第5話夢か現か

「英子、大丈夫か?」


英子と呼ばれた少女は聞きなれた声にぱちりと目を開けました。あまりに怖くて目を閉じた後、しゃがみこんでしまっていたようです。同じように腰を落として英子の顔を覗き込む少年の胸に、思わず飛び込みました。


「こ、怖かった。変な人が後を追ってきてそれで…」


それから少女は頭を上げて、呆れたようなほっとしたような顔をする少年をきょとんと眺めました。


「それで?」


「怖くなって、木の陰に隠れてやり過ごそうと思ったんだけど、足がもつれて転びそうに…」


よどみなく話してはいても英子は自分の話がどこかおかしいと思っていました。少年は額の汗をパーカーの袖で拭います。


「変な奴なんか見かけなかったけどな」


「え?」


「英子がさ、前を歩いているのが見えたんだよ。人は多いけど危ないじゃん?酔っ払いだっているんだし。心配じゃん?だから急いで追いかけてきたんだよ。夜に一人で出歩くんじゃねーよ」


親も心配するだろともっともなことを言われて英子は神妙にうなづきました。それから、桜並木の桜を眺めふと一人の青年が木の陰から自分を見ているような気がしました。その人影は英子が二、三度瞬きをすると街灯か月明かりで照らされてできた影だと気づきホッとしような、寂しいような気持ちになりました。


「じゃあさ、せっかくだし、一緒に歩かね?」


「私と一緒に?」


「夜桜デートって、どう?」


「デート?」


「つまりさ」


英子の手をとってそっと握りしめました。英子の心臓が大きく跳ねます。


「俺たち、つきあわない?」


英子は目を泳がせて少し考えるようなフリをしてから、ぎゅっと少年の手を握り返しました。


「私でよければ」


嬉しそうな顔をする少年の背後で、一本の桜の木からふぁさりと花びらと桜が落ちるの見えました。桜の木の精霊が笑い踊り、祝福しているのではないかと思いました。


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花宴 天鳥そら @green7plaza

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