と。まぁぶっちゃけ、NPCレディキア姫の追っかけギルド。

 なんだが、意外と手強い上に数が多く、ギルマスが騎士の唯一上位職。

 プリンセスガードなる超強力ユニットだ。

奴が出るということは、麗剣レディキアも出てくる事は明白。

 カンスト無視のLv180のフェンサーで、毛並みは金髪クロワッサンの

 ですわ口調。高飛車、高笑い、傲慢であるが、慈悲深い良く判らん姫さんだ。


連れて歩ける姫さんだけでも糞強いってのに、その恩恵でギルド全体に、

 攻撃防御10%↑のバフが掛かる糞仕様。今回は他の大手ギルドは様子見らしい。

となれば、俺がレディキアと、ギルマスのアインを倒す。

 …下手なレイドボスより強いんだがな。ま、面白い。


無意識に口元に笑みを零しつつ、対象クエストの新MAP、松平城下町へと。

 …松平? どっかでなんか見た事あるよーなないよーな。

と、首を傾げていると、隣に居る眼鏡が、徳川家康の改名前の名前ですよ、と。


おー、なるへそ。と、興味なさげに城の方を見た。

   「んじゃ、敵は三河武士的なアレなんか」

   「恐らく。ともすれば、日本最強の武士、本多忠勝並びに、

     忍者…服部半蔵も居るでしょう」

   「いやそれはいいんだが、完全オリジナル神話謳ってて、

    なんで日本でてくんだ?」

   「ネタギレでしょうか、判りませんが。警戒を」


と、眼鏡が右の人差し指で眼鏡を軽く押し上げ、作戦の確認。

 松平城へと続くやや蛇行した道の、右側は石造りの壁、左は森。

となれば、ソロで行動しているン子は必ず森の中を移動する。

 だもんで、クロやん隊は散開して、ン子の発見及び護衛。

 あわよくばそのまま、クエスト対象となる密書の獲得。

ハルヴ隊は森及び周辺のギルド殲滅。

 そして、俺達はレディキアの御盾を足止め。


   「よーしテメェ等。念願の紅一点獲得、頑張んぞ!」


その声に、個々それぞれではあるが、気合いの入った返事とともに、

 高速移動スキルで散開した。


――――――――松平城外部(南西)――――――――


おー、居る居る。24…フルレイドPT編成か。こっちは俺と眼鏡とカンスト手前の

 奴等4人…。1PT。流石に正面はキツいな。

大きな一本松の影に隠れ、隙を伺う。どうやらお相手はまだ作戦の確認中。

 今の内に一気に攻め込むか…。

 

 「お頭。あちらもコッチが着ている事は重々承知ですよ。

   ああ見えて、その実、周囲にトラップ魔法仕込んでいると思われますね」

 「だろうなぁ…」


さて、奇襲すると痛手を被るが、要は足止め。時間稼ぎが出来ればOK。

 となれば…眼鏡と顔を見合わせ、互いに頷いた。


 「おー! アイン。お前さんも忍者職取りに来てんのな?」


と、わざとらしく、堂々と一本松から姿を現して声をかける。

 金髪ロングの色男。鋼色のフルプレ騎士様アインは、こちらを視認すると、

 無駄に爽やかに挨拶をしてきた。


 「やぁ。刹那君。久しぶりだね、君も目的は同じだろう?」

 「おー、まぁヤボよばぶばぶふふば」


こら眼鏡、後ろから口を手で塞いでくんな!


 「おっと失礼。お久しぶりですね。アイン君。お元気そうで何より」

 「…。君も、変わらないようだね。で、奇襲のアドバンテージを

   棄てて、何をしているのかな?」

 「見え透いた罠に飛び込め…とでも?」


なんだか似たような二人が腹の探りあい。俺は余計な事は喋らん方がいいな。

 と、周囲に視線をやっていると、眼鏡が驚いた顔をして、こちらを見て…。

いや、俺よりやや斜め下――――。


 「なんでここにいんの!?」


思わずあとずさり、驚きの声をあげ、しょっぱなから作戦失敗じゃねぇかと。

 眼鏡も困ったように、やれやれ、と、肩を竦めた。


 「どういう意味だ? まるで私を知ってるかのような」


不思議そうに、俺と眼鏡とPT面子をキョロキョロと見ている。

 まぁ、隠す必要もネェし、ナッセのメインだと言う事を告げる。


 「…!? な、なななな」


目を丸くして、口をパクパク。また鯉化したン子に俺は一言。


 「まぁ、細かい事はどうでも良い、さっさと取って来い」


と、軽く背中を叩きつつ、小声で森に俺の仲間がいる、合流してさっさと

 取って来い、と。そういうと、ちょいと強めに背中を押した。

押したのだが、行こうとしない。

 むしろレディキアの御盾に敵意を向けているような。


 「断る。君がナッセ殿のメインなら、受けた恩は返すが道理」


真面目か。だが、正直現状足手纏いだ。新しく手に入れた息吹装備。

 アサシン用で地味な色合いの茶色なのだが、お飾り装備でやっぱ

 忍者風にしてある。


 「あー…、恩とかいいからったく。テメェ等作戦変更だ」

 「なっ…何をする!? やめろ!!」


というと、内容を理解したのか、眼鏡がン子を抱え上げ、

 高速移動でその場を走り去り、仲間もその後へと続いた。

それを見送った後、軽く首をコキコキと鳴らし、何故か待ってくれて

 いたアイン達の方へと視線を向ける。


 「わりぃなアイン。待っててくれちまったみたいで」

 「いえ、待っていた覚えは、無いですよ」

 「ほう? ってーと、なんだ?」

 「私達の目的は、忍者職に非ず。貴方ですよ」

 「俺かよ!!」


と、大げさに驚いて、前傾姿勢となり、戦闘へと突入する。

 アインのフルレイドPTは4隊からなる24名での鶴翼の陣形。

 その中央に、プリンセスガードLv120のアイン。

 そしてNPCの麗剣レディキア姫Lv180。その他面々ものきなみカンスト。

左右に前衛・後衛・補助回復と一部の隙も無い。


 「さて、皆さん作戦通りお願いします。


   これよりレイドボスプレイヤー【刹那】討伐を開始する!!」


 

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