怒りと理想

 俺は今、南国北部の草原エリアにいる。

 とあるクエストを受けたからなんだが、何故かグリア・グリムホールまでいる。

 ―あの子をくれないか?

 そう言ってきた後、ハノナがクエスト受注完了の報告に来て今に至る。なんで相談無しで勝手に決めたの?俺達ちょっとシリアスな展開に入りかけてたんだけど。いや、当の本人だから邪魔をする権利はあるのか。

 しかし、このクエスト簡単すぎないか?

 俺はクエスト内容を確認するために詳細を開く。

『募集! 難易度:level12

 依頼名:最速の侵略集団

 内容:クイックウルフ20体の討伐

 場所:南国北部草原付近

 報酬:80000G

 クイックブーツ(足防具)』

 目線を上げると、離れた場所でハノナとグリアが共闘している。ハノナは知っていたが、グリアも中々のものだ。戦い馴れしている。

 それに装備もしっかりと整っているものを使っており、武器に関しては魔剣と呼ばれる物に等しい。

 一般冒険者たちからすれば、間違いなく強者。

 だからかな。ハノナとグリアの共闘は様になっている。お互いがお互いのフォローをし、回復アイテムも惜しみ無く使ってハノナを助けてくれている。


「ブリザードスラッシャーァァ!」


 グリアの叫び声と共に、最後のクイックウルフの断末魔が聞こえた。クエスト終了…か。

 ハノナとグリアが俺の元へ戻ってくる。まあ、グリアの顔は極めて不愉快そうだが。


「コース!終わったぞ!」


「ああ、思ったより早かったな。お疲れ」


 ハノナが差し出した手と俺の手が当たり、パチンと音がなった。ハイタッチ。今まで照れ臭くてしなかったが、ハノナとなら違和感無く出来る。

 それを側で見ていたグリアは突然俺の胸倉を掴んだ。


「貴様!女の子に戦わせて自分は安全なところから見物か!いい身分だな!」


「…どーも」


 グリアの怒りの理由は至極真っ当なものだ。

 本来、冒険者には男が多い。これは女を守るのは男の役目という偏見からきている。そんな中、女に戦わせ、男が見守るという光景は不思議なものだ。

 グリアは人一倍その偏見が強いらしい。それは女好きな性格が原因だと思うが。


「待ってくれ!コースに待機の指示を出したのはあたしだ!」


 胸倉を掴まれている俺とグリアの間にハノナが割ってはいる。

 自分のせいで人が争うということが嫌いなのだろうか。


「だが!それでも女に守ってもらうなど恥ずかしくはないのか?!」


 それでもグリアは引かない。

 グリアは続ける。


「自分自身が弱いと自覚し、女の影に隠れ、モンスターに怯えるような冒険者はいらない!はやく辞めることだな!」


 言いたいことを全部吐き出したのだろうか。グリアは肩で息をしながら俺を睨んでいる。

 だが、俺としてはどうでもいい。誰に何と言われようと、俺は冒険者を辞めるつもりはない。なにせ、ずっと夢見てきた職だからな。そう簡単に手放してたまるか。


「おま」


「貴様、いい加減にしろ」


 少し言い返そうとした俺の言葉を遮ったのは、ハノナだった。

 今までに聞いたことのない低い声。鋭く睨み付ける瞳。間違いなくキレている。level900オーバーの俺がビビるくらい。ほんとに怖い、どうすんだよこれ。


「しかし!」


「先程から言っている。コースに待機の指示を出したのはあたしだと。人の話を聞け」


 いや、ハノナさんがそれを言っちゃいますかね。

 なんて思っていると、ハノナが振り返り、俺を刺すような視線で見る。あれ?心を読むスキルなんてあったっけ?

 つい目を反らすと、ハノナがこちらに近付いてくる足音だけが聞こえた。俺、怒られるのか?


「コース!」


「は、はい!」


「何故、自分は悪くないと言わない。何故、指示に従っただけだと言わない。何故、何も言い返さない」


 言い返そうとはした、と言いかけ、言葉を呑み込んだ。目の前にあったハノナの顔が悲しそうだったのだ。ここで俺は気付いた。

 ああ、そうか。ハノナの中で俺は『強い』人間なのだ。きっとこの『強い』の意味は単純なステータスの話ではなく、内側を指すのだろう。

 俺はハノナと長い間一緒に居たわけではない。たった数週間。その短い間、俺は自分の意思を貫いてきた。ハノナを助けたときだってそうだ。逃げろと言うハノナの言葉を無視し、俺はファイアドラゴンに立ち向かった。

 ハノナが思い描く理想の俺がそういう『強い』を持つのならば、俺はそれを裏切れない。

 だから、俺がここで取るべき行動は―


「すまないな、ハノナ。確かに俺は間違っていない。ハノナの指示に従っただけだ。だが、俺はお前を守れる場所に居なかった。直ぐに助けられる場所に。だから、これは俺の落ち度だ」


 そう言って俺はハノナの頭を撫でた。

 ハノナの中の俺が、自分の考えを貫く強さを持っているのなら、それはきっと素直に非を認めることも強さなのだろう。


「…そ、そうか。すまなかったな、強く言い過ぎた」


「何故だ!何故こいつを許せる!こいつは貴女を盾にして」


 Shaaaaaaaaaaaaaa!!


 グリアの言葉は何かの咆哮によって妨げられた。

 ファイアドラゴンとは違うが、それに似ている。

 それにファイアドラゴンは西国にしか生息していないはず。

 咆哮の主を聞こうとして向けた視線の先には、震えるグリアがいた。


「おい、どうした」


「ま、まずい。特別危険個体種が何故…!」


 俺の問いかけとは別に、独り言を話し出すグリア。

 特別危険個体種。それって確かファイアドラゴンと同じ―


 Shaaaaa!!


「っ!来るぞ!」


 突然、揺れだした地面から飛び出したそれは緑色の羽が生えた大蛇だった。




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