白鳥編
1. 朝食は家族皆で食べましょう!
「おっはようございます!」
小鳥さん達のお歌で気持ちよく目覚めた俺こと白鳥一斗の一日は、こうした元気の良い挨拶で始まります。
ええ。何と言っても今日から俺は2年生。新たな門出を迎えるのです。
2年生。
いい響きだなあ。
訓練校で1年間厳しい訓練に耐え続け、実技試験と学科試験の狭き門を何とかくぐり抜け、ようやく手にした
そりゃもう感動で涙がちょちょぎれ寸前ですよ。
いやあえがった。えがったなあ。一斗頑張った。
無事2年に進級できたよ、母さん!
今は亡き母に子の成長を報告しつつ(顔も覚えていないですが)、この1年のことを少しだけ振り返ります。
厳しい教官、厳しい同僚、厳しい食事制限に、厳しい評価。
この1年でふるい落とされた生徒の数は、両の指どころかアシュラマンの指全て足しても足りないぐらいです。
才能が無い者、努力を怠ったものは容赦なく捨てられていくのが我が校なのです。
つまり逆に言えば、2年に進級できた者即ち、才能と努力が認められた生徒というわけです!
いやっふぅ!(ここで俺はガッツポーズをしながら華麗に3回転を決めました。)
まあ、試験は色々とギリギリだったんですけどね……。
なんにせよ、これで白鳥家の名にも箔がつくってもんです。
きっとかわいい妹も喜んでくれるに違いない。
新学期初日。きっと今日からまた厳しくも素晴らしい学園生活が俺を待っている。
いやあ、それにしても気持ちの良い朝だなあ。
「おっはようございます!!」
そんなわけで、俺は再び、この快哉の念を声に乗せて朝の挨拶を繰り返します。
自慢の美声が我が家のリビングルームに響き渡りました。
「……よし、それじゃもう一度挨拶しちゃおっかな。……いいですか? これ新学期一発目の大切な挨拶ですよ? これで今シーズンの俺たちの関係が決まると言っても、過言じゃないですよ?」
「はい、それじゃもう分かりましたね! 久しぶりに一緒の朝食なんだから元気よくいきましょう! さん、はいっ!」
「おっっはようございます!!!」
俺はリビングに向かって挨拶を繰り返します。
しかし、帰ってくるのは空しい無音だけでした。
あれぇ……おかしいなあ?
「なにこれ? なんだ、もしかして俺スルーされてるんすかね? もう3回も挨拶してるのに返事がないなんておかしいですよね。 あれ、もしかして聞こえてない? 聞こえてないのかな」
「藍乃ちゃん、君は和を重んじる頭の良い子だよね? 今この家の数少ない同居人である俺と不和が生じる瀬戸際だよ? 君の大好きなお兄ちゃんが朝の挨拶してるんだよ?」
「分かったね? じゃあ今度こそきちんといきますよ? せーのっ、はい!」
「おっっはようございます!!!」
「うるさいです兄さん」
ええ、俺はなにも無人のリビングに向かって何回も挨拶するようなおめでたい頭なわけではありません。
俺より先にリビングに入り、朝食を取っていた同居人に向かって挨拶していたのです。
しかし、俺の必死なおはようも空しく「うるさい」の一言で一蹴されてしまいました。
そう、たった今「うるさいです兄さん」と春の暖かさも一瞬で吹き飛ぶようなこごえるふぶきを放ってみせたのは俺の妹の『白鳥藍乃』ちゃん。
見ての通り俺とは似ても似つかない黒髪ロングの似合う超絶クールビューティ。街をあるけば十人中十人が振り返るであろう、地元でも有名なべっぴんさんなんです。
「あのね、藍乃ちゃん、お兄ちゃんが何度もおはようって言ってるのにうるさいは流石に傷ついちゃうよ?」
「分かったからそんなところに立ってないで座ってください。それと、今日の朝食は時間が無かったのでそれで我慢してください」
そう言って藍乃ちゃんが指さしたのはテーブルの上に置かれたカップ麺でした。
「え」
「何ですか?不満なら食べなくていいですよ」
藍乃ちゃんはカップ麺を手に取って手元に引き寄せつつ冷淡に言い放ちます。
「ちょ、うそうそ!わぁいエー○コックのスーパー○ップだぁ、一斗エースコッ○のスー○―カップだぁいすき!」
「はぁ、そうですか。なら良かったです。今日もあいかわらずニヤニヤと気持ち悪いですねゴミ……あ、間違えた兄さん。それとおはようございます」
「ちょーちょー!さらっと挨拶に混ぜて兄のことをゴミと呼ぶのやめてくんない!」
このように、今日も藍乃ちゃんは平常運転で、まるで二酸化炭素の代わりだと言わんばかりに毒を吐いてきます。
昔はもうちょっとトゲの無い子だったと思うんですがどうしてこうなってしまったんですかね。
「ところで藍乃ちゃん、君が今食べてるのはなんですかね?」
