第4話宴もたけなわ


(しまった。全部食べてしまった)


少女は空っぽのお皿と何度かついでもらった湯飲みの中の緑茶を見て、思わず顔をしかめました。


「お口に合ったかしら?」


にこにこと笑うおばあちゃんは、真っ赤な小粒の苺が入った器を差し出してきました。少女が美味しかったですと素直に言うと、あまりに嬉しそうに笑うので差し出された苺の入った器を思わず手に取って口の中に放り込みました。甘酸っぱさが口の中に広がって、ほのかな甘みに頬がゆるみそうになります。


おばあちゃんはすっと立って、少し遠くに座っている青年のそばに寄っていきます。青年は桜の木を眺めたまま、あまり動いていないようでした。少女は苺を口の中に放り込みながら、桜の木を眺めて思わずため息をつきました。


盛りを過ぎて散るばかりとなった薄紅色の花は、月明かりに照らされて光っています。ひらひら降りしきる花びらは、あたりに積もって薄紅色の絨毯のようでした。朱色の敷物の上にも広がって、花びらの中に寝ころんでしまいたいという衝動が起こります。ふと気づくと、仙女のような恰好をした女の人達の人数が減っていました。食べている間にずいぶん時間が経って、この宴からそっと席を外してしまったのでしょう。


「あの、お兄さん?」


ここで初めて少女は青年に話しかけました。驚いたようにこちらを振り向いて、少女の方をじっと見ます。


「どうかしたかしら?」


おばあちゃんが青年の代わりに用を聞こうとしましたが、青年は軽く首を振って立ち上がりそっと歩いてくると少女の隣に腰をおろしました。


「どうかしたか?」


優しく問いかけられて、少女はドギマギしてしまいました。


「あ、あの。そろそろ帰りたいと思って」


「そうか」


「さっきまでいたお姉さんたちも少なくなっちゃったし、もう遅くなったのかと」


しどろもどろと話すと青年はまだ踊って笑っている女の人達の方を見て、それから少女ににこりと笑いました。


「桜もずいぶん散ってしまったからな」


少女が女の人達の方へ視線を向けると、ふいっと一人の女性が姿を消しました。その後、桜の花びらが固まって落ちて地面を薄紅色に染めていきます。


「あれ?今、女の人が…」


「人のいるところまで送ろう。身内の者が心配しているだろう」


さっと立った青年につられるように少女は立ちます。消えてしまった女の人のことはすぐに頭から吹き飛んで、帰り道は大丈夫だろうかという心配で頭の中がいっぱいになりました。


「彼女を近くまで送ってくる」


「はい。いってらっしゃい」


おばあちゃんがにっこり笑います。少女はぺこりと頭を下げて、ごちそうになったお礼を言いました。


「ごめんなさい。私、ずいぶん食べちゃって。会費とかあったら払います」


きっと何かの集まりで、出された料理も持ち寄りやお金を出し合って集めたのだろうと思って言うと、青年はゆっくり首を振りました。


「気にしなくて良い。美味しそうに食べてたからな、作り手も喜ぶ」


「でも」


「さあ、送ろう」


青年に促されてしぶしぶ宴の席から離れていきます。桜の木から離れて、見慣れた桜並木を歩いて行きます。街灯の明かりがちらちらと踊り、見知っている場所と風景に少女はほっとしました。


(変な場所じゃなくて良かった)


人の気配が感じられないものの、静かに隣を歩く青年といると何も心配することはないように思えました。青年の顔をそっと見るとこちらを振り向いたので、ぱっと顔をそらしました。色々聞きたいこともありましたが、この不思議な空気を壊したくなくてそのまま黙っていました。


しばらく歩いていると、青年はふと立ち止まりどこか遠くを眺めてから、少女の方を見てにこりと笑いました。


「私はここまでだ」


「え?でも、人がいるところまでって」


「貴女を探しに来た人がいるから、もう大丈夫」


そう言われてあたりを見回しますが、人っ子ひとりみあたりません。どういうことかと青年の方を見ると、そこには誰もいませんでした。


「お兄さん?お兄さん?」


途端に追いかけられた時の不安がよみがえり、子どものように大きな声で叫んでいました。


「お願い!一人にしないで!お願い!」


あるのは桜並木と街灯ばかりで、少女は思わず目を閉じてしまいました。


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