焉刃ラグナロク

 地面から飛び出してきたのは大蛇だった。

 背中に生えた羽は薄く透け、牙から漏れだした液体は地に落ち、草を溶かしていく。おそらくは毒、それもかなり強力な。levelで言えば、間違いなく30以上だろう。

 ファイアドラゴンと同種だろうか。

 生憎、俺にはモンスターに関する知識がない。だが、無いのなら視ればいい。

 俺は魔眼を取り出し、大蛇に向けた。

『モンスター名:スネイクドラゴン level32(特別危険個体種)』

 ファイアドラゴンのクエストよりlevelが高い。こいつ1体でファイアドラゴン2体と同等かそれ以上ということか。

 俺は左右にいる2人を見る。

 2人共、それはもう怯えている。ハノナは怯えていると言うよりかは、警戒している感じか。それに比べ、おい!グリア!びびりすぎだろ!剣握れてないぞ!?


「なあ、お前。大丈夫か?」


「大丈夫か、だと?貴様、あのモンスターが見えないのか?!」


「いや、見えてるから。確かに視力は良くないが、見えなくなるほど悪くなってないぞ」


 怖いとかじゃ無くて気持ち悪いんだよな。爬虫類は苦手なんだよ。

 スネイクドラゴンに視線を戻し、焉刃ラグナロクを取り出した。神威ほどではないにしろ、それなりに手に馴染む。流石は魔剣クラス。使い手に忠実と言うか、何と言うか。

 俺は柄を握ったりして、感覚を確かめていた。すると、俺の服が横から引っ張られた。


「何をするんだ、ハノナ」


「やるのだろう?正直言ってスネイクドラゴンはファイアドラゴンより強い。まあ、心配はしていないが、一応気を付けておけ」


 ―今は神威を封印しているのだから

 最後にそう付け加え、ハノナはグリアの隣へ移動した。


「っし、やるか!」


 俺はラグナロクを強く握り直し、前へ歩いていく。


『少年、我と一戦交えるつもりか?』


「まあ、な。ここで退くわけにはいかないだろ」


『それは少年自身の覚悟か?それとも少女に恥ずかしいところを見せられないという意地か?』


 スネイクドラゴンは嘲笑うかのように問うてくる。くだらない、と。人間の戦う理由はくだらなすぎると。そう言われた気がした。


「ぷふっ」


 俺はそれが可笑しくて笑ってしまった。駄目だ、我慢できない。くくっ。


『何が可笑しい』


「いや、あんたらは人間を下に見ているのだろう?そんな下の事を気にしているなんて随分と優しいんだな。いや、俺もお前の事を言えないか」


『何が言いたい』


 ついさっきまでの態度とは違い、数トーン低い声で問い返してくる。何が言いたいのか分かっているのだろう。

 俺はスネイクドラゴンを下から見上げるように睨み付けた。


「お前も俺より下だって言ったんだよ」


 俺はそう言い捨て、歩くペースを少し上げる。


『遺言はそれだけか!少年!』


 叫ぶと同時に毒液の塊が複数吐き出された。

 俺はそれを尽く斬り伏せる。この毒液の強さからすれば斬った剣が溶けてもおかしくはない。

『断罪』。ラグナロクのスキルの1つで、あらゆるものを裁く、つまり無効化する能力だ。ラグナロクは今、毒を罪と設定している。故にラグナロクにとって毒は水滴でしかない。


『小僧!なんだその剣は!』


「代用品…かな」


 つか二人称変わってるぞ。少年じゃ無かったのか。

 俺は剣を構え直し、脳内で叫ぶ。

(獄炎!)

 すると、ラグナロクから炎が溢れ出し、絡み付いていく。使ったことは無かったが、かなりカオスな状態だ。もう殆ど刀身が見えない。それほどまでに炎は燃え盛っていた。


『なんなのだ…なんなのだ貴様は一体―』


「終わりだ、蛇!!」


 スネイクドラゴンは綺麗に2つに割れた。と、思いきや切り口から溢れる獄炎によって一瞬で灰と化した。

『ドロップ品:蛇竜の毒牙 蛇眼

 武器:黄昏一千たそがれいっせん(刀)』

 視界の片隅に浮かぶログ欄に表示された報酬は、予想外に良いものだった。

 俺はラグナロクを仕舞い、ゆっくりとハノナの元へ足を進めた。


「ただいま」


「ああ、おかえりなさいだ」







 彼は強い。間違いなく、この世界で最強だ。

 ただ、強すぎるからだろうか。あたしは隣に居ていいのか分からなくなる時がある。それはきっとあたしがあたし自身を弱いと認識しているから。強い彼と一緒にいると、弱いあたしは甘えてしまう。

 実際、あたしは甘えてくる連中を酷い言葉で追い返したこともある。努力して得た力を、努力していない連中の為に使うことが嫌だったから。そして、あたしは今、その連中と同じ場所にいる。

 でも、彼は見捨てなかった。ファイアドラゴンの時も、クリムゾンドラゴンの時も。

 一体彼はなんなのだろうか。

 そんなことを考えていると、不意に声が掛かった。


「ハノナさん!彼は一体何者なのですか?!」


「え、あ、ああ。本当になんなのだろうな」


 その答えはあたしが欲しいくらいだ。

 あたしもいつか、あそこへ辿り着けるのだろうか。他者を決して寄せ付けず、決して見捨てない強さを得られるのだろうか。


『なんなのだ…なんなのだ貴様は一体―』


 スネイクドラゴンの叫び声で我に返ることが出来た。自然と上がる視界の中で、スネイクドラゴンは燃えていた。

 そして、彼は何もなかったような顔で帰ってくる。

 本当にお前という男は。


「ただいま」


「ああ、おかえりなさいだな」


 ふと自分の中で沸き上がる感情を、あたしは無理矢理押込み、コースに笑って見せた。


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