4. 護身術を身に着けましょう!
「それでは組手の訓練を開始する。私は今年から1年間お前らに護身術を教えることになっている山田だ。よろしくな」
学校から支給されたジャージに着替えた俺達はすぐに地下訓練施設に集まりました。訓練では実際の環境を想定してスーツで行うこともあります。しかしいちいちクリーニングにかけるのが面倒という理由でそれは稀にしかありません。
「まずお前らに予め言っておくが、俺は出来損ないのクズには容赦なく体罰を下す。その際護身術をもって身を守ることを許可する。護身術とは本来、背後の敵から掴まれた時や、不意打ちなどの攻撃を受けた際に、それを撃退する技術のことを言う。つまり技の本質は『カウンター』にある。いつでも敵が正面から来ると思ったら大間違いだ。360度あらゆる方向からくる攻撃に対し、即座に反応し無力化する。一流のボディガードはこれができなければ務まらない」
360度ね……。
そういえば、今朝翔平くんが言っていましたっけ。天堂くんに対して後ろからラリアットをしかけたら、かわされて即座に腕をきめられたって。
流石、学年主席と言ったところでしょうか。
「本来、護身術は敵を無力化する技術ではない。相手をひるませ、逃げるために使われるものだ。しかし、お前らが今から学ぶのは、ひるませた後、敵を無力化させる一連のプロセスだ。つまり、護るだけじゃなく攻めに転じなければならない。これはプリンシパルの脅威となる存在を排除するためだ」
なるほど。敵を排除。正直俺には全く自信が無い。
「では天堂、手本を見せてやれ」
「はい!」
天堂くんが教官に呼ばれ、前に出ました。
天堂家は護身術の代名詞とも呼ばれています。おそらく護身術で彼に敵うものはこの学校の生徒にはいないでしょう。
「天堂、お前は目を瞑っていろ。俺は攻めるタイミングも方向も教えない。いけるか?」
「はい。問題ありません」
問題ないっすか……。
天堂くんは平然と言ってのけました。
視界が閉鎖された状態で、敵の攻撃に対処するということは、そう簡単なことではありません。実際、俺は後ろから翔平くんにラリアットされた時も全く対処できず、危うく倒れるところでしたし。
「……」
天堂くんは俺達の前に立ち、静かに目を瞑りました。
足は肩幅ほどに開き、手は力を抜いてだらりと垂れている。
隙だらけのようでいて、隙が無い。無形の型と呼ぶべきその立ち姿は、天堂の名にふさわしいもののように思えました。
ここで、教官が気配を殺して背後にゆっくり近づいていきました。
「!」
「ふんっ!」
「なにっ!!」
――一瞬でした。
俺は動体視力には自信が無いです。正直何が起きたか分かりません。
教官が、背後から首元に向かって掴みかかったと思ったら、次の瞬間には教官が床に組み伏せられていました。今は天堂くんが教官の背中を膝で押さえつけ、腕の関節を後ろにきめています。
「くっ……!見事だな」
教官が床に頬をつけながらうめくように言いました。
凄い……。まさしく「技」だ。力ではなく技で組み伏せた。
人体がどの方向に力を加えればどこに動くか、最小限のプロセスで抑えつけているように見えました。
「ははっ、流石天堂だな。今の教官の動き、本気だったぜ」
翔平くんが言いました。
「すごいね。教官は天堂の最初の一手をフェイントによって防ごうとしていた。しかしそれすらも封殺された。どころか天堂はそれを利用して足をかけ最小限の動きで教官の態勢を崩し、無力化した。結果的に手数は変わらない」
瀬戸さん、解説ありがとうございます。
俺には目で追うことすらできなかったのでありがたいです。
でも正直、少年漫画でインフレに追いつけなくなった雑魚キャラの気分です。
「ご指導感謝します」
「ああ、ご苦労だった天堂。見ていたかお前ら!これが一流の護身術というものだ!」
おお~。という小さな歓声が沸き上がります。天堂くんは当然だと言わん表情で元の位置に座りました。
「動きは、実際にやってみるのが一番理解できるだろう。今から対処法を教える。その後二人組でペアをつくって、片方ずつ暴漢と護衛役に分かれ実演してみろ!」
というわけで、一連の見本を見せて貰った後、俺達は二人組でペアを作って護身術の訓練を開始しました。
生徒は続々とペアを作りはじめます。
「翔平くん、一緒にどうです?」
「悪いな。俺は天堂とやる。あいつの技を確かめておきたい」
「あっ、了解っす」
むむ……。断られてしまいました。
まあ確かに俺じゃ翔平くんの相手は少々、いやかなり力不足かもしれません。
となると、天堂くんも無理だし……瀬戸さんは女子と組むみたいだし……どうしましょうか。
「白鳥、俺とやらないか?」
「げ」
「げとは何だ、げとは。失礼なやつだな」
「いや、俺でいいんすか?あのー……他にももっと清宮くんの相手にふさわしい適役がいるかと思うんですが」
「いや、もう皆ペアを組み終わっていてな。余ったのは俺とお前ぐらいだ」
俺に話しかけてきたのは、身長2m近い巨体の大男でした。
縦にだけじゃなく横にもでかい。そのガタイはまさに大男と呼ぶのがふさわしい。
