2. 通学路はドキドキです!

 朝の身支度を終え、誰もいない我が家に「いってきます」と呟くように挨拶し、俺は2年目の慣れた通学路を早歩き気味で進んでいました。

 あ、慣れた通学路って言うのはちょっと訂正。いまだにこの辺を歩くときは少し緊張します。

 俺が今歩いているのは、我が家から徒歩10分ほど歩いた辺りの、新築の一戸建てが並ぶ閑静な住宅街。見て分かる通り、どの家屋も、日本とは思えないほど敷居が広いです。豪勢な門には、たいてい警備会社のプレートが掲げられていて、ちっぽけな空き巣の付け入る隙は一切ありません。毎朝のごとく人気は意外と言うほど少なく、すれ違う人間と言えば、俺と同じ制服を来た学生か、もしくは自転車で巡回している警察官ぐらいです。

 あ、ちなみに黒塗りのリムジンやら海外製のかっちょいい高級車はよく通るんですけどね。

 そうです。ここは、通称「ブルーム街」と呼ばれている高級住宅街で、ここには、虹ヶ丘の支配者層が住むのにふさわしい物々しさがあるのでした。


 見てりゃ分かるって?まあそう言わずにちょいと説明させてくださいよ。あなたもそこで見てるだけじゃ退屈でしょう?


 さて、ブルーム街を10分ほど歩き、そこを抜けるとすぐ、馬鹿でかい学校と、これまた馬鹿でかい高層ビルが隣り合わせで二つ並んでいるのが見えてきました。

 まずは手前に見える煌びやかな装飾が施されたなんともゴージャスな学校について説明しましょう。

 この学校は……


「ちょっと庶民、そこでぶつぶつ言ってないでどいてくださる?ワタクシが通れないのですけど」

「あ、すいま……これは失礼いたしました。どうぞ……」


 俺は後ろにいた金髪くるくる巻き髪の女性にぺこりと頭を下げ、どう見ても3人は通れるであろう広い歩道の道の真ん中を譲りました。


「明堂の学生か。すまないがお嬢様から3メートル以上離れてもらいたい。でなければ通れない。もしくは両手を上にあげながら壁に張り付いてくれ」

「い、イエッサー」


 俺は金髪くるくるお嬢様(以下くるくるさん)の付き人であろう、黒スーツを着た屈強そうな体格の男性に言われるがまま、両手を上にあげ壁の方を向きました。朝からなんですかねこの間抜けな図は。


「ごめんあそばせ」


 手をひらひらとさせながらくるくるさんと黒スーツの男性は、高層ビルの隣にある、学校にしては無駄に豪華すぎる見た目の校舎の方へ歩いていきました。


「ご、ごめんあそばせ(裏声)」


 さて、説明の続きをしましょうか。もうお気づきかと思いますが、くるくるさんが入っていった煌びやかな学校は、『リネアリス女学院』といって、ここに通っているのは、大財閥の令嬢、地主の娘、資産数百億の高級ブランド経営者の娘、果ては我が国の総理大臣の娘まで。「ごめんあそばせ(裏声)」なーんてコテコテの挨拶が普通に使われている、所謂お金持ちの「お嬢様」専用の教育学校なのです。

 中でどのような教育が行われているかは知りません。というか、この「リネアリス女学院」にどうやって入学するのかも公開されていません。国のヒエラルキーの頂点に位置するような人々が持つ特殊なコネでしか入学できないという恐ろしい学校です…。


 続いて、このリネアリス女学院の隣にある異様な雰囲気を放つ高層ビルについての説明をしましょう。

とてもそうは見えませんが、実はこの高層ビルも学校でして、何を隠そう俺が通うボディガード訓練学校『明堂学園』そのものなのです。どうです?驚いたでしょう?

 このボディガード訓練学校が何故このような場所、つまりお嬢様学校の隣にあるのかというとですね……まずは明堂学園の就職先のお話をしましょうか。

 明堂学園の主な就職先は、もちろん「ボディガード」です。しかしひとえにボディガートと言いましても、その実態は様々です。警備会社に所属するものもいれば、政界や芸能界の大物の専属ボディガードとなるものもいます。中にはアルバイトのようにフリーで雇われる小物ボディガードもいるんですけどね。はは……。

 そしてこの学園の中でもとびきり優秀な訓練生のみが選ばれ、そのプリンシパルとなるのが「お嬢様」です。もう、お分かりですよね。明堂学園で過ごす3年間と、ボディガードとしての研修期間で、優秀な成績を修めた訓練生は、リネアリスにいるお嬢様専属の護衛として雇われることになるのです。