「はい?これが何か分からないんですか?馬鹿なんですか?」
そう言いながら藍乃ちゃんは綺麗な厚焼き玉子をもぐもぐと頬張っています。
「いやいやそうじゃなくて!何でお兄ちゃんは朝ごはんカップ麺なのに藍乃ちゃんの目の前にはそんな豪勢な朝食が並んでいるのか聞いているんです」
「はぁ、朝早くに起きて時間が充分にあったから作りましたがそれがどうかしましたか?」
そう言いながら藍乃ちゃんは色とりどりのサラダをしゃくしゃくと食べています。
「あれぇ?おかしいなーさっき時間が無かったとか聞こえたなーお兄ちゃんの気のせいかなー」
「耳鼻科に行った方がいいですね」
そう言いながら藍乃ちゃんはこんがり焼かれたきつね色のトーストをパリッと音を立てて噛みました。
「うう……お兄ちゃん今日も訓練でたくさん体動かすのに……これじゃ元気でないよ……」
そう言って泣いたフリをすると藍乃ちゃんは俺の顔を伺うように下から見てきます。
「……なら、仕方ないのでこの卵焼きとトーストを半分あげます……」
少し罰が悪くなったように、ややうつむきながら言う藍乃ちゃん。
なぁんて、はじめから一人分にしては多めに作ってあるのがバレバレなんですけどね。
どうも藍乃ちゃんは、数年前から俺のことをわざと怒らせようとしているみたいですが、正直詰めが甘いのです。
根が優しい子なので、精一杯悪役を演じても罪悪感に負けてしまうみたいです。
前に一度俺のことを怒らせようとして、俺が大事にしていた飛行機の模型を隠されたことがありましたが、俺が落ち込んだフリをしていたら、その後ピカピカに磨かれた状態で帰ってきました。その時ドアの影に隠れて俺の反応を見ていたこともバレバレです。
「わーい!さっすが藍乃さんは優しいなあ!え、天使ですか!?僕は人間なんですけど藍乃さんは天使だったんですか!うわっ眩しい!後光が眩しい!!」
「やめてください。さっさと食べて準備しないと遅刻しますよ。ただでさえ成績不良で退学ギリギリなんですから」
「うぐっ……痛いとこ突くなぁ……」
2年に進級できたからといって手放しで喜んでくれる妹ではありませんでした。
俺の実技試験の成績もしっかり把握しているようです……。
「兄さんといると疲れるので私はもう学校に行きます。兄さんも遅刻しないようにしてください。家の戸締りもお願いしますね」
朝食を食べ終えた藍乃ちゃんはテキパキと手際よく食器を片付け、学校指定の茶色のカバンを持ちながらそう言いました。
「藍乃ちゃんちょっと待って」
藍乃ちゃんがリビングの扉に手をかけたところで呼び止めました。
「何ですか?朝練があるのでこれ以上兄さんに付き合ってる暇はありません」
「その右の頬が腫れてるのは何で?」
俺は少し声のトーンを落として言いました。
藍乃ちゃんはうまく俺に見せないようにしていましたが、藍乃ちゃんの右頬はまるで誰かにぶたれたかのように赤く腫れていました。
「これは部活で……」
藍乃ちゃんは少し動揺したように右頬を抑えました。
「本当のことを言ってください」
俺に嘘は通用しません。これは俺の数少ない特技の一つですが、嘘をついている人間の小さな小さな機微まで見逃しません。心の動揺は必ず体のどこかに表れます。『観察、危機察知能力A+』それが俺の訓練学校で唯一自慢できる成績です。
俺が見つめているとやがて藍乃ちゃんは諦めたように言いました。
「昨日の夜に恭也兄さんが……」
「ッ……!また恭也くんにぶたれたんだね……!あいつ……!」
俺が苛立ったふうに膝に拳をぶつけていると藍乃ちゃんが慌てたように言いました。
「でも、恭也兄さんは、昨日夜遅くに帰ってきた私を叱るために……」
「……遅くに?どうして?」
「学校帰りに友達の家で勉強会をして、晩御飯をご馳走になっていたんです。でも恭也兄さんは話を聞いてくれなくて……」
「話を聞かずに顔をぶつなんて許せないよ。恭也くんには俺からきつく言っておくから」
俺は怒りとやるせなさで、座りながら右膝を強く握りしめました。
「兄さん……昔はこんなことする人じゃ無かったのに……」
「……」
消え入りそうなその言葉は俺の胸に鋭く突き刺さりました。
「……ごめんね」
「……どうして兄さんが謝るんですか……」
「うん、そうだね。ごめん」
「……」
妹がじっとこちらを見つめてくる。
その視線にどんな意図がこめられているのか、今の俺には分からない。
俺は息をはきながら力なく椅子にもたれかかった。
「……いってきます」
静寂なリビングに妹の声がやけに響いた気がした。
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