ホームルームで見た担当教官の容姿をいかついと評しましたが、彼の容姿はごついって感じです。手や 足、アゴや頭まで、体のあらゆるパーツが骨々しくてでかい。
そのウェイトは間違いなくヘビー級。せいぜいミドル級の俺では彼に掴みかかったところでビクともしないでしょう。
彼の名は清宮大五郎くん。その恵まれた体格を生かしたパワーで翔平くんに次ぐ実技4位の成績を修めています。
ええ、間違いなく俺の実力では一方的にやられるでしょうね……
しかし、俺も相手がいないので仕方ありません。
「……やりますか」
「おう。しかし白鳥がまだいるとは思わなかったぞ。2年に上がれたんだな」
「はは、もうそれいいですから……」
やっぱり皆俺の進級は意外に思っているようです。
俺と清宮くんは暴漢役と護衛役に分かれ訓練を始めました。
「では、俺がまず護衛役やるんで、いつでもかかってきてください」
「承知した」
「お手柔らかにたのみまうおぉあっ!」
話している途中に、清宮くんが俺の胸倉とお腹の部分の服を掴んで、軽々と持ち上げました。
「ちょ、ちょっま!」
「せい!」
「ぐふぉあ!」
俺はそのまま投げられ、受け身もとれず床に叩きつけられました。
これだ。皆が清宮くんとペアを組みたがらない理由。彼は一回りも体格が小さい俺に対しても容赦がない。
彼は訓練に対していつも全力なんです。
「いてて……あのね清宮くん、まだ俺が話してる途中だったじゃないですか」
「む、すまん。いつでもかかってこいと言われたものでな。」
「分かればいいです。ではもう一度やりましょう。いいですか、俺の成績を考慮しゆっくり正面からお願いします」
「分かった」
「せい!」
「ぐふぉあ!」
結果は結局同じでした。
無理だ……。俺では対処できない。
俺の実技成績が悪い理由。それは主に二つあります。
一つは、人より動体視力が悪いことです。動きが速いものを見ても、どうしても目で追いきれません。 だから野球やテニスなどの球技も苦手だし、暴漢に殴りかかられても避けられません。これはボディガードとして致命的です。
そしてもう一つは、シンプルに運動神経が悪いのです。
「運動神経の良さ」とは頭で思い描いた動きを、実際に自分の体でなぞれる力だと聞いたことがあります。俺にはそれができません。頭ではこういった動きをすればいいんだと理解できるのですが、実際にやってみると全く違う動きをしているのです。
はっきり言って極度の運動音痴、略してうんちって奴ですね。
「大丈夫か白鳥?かなりゆっくり掴みかかったつもりなのだが……」
「ぐ……。まあ幸い体だけは丈夫なんで怪我は無いです」
「ふむ。確かに体は頑丈にできているようだな。よく鍛えてあるし、骨も常人より硬い」
にしても、清宮くんは凄い力だ。
掴まれた時力で対抗しようとしても全く歯が立たない。技では翔平くんや天堂くんに劣っているのでしょうが、このパワーがあれば並みの人間では勝てないです。
「……ふぅ。では交代してみましょうか。俺が暴漢役をやるんで、清宮くんはそれに対処してください」
「承知した」
「……」
俺は目の前の大男を見上げました。
……いや、口では言ってみましたがね、こんな大男にとびかかる暴漢なんぞいないでしょ。
どれだけ無鉄砲なんですか。明らかに覆せるウェイトの差ではないです。
しかし、やらなければ始まりません。
よし、俺の作戦はこうです。側面から腰に向かって掴みかかり、足を引っかけ倒してみましょう。
これだけ大きければ自重で転がりやすいはず。
そう思い、俺はゆっくり清宮くんの側面に回り込みました。
「……うおおおお!!」
「むっ!」
俺は清宮くんの腰に向かって思いっきりタックルしました。
――しかし、彼の体はビクともしませんでした。
「せい!」
「ぐふぉあ!」
そして結局何故か俺が投げられ終了。
そのまま何度も投げられ、結局俺は清宮くんを倒せず護身術の授業を終えました。
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その後の訓練はまさに地獄でした。
腕立てや腹筋などの基礎トレーニングを3時間ぶっつづけで行い、その後体力を鍛えるために2時間マラソンをさせられ、さらに刃物を持った暴漢に対処するための訓練を叩きこまれました。
俺は最後の訓練が中々うまく立ち回れず、鬼のような教官にさんざんしごかれました。
へとへとになった放課後、なぜかピンピンしている翔平くんに牛丼屋に誘われたけど、全く食欲が無いので断りました。
翔平くんは「やっぱりな」と笑っていたけど、天堂くんには「愚民め」と罵られ、そのままふらふらとした足取りで家へと帰宅しました。
まあ、なんにせよ、これで2年の初日の授業は乗り切りました。
うん、頑張ったな、俺!
父さん、俺は2年目もあなたに近づけるように頑張りますよ。
さて、
――もうすぐ日が暮れる。
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