第3話食べても大丈夫

朱色の敷物の端っこで膝を抱えて座っていると、目の前の奇妙な団体が思い思いに話し笑い始めたのでほっとしました。自分のせいで中断させてしまった負い目と、注目を浴びたことへの居心地の悪さはあるものの、この宴にあまり深入りしない方が良いような気がしていました。


(もし、妖怪とか変な宗教団体とかだったらどうしよう)


じりじりとした思いで自分を追ってきた気配をうかがいます。もう、自分のことなど忘れてどこかに行ってしまったのではないと思いながらも、追いかけられた怖さから身動きがとれずにいました。


(もう少し、もう少ししたら元の道に戻ろうかな)


緊張と焦りで少女は花見どころではありませんでした。少女のすぐそばに立つ一本の古い大きな桜の木が、枝にたくさんの花をつけているというのに、全く気づいていません。はらはらと落ちる花びらは少女の頭や腕、足にも降り積もっていきますがここから早くでて家に帰りたいとそればかり考えていました。


「お嬢さん、甘酒はどうかしら」


おっとりと話しかけられて少女ははっと顔をあげます。真っ白な髪の毛をまとめ上げ、紅色の玉がついたかんざしを差したおばあちゃんがにっこりと笑います。ふっくらとしたほっぺたに皺が刻まれていますが、つやつやとした肌は健康そのものでどこにでもいる気の良いおばあちゃんに思えました。


「いえ、結構です。ご迷惑おかけしてすみません」


ぺこりと頭を下げるとおばあちゃんはちょっと困ったような顔をして先ほど少女に声をかけた青年の方にちらりと視線を向けました。青年は面白そうに笑ってうなづくとおばちゃんもこくりとうなづいて、甘酒の入った湯飲みを少女のそばにそっとおきました。


「あの、私」


「体が温まるから飲んでみて」


少女が断るのも構わずにそのまま湯飲みを置いて、さっさと立ち去ってしまいました。おばあちゃんの行った先には黒塗りの重箱がいくつかあり、すでに空になっている重箱と中身が入っている重箱から何かを見繕って箸で取っています。美味しそうだと思いながら見ていると、少女のお腹がぐうっと軽く音をたてました。急いでお腹を両手でおさえて、甘酒の入って湯飲みをじっと見つめます。全速力で走ったせいでお腹が空いてしまったのだと思いました。


「飲んでも大丈夫かな」


ほっこりとした白い湯気がたつ湯のみをそっと手に取りました。ごくりとつばを飲み込んで思い切って湯飲みに口をつけます。甘酒の甘みとどろりとした舌ざわり、ぶつぶつとした食感が喉を通り過ぎます。


「美味しい」


口から湯飲みを離して感動するように呟いた後、少女は全部飲み干していました。少女が湯飲みを空にすると、目の前におばあちゃんがにこにこしてやって来て、いなり寿司やちらし寿司、つくだ煮や卵焼きがのったお皿をどんと少女の前に置きました。


「体が冷えていたのよ。ずいぶん顔色が良くなったわ」


良かったら食べと言われてお箸を強引に渡されました。おばあちゃんの背後でお酒を飲みながら、こちらを微笑んで見ている青年に視線を走らせてから、いなり寿司を箸に取りました。


「いただきます」


「どうぞどうぞ、召し上がれ」


にこにこと笑うおばあちゃんに軽く会釈をしてからいなり寿司にかぶりつきます。油揚げの甘さと五目ごはんの素朴な味が口の中で広がった瞬間、少女は夢中になっていなり寿司を口の中に放り込みました。

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