 つまり、プリンシパルのお嬢様の名前が大きければ大きいほど、ボディガードにとっては名誉なことであり、その実績に箔がつくということになります。

 まぁ……俺のような退学ギリギリの落ちこぼれ訓練生にとっては、お嬢様の専属ボディガードなんてのは、夢のまた夢、縁の遠い話ですけどね……。


「よお一斗!朝っぱらからしけたツラしてやがんな!」

「うわっ!」


 いきなり後ろから肩に手をかけられ……というかラリアットされ、俺の体は大きくよろめきました。


「ははっ、なんだ一斗、相変わらず明堂の生徒とは思えん貧弱なフィジカルだな」

「あのね、いきなり後ろから翔平くんみたいな馬鹿力にラリアットされたらそりゃよろめきますって」

「いや、この程度じゃほかの奴はビクともしなかったぞ」

「え、まじすか」

「ああ、清宮や天堂にやったことあるけど、清宮は微動だにしなかったし、天堂にいたっては避けられたあと即座に腕をキメられた」

「いや、あの辺の人外と一緒にしないでくださいよ……ていうか天堂くんにラリアットって勇気ありますねアナタ」


 いきなりラリアットをしてきたこの茶髪のチャラそうな彼は、1年のときから俺のクラスメイトの『朝比奈翔平』くん。まあ悪友ってやつです。明堂の生徒はストイックで堅物な人が多いけど、彼は唯一俺のような落ちこぼれにもフレンドリーに接してくれた生徒でした。こんなチャラチャラした見た目ですが、エリート家計の出身で、1年の時の実技成績は3位。総合6位のまぎれもなく優秀な生徒です。見た目と中身のチャラさから、生活態度の点でマイナス評価を受けていますが、それさえなければ総合順位はもう少し上になったはず。


「うーん、でもおかしいんだよなぁ……お前いつも実技で手抜いてるだろ?」

「へ?……いやいや、いくら俺の実技成績がダントツのドベだからって手抜いてるは酷いでしょ。これでも努力して全力で頑張ってるんですから」

「いや、なにも根拠なく言ってるわけじゃないんだぜ。俺の経験から言わせてもらうが、お前を抱いた感じだと、間違いなく強者の体つきなんだが」

「ちょーちょー!お願いだから公衆の面前で勘違いされるようなこと言わないでくれないすか!」


 後ろにいた生徒達がヒソヒソとこちらを見ながら「おいあいつら抱いたとか体つきがどうとかって……」とか言う話し声が聞こえてきました。

 おーい、やめて。念のため言っておきますが俺にそっちの趣味はないですから。


「ああ、いやすまん。俺が言ってるのは、この肩回りを抱いた感じの筋肉の付き具合とか、鍛えてある体のことを言っているんだよ。正直俺でも羨ましく思うぐらい、格闘家として理想的な筋肉だ」

「ああ、なるほど。筋トレは毎日頑張ってますからね。でもいくら筋肉が良くても、扱うのが俺みたいな運動音痴じゃあ宝の持ち腐れってやつですよ……」

「うーん……あのな、俺は現場で実戦経験が何度かあるから少しだけ分かることがあるんだけどさ、お前の肉体と、あと纏っているオーラって言うのかな。歩き方とか。それは完全に実戦慣れしてる奴のそれと同じ感じなんだよ」

「オーラって……いや俺は普通の人間なんで、そんな漫画みたいなこと言われても分かんないっすよ。それに俺の格闘センスの無さは翔平くんも良く知ってるでしょ」

「そうなんだよ。だからこそおかしいんだよなぁ……お前と訓練で組手したことも何度かあるけどさ、ぜんっぜん俺の動き捉えられてないし、動きもトロいし、構えも隙だらけでへなちょこなんだもん」

「めちゃくちゃディスりますね……まあ本当のことですけど……」

「でもさ、お前と正面から対峙すると、なんか本能的に『こいつは強い!』って感じるんだよ。それが変だよなあ……」

「……」

「いやさ、こういう風に思ってるの絶対俺だけじゃないぜ。天堂も似たような事言ってたもん。だからお前にイラつくって」

「いやそんなこと言われても俺、実戦経験なんて本当に無いですし……小学生の頃、初めて喧嘩した時だってボロボロになって泣かされた記憶しかないっすよ」

「やっぱそうだよなぁ……お前ひょっとして前世は百十の王とかなんじゃね?でなきゃ俺がお前なんかにビビるはずないし」

「え、ビビッてたんすか!?」

「いや、今のはナシ。失言だわ。でもやっぱさ、俺ぐらい強いと本気出せばこの学園の奴全員倒せると思うわけよ」

「さらっと凄いこと言いますね。まぁ否定はしませんけど」

「でもさ、お前はなんかわかんねえんだよ。清宮や天堂とも違う変な感じがする」

「……」


 翔平くんはこんな事を言っていますけど、自分でもなんのことだかさっぱり分かりません。まさか本当に俺の前世はライオンさんだったりするんすかね。


「まあいいや。それよりそろそろ遅刻しちまうから急いだほうがいいぜ。2年から担任もやべえ奴に変わるって噂だしな」

「うわ、ほんとだ!急がなきゃ遅刻っすよ!」


 校舎に取り付けられた時計を見ると、ホームルーム開始5分前でした。

 ていうか担任やべえ奴ってなんですかね。凄く不安なんですが……。

 俺は翔平くんと共に急いで校舎の中へ向かいました。

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