第2話 キンドラ
僕の名前は早弓 光(はやゆみ らいと)
変わった名前だと思われるが、当時『キラキラネーム』と言うものが流行っていたらしく、父親が名付けたものだった。
僕自身、その名前が嫌いで恥ずかしかった。
中学1年生の夏休み前、それは期末テストの返却の日だった。
「おい!早弓!」
僕を呼ぶ声がする…恐る恐る、振り返ると、そこには、いつものように、ニヤニヤと悪い顔したイジメのリーダーである「貴志 直樹(きし なおき)」が僕に声かけた。
噂によると小学生からラグビーをやっていて、そのせいかガタイが良い。髪を茶髪に染めて、入学式1ヶ月くらいから、自分をイジメて来るヤツだ。入学当初から、彼は職員会議で議題に上がるほどの問題児だった。
「……な、なに?」
僕は、彼に対して怯えていた。
「あ?なにびびってんの?こいつ!ただ呼んだだけじゃん!!」
彼は、明らかに僕に対して、メンチを切ってきた。
そして、彼は僕の座っている椅子をガンッと脅すように蹴ってきた。
「そんな事いいや、おい、キンドラ、てめーのテスト出せ!」
キンドラとはゴジラの怪獣「キングギドラ」のことを指す。彼ら曰くその意味はチビ、デブ、メガネの3つを揃えた意味らしい。
小学生からの僕のあだ名だった。
もちろん、僕はそのあだ名が嫌だった。
「………」
僕は黙り込み下を向く
すると、再び彼は椅子を蹴り
「コラ!無視してんじゃねーよ!」
と、机の上にある手で抑えてたテストを取り上げようとした。瞬間的に反応し、点数がバレないように、隠していた
しかし、力づくで手を振り解き、強引に奪い取られた。
そして、僕のテストの点数を、クラス中に聞こえるようにワザと大声で笑いながら
「おい!こいつ数学12点だってよ!マジウケる!」
彼は大声で笑い僕をからかい出した。
周りも、そんな喧嘩腰の貴志を恐れてか、明らかに無理やり笑っていた。
僕は顔を赤くし、下を向くことしか出来なかった。
そして、彼は覗き込むように僕を見てきた。
「おめーさ?真面目にノート書いてるわりに、逆になんでこんな点とれんの?ガイジなんじゃね?マジで」
「……」
ガイジ、それは『障害者』の差別用語。
僕は肩が震え泣きそうになる…でも、毎日、こんな事の繰り返しで、耐える事が出来てしまっていた。
「だから!なんで黙ってるんだよ!」
今度は机を叩き出した。
僕はビクッと反応する、彼はそんな僕の姿を楽しんでいるように見えた。
すると、クラスの担任の先生である斎藤先生が、飛び込むように大声を出して
「やめろ!貴志!またお前か!」
と、止めに入った。
斎藤先生は、まさに貴志の為クラスの担任に就いたのではないかと思うほどのコワモテな先生。体育教師をやっている。
貴志はため息を付き
「あー、はいはい、戻りゃいいんでしょ?戻りゃ」
そう言いながら、自分の机に戻っていった。
彼は足を机の上に投げ出すように座っている。
そして、僕のテストはビリビリと破られ床に撒かれていた。
それを見て斎藤先生が、形相を更に怒りに変えて怒鳴り出した。
「貴志!なにやってるんだ!」
「あぁ?席に戻っただけっすけど?」
彼はニヤニヤと笑みを浮かべて反抗する。
すると、先生は
「貴志!後で職員室に来い!」
貴志は「あーぁ!どっかの、チビデブメガネのせいで呼び出し食らっちまったよ!めんどくせーな!」と大声で言う。
そう…もう、この時、既にうちのクラスは学級崩壊していた。
この頃、そんな、学校生活だったけど、僕の心の支えがあった。
「おーい!ライト!」
放課後、校庭を歩くと呼びかける声がする…振り返ると、別のクラスの同級生。村石 薫(むらいし かおる)だった。容姿端麗でポニーテールの髪型、通っていた小学校が同じで、いつも、何故か僕に笑顔をくれた。
彼女はいつも、僕に元気に声をかけてくれる。
元気の無い僕に彼女は、いつも励ましてくれた。
「どうしたの?また、顔色悪いね?」
そう、彼女に声をかけられると、僕は耳が真っ赤になり
「な、な、なんでもないよ」
僕は精一杯の声を出す。
唯一学校で、少しマトモに『声』を発する事ができる存在だった。
「そっか、一緒に帰ろ?」
笑顔で僕に話してくれた。
そして、唯一こんな僕と一緒に帰ってくれる存在だった。
この頃の僕は「赤面症」と呼ばれるものだった。
誰と話すにしても親と妹以外の人、男女関係なく、話しかけられるだけで、緊張し、好きな人でもないのに、顔が真っ赤になる…まともに話す事が出来ない一種の『病気』みたいなものだった。
でも、この時の僕の『幸せ』と呼べる時間は、その『帰り道』だけだった。
もし、それが無ければ登校拒否していただろう…
しかし、自宅に帰ると、また地獄が待っている。
「あ、キンドラ帰ってきた。」
妹だ。名前は菅原 莉乃(すがわら りの)苗字が違うと思われるが、ウチは僕が小6の頃、両親が離婚し、父親が妹の親権を取ったのだが、父親が行方不明になってこの家にいる。
小学5年の妹は、その歳にして自分よりも背が高く、学校でも頭も良い方に入る、そんな彼女と、僕は親戚や親からも比べられる事が多かった。
そんな、妹を避けるように、僕はすぐに部屋に逃げ込んでいた。
「あっ、やっぱり逃げた」
そして、スマホとイヤホンを取り出し、ベッドに横になり、イヤホンを耳につけ、妹の声が聞こえないように、ボリュームを最大にしてアニメの音楽を聴く。
それが、僕の家での過ごし方だった。
帰ってきて、勉強するわけでもなく、漫画を読むわけでもなく…ただ、ただ、そうやって現実逃避をする。
それが毎日の日課になっていた
しばらく目を瞑っていると、すると、いきなり頭を強く叩かれる。
僕はイヤホンを外し、目線を上げると、母親の姿が映る。
「いつまで寝てるの?何回、ご飯と言えば来てくれるのかな?ライト?」
母親は、男勝りな性格で、離婚した父親似の僕を明らかに毛嫌いしていた。
「あんたのそう言うところ、お父さんに似ていて本当に嫌い!」
この言葉、何度聞いただろうか…
「ごめん…なさい…」
僕は絞り出すような声で、謝る…これがいつもの繰り返しだった。
そして、リビングの席に座る。
横には妹が座り、真正面には母親が座っている。これが習慣だった。
家族でも食事の間は一切しゃべらない…テレビの音だけが、耳に入ってきていた。
食事が終わり、食器を下げようとする。
すると母親が
「あんた、そういや、今日テスト返却日じゃなかったの?」
そう問われると、僕は
「…うん。」
「見せなさい」
そう母親に言われると、部屋に戻りビリビリに破れたテストの用紙を持ってくる。破れたテストはセロハンテープで、くっ付けられていた。
すると、母親はそれを見て
「何?これ?」
と問う。すぐ点数の方に目がいったみたいだ。僕は
「ごめんなさい……」
それを察してすぐに謝った。
母親は破れたテストには触れず、形相を変えて怒って来た。
「あんたね!無いお金から、塾にまで通わせて、なんで、こんな点しか取れないの!!意味ないじゃない!」
と、怒鳴ってきた。
その姿を見て、妹は笑いをこらえていた。
僕は妹からも、バカにされる存在だった。
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