遺書
前略。
遺書を書こうと思います。
人生の先輩である皆さま方からすれば、この世に生を受けて、たったの18年の私が、何を馬鹿なと仰るかもしれません。
ですがどうか、世間知らずの道化の戯言だと思い、最後まで目を通していただけると恐悦至極に存じます。
まず予め言っておきます。
この白鳥一斗という不肖の子は、生まれてこの方、遺書などといった高尚な書き物をしたためたことは、ただの一度もありません。
ですのでこれが初めての遺書、処女作でございます。
それなりに自信はありますが、あくまで素人が好きでやってる範疇の遺書だと思ってください。
それと一つ注意がありますが、この遺書を読む時は、周囲に人がいないのを確認し、部屋を明るくしてなるべく離れてみてください。
それから、風量を強にした扇風機の前で読むのはなるべく控えて頂けるとありがたいです。
ああ、あと文末の重複や二重表現など、細かな作法で揚げ足をとるのは絶対にやめてください。
それにしても、今日の空は実に青々とした澄んだ青空であります。
遺書を書くにはもってこいの天気です。
既に最後まで読む気力を削いでしまっているかと存じますが、どうか寛大な心でお付き合いください。
それでは遺書のスタートです。
恥の多い生涯を送ってきました。
私はもうじき死にます。
自殺願望があるわけではございません。
しかし、この身の存在が日に日に希薄なものになっていくのを、確かに感じるのです。
最近では、ふとした瞬間に視界が白く濁り、まるで外界と切り離されたような錯覚に陥ることがあるのです。
私は、この現象を『
この『
そして、その頻度が増すにつれ、私の自我、存在そのものがあやふやなものとなっていくのが、この身でしかと自覚できるのです。
しかも、これは先日のことですが、夢の中で、恐ろしい黒の装束に身を包んだ『死神』のような男と出会いました。
これは、私の死が近づいていることを知らせるための前触れだと、すぐに理解致しました。
もう先は長くないのだと判断したため、この遺書をしたためている所存であります。
今一度言います。
私はもうじき死にます。
既に死ぬことを半ば確信しております。
いえ、「死ぬ」という表現は正しくないかも知れません。
私の中では、「消えてなくなる」、あるいは「朽ち果てる」といった表現の方がしっくりくるのです。
とはいえ、そんな些細な違いは問題ではございません。
この世界から私の自我が消えるのであれば、それは死ぬことと同義であるはずです。
お父様、あなたが今どこにいるのかは存じ上げませんが、この遺書があなたの目に触れることを願っています。
幼き頃、あなたの雄姿に憧れ、私もボディガードを目指しはじめました。
お前に才能は無いと教官から言われてしまいましたが、それでもあなたの背中を追い続けて、努力してきたつもりです。
死ぬときは、主人の盾となり、ボディガードらしく立派な死に様が良いと思っていましたが、どうやら神様は、死に方までは選ばせてくれないようです。
心から守りたいと思える、そんな立派な主人に出会うことを分不相応ながら夢見ておりました。
お父様、この出来の悪い息子を育ててくださり、ありがとうございました。
今でもあなたは私の憧れです。どうかお元気で。
お母様、私が物心ついて間もなく天国へ行ってしまったお母様。
今となってはあまり顔も覚えておりませんが、幼き頃、あなたの腕に抱かれ、歌を聞かせて貰ったのをしかと覚えております。
思い出すと、今でも心の中から暖かいものがこみ上げてくるのです。
その思い出は、私が生きていく上で大きな支えとなりました。
今まで、空から私たち家族を見守っていてくれたのでしょうか。
お母様、愛してくれてありがとうございます。
私ももうじきあなたのもとへ向かいます。その時は悲しまずにどうか笑顔で受け入れてください。
藍乃様。
……藍乃さん?
いや、藍乃ちゃん。こうして畏まって手紙を書くのは気恥ずかしいから手短にすませます。
とりあえず、不甲斐ない兄でごめん。
今までこんな兄と共に生きてきてくれてありがとう。
これからは俺じゃない俺を頼りにしてください。
素直じゃないところもあるけど、藍乃ちゃんの優しさは誰より知ってるつもりです。
その優しさを、もうちょっと周りに向けられれば、今より友達も増えると思います。
彼氏ができたら是非お兄ちゃんに紹介してください。
あ、死ぬのか俺。
最後に、俺の後釜を引き継ぐ弟よ。
どうか人生を楽しんでくれ。
俺には出来なかった。
夜のおかずに困ったら、机の2番目の引き出しを見るといい。
それでは、家族の皆さま、愛しています。さようなら。
草々。
追伸。
この紙はちり紙交換にも対応している紙なので、妹の養育費の足しに。
なんちゃって。